オフィスは「第四の居場所」へ。コクヨのオウンドメディア「WORKSIGHT」編集長が語る、AI時代のワークプレイス
2025.12.24
目次
オフィス回帰か、リモートワークを継続するのか……コロナ禍以降、働き方とオフィスのあり方について多くの議論がなされ、企業が頭を悩ませてきました。しかし、その答えは、未だ見つかっていないのではないでしょうか。
「オフィスは単に集まるための場所ではない。AI時代には『第四の居場所』としての価値が重要になってくる」。そう語るのは、コクヨのリサーチ&デザインラボ「ヨコク研究所/ワークスタイル研究所」の所長で、オウンドメディア「WORKSIGHT」の編集長を務める山下正太郎氏です。
オフィス空間の変遷と社会の変化との関わり、そして、AI時代に求められる「働く場所」の本質について山下氏に伺いました。
Profile

山下 正太郎 氏
ヨコク研究所 所長 / ワークスタイル研究所 所長 / WORKSIGHT 編集長
コクヨ株式会社にて、2011年、グローバルでの働き方とオフィス環境のメディア『WORKSIGHT』を創刊。同年、未来の働き方を考える研究機関「WORKSIGHT LAB.(現ワークスタイル研究所)」を設立。2016-17年、英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザイン 客員研究員。2019年より京都工芸繊維大学 特任准教授を兼任。2020年、黒鳥社とのメディアリサーチユニット/メディア「コクヨ野外学習センター」を発足。2022年、オルタナティブな社会をリサーチ&デザインする「ヨコク研究所」を立ち上げる。
「オフィス」はなぜ日本企業に不可欠な存在だったのか?
——先進的なオフィス事例を紹介してきたコクヨのオウンドメディア「WORKSIGHT」は2022年にリニューアルし、「社会のリサーチ&デザイン」をコンセプトに掲げて運営されています。背景にはどのような問題意識があったのでしょうか?
創刊当時の2011年頃は、オフィスや働き方そのものを正面から考えることに、ある種の意味や価値があったと思います。しかし取材を10年以上続けていく中で、オフィスや働き方だけに閉じた内容では、新しい社会変化に対して適切な答えを出すのが難しいのではないかと考えるようになりました。
最も大きなきっかけは、やはりコロナ禍の到来です。今までの考え方がリセットされ、ゼロベースで新しい働き方や働く環境を考えることになった時、オフィスという単位で物を見ることに限界を感じました。この先、社会がどんどん変わっていく中で、会社ではなく「社会」からもう一度捉え直すことが重要なのではないかと考えました。
——そうした変化を経て、現在のオフィスの役割をどのように捉えていらっしゃいますか?
コロナ前の状況から整理しますと、一般的なオフィスは大きく2つの方向性で進化していました。1つは「イノベーションを起こすための場所」という考え方です。この傾向が非常に強かったのは、アメリカのシリコンバレーやサンフランシスコにあるテック企業ですね。
GoogleやMetaなどの本社が典型的ですが、とにかくみんなが同じ場所に集まって、ダイレクトコミュニケーションを通じて、良いアイデアを出そうという発想です。ワーカー同士の近接性、仕事のスケジュールを同期させていくことがイノベーションの源泉だという考え方が支配的でした。
一方で、オランダやオーストラリアを中心にワークとライフをうまく混ぜ合わせ柔軟な働き方を実現しようという動きがありました。家やカフェなど好きな場所で働き、必要な時にオフィスに出社すればいい。ABW(Activity Based Working)と呼ばれる、アクティビティに応じて最適な場所を選んでいきましょうという発想です。コロナ禍に、訪れた日本企業に訪れたものは、主に後者の変化ですね。
——一カ所に集まるのと、分散的な働き方。対照的な二つの方向性ですね。
ただここで誤解してはいけないのは、国民性や組織文化によって適応のしやすさに違いがあるということです。
エドワード・ホールという文化人類学者が提唱した理論なんですが、世の中のカルチャーはコンテキストの高い低いに分けられる。ローコンテクスト社会は、空気や文脈を読まずに、文字やルールが意味を決定的に持つ社会。ハイコンテクスト社会は、ルールや書かれた文字ではなく、慣習や雰囲気で物事が決まっていく社会です。
イメージ通りだと思いますが、欧米がローコンテクスト、日本がハイコンテクストの典型ですね。

——その違いが働き方の選択にも影響していると。
まさにそうなんです。一カ所に集まって働くやり方は、ハイコンテクストなカルチャーを持っている国や企業の方が馴染みやすい。なぜかというと、みんなが同じ空間にいた方が空気や文脈を感じやすいので、働く場所が分散してしまうのが不安なんです。「あの人が何を考えているか分からない」という状態が、ハイコンテクスト社会では大きなストレスになる。逆に先ほどご紹介したシリコンバレーはローコンテクストであるが故に、無料のランチやペットシッターをつけたりして何とかワーカーをオフィスに留めようとしているわけですね。
欧米は、もともと文字やルールで明確にコミュニケーションを取る文化なので、物理的に分散することがあまり問題にならなかったんです。
——そう考えると、コロナ禍は日本にとって特に大きな変化だったわけですね。
その通りです。最も集まって働くことが得意な日本社会に、強制的に分散して働きなさいという流れが訪れた。そのため、心理的な障壁も非常に大きかったと想像できます。
コロナ禍以降、オフィス回帰を望む声も多く聞かれますが、決して古い考え方と一蹴すべきではなく、文化的な背景の考慮も必要でしょう。
「ハイブリッドワーク」という妥協点
——コロナ禍を経て、オフィスのあり方はどのように変化したと捉えていますか?
RTO(Return To Office)という風潮がありますが、ワーカー側はリモートもある程度組み合わせたい。その間を取るような形で「ハイブリッドワーク」という言葉が生まれたのが2022年ごろですね。出社率はもちろん戻ってきていますが、やはりコロナ前ほどの数値には戻らない。そのため、現在はある程度ハイブリッドワークを前提にした社会になっていると言えるでしょう。
さらに、最近では、AIの台頭という新しい変化が起きています。AI時代のオフィスを考える上で重要なキーワードが「4thプレイス」という概念です。
従来は、ファーストプレイス(自宅)、セカンドプレイス(職場)、サードプレイス(カフェなど中間的な場所)という三つの居場所で考えられてきました。しかし、AI時代には、もう一つ別の居場所が必要になってくると考えています。
——フォースプレイスとは、具体的にどのような場所なのでしょうか?
それは「暗黙知を共有する場所」です。これが今後のオフィスの最も重要な役割になっていくと思います。
AIが発達すればするほど、言語化できる知識や、マニュアル化できる業務は、どんどんAIに置き換わっていきます。書類作成、データ分析、定型的な会議の議事録作成など、言葉にできる「形式知」はAIの得意分野です。
一方で、言葉にできない暗黙知、身体知のようなものは、まだAIには代替できない。例えば職人の技術、チームの阿吽の呼吸、空気を読むといった能力。これらは言語化が非常に難しく、人が同じ場所で時間を共有することでしか伝わらないものです。
新人が先輩の仕事ぶりを「見て学ぶ」ことがありますよね。先輩がどういうタイミングで顧客に電話をかけるのか、どんな言い方をするのか、トラブルの時にどう対応するのか。マニュアルには書けないけれど、横で見ていると「ああ、こうやるんだ」と分かることがたくさんある。
あるいは、会議で誰かが何かを提案した時、その場の微妙な空気感。「今これを言ったら通るな」とか「今日はちょっと無理だな」とか、そういう非言語的な情報の読み取りも暗黙知です。

——それらを共有するための場所が求められていくということですね。
今まではオフィスで書類を作ったり、定型的な会議をしたりという形式知の処理が中心でしたが、それらはAIとリモートワークで十分対応できる時代になった。
これからのオフィスは、暗黙知の共有、つまり「人が集まることでしか生まれない何か」を扱う場所になっていく。そういう意味で、オフィスは「形式知を処理する場所」から「暗黙知を共有する場所」へと根本的に変わっていくと思います。
もっと言えば、お互いの思考がどういった背景から生まれているのか「そもそも」の話ができる場が求められると思います。欧米のオフィスでは、スピークイージー(隠れ家のようなバースペース)がオフィスの中心であるという主張も見られます。
一部企業では暗黙知の部分をデータ化しようという試みも行われています。人の動きのデータ、表情のデータ、あるいは空気の変化や光の変化など、色々な観点からデータを取って分析するというものです。職人技がデータですべて記述される日もそう遠くないのかもしれません。
行き過ぎると監視社会のようになってしまうので、一般化するかは分からないところですね。若い世代を中心に、色々なデータを取られることにそれほど拒否感がない人たちも出てきているので、案外すんなり受け入れられていく可能性もあります。
「マイクロエンタープライズ」が変える組織のあり方
——世界で注目されている働き方の事例があれば教えていただけますか?
一つは「マイクロエンタープライズ」、つまり小さな会社が莫大な利益を上げていくという世界観です。AIが浸透し、本当に少人数で大きなアウトプットを出せる状況になってきていますよね。欧米諸国ではすでに少人数で運営し、大きな利益を生み出すメディアやコンサルティング会社が増えてきてます。
中国では大企業をある種、小さな企業家やスタートアップの集積のような形で改変するDEDA(Digitally Enhanced Directed Autonomy)というモデルも注目されています。簡単に言ってしまえばデジタルの力を使って「社員全員を起業家」にしてしまおうという考え方なのですが、有名なところでは中国企業のハイアールが「人単合一」というコンセプトでこれを実践しているとされています。
——具体的にはどのような組織になっているのでしょうか?
ハイアールでは現場に一番近い人たちが市場のニーズを拾い、プロダクトに反映し、デリバリーまで一気に行う形を取っています。極めて小さいチームがそのプロセスの全てを行うというのがポイントです。業務に必要なリソースは、中間管理職に変わってAIプラットフォームが代替することで、個人個人が担当するビジネスの上流から下流までを掌握しています。
従来はピラミッド構造の組織の中で、現場の人間がニーズを吸い上げ、上のレイヤーの意思決定を行うというプロセスが介在していましたが、それが取り除かれているのです。AIを活用することによって社員1人が持てるリソースを最大化し、作って売るまでのプロセスを短縮する。そういう組織のあり方ですね。
——マイクロエンタープライズの集合体のような形ですね。
そうですね。加えて、AIというのはプロフェッショナル像にも変更を迫っています。これまでの「専門性」は、手法やアウトプットに支えられてきたものですよね。例えばマーケティングの専門家は特定の分析手法や、精度の高いレポートを作れるというスキルが付加価値とされてきました。
しかし、AI時代はそういった手法やアウトプットをAIが担当するようになる。すると、むしろそのアウトプットを判断したり意味付けていく能力が求められます。すると、色々な経験を経てバランスのいい思考ができたり、価値判断ができるゼネラリストが活躍していける社会になっていくかもしれませんね。
拠点を京都に移して見えた「時間軸」の違い
——山下さまご自身は現在、京都に拠点を置かれているとお聞きしました。これまでお聞きしたような社会変化が背景にあったのでしょうか?
理由は大きく二つあります。一つは、プライベートに変化があり、より仕事と生活を密接な関係で捉えたいと思ったこと。もう一つは、京都で大学の教員を兼任していることもあり、研究的な観点から分散的なチームワークについて考えてみたかった点です。
——実際に移住されて発見や変化はありましたか?
時間の流れ方が違うと感じますね。東京は日々短いサイクルで物ごとが動いている感じがしますが、京都では何年という時間軸で考えられる。その違いは、仕事の質にも大きく影響するだろうなと思います。
例えば東京では「今これが流行っている」「このトレンドに乗らなきゃ」という感覚がすごく強い。いわゆるFOMO(Fear of Missing Out)というプレッシャーです。でも京都にいると、「それって本当に重要なことなんだっけ?」と一歩引いて考えられる気がします。
この違いは、都市の性格というより、時間との距離感の違いかもしれません。京都では、目の前の新しさよりも、積み重なってきた時間の層が日常に埋め込まれている。そのため、変化を絶対視せず、「それはどの時間軸の話なのか」と問い直す余白が生まれる。
AI時代に歴史を学ぶ意味も同じです。未来を予測することではなく、加速する現在を相対化し、問いの質を上げ、技術に飲み込まれないための思考の足場を持つこと。ポスト人間中心主義が語られるいま、自然や歴史に身を寄せる感覚は、AIと競うためではなく、AIと共に考え続けるためのリテラシーとして、ますます重要になっているのだと思います。
——居住地や拠点となる空間が仕事に対する感覚や思考に影響を与えるということですね。
そうですね。人間が生活環境から得る情報量というのは、非常に大きなものです。例えば自然との距離、街の空気感など、自分では意識していないけれど、人間って色々な情報を受け取り、思考に影響を与えています。⼼理学者であるアルバート・メラビアンの説によれば、⾔語情報が7%、聴覚情報が38%、視覚情報が55%の割合で判断に影響を与えていると指摘されています。
オンラインで業務自体はできるかもしれないけれど、思考の質や、物事の捉え方、時間軸の感覚といった非言語的な部分は、やはり物理的な環境に大きく影響を受ける。だからこそ、これからのオフィスは「どんな環境を提供するか」「どんな時間の流れを作るか」という点が重要になってくるのだと思いますね。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
この連載の記事一覧