心理的安全性を高める「聞く」と「聴く」の違い、わかりますか?

人材育成や組織力向上などの目的で、1on1を取り入れる企業が増えている。
しかし、限られた時間の中で本音を引き出し、成長やサポートに必要なコミュニケーションを図ることは難しいもの。「聞き手が一方的に話して終わってしまう」「良くないことの報告が上がってこない」「本音を引き出すことが難しい」といった課題も多い。
人材を育成し、組織を変えるためにはどのようなコミュニケーションが必要なのか。株式会社エール 取締役の篠田真貴子氏に伺った。

Profile

篠田 真貴子 氏

エール株式会社 取締役

 

社外人材によるオンライン1on1を通じて、組織改革を進める企業を支援している。2020年3月のエール参画以前は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年〜2018年 ほぼ日 取締役CFO。退任後「ジョブレス」期間を約1年設けた。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。(株)メルカリ社外取締役、 経済産業省 人的資本経営の実現に向けた検討会 委員。人と組織の関係や女性活躍に関心を寄せ続けている。

「LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる」(日経BP)

「ALLIANCE アライアンス――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用」「LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる」監訳。「デュアルキャリア・カップル――仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える」日本語版序文。

人が変わらなければ、組織は変わらない

組織の変革を推進するためには、人材育成が不可欠だ。「心理的安全性」「人的資本」「キャリア自律」といったテーマをふまえた人材育成の戦略を掲げ、成長を支援する研修制度や制度、研修などをつくる企業は多い。しかし、それらの取り組みが形骸化してしまったり、目標を達成できなかったり、あまりうまくいっていないケースも少なくない。

人材育成の施策が絵に描いた餅になってしまわないためには、戦略や制度をつくるだけではなく、一人ひとりが変容することが必要だ。人が変わらなければ、組織を変えることはできない。人材育成、組織開発のラストワンマイルをどうつなげるかが、本質的な課題だ。

では、人が変わるためには何が必要なのだろうか。エール株式会社の篠田真貴子氏は、「まずはじっくりと話すこと、そして、じっくりと聴くことが大事」と語る。

「人は誰かに話を聴いてもらうことを通して、モヤモヤとした思いが言語化されます。言葉になると自覚できるようになり、周りとつながることができます。こうした体験が個人の潜在力を解き放ち、組織変革の推進につながっていくのです」(篠田氏)

コミュニケーションエラーはなぜ起こるのか

組織の変革を目指すとき、しばしば起きてしまうのがコミュニケーションエラーだ。「あの人がこうだから」と個人に寄せて考えがちだが、篠田氏は「実は組織の構造が問題」と指摘する。

組織風土を「組織のOS」と呼ぶならば、それを構成するものは「事業観」「人間観」「組織観」の3つに分解することができる。このうち、時代の影響を受けやすいのが「事業観」だ。例えば、30年前なら長時間労働が当たり前の価値観だったが、今は働き方改革、ESG、サステナビリティができていることが良い会社と言われている。つまり、社会が事業に期待するものが、事業における「人間観」「組織観」、さらには「人と組織の関係」を規定するのだ。

これまでの組織のイメージは、「再現性」「連続性」がある機械のような組織だった。そこにおける人とは「人数」「時間」「見えるスキル」であり、ブロック塀のように均一性があった。まずは人をそろえ、均質化したところで力に換えていくという考え方で、100人が1000人になれば10倍のアウトプットが出るという世界観だ。

一方、これからのあるべき組織とは、「創造性」「独創性」があり、そこにいる人は思考し、アイデアを出してチャレンジすることを求められる。さまざまな個性を持つ人が積み重なった石垣のような組織であり、多様性を力に換えていくという世界観だ。

こうした組織の構造について解説したのち、篠田氏は「今の管理職層の皆さんはブロック塀の組織で鍛えられ、成功してきた方々です。しかし、今の若手の方は物心ついたときから石垣のような世界で育ってきました。ここに構造的なギャップがあります」と語った。このギャップにコミュニケーションエラーの原因があるのだ。

「ブロック塀の組織で管理職がするべきことは『汎用的な規範を伝える』ことであり、人材を均質化するために飛び出ている部分、ずれている部分を指摘するような指導をしていました。
しかし、今の石垣のような組織では一人ひとり違うことが前提にあり、組織として力を発揮するためには一人ひとりの“大きさ”や“形”を把握することが必要です。自己理解、他者理解をするために重要なのが『聴く』『聴かれる』こと。これが、組織を構築するために必要なコミュニケーションのスキルであり、『聴き合う文化』をつくることに経営リソースを振り分けることが大切です」(篠田氏)

「聴く」とは「without Judgement」

「きく」には、いくつかのバリエーションがある。「きいているようで、きいていない」ケースとしては、別なことに意識が向いて、きいていないケース、相手の話題を受け止めるのではなく、別な話にずらしてしまうケースなどがある。そして、「きちんと耳を傾けてきく」の中にも、判断をしながら「聞く」(with Judgement)と、判断を保留して「聴く」(without Judgement)の2種類がある。

「聞く」(with Judgement)は、「相手」に関心を向ける行為だ。例えば、「子どもには英語を習わせるべき」と話す相手に対して、「そうですよね」と同感したり、「私はそうは思いません」と反対意見を述べたりする。話を聞きながら自分の意見や感想を考えるため、身振りや表情にも表れる。

これに対して「聴く」(without Judgement)は、「相手の関心事」に関心を向ける行為だ。「子どもには英語を習わせるべき」という話に対して、自分自身は異なる意見を持っていたとしても、いったんはその判断を保留する。そして、「そういうお考えなんですね。もっと詳しく教えてください」と伝える。

「話を『聞く』ときは話し手と聴き手が向き合っていますが、『聴く』は同じ方向に向かって並んで歩いているようなイメージです。そして、心理的安全性の醸成に欠かせないのは『聴く』コミュニケーションです。
私が監訳を務めた『LISTEN』には、『聴くという行為には何よりも好奇心が必要』と書かれています。聴くことは他人の考えや感情への好奇心のあらわれ。好奇心を持ち、聴く姿勢を持ち続けることが、心理的安全性をチームの中に醸成するうえでは欠かせません」(篠田氏)

心理的安全性を促進するためには、リーダーが「聴く」ことが大事

では、「聴く」ことは心理的安全性にどうつながるだろうか。

心理的安全性とは、いわば、誰もが気兼ねなく意見を述べることができる文化のこと。何を言っても否定されず、恥ずかしい思いをすることはないと思える環境があり、「この人はいつでも聴いてくれる」という信頼関係や安心感があってはじめて、人は自分の本音や考えを話すものだ。心理的安全性がない状態で「さあ、今から言いたいことを自由に言ってください」と言っても活発なやりとりは生まれない。

心理的安全性について語るとき、しばしば個人の資質が影響するという誤解を持たれやすい。オープンに話せる度胸がある人、口数が少ない人などさまざまな人がいるので心理的安全性の感じ方が違うのでは、という見方だ。しかし、心理的安全性は個人の資質ではなく、チームの組織風土によって大きく変わってくる。ここで重要なのが、リーダーの存在だ。

心理的安全性を研究するエドモンドソン氏は著書『恐れのない組織』で、「私が研究したどの組織においても、心理的安全性はグループによって著しく異なっていた。うまく心理的安全性を作り出せるリーダーがいる一方、作り出せないリーダーがいる」と述べている。

「聴いてもらえるから、話ができる。リーダーが耳を傾けて話を聴く姿勢を持つことが、心理的安全性を高めるためには大切です。そして、聴く姿勢があることがわかるような問いかけをしましょう」(篠田氏)

高い心理的安全性をもたらす聴き方には、いくつかのポイントがある。

「まず、イエス・ノーで答えられない質問であること。リーダーが答えを知らないこと。相手が集中して考え、話せるようにすること。そして、これらの根底にあるのは、あなたの話を本当に聴きたいという好奇心と謙虚さ、相手を尊重する態度です」(篠田氏)

心理的安全性を高める問いかけの例を挙げると、病院で医療ミスを防ぎたいときであれば、「ミスを見ませんでしたか?」と問いかけるのではなく、「あなたの担当患者は今週、安全に過ごせましたか?」と問いかける。このときに、「あなたの基準で構いません」と伝えることも大事だ。
また、事故を防ぎたいときであれば、「安全性について何が課題だと思いますか?」と問いかけるのではなく、「あなたの現場を思いやりと敬意に満ちたものにするには、どんなことをすれば良いですか?」と問いかける。

「こうした聴く姿勢を持つことで相手は安心して話ができるようになりますし、一生懸命に考えて答えてくれるはずです。傾聴研修などを受けるだけでは大して意味はなく、何よりも重要なのが相手を尊重する態度なのです」(篠田氏)

「聴き合うチーム」がパーフォマンスを発揮する

心理的安全性を高めるためには、リーダーだけが頑張ればいいわけではない。リーダーが聴くことを意識し、環境を作ることで、チームのメンバーがお互いに聴き合うことができるようになり、チームの心理的安全性が達成されるのだ。
Googleがパフォーマンスの高いチームにどのような特徴があるかを調査した「Project Aristotle 2015」によると、「メンバー間の話す量が均等である」「非言語コミュニケーションに敏感である」という2つの特徴が明らかになった。

「例えば、リーダーとメンバー4人の5人チームの場合、均等に話すということは1人2割の時間となります。また、話をしない残り8割の時間も、身振り手振りをしたり、表情をくみ取ったりしてコミュニケーションをしている。つまり、パフォーマンスが高いチームは、互いに聴き合っているのです」(篠田氏)

エールで篠田氏らが1on1のサポートをしている企業の事例からも、同じような結果が現れているという。

ある大手自動車メーカーのグループ会社では、管理職約100人に「人に話を聴いてもらう」経験をしてもらったところ、数カ月間で心理的安全性が高まったという結果が出た。この変化がチームにも良い影響をもたらし、「会議での発言が活発になった」「助けてほしいといったネガティブな話もしやすくなった」といった反響があったという。
自分の話を聴いてもらう体験をすると、聴くことの大切さに気がつく。そして、聴く姿勢への関心が高まることで、自分の聴き方、話し方にも変化が生まれ、結果として、部下とのコミュニケーションにも変化が生まれ、チームに良い影響をもたらしたケースだ。

また、あるベンチャー企業の事例では、以前はメンバーに目標を伝えたところ、「こんなに高い目標、無理です」という反応で、リーダーが無理やりに推し進めることが多かったそうだ。
ところが、マネージャーに「人に話を聴いてもらう」体験をしてもらったところ、聴くことに対する意識が変化。目標を伝えたあとにメンバーの反応を見ながら、「何に迷いを感じているのか」と耳を傾けるようになった。話を聴いてもらうことで、メンバーに対する心持ちが変わってきたのだという。

心理的安全性が高く、パフォーマンスを発揮するチームには聴き合う文化がある。聴くスキルは、リーダーに限らず、チームのメンバーが全員に必須のスキルだ。
聴くスキルを実践するためには、頭で理解するだけではなく、まずは自分が「話を聴いてもらって良かった」と体験することが大切だ。

「良い聴かれた体験がなければ、良い聴くを届けることはできません。まずはリーダーが良い聴くを届け、それをチームの中に伝播させていく。そうすることで、心理的安全性の高いチームになっていくと思います」(篠田氏)

 

 

 

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