【ラグビー・中竹竜二氏】企業を進化させる失敗を恐れない組織

かつての日本企業の常識では「失敗」は避けるべき対象だった。また強いリーダーが「弱さ」を見せることも御法度とされてきた。

しかしラグビー競技の監督・コーチを歴任し、現在JOC(日本オリンピック委員会)で全オリンピック競技の指導者育成を主導する中竹竜二氏は「リーダーが率先して弱さをさらけ出せ」と語る。

リーダーが弱さを見せるとはどういうことか。また企業を進化させる組織風土の作り方とは何か。
スポーツ・ビジネスの観点から中竹氏が徹底解説する。

Profile

中竹 竜二 氏

株式会社チームボックス代表取締役

日本オリンピック委員会サービスマネージャー

 

福岡県出身。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所勤務後、2006年に早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任し、自律支援型の指導法で大学選手権二連覇を達成。2010年、日本ラグビー協会のコーチングディレクターに就任。2012年より3期、U20日本代表ヘッドコーチを兼務。その後理事を務めた。2014年、企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックスを設立。2022年、JOCサービスマネージャーに就任し、全オリンピック競技の指導者育成を主導している。他に、日本車いすラグビー連盟 副理事長、一般社団法人スポーツコーチングJapan 代表理事など。著書に『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(ダイヤモンド社)など多数。

ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方(ダイヤモンド社)

なぜ失敗を恐れない文化は重要か?

会社の組織論において注目されている言葉がある。それは「心理的安全性(psychological safety)」だ。
広義には「会社のような組織的・集団的なコミュニティのなかで、他者から拒絶されたり組織から罰を与えられたりすることがなく、誰でも安心して発言できる状態」を指す。
ハーバード大学の組織行動学者、エイミー・エドモンドソン教授がTEDなどで提唱したほか、最近ではWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で優勝した日本代表・侍ジャパンが「心理的安全性の教科書」だと評価されることもある。

他方、日本企業に目を向けると「心理的安全性が欠如している」と言われることがある。会社組織に心理的安全性を働かせるためには「自分の失敗を恐れない文化」「他者の失敗に寛容な文化」の醸成が不可欠だが、いずれも年功序列型組織とは食い合わせが悪い。日本企業が失敗を恐れない組織になるには、どこから変わればいいのだろうか。

中竹竜二氏は早稲田大学ラグビー蹴球部監督、日本ラグビー協会コーチングディレクター、U20日本代表ヘッドコーチを歴任。その後はそれまでのコーチングスキルを活かし、コンサルティングカンパニー・株式会社チームボックスで代表取締役を務め、JOC(日本オリンピック委員会)では全オリンピック競技の指導者育成を主導する。同氏は「失敗を恐れない文化を醸成すれば、組織の進化・成長の可能性が高くなる」と提言した。
これまでの選手指導、あるいは組織コンサルティングを通じ、中竹氏はこう話す。

「どんなに優れた人間でも、今いる場所がその人にとって最も居心地がよいと感じる場所です。選手や社員をより進化・成長させるためには、その居心地のよい場所の向こう側にある居心地の悪い場所(例:選手にとってのトレーニング、社員にとっても学び)へと誘導しなければなりません。すなわち良い指導は心地の良いゾーンから心地の悪いとわかっているゾーンへと選手・社員を誘導すると同時にそこへ行っても大丈夫だと信じさせる行いのことなのです」

このときにそれを難しくさせるのが失敗への恐れ。選手のトレーニング、社員の学びといった自己研鑽の先に必ずしも成功があるとは限らない。中竹氏はそのためにも「チームや組織のなかで『失敗』という言葉を再定義する必要がある」と強調した。

本来、失敗とは目的が達成できないことを指す言葉だが、中竹氏の組織論・チーム論ではその見方を変え「失敗=グッド・トライ」だと教えている。

「トーマス・エジソンはその発明人生において何千・何万回の“失敗”を繰り返しましたが、エジソンはそれらを失敗とは考えていません。何千・何万のうまくいかないパターンを“発見”したのだ、と自ら明言しています」

たとえ目的が達成できなかったとしても、そのおかげでうまくいかないことに気づくことができた——だから失敗は「グッド・トライ」と解釈すればよい。中竹氏はこう続ける。

「JOCには今54くらいの競技団体があり、そのうち39競技が2024年パリ五輪に出る予定。それら39競技すべてに代表監督が就きます。私がJOCの指導者育成のなかで繰り返し申し上げているのは『失敗のデザイン』です。すなわちどれだけ選手が上手くいったか、ではなく、どれだけ失敗しているか、を各競技の指導評価に組み込んでもらっています。
練習は決して試合ではありませんし、存分に失敗のできる場所です。そして練習だからこそ試合よりずっと強度な環境を作れます。試合本番の状況よりも選手に大きな負荷を与え、そこで失敗を経験させる。これはスポーツ指導のみならず、企業の育成にも同じことがいえます」

失敗を恐れない風土を作るリーダーシップ

では社員が失敗を恐れない風土を作るために、何をするのが最も得策か。
中竹氏がその解決手段として最初に挙げたのがリーダーの存在。特にリーダーがチャレンジ・失敗を率先する環境づくりを重要視した。

2019年W杯で目覚ましい結果を残したラグビー日本代表も、心理的安全性が備わったチームとして評価される。流行語にもなったスローガン“ONE TEAM”は、まさしくそれを体現する言葉かもしれない。
中竹氏曰く、当時のラグビー日本代表選手は試合本番に臨むにあたり本当に厳しい練習を繰り返してきたが、ある試合ではそれまでの練習でまったくやったこなかったプレイからトライを決めたという。決まり切ったことだけをやるのではなく1人ひとりがそのときのベストを考えながら失敗を恐れずプレイできた証左であり、その環境を率いたのがリーチ・マイケル選手らリーダーの存在だった。

「教育心理学やコーチングでもたびたび言われている話ですが、子どもは親が言っていることにはなかなか従いませんが、親がやっていることは率先してやるものです。どんなに『勉強しなさい』と叱ったところで子どもは勉強しませんよね。でも自分の親が何か難しい問題に直面しそのことを調べる姿とかを見ると『自分も勉強してみようかな』と勉強を始めます。

それと同様にリーダーが失敗を恐れず行動している組織では他のメンバーのチャレンジが連鎖していきます。さらには失敗してもそれをメンバーに打ち明けられる状態、失敗がもたらす“恥”を恥とも思わない状態こそが、強いチームとも断言できます。
2019年のラグビー日本代表はあえてメディアトレーニングを受けませんでした。W杯開幕戦では格下相手に勝利したもののミスを連発。試合後の記者会見では『マジで緊張して死ぬかと思った』など常に“素”の状態で受け答えし、自分たちが精神的に追い込まれていたことも正直に話しました。あれだけの死闘に挑み、最終的に世界ベスト8という輝かしい結果を残した彼らでさえも平気で弱さをさらけ出すのです」

ヒューストン大学ソーシャルワーク大学院の研究者ブレネー・ブラウンは“Vulnerability”という言葉を用い「己のなかにある弱さを他人に開示する勇気」の重要性を説いている。すなわち「弱さを見せること」とは“強さ”にもなる。

「人間には2種類の成長があると思います。それは水平的成長と垂直的成長です。これまで私たちは前者に該当するコンピテンシーのような量的成長=能力・スキルを評価対象としてきました。しかし今の時代に求められているのは後者に該当する質的成長=人間性や人としての器です。
垂直的成長では1つの物事に対し多様な見方をしなければその人の成長具合がわかりません。スポーツチームに置き換えるなら、1つのミスを『何かの発見かもしれない』と捉えたり、1つの成功が『自分たちを調子に乗せる危険因子だ』と捉えたり……。
いずれにせよそうした行動様式においては失敗や弱さが成長の阻害要因になりがちです。自分を許す・他者を許すことには勇気がいるかもしれませんが、その勇気は組織内に伝染し、やがて失敗を恐れない風土が構築されていくでしょう」

心理的安全性の働く組織の3つの条件

自分の失敗や弱さを開示し、他者の失敗や弱さにも寛容になる。それを実践する組織ではチャレンジの機運が高まっていく。

「粉飾決算など日本企業による不祥事が多発しています。普通に考えてみてください。その企業を構成する社員たちは皆、一生懸命上司の言うことを聞きながら良かれと思ってやってきたはず。それが結果的に不都合な真実を隠し、大きな犯罪行為につながりました。恐ろしいのはそのように走り出してしまった会社組織の忖度を放置してしまうこと。心理的安全性が働き、個々人が“言い出せる”勇気を持つことがますます重要になっています」

世界的なラグビー指導者で日本代表も指導したエディー・ジョーンズは、中竹氏もよく知る人物である。中竹氏曰く、エディー監督の真髄は日本に蔓延る“負けの美学”あるいは“言い訳の文化”に対し、相当な危機感を持ったことだったという。

「エディーは2012年4月日本代表監督に就任。監督として初めて采配を振るった試合にチームは完敗しましたが、試合後エディーは『負けたことはいい、しかし負けても選手がヘラヘラ笑っていることが許せない』と怒り、負け犬根性を根底から覆す変革に着手しました。選手たちの垂直的成長を促すためには試合結果というファクト以上に、その結果に対してどう感じたのかのフィーリングが重要。それを象徴するエピソードだと思います。ラグビー日本代表のその先にはW杯ベスト8という結果がもたらされました。皆さんも企業の組織文化を変え、大きな成果を得るのであれば、社員の感情に向けてアクションを起こしていただきたい」

最後に中竹氏はこう話した。

「なんとなく“和気あいあい”とした状態を心理的安全性が働いている企業とするケースも多いですが、それは本質ではありません。スポーツにおけるコーチングの鉄則は第一に、普通にしていたら決してたどり着けないようなチャレンジングなゴールが設定され、そこに選手が期待していること。第二に、そのゴールに向けてアンカンファタブルな(快適ではない、居心地の悪い)環境が備わっていること。そして最後に、あらゆるターンアラウンド(方向転換)をやり尽くしていること。これら3つの条件が揃ったうえでしか心理的安全性は語れません。企業組織においても進化のその先にある未来を再定義し、そこに向けたチャレンジングな取り組みを設計していただきたいと思っています」

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