【Vol.1】なぜ我々は、過去の成功を手放さなければならないのか。
2023.06.02
目次
昨今、金融庁が企業に対して人的資本に関する情報を有価証券報告書に記載することを義務付ける方針を示すなど、人的資本が企業の市場価値を大きく左右する要素として広く捉えられるようになっている。しかし、その大きな流れに企業がスムーズに対応できているとは言い難く、組織づくりや組織改革における悩みの声は大きくなるばかりだ。
一方、イーロン・マスク氏率いるテスラ社のように、周囲の変化に合わせるどころか自らが変革の中心となり続ける企業も存在し、企業間の格差も浮き彫りとなっている。 今回は、自らを変革できる企業とできない企業の差とも言える“アンラーン”(一般には「学びほぐし」などと称される)の考え方について、株式会社チームボックス代表取締役、また「アンラーン戦略 「過去の成功」を手放すことでありえないほどの力を引き出す」監訳者である中竹 竜二氏に伺った。
Profile

中竹 竜二氏
株式会社チームボックス 代表取締役
(一般社団法人日本ウィルチェアーラグビー連盟 副理事長
一般社団法人スポーツコーチングJapan 代表理事)
1973年福岡県生まれ。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所を経て、早稲田大学ラグビー蹴球部監督就任。自律支援型の指導法で大学選手権二連覇を果たす。2010年、日本ラグビーフットボール協会 、指導者を指導する立場である初代コーチングディレクターに就任。2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチを経て、2016年には日本代表ヘッドコーチ代行も兼務。2018年、コーチの学びの場を創出し促進するための団体、一般社団法人スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。


『アンラーン戦略 「過去の成功」を手放すことでありえないほどの力を引き出す』監訳。その他著書『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(ダイヤモンド社)など多数。
アンラーンの定義
ー 早速ですが、“アンラーン”の定義について教えてください。
実は定義については明確に固まっているものではなく、学術的にも昔から様々な見方があります。しかしその中でも共通しているのは、過去に学んできたものを捨て去ることができるかということです。我々は、何かを学ぶ時に「何を新たに吸収するか」ばかりに目を向けがちですが、得た知識を実際に活用していく上でのキャパシティには限度があります。そのため、過去の学びの中で古くなってしまったものを意識した上で捨て去ることができるかが重要であり、その点がアンラーンを定義する大きな軸になっています。

ただ『アンラーン戦略』においてオライリー氏が彼独自の定義として提唱したのは、アンラーンを行うためには3つのサイクルが必要になるという点です。そのサイクルに則って説明すると、実はアンラーンには狭義と広義の2つの意味があります。
まず狭義の意味が、先ほどの定義の軸ともなっていた「過去に役立っていたものの、今は成功の障害となっている考え方や行動体系を捨て去ること」であり、「脱学習」とも訳されます。一方、広義のアンラーンにおいては捨て去るだけでは終わりません。オライリー氏の提唱する理論においては、「脱学習」の後に続く「再学習」・「ブレイクスルー」というサイクルを継続し続けることを、広義のアンラーンと呼んでいます。
アンラーンという大きなサイクルを構成する3つの要素の中で、再びアンラーン(脱学習)という同じ言葉が登場するので、少しややこしく感じられるかもしれません。

ステップの2つ目である「再学習」とは、古くなってしまった考え方を捨て去ることで初めて見えてくる新たな視点や情報を受け入れることを指します。そして最後のステップが「ブレイクスルー」です。再学習によって新たな視点が見えてきたとしても、行動の変化に繋がるわけではありません。
我々は思考が変わることによって行動が変わると考えがちですが、それこそ「脱学習」が必要な思考体系であり、「ブレイクスルー」は受け入れた新たな視点を通じてまず行動自体を変え、その結果として自らの考え方を変化・適応させていくことを指します。ここまでの一連のサイクルを回し続けることが、広義のアンラーンです。
アンラーンとリスキリングの違い
ー 昨今、“リスキリング”という言葉もよく耳にしますが、広義の“アンラーン”とはどのように違うのでしょうか?
リスキリングは、アンラーンを行うサイクルの中で何かしらの新たなスキルを手に入れることに焦点を当てているものだと思います。表面的なスキルというか、ハウツーに関するものを指すことが多いように感じます。PCに例えるなら、リスキリングはPCのアプリケーションをアップデートすることと言えるでしょう。
一方、アンラーンはOSそのものをバージョンアップすることに近く、スキルや行動の根幹にあるもの、つまり個人でいえばその人の深くに根ざす思考体系や価値観、組織で言えば根底にある組織文化をアップデートするという行為と捉えることができます。

このように表現するとリスキリングよりアンラーンが重要だと捉えられがちですが、そういうわけではありません。重要なのは両立です。短期的な成果を焦るあまりリスキリングだけを行っても、何かしらのスキルはついたはよいが現場で使えるスキルや組織変革に繋がるスキルになっていない、というケースも多く耳にします。リスキリングを通じてアプリケーションだけを最新にしてもOSが古いままであれば最大の効果を引き出せず、逆にアンラーンでOSだけ入れ替えてもアプリケーションとの互換性がないとワークせずに終わってしまうといった様相でしょうか。
実際、リスキリングを推進している方の中でもアンラーンと同様の意味でリスキリングを捉えていらっしゃる方もおり、アンラーン(=OSのアップデート)とリスキリング(=アプリケーションのアップデート)はセットで考える必要があることは間違いありません。日本としても岸田総理が向こう5年で1兆円ものリスキリング予算を投じることを表明しましたが、本来はアンラーニング予算も確保してほしいところですね(笑)。
ー リスキリングをそのように捉えると、古来からの「守破離」という言葉などとも類似性を感じます。
似ていますね。バリー・オライリーの定義するアンラーンサイクルを常に回している人は、守破離の「離」まで到達した上で、次の「離」に行こうとしている人だと思います。
またそれだけでなく、ソクラテスのいう「不知の自覚」、あるいは「急がば回れ」や「ただより高いものはない」などの諺を始めとして、安易に答えに飛びつきそうな自分たちに対してアンラーンを促す格言は昔から多く存在していました。実はアンラーンという概念自体はそこまで新しいものではなく、変化が激しい今の時代だからこそ重要性が高まり続けており、注目されているのだと思います。
それでも成功体験を捨てきれない人へ
ー アンラーンの重要性について、よくわかりました。一方で、できることなら過去の成功体験を活かしたいという気持ちを捨てきれない自分もいて、アンラーンの難しさを実感しています。このような人に対して、中竹さんはどんなアドバイスをされますか?
前提として、過去に何らかの成功を収めたという人であっても、その成功要因は1つではなく、複雑な要因が絡み合っているはずです。極端な例として、「過去の営業活動で一人で大きな数字を作ったとき、誰よりもお客さんのところに行ってアポを取りまくっていたのが良かったんだ」と考えている人がいるとしましょう。 しかし、もしかするとその人が成果を上げられたのはお客さんと会う前に徹底して準備していたことが要因かもしれないし、関係性を上手く構築するためのコミュニケーションの才能があったからかもしれません。
しかし、自分の中で「叩き上げで、足で稼いだからこそ成果が出た」ということだけを成功体験として認識し続けてしまうと、今これだけ世の中が変わってデジタル中心のコミュニケーションの方が圧倒的に効率が良くなっても、「足で稼ぐこと」だけを他のメンバーに強いてしまう可能性もあります。
この例はあまりに極端なので過ちに気づきやすいかもしれませんが、多くの人は自分が認識している成功体験・ストーリーに偏りがあることにすら気づけず、その体験に浸り続けたいという感情的な欲求に負けてしまうことが多いと感じます。
もしあなたが過去の成功体験を完全に捨て去ることが難しいと感じる場合、「自分が捉えていた成功要因以外にも重要なポイントがあったのではないか?」と自問自答することから始めるのも良いかもしれません。このような「問いかけ」は、アンラーニングの実践において最も重要なポイントの一つです。

今こそアンラーンが求められる理由
ー たしかに、成果は複雑な要因が絡み合って成り立つはずのもので、良い成果を出していてもその捉え方が時勢にそぐわなくなるケースも多そうです。それ以外に、アンラーンが今の時代に求められる背景としてどういったことが考えられるでしょうか。
先ほどの話の通り、VUCAと表現されるような時代が変化するスピードとその振り幅の大きさは、間違いなくアンラーンが必要となっている理由の一つです。
一方で、もう1つの背景は世の中側ではなく、個人や組織に求められる役割の変化にあります。当たり前ですが、我々個人も組織も、時間が経つに連れ求められる役割やフェーズが変化していきます。個人が一般社員から係長や課長などの管理職になることもそうですし、企業が時代に応じて提供サービスや顧客層を変化させるなど、ずっと同じ役割が求められるケースの方がむしろ少ないでしょう。
先ほどの営業マンの事例のように、管理職になっても昔とった杵柄を振り回し、足で稼ぐ営業スタイルを貫いて現場に行き続けても、求められる役割・成果が全く異なる中では通用することはないでしょう。
また企業についても同様、あるいはそれ以上のことが言えます。「透明社会」と言われるように、今の社会はやっていることがすぐに可視化され、特にデジタルにおいては一気に広がりコピーまでされてしまう。そうすると、優位性を持っていたはずのビジネスモデルも想像以上の速さで勢いを失いやすいので、組織も個人以上に常に成長・変化し続けなくてはなりません。
個人としても企業としても、フェーズや役割が変わっているにも関わらず得た成功体験をそのまま使おうとしているのは、とても危険だと感じます。私がチームボックスとして企業を支援する中でも、経営幹部や管理職の方が自分たちのマネジメント手法に対して健全な危機感を感じているケースが多いです。
各世代における価値観も大きく変わり、これまでのように管理職による指示と命令だけでは組織が機能していかないし、かと言って若い人に任せようとしても指示されたことしか実行しない文化が根付いてしまっているなど、そのような世代間ギャップに苦しむ声が一番多いです。 次は、この点について少しお話していきましょう。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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