【USJ】単なる“賃上げ”は「減価償却」に。人的資本に報いる最適な方法は?

物価高や人材獲得が難しくなっていることを背景に、賃金アップをする企業が増えている。厚生労働省の調査によると、2023年度は300人以上の従業員を抱える企業の9割以上が賃上げを実施。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJ)を運営する合同会社ユー・エス・ジェイも積極的に賃上げに取り組む企業の1つだ。同社ではアルバイトを含む従業員の賃金アップのほか、多様な人材の採用・登用や福利厚生の充実などに取り組み、人的資本強化を行っている。

シニア・バイス・プレジデント/人事本部長の田口雅子氏に、賃上げに踏み切った背景や、人的資本の時代におけるUSJの人材戦略の考え方を伺った。

田口雅子 氏

合同会社ユー・エス・ジェイ  シニア・バイス・プレジデント 人事本部長

 

 

USJが採用を強化する背景と課題

——USJでは2023年以降、採用を強化しています。背景を教えてください。

USJでは現在は全体で約1万5000人の人材のうち、正社員が3000人ほど、パークでパート・アルバイトとして働く「クルー」と呼ばれるスタッフが1万2000人ほどいます。クルーは10代の学生からシニアの方まで年齢層は幅広く、半数以上が女性です。

コロナ禍が落ち着き、2022年の終わり頃から急速に客足が戻ってきた一方で、しばらくはクルーの人数が充足しない状態が続いていました。そこで、2023年から大々的に採用を強化し、結果的に1年で3000人以上の増加(昨年同月比)となりました。2024年も引き続き採用・定着に注力しています。

テーマパークを運営するUSJはまるで1つの「小さな街」のように、社内に多様な機能を持っています。本社機能のほか、アトラクションの設計や建築、ゲストに対面するパークオペレーション、アトラクションのメンテナンスをするテックチームなど、幅広い事業部があり、その各事業部で正社員約3000人がそれぞれの分野のスペシャリストとして活躍しています。

パート・アルバイトとして働くクルーや、幅広い事業部に在籍するスペシャリスト。USJに在籍する人材の幅が広いため、人事制度をすべての従業員に一律に適用することは難しく、業務内容や職種に合わせてある程度間口を広げた運用にしています。

ただその際に意識している事は、私たちが大切にしている理念やバリューといった核となる部分は、「雇用形態や業務に関係なく絶対にブレないようにする」ということ。人材の幅が広くても、共通項・軸となるものを大切にしています。

——採用面では現状どのような課題を抱えているのでしょうか?

これまではクルーの半数以上が学生ということもあって人材の入れ替わりが激しく、特に卒業シーズンには大量のクルーが退職していました。

そこで、一年を通じてより安定的に人材を供給できるように、現在は地方採用や外国人採用、シニア採用にも力を入れています。2023年度は100名ほどのクルーを地方から採用し、引越し手当も支給。週5日働いていただき、パフォーマンスが良い方は正社員に転換してもらっています。また、インバウンド対策として台湾や韓国でも積極的に採用活動を実施しており、ワーキングホリデービザで働くクルーも増えています。

このように今まで以上に多様なチャネルで多様な人材を採用することで、より安定的に人材を供給できる筋肉質な組織を目指したいと考えています。

また、特にスペシャリストの採用を行うにあたっては我々人事のメンバーも実際に現場を見て、どういう人材が求められているのかを把握することを心がけています。

たとえば、USJには夜間にメンテナンスをするチームがあるのですが、日中働いている従業員が彼らに会う機会はほとんどありません。我々人事チームも、夜間のチームの業務内容やライフスタイルなどをイメージしにくいという課題がありました。そのため、人事のメンバーが夜のパークに行き、実際に夜間に働いている従業員の仕事を見たうえで、具体的にどのような人材が必要なのかを明確化した上で採用活動を行うなどの工夫を行っています。

賃上げだけでは「選ばれ続ける企業」にはなれない

——USJでは2023年、2024年と連続して正社員やクルーの賃金、諸手当を引き上げています。賃上げをした背景を教えてください。

テーマパーク運営はゲストの感情を相手にするビジネスです。テクノロジーで自動化できる部分があったとしても、人材こそがビジネスの核であることに変わりはありません。

ゲストにより魅力的なエンターテイメントを提供していくためには、私たちのバリューを体現する人材がそろっていることが不可欠です。そのためにもUSJで働くことの経験価値を高め、長く働きたいと思ってもらえる環境をつくることが必要であり、その1つが報酬です。

USJでは2年連続の賃上げに加えて、業績が良かった昨年度は全従業員に一時金を支給しました。人材獲得の難しさが年々高まっている中でマーケットで常にコンペティティブでありたいからこそ、今後もできる限り報酬というかたちで従業員の期待に応えていきたいと考えています。

一方、面白いもので、金銭的な報酬というのはもらった瞬間から減価償却が発生してしまいます。賃金が上がってもすぐにその金額が自分にとっての当たり前になってしまい、喜びはなかなか持続しないものです。そういう意味では車の価値と少し似ているかもしれません。

——年1回、賃金を上げるだけではモチベーションが長続きしない、ということですね。

そうなんです。賃金は働く場所を選ぶ重要なポイントの1つではありますが、それだけではその会社を「選び続ける」源泉になりませんし、より高い賃金を出す企業に移ってしまう人もいるでしょう。

長く働き続けたいと思ってもらう(選び続けてもらう)ためには、コンスタントに「自分が大切にされている・投資されている」と感じてもらう機会が必要です。働く場所を選ぶときの大きな要因は賃金だけでなく、働く環境や日々受けられる福利厚生、成長機会や人間関係など多岐にわたります。つまりこの会社で働くことの経験価値を「総合的に」高めていくことが大変重要だと考えます。

こうした考えから、USJでは福利厚生を充実させることにも力を入れています。従業員1人1人が分かりやすく実感できるような、「手触り感のある福利厚生」を意識しています。

——どのような福利厚生があるのでしょうか?

働く環境の改善の一環として、栄養価の高い食事をより安価に提供するために、全部で6つあるクルーカフェ(従業員食堂)をリノベーションし、メニュー開発や調理、サービス提供をすべて内製化しました。

外部ベンダーに運営をお任せした方がコストをおさえることができますが、USJで働くことの経験価値向上の一環として、従業員の「食」にも心を配り、「会社に大切にされている」と実感してもらうことが大切だと考えたため、内製化の投資を決定しました。

また、以前はクルーカフェの運営は日中のみだったのですが、内製化したタイミングで夜勤の従業員が利用できるように深夜もオープンするようになりました。当然、日中パークで働くクルーの人数よりも夜勤メンバーの方が少ないわけで、効率だけを考えたら深夜のクルーカフェ運営という判断には至らないかもしれません。でもUSJで働くすべての従業員の環境改善のためにも必要な取り組みだと考えました。

——従業員からはどのような反響がありますか?

クルーカフェはとても評判が良く、利用者数が倍増しました。また、満足度調査ではクルーカフェの満足度が30ポイントも向上するなど、投資の効果は確実にあらわれていると感じています。

これ以外にも、人材への総合的な投資の1つとして、近年は従業員の健康増進や従業員同士の絆を深める福利厚生の取り組みにも力を入れています。その1つが駅伝大会やソフトボール大会の開催です。

従業員食堂の充実化や絆を深めるためのイベントなどは、昔は多くの企業が「人への投資」として取り組んでいましたが、効率化やコスト削減の流れの中で徐々に不要と言われるようになりました。それがコロナ禍を経て、また人的資本経営の重要性が高まってきた流れもあり、より大切にする方向へと再び振り子が戻ってきたように感じています。

USJとしては今後も賃金だけでなく、人材への総合的・包括的な投資を積極的に行い、より選ばれる企業になっていきたいと考えています。

ゲストの笑顔を生む人を評価する人事制度

——約1万5000人もの従業員が在籍し、クルーの入れ替えも多い中で、どのように理念やバリューを浸透させているのでしょうか。人材育成で工夫していることを教えてください。

まず、USJに入社したすべての正社員、アルバイトクルーは最初に「ワンダートレーニング」という研修を受けてもらいます。雇用形態や業務内容に関わらず全員が参加し、USJのミッションやバリューを共有すると共に、ゲストに対する接し方を学びます。講師となるのは、実際に日々現場で働くクルーです。

USJではゲストにクルーとの対話を楽しんでいただくことで、より付加価値を届けたいと考えています。そのため、人材育成や評価において特に重視しているのが、クルーからゲストへのポジティブインターアクション(以下、PIA)です。

ゲストに対するPIAは、目を見て笑顔で挨拶する、手を振る、「カチューシャ、よくお似合いですね」といった明るい話しかけをするなどのコミュニケーションがあり、すべての従業員が研修の中でPIAの練習を行っています。

これまではクルーがPIAを何回できたかを重視していたのですが、2024年度からは必ずしもPIAの量ではなく、インターアクションの前、つまり話しかける前の段階から笑顔や目線でウェルカムの気持ちをどう伝えていくかを重視しています。ゲストが何を求めているのかを感じ取り、臨機応変に対応できるように、PIAのあり方自体も進化させていきたいと考えています。

そして何より、こうした研修を通して従業員自身が楽しみながらレベルアップできる環境を整えることが大切だと考えています。

——PIAが適切にできているかどうかは人事評価にも影響するのでしょうか。

PIAがしっかりとできているかどうか、またはUSJが大切にしているバリューを体現できているかどうかは、アルバイトクルー、正社員関わらず評価の重要なポイントです。

時給で働くクルーであってもパフォーマンス次第で時給が上がります。その人の頑張りや勤務時間に応じて適切に評価してフィードバックする仕組みになっています。

正社員に対しては、目標管理制度をベースとした「uPerform」という仕組みを導入。設定した目標に対して定期的に対話してフィードバックを行い、自身の長期的な成長につなげてもらうという考え方で人材育成に取り組んでいます。

評価軸は大きく分けて、事業の成長にどれだけ貢献したかを示す「成果」と、バリューに根ざしてどれだけ適切な態度・対応をとれたかを示す「行動」の2つ。これはUSJならではのユニークな点かもしれません。人の感情を相手にするテーマパークビジネスだからこそ、ゲストや一緒に働く同僚にしっかりと寄り添い、対話を大切にする姿勢を持つ人材であってほしいという考えから生まれた仕組みです。

たとえば、USJが掲げる8つのバリューには、「DO THE RIGHT THING(正しいことをします)」、「TEAM PLAYERS(チーム一丸となります)」といった項目があります。小さな街のように多くの部署で様々な人材が働く場所だからこそ、チームワークを発揮して成果を出すことが大変重要です。単に成果を挙げるだけではなく、チームワークや組織を通じて成果・結果を出せるか、という点を評価の際にも大切にしています。

USJで働く経験を意味のあるものにしたい

——人材戦略の今後の展望をお聞かせください。

より選ばれる企業となるには何が必要かを考え、1つずつ愚直に取り組んでいくこと、これに尽きます。多様なバックグラウンドやスキルを持つ人材が集まり活躍することで、USJという小さな街がより組織として成長していくことができますし、何よりもゲストにもっとワクワクドキドキを届けることができるはず。

何百人、何千人とクルーを採用していく中で、ビジネスにおいてはともすると1人の採用を「1」という数字で捉えてしまいかねません。しかし、その数字の裏にはそれぞれクルー1人ひとりの人生があるということを人事としては忘れてはならないと思っています。

USJで働いた経験がその方の人生の中で少しでも意味のあるものになってほしい。だからこそ人事の私たちもしっかりと一人ひとりの顔を見て対応し、「この会社で働いてよかった」と思ってもらえるような環境づくりに今後も取り組んでいく考えです。

 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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