「個の利益」と「組織の利益」をつなぎ合わせるサイボウズの人事戦略とは
2025.03.04
目次
自由で多様な働き方で知られるサイボウズ。組織の拡大に伴い、2024年にこれまで掲げていたスローガン「100人100通りの働き方」を「100人100通りのマッチング」という表現にアップデートした。
組織の成長と個人の幸福の両方を追求するサイボウズの価値観がどのように生まれ、どのような変遷があったのか。そして、両者を両立させるための人事戦略とは、どのようなものなのか。 Unipos 代表取締役社長の松島稔が、サイボウズ執行役員人事本部長の中根弓佳氏に伺った。
Profile

中根弓佳 氏
サイボウズ株式会社 執行役員 人事本部長
2001年、サイボウズ株式会社に入社。人事において制度策定や採用を中心とした業務に従事。法務部長、事業支援本部副本部長を歴任し、財務経理などを含め、これら全般を担当する事業支援本部長に就任。2014年 8月より執行役員。2019年1月より人事本部長 兼 法務統制本部長(現任)

松島稔
Unipos株式会社 代表取締役社長
2013年、現Unipos株式会社(旧Fringe81株式会社)取締役COOに就任。同社COOとしてプロダクト企画/事業開発/事業提携/営業マネジメントを管掌。2016年、同社の東証グロース市場への上場に貢献。2021年、Sansan社との資本業務提携を主導。2021年、Unipos株式会社 代表取締役副社長COOに就任。2025年1月より現職。
「自由な働き方」のイメージが一人歩きしている?
Unipos松島(以下、松島):これまでサイボウズでは「100人100通りの働き方」というスローガンを掲げていらっしゃいましたが、昨年より「100人100通りのマッチング」という表現にアップデートされました。背景には、どんな意図があったのでしょうか?
サイボウズ中根氏(以下、中根):弊社が人材戦略を考える上で、重視しているのが「柔軟な働き方」です。多様な働き方ができる制度や風土をつくることで、長時間勤務は無理でも短時間でなら働ける優秀な人材も仲間にできる。そうした考えを表現したのが「100人100通りの働き方」という言葉でした。
しかし、次第に「働きやすさ」ばかりが前面に出てしまい、言葉が一人歩きするようになりました。サイボウズにはグループウェアを通じて「チームワークあふれる社会を創る」という意思がありますが、「何をやりたいか」よりも「自分がどう働きたいか」が優先されることが増えていったのです。採用候補者だけでなく、社員が増えていくにつれて社内メンバーからも「希望する働き方を自由に選べる」とミスリードされるケースがありました。
働き方は「自分が会社にどんな貢献ができるか」を前提に調整すべきもの。それがないままに個人の事情が優先される状態に懸念を覚え、2年ほど前から社内に「制度とは個人の短期的な利益に投資するものではなく、チームへの投資である」ことを伝えていきました。

もちろん、多くの社員は制度の趣旨を理解しています。しかし、コロナ禍に組織が拡大したこともあり、社員に対してのオンボーディングが行き届かず、理解にグラデーションが生まれてしまっていました。一部でも制度を濫用するようなケースが出てしまうと「自分は真面目にやっているのにもやもやする」というような不満が出てしまう。そこで、「私たちはそもそも何のためにここにいるのか」に立ち戻り、人事ポリシーを改めて言語化することにしました。
経営会議で何度もディスカッションを行い、マネージャーやメンバーの意見も集めながら表現を洗練させ、辿りついたのが「100人100通りのマッチング」という言葉でした。「個」がベースにあるという考え方はそのままに、「個を尊重したあとにチームがある」のではなく「個とチームが対等に存在している」ことを表す表現にアップデートさせました。
双方が期待すること、提供できることがマッチしていれば一緒に働く。マッチしなければ、別のチームを選べばいいという考え方です。一方で、マッチングの可能性を広げるための働き方の制度や風土づくりは引き続きやっていく。個の想いとチームとしての想いは、最終的に一致できると考えています。一人ひとりが主体性を持ち、「自分がチームの意思をつくっているんだ」と感じられるような組織を目指しています。

制度の意図とユースケースを共有し、言語化を深める
松島:「働き方」から「マッチング」へと表現を変更したことで社内にどんな変化が生まれましたか?
中根:表現を変えたことで、「こういう意図があったんだ」という理解は更に進んだと感じます。意図と違う制度の使い方をする社員に対しても、マネージャーが「それは会社の意図と違う」と自信を持って言えるようになりました。
松島:マネージャーの個人的な考えによって指摘しているのではなく、会社の方針として指摘しているとわかる環境は、すごく大事なポイントですよね。マネージャーにとっても指針となりますし、受け取り手であるメンバーの姿勢も変わってきますから。

中根:そうですね。サイボウズの社員数は2019年比で2倍近くにまで成長しています。在籍年数の長い社員は制度の意図を理解していますが、例えば、近年入社した新しい社員は「リモートワークができるんだ」というように表面的な理解をしているケースもありました。制度を伝えるにあたっての言語化が足りていなかったと思いますし、そのための指針を提示することがいかに大切なのかを実感しましたね。
松島:サイボウズさんは経営会議も含めて積極的に社内に情報公開し、以前から高い透明性を持って情報共有に取り組んでいる印象を持っていました。一方、情報共有を徹底することで、社員の認知負荷は大きくなってしまいます。どのような方針で社内のコミュニケーションを進めていったのでしょうか?
中根:重視していたのは、制度の背景にはどんな意図があって設計されているのかという「思想・文脈の共有」と、実際に起きたユースケースを元にどの様に会社として判断するかを具体的に示すことです。その上で制度の意図や望ましい使い方をマニュアル化して、誰でもアクセスできる状態にしました。
2つめは、マネージャーを対象としたフィードバックトレーニングである、「マネジメントデイズ」の開催です。どのようにメンバーにフィードバックを伝えるか、褒めるだけではなく、どういうところでコミュニケーションの齟齬が起きるのかなどを、全国から約100人のマネージャーに集まってもらい、事業課題や組織課題を議論しました。
松島:「制度」とは具体的な事例を積み重ねていった結果生まれるものですよね。人事制度を言語化するという取り組みを行っている企業は多いですが、制度そのものの説明だけではなく、その背景や歴史を踏まえて丁寧に言語化しながら、具体のケースで現場のマネージャーがどの様に相対するのかがわかる指針が示されていることが重要ですね。
中根:背景や文脈は人に依存してしまう性質があり、組織が急成長する中で背景にある考えをセットで人事部が体系化し共有しなければ、制度に対する理解を得ることはできないフェーズになってきていると感じました。
自律分散型組織から、横断連携型組織へ
松島:組織が拡大するにつれて、働き方はもちろん、組織への考え方にもグラデーションが生まれていきますよね。サイボウズでは近年急激に社員が増えたことに伴い、組織をどのように変革させていったのでしょうか?
中根:サイボウズではコロナ禍以前から一人ひとりが主体性を持って行動できる自律分散型の組織づくりを進めてきました。それで、自律的に最適化する、つまり個別最適は想定通りに進んだものの、全体最適の視点が不足していることに気づきました。そこで、部門を超えて連携し、組織全体の力を引き出す施策に取り組みました。

松島:組織全体として力を引き出していくために、どのような取り組みを行っているのでしょうか。
中根:象徴的なのは本部長合宿の開催ですね。2023年に「組織づくり事務局」を人事部で立ち上げ、組織の問題点の洗い出し、組織再編を進めました。また、2024年からは本部長のチームワークを高めるために、本部長合宿を年4回開催しています。
オープンな場である経営会議の議事録はすべて公開されるため、厳しい意見を言いにくいことがあります。本部長の心理的安全性を保ちながら本音で議論できる場をつくろうと考えて、基本的に内容非公開の本部長合宿をスタートしました。昨年4回実施したところ、当初は人事や組織の話が中心でしたが、次第に事業戦略の議論が活発になり、良い影響が生まれていると思います。
松島:こうした取り組みを通じて、組織にどのような変化が生まれたのでしょうか。
中根:議論が本部長合宿でも交わされるようになり、組織を横断して情報共有や議論をする場として、エンジニアリング、技術や開発、組織系と異なる部門のメンバーが参加する「ワーキンググループ」をつくりやすくなりました。これによって事業戦略と組織戦略を融合させて一気に進めていける状態ができました。
部門を超えた連携を深めるためには、各チームの目指す方向性やミッションや戦略を全社に向けて発信し、可視化することが重要です。お互いを知らなければ、うまく連携ができないですから。その一貫として、本部長が動画で発信する社内向けコンテンツなどをつくっています。
松島:情報の透明性を高めようとすると、どうしても情報量が多くなってしまいます。その結果、一人ひとりが組織で何が起きているか咀嚼できないという課題もあるのでは?
中根:社員の負担にならないよう、いかに効率的に情報を伝えるかは非常に意識しています。
そのため、経営企画内に社内への情報共有支援をするチームを置いています。いわば、社内広報ですね。「今月のダイジェスト」という形で、プロダクトの開発計画や新しい人事制度など、全社員に知ってもらいたいことを端的に紹介してくれています。
松島:事業の最新情報を経営企画のチームが翻訳して社内にコミュニケーションする。面白い試みですね。
中根:情報量が多いので、全社向けには要点だけを伝える。その上で、それぞれの業務に必要な情報はマネージャーがしっかりと理解し、メンバーに伝えていくようにしています。

一人ひとりに期待値を明確に伝え、組織の方向性とつなぐ
松島:中根さんご自身は法務からキャリアをスタートさせ、今は法務と人事を兼務されています。どのような考え方でキャリアを築いてきたのでしょうか。
中根:私が入社した2001年はサイボウズもまだ規模が小さなベンチャーで、法務も私1人でした。周りに相談できる人がいない中で、自ら仕事を切り拓いていかなければならない状況を楽しんでいましたね。M&Aに初めて携わったときも新しいことを学びながら働けることが嬉しくて、自分の可能性が広がっていく実感がありました。
松島:採用候補者や社員の中には、中根さんのようにやったことのないことにも積極的に挑戦してみようという方もいれば、自分が今できる範囲内でやろうとする方もいると思います。個とチームのマッチングを進める上で、工夫していることはありますか?
中根:個とチームのマッチングを成功させるためには、それぞれに合わせたコミュニケーションが必要だと思います。サイボウズには基本的にやりたい仕事に自ら手を挙げるという文化があります。ただ、社員数が増えるにつれて、「やりたいことがよくわからない」「社内にどんな業務があるのかわからない」というケースは増えています。そこをいかに背中を押すか、ですよね。
大切なことは「あなたにはこういう可能性があり、チームとしてこういう人材を求めている。だから、ぜひこの仕事をやってほしい」と人事やマネージャーがしっかりと伝えていくことだと思います。「可能性がある」「ぜひ来て」と求められたほうが気持ちよく働けますし、成長もできるはずです。
一方で、なかなか火がつかない人に対しては、「自分にとっての仕事の意味」「何でチームに貢献したいか」などを一緒に言語化することも必要だと思います。また、その人のスキルを活かせる具体的な業務を示し、チームの仕事の魅力などを丁寧に伝えることも効果的です。

松島:まさに、100人100通りのコミュニケーションの仕方がある、ということですね。
中根:また、昨年からは新たに「期待を明確に伝える」試みを人事でスタートしました。これまでは「自分がやりたいことをやろう」という自主性を重視するカルチャーが強かったのですが、チームとして「あなたに期待することはこれです」と明確に伝えていくようにしたのです。
松島:組織の方向性と個人の特性をつなぐ。どのような考えのもと、「個」の利益と「組織」の利益を両立させていらっしゃるのでしょうか?
中根:「100人100通りのマッチング」を言語化する過程で、そもそもチームから個への期待値が明確になっていないのでは、という気づきがありました。
自分に何を期待されているのかが明確になればモチベーションも上がりますし、やるべきことや克服する課題も明確になりますよね。「個の利益」と「組織の利益」を対立したものとして考えるのではなく、それらを一致させる。そうすることで自然と個人の成長が組織の成長ともつながっていくのだと思います。
松島:なるほど、今後は人事だけでなくメンバーと直接コミュニケーションをとっているマネージャーが自分の言葉で部下に期待値をしっかりと伝えていくことが大切になりそうですね。中根さんご自身は人事のトップとして、サイボウズの今後の展望をどのように考えていますか?
中根:組織をさらに強くしたいと考えています。そのためにも、本部長合宿や「マネジメントデイズ」など経営チームやマネージャーを更に強化するための施策に取り組んでいきます。
また、個人としてはなるべく多くの社員の声を聞きに行くことを目標にしています。昨年も全拠点を周ってメンバーとの対話を行っていたのですが、さらに規模が大きくなっているからこそ、現場の声を直接聞ける機会を大切にしていきたいいと思います。今後も一人ひとりの個性と幸福を大切にしながら組織としての生産性を高めていくために、「100人100通りのマッチング」の実現を目指していきます。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
この連載の記事一覧