【マクアケ・中山亮太郎】「市場なき」クラファンから新たな価値を創造、市場を斜めに切り取る力
2025.10.09
目次
あらゆる企業にとって、イノベーションの創出は重要な課題となっている。しかし、その担い手となる人材をいかにして組織から生み出していけばいいのか。第一線で活躍するイノベーターたちは、どのような環境で、いかなる経験を経て、今に至っているのだろうか。
連載「イノベーターは組織からどうやって生まれたのか?」の第2回では、新商品や体験の応援購入ができるプラットフォーム「Makuake」を主に運営する株式会社マクアケの代表・中山亮太郎氏にインタビュー。新卒で入社したサイバーエージェントで得た経験が、マクアケの立ち上げや経営者としての視点にどのように活きているのか、語ってもらった。
Profile

中山亮太郎 氏
株式会社マクアケ 代表取締役社長
2006年にサイバーエージェントへ新卒入社後、ベトナムでのベンチャーキャピタル事業などを経て、2013年に現在の株式会社マクアケを創業し、アタラシイものや体験の応援購入サービス「Makuake(マクアケ)」をリリース。市場を斜めに切り取る視点と挑戦を応援する組織づくりで、新しいものづくりの仕組みを国内外に広げている。
「社長をやりたい」から始まったサイバーエージェントでのキャリア
——まず、中山さんのキャリアの原点をお聞かせください。2006年に新卒でサイバーエージェントに入社されていますが、どんなきっかけがあったのでしょうか。
私が就職活動をしていた2004年頃は、それまで「青年実業家」と呼ばれていた経営者たちが「起業家」という新しい言葉で呼ばれるようになったタイミングでした。若くて著名な起業家が次々と登場し、私自身も憧れを持っていました。
ちょうどその頃、父から「生まれたからには何か価値を残せよ」と言われたことがあったんです。その言葉と、社会の動きが自分の中で重なって、「会社か事業を残したい」と強く思うようになったのが原点ですね。
それで大学の友人に「起業したい」と相談したら、「サイバーエージェントって知ってる?」と聞かれて。
調べてみると、当時は社長の藤田さんが31歳くらいで、役員もみんな20代。若くして挑戦している方々を見て、自分の未来の姿をイメージすることができ、「ここだ」と思いました。
実際、採用面接でお会いした社員のほとんどが、ご自身で何かしらの事業やサービスを立ち上げた経験のある方ばかりでした。ですから、「若いうちから事業をつくるのが当たり前なんだろうな」というのは入社前から感じていましたね。

——入社後は社長室に配属されたそうですが、どういう経緯だったのですか。
当時、藤田さんが新卒入社した101人全員に配属希望面談をしていました。「中山くんは何したいの?」と聞かれて、「社長をやりたいです」と答えたら、「じゃあ近くで見て学びなさい」ということで社長室配属になりました。
今思えば、新規事業のリーダー候補として、既存事業からエース人材を引き抜くのは難しい判断が必要なため、まだ何色にも染まっていない新卒を新規事業領域にアサインして育てるほうが、会社として合理的だったのかもしれません。
社長室では3つのミッションがありました。1つ目は、週に何回か朝、社長を車でお迎えに行くこと。これだけ聞くと、コキ使われているように思われるかもしれませんが、新卒の人間が上場企業の社長と車の中で1on1ができるというのは、何にも代えがたい貴重な機会でした。
2つ目は、当時ベンチャーキャピタルを強化しはじめていた時期だったので、ベンチャー企業に何百社とアポイントを取って会いに行き、有望な投資先を探すこと。
3つ目が、その後の私の本業になったんですが、大規模な合弁事業の立ち上げです。1年目からその実行部隊のリーダーを任せてもらい、4年間担当できたことは、すごくいい経験でした。
——1年目から大規模プロジェクトのリーダーを任されていたのですね。若手を抜擢するサイバーエージェントのカルチャーはどのように育まれたのでしょうか?
藤田さん自身が20代で起業されているので、「自分にできたのだから、他の人ができないはずがない」という考えが前提としてあるのだと思います。
もう1つは、藤田さんが勝負師だということです。常に、そのときに取れるリスクを最大限に取っている。
たとえば、若手を抜擢して失敗したとしても、会社が受けるダメージは限定的。でも、成功すればリターンは10倍になるかもしれない。そういったリスクとリターンを自然に計算し、常にリターンが大きいほうに張っているように感じます。のちのAbemaTVへの大きな投資なども、こうした考え方が根底にあったのではないでしょうか。
社員に対しても同様です。藤田さんは「自由と責任」という言葉をよく使いますが、裁量を与える代わりに、結果に対する責任も求めます。ただし、失敗したとしてもセカンドチャンスは必ず与える。サイバーエージェントにはこうした文化が徹底されていたと思います。

ベトナムで培った「市場を斜めに切り取る」視点
——サイバーエージェント時代に、イノベーターとしての素地が育まれた経験はありますか。
私はイノベーターにとってもっとも重要なことは、「今、誰かが言っている市場の切り取り方で物事を見ないこと」だと思っています。この視点はベトナムでベンチャーキャピタル事業を担当した経験で培われました。
日本の場合、広告、メディア、流通といったリアルな市場が何十年もかけて成熟したあとに、インターネットが登場しました。そのため、「既存の産業構造の上に、どうインターネットをのせていくか」という発想になりがちです。
しかし、ベトナムはまったく違いました。リアルな市場が立ち上がる前にいきなりインターネットが普及したような状態で、日本とは市場の成り立ち方が根本的に違うんです。
例えば、2010年頃のベトナムには、飲食店の検索サイトとデリバリーサービスが最初から一体化したようなビジネスがありました。日本では、まずぐるなびや食べログなどの飲食店検索サイトが普及し、別サービスとしてフードデリバリーサービスが存在し、後にUber Eatsなどのデリバリーサービスが伸びてきましたよね。でもベトナムでは、それらが融合されたサイトを通じて同時に起こっていた。
これを見たときに、「このビジネスは何市場と呼べば良いのだろう?」と困惑しました。日本の既存の定義に当てはまるものがないんです。
こうした経験を100本ノックのように繰り返すうちに、「周りが言っている市場定義を疑う」という癖がつきました。
自分で市場を定義し直さなければ、本質は見えてきません。そして、物事を真正面から見るのではなく、少し斜めから切り取り直したときに、初めて正しい市場が見えてくるのだと気づいたのです。この感覚は、ベトナムでの2年半で得た最大の財産です。

「資金調達」ではなく「無在庫先行販売」。Makuake急成長につながった価値転換
——日本に帰国後、2013年にMakuakeを立ち上げています。どういった経緯だったのでしょうか。
ベトナムにいた頃から、「iPhoneのような世界を変える製品がなぜ日本から生まれないのか」という危機感をずっと持っていました。当時はすでに日本でもインターネット産業はエコシステムが成熟していましたが、モノづくりの世界には新しいものが生まれ、広がっていく仕組みがないと感じていたんです。
そんなときに、サイバーエージェントの新規事業を提案・決議する「あした会議」で、クラウドファンディング事業の子会社を設立することが決議されました。
それで、以前から「事業責任者をやりたい」と言っていた私のもとに上司から電話がかかってきて。「これかもしれない」と直感して、すぐにベトナムから帰国しました。
——サービス立ち上げ時はいろいろなご苦労があったのでは?
まだクラウドファンディングがどういうものかよく掴めていないまま、会社を設立して3カ月でサービスをオープンしました。とにかく爆速で人が触れるものをつくって市場と対話していく、いわゆるリーン・スタートアップという形でした。
しかし、最初の1年はまったくうまくいきませんでしたね。400社くらい訪問しましたが、ほとんど断られました。今振り返ると、市場を斜めに切り取ることができていなかったんです。
当時はまだ「クラウドファンディング」という言葉のイメージが人によってバラバラでした。「寄付でしょ?」と言う人もいれば、金融商品として捉える人もいる。事業会社に営業に行っても、「新商品を出すのに、なぜ寄付を募る必要があるのですか?」と、まったく理解してもらえませんでした。「予算がない会社が使うもの」「NPOが使うサービス」といった誤解もありました。
まさに「三方よし」ならぬ「三方混乱」状態で、使われない理由ばかりが積み上がっていきました。

——その厳しい状況をどうやって打開したのでしょうか?
転機になったのは、1年くらい経ったときに、あるメーカーの担当者さんから言われた一言でした。「Makuakeはいいですね。在庫を持たずに先行販売できるので、すごく助かっています」と。
それを聞いて、ハッとしたんです。私自身はインターネット業界の人間なので、在庫リスクという概念がありませんでした。しかし、モノづくりメーカーにとって、製品を売るためにはまず在庫をつくる必要があり、それが大きなリスクになります。
しかし、Makuakeを使えば、そのリスクを負わず、無在庫の状態で先行販売ができることに加え、予約数に応じて生産量をコントロールすることができる。これはメーカーにとって大きな価値だと気づきました。
その瞬間に、すべてがつながりました。私たちがやっているのは「資金調達」ではなく、「無在庫の先行販売プラットフォーム」なんだ、と。そして、「クラウドファンディング市場というものは、世界中のどこにも存在しない。自分たちで市場を定義して、創らなければ、お客様に何のメリットも届けられない」と確信しました。
そこから私たちは、独自のベネフィットを訴求するようにサービスを切り替え、大企業にも使っていただけるプラットフォームへと成長させることができました。このピボットができたのは、ベトナムで培った市場を定義を疑う経験があったからこそ。まさに、市場を斜めに切り取ったことで、活路を見出すことができたのです。

「挑戦の連鎖」を生む組織の4つの条件
——マクアケでカルチャーを構築するうえで、サイバーエージェント時代の経験はどのように活きていますか?
正直なところ、最初は完全に勘違いしていました。サイバーエージェントのカルチャーがあまりにも当たり前にすごかったので、自分たちでも簡単につくれると思っていたんです。でも、あのカルチャーは藤田さんをはじめ、経営陣や社員の方々が綿々と培ってきたもの。それをゼロからつくることの難しさを、実は最近再認識しました。
そこで、マクアケ のカルチャーを改めて強固にするにあたり、まずはカルチャーを「行動慣習」「思考慣習」「企業風土」の3つに分解して考えました。制度や仕組み、行動ガイドラインである程度プロデュースできるのが「行動慣習」と「思考慣習」であり、その積み重ねの結果として生まれるのが「企業風土」です。つまり、いきなり「企業風土」をつくろうとしても無理なんです。
例えば、マクアケでは「Makuake Standard」として、「挑戦を応援しよう。」「最速にこだわろう。」「崇高をめざそう。」の3つの行動指針を掲げています。

ただ、挑戦を応援しようという「気持ち」だけでは50点なんです。残りの50点は、お客様のニーズをしっかりと掴んで、課題を正確に見立てて、最速でソリューションをつくって、消費者にお届けして、結果を振り返る。ここまでやってはじめて「挑戦を応援している」と言えると思っています。
マインドだけ終わってしまわないよう、具体的な行動慣習の中に根付かせていくことを、ここからあらためて強化していくところです。こうした行動慣習を一つひとつ根付かせていくことが、結果的に強い企業風土につながっていくと考えています。

——ご自身の経験をふまえ、改めて「イノベーターが生まれる組織の条件」をどのように考えますか?
「ワクワク」「自由」「責任」「振り返り」。この4つがそろっていることが重要だと思います。
組織にはリーダーシップを発揮する人だけでなく、フォロワーシップを発揮する人も必要です。イノベーションは1人では起こせません。リーダーが紡いだビジョンに共感し、一緒に走ってくれる仲間がいてはじめて実現するものです。
そのためには、「自由」と「責任」を与えるだけでは不十分。本人が「ワクワク」していることはもちろん大事ですし、フォロワーになってもらう仲間にきちんと結果や学びを共有する「振り返り」も欠かせません。挑戦がうまくいかなかったときに、リーダーから何の説明もなければ、「次はもう協力したくない」と思われてしまいますから。この4つをセットで組織の当たり前にしていくことが重要です。
こうした企業風土をつくりながら、経営者は取れるリスクを最大限取り続けなければなりません。そのためには、安定した事業基盤も必要です。これらすべてが噛み合った総合芸術として、挑戦の連鎖は生まれていくのだと思います。
Makuakeを利用していただく事業者の方々も、社内にあるギリギリの余白を最大限に使って挑戦されています。その結果、Makuakeでデビューした新商品が会社の売上の半分を超えたケースや、下請けからの脱却を実現したケースなど、会社の社運を変えることもあります。だからこそ、事業者のみなさんの挑戦にリスペクトし、私たち自身も本気で向き合わなければなりません。
こうした挑戦を1つでも多く生み出し、支えていくことが、私たちマクアケの使命だと考えています。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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