「教えたはずなのに、行動してくれない」のは脳のせい? 新人教育の悩みを解決する科学的メソッド
2026.04.24
「何度も説明したはずなのに、なぜか伝わらない」「新人教育を任されたが、自分のやり方を押し付けていないか不安だ」——。新入社員が入るたびに、教え方に悩むマネージャーや教育担当者は少なくありません。
メンタルコーチであり、中小企業診断士として数多くの組織開発を支援してきた飯山晄朗氏は、著書『科学的に裏付けられた教えるスキル』で、OJTや1on1の現場で起きる教育のすれ違いを解消する鍵は、脳の仕組みにあると説きます。
社員のやる気に火をつけ、潜在能力を引き出すためにはどうしたらいいのでしょうか。飯山氏に、教えるスキルの磨き方を伺いました。
Profile

飯山 晄朗 氏
メンタル教育家
経済産業省登録 中小企業診断士。実務教育学修士(専門職)。銀座コーチングスクール認定プロフェッショナルコーチ。JADA協会認定SBTマスターコーチ。ブレインアナリスト協会認定シニアブレインアナリスト。メンタルコーチを務めたアスリートが平昌オリンピックや東京オリンピックで金メダルを獲得。中小企業基盤整備機構や全国の中小企業大学校でリーダーシップ・コーチング等の講師を務める。主な著書に『勝者のゴールデンメンタル』『超メンタルアップ10秒習慣』(共に大和書房)、『超メンタルコーチングBOOK』『科学的に裏付けられた教えるスキル』(共にKADOKAWA)など。
「自分流」の押しつけが、新入社員の自己肯定感を下げる
――長年、企業研修やコーチングを手がけてきた中で、現場リーダーが抱える指導の悩みにはどんな共通点がありますか。
一言で言えば、「教える内容はわかっているが、教え方がわからない」という悩みが圧倒的に多いですね。
多くの社員は、自分の担当業務についてはエキスパートです。しかし、自分が持っている知識やスキルを「どう伝えれば相手に届くのか」「相手が動くためにはどう言葉をかけていけばいいのか」という、教えるための技術を体系的に学ぶ機会は、日本の企業内ではほとんど存在しません。
集合研修であれば教育担当者が場をコントロールできますが、OJTは仕事の流れの中で1対1で教えなければならないため、伝え方の問題が一気に顕在化します。
さらに最近では、ハラスメントへの意識の高まりも指導方法に迷う大きな要因になっています。指導側が「今の言い方はハラスメントにならないか」と恐れるあまり、必要な指摘すらできなくなっているのが実情です。
――指導の場でよく起きる問題として、どんなパターンがありますか。
多くの人が陥るのが、「自分流のやり方」を相手にそのまま再現させようとすることです。
しかし、教える側と教えられる側では、資質も性格も、大切にしている価値観も異なります。自分のやり方を基準にすると、どうしても相手の「できていないところ」ばかりに目が向くようになります。
「ここが違う」「なぜできないんだ」と欠点ばかりを指摘され続けると、新入社員は萎縮し、自己肯定感が低下してしまいます。すると、教える側もさらに腹が立つという負の連鎖が起こります。
こうした悪循環を避け、相手の学び方や特性に合わせて伝え方や言葉を変えていく柔軟性が必要なのです。
――良かれと思って「自分のやり方」を押しつけることが、逆に相手の成長を阻害してしまうのですね。負の連鎖を断ち切るには、どのようなスタンスが必要でしょうか。
私はよく「できていないところを見る必要はない」とお伝えしています。
できないのは当たり前であり、だからこそ教える側が存在するわけです。視点を向けるべきは、以前と比べてできているところがどれだけ増えたかという変化量です。
こうした「加点主義」の視点を支えるのが、ビジネスの基本であるPDCAの正しい解釈です。
多くの企業では、P(計画)に対してD(実行)ができなかったとき、実行した人を責めてしまいます。しかし、PDCAの本質は計画の精度を検証することにあります。計画通りに結果が出なかったのであれば、改善すべきは人ではなく計画そのものです。
職場でも、「できないのはその人のせい」としてしまうと存在否定になり、相手は疲弊していきます。「この教育計画が相手に合っていなかっただけだ」と考え、計画を微調整する視点を持つことが大切です。

脳科学で解く、願望とやる気の引き出し方
――飯山さんは長年コーチングの普及に努めてこられましたが、あえて脳科学の知見を取り入れたのはなぜですか。
コーチングのテクニックだけでは限界があると感じたからです。昨今、多くの企業で1on1が導入されていますが、残念ながら形骸化してしまっているケースが少なくありません。「どんな質問をすればいいか」「どう話を聞けばいいか」といった、表面的なテクニックに依存しすぎているからです。
日本のコーチング教育はビジネスとして普及させるために、話の聞き方や質問の仕方、フィードバックといった型に特化してきた経緯があります。
しかし、実際の現場では、「やるべきことはわかっているはずなのに、なぜか行動しない」ということが頻発します。これは意思が弱いからではなく、脳の仕組みによるものです。人はやりたくないことには脳がブレーキをかけ、「やらなくていい」と言われてもやりたいことはやってしまう生き物です。
ならば、脳の仕組みを知ることが教育を変える鍵になるのではないか、と考えたのです。
――では、具体的に教えるスキルをどう磨いていけばいいでしょうか。
もちろん、基本的なコーチングスキルを学ぶことは有用です。しかし、実際の対話の中でもっとも重視してほしいのは、「相手の将来の願望」に目を向けることです。
何もわからない新入社員であっても、入社時点では「あの先輩みたいになりたい」「いつかこんなプロジェクトに関わりたい」という小さな希望や憧れを持っているはずです。
将来の願望が見えてくると、脳科学的にも人はそれを実現しようとエネルギーを発し、自発的に頑張ろうという気持ちになります。逆に、将来の願望がないと、日々の仕事が自分とは無関係な作業になり、やる気は失われてしまいます。
まずは対話を積み重ね、相手が「どんな自分になりたいか」を言語化できるようサポートすることが、科学的な教育のスタートラインです。
そのためには、教える側自身が自分の願望を持っていることが前提条件になります。自分の夢や目標を語れないリーダーが、メンバーの願望を引き出すのは難しいからです。
リーダー自身が「願望を体現する存在」となり、メンバーから「あなたみたいになりたい」と思ってもらえることが、教える側にとっても最高のモチベーションになります。
――相手の願望が引き出せたら、どのように教育計画に落とし込めばいいでしょうか。
教育工学の一分野である「インストラクショナルデザイン」の考え方を活用し、ゴールから逆算して設計することをおすすめします。
教える側が一方的にゴールを決めるのではなく、相手と話し合って「1年後にどんな状態になっていたいか」を合意する。そこから半年後、3カ月後のチェックポイントを作り、ファーストステップを決めていきます。
このときに重要なのが、目標をクリアしたかどうかが目で見えてわかるように数値化することです。私はこれを「スコアリング」と呼んでいますが、売上などのコントロールできない結果ではなく、自分の行動を記録していく手法を推奨しています。
例えば、「受注10件」ではなく「アポ取りを週10件やる」と決めて行動ベースで記録をつける。10件目標で8件だったとしても、記録に残るのは「8件できた」という事実だけです。その記録を1on1で振り返ることで、脳に成功体験が蓄積されていきます。
コントロールできない「結果」ではなく、コントロールできる「行動」を見ることが、継続的な動機づけにつながるのです。

4つの脳タイプ別、指摘を対話に変える伝え方
――人によって響く言葉や反応が違うと感じているリーダーは多いと思います。その違いをどう捉えればいいでしょうか。
脳のネットワークの働き方には個人差があり、それが行動傾向や物事の捉え方の癖として表れます。
その個人差を「行動派か内省派か」「理論派か感覚派か」という2軸で整理したのが、「拡大脳」「合理脳」「専門脳」「協調脳」の4つの脳思考タイプです。

まず、「拡大脳」は、行動派×感覚派のタイプです。外向的で人との交流を好み、物事を広げていこうとする営業タイプとも言えます。積極的に動く一方で、指示命令が得意ではない。多くを語らず任せることが有効で、「さすがですね」「あなたならできる」という一言に強く反応します。裁量を与えると、自分で考えて動いていきます。
「合理脳」は行動派×理論派です。同じく行動的ですが、目的や根拠がないと動きません。「なぜやるのか」を常に気にするので、「すごい」と褒めるだけでは動かない。目的・理由・具体性をセットで説明し、一緒に話し合いながら納得感を作っていくことが大切です。
「専門脳」は内省派×理論派です。1つのことを深く突き詰めるのが好きで、マルチタスクは苦手。「あれもこれもやって」と頼まれると混乱してしまいます。「まずこれをやって」と1つずつ順番に明確に伝えると、高い集中力でしっかりやり遂げます。任せると想像以上の成果を出してくれるタイプです。
「協調脳」は内省派×感覚派です。1対多の場面は苦手ですが、特定の人と1対1で向き合うことに力を発揮します。「たくさんの人に貢献してほしい」という言い方ではなく、「まずこの人を」と具体的な対象を示すと、イメージが湧いて動けます。特定の人への貢献意欲が高いので、関わる相手を明確にしてあげることがポイントです。
――タイプを見分けるにはどうすればよいでしょうか。
最初は既存の性格診断や簡易的なアセスメントを活用して構いません。ただし、診断結果を鵜呑みにしないでください。あくまで仮説として使い、実際の会話を通じた本人の反応を見ながら、柔軟にアプローチを調整していきます。
人間には「あなたはこのタイプだ」と言われると、そう思い込んでしまう脳の癖があります。目の前の相手の反応を丁寧に見ることが大切です。
――タイプに応じて言葉を選ぶとしても、ミスやルール違反を毅然と指摘しなければならない場面もあります。ハラスメントを恐れて指摘できないリーダーにはどうアドバイスしますか。
まず、「なぜ間違いだと思ったのか」を自分自身に問い直すことから始めてみてください。
「自分のやり方と違うから」という理由であれば、それが本当に間違いなのかを再考する必要があります。そのうえで、「新人はできないのが当たり前」という前提に立ち、教える側の存在意義を再確認することから出発しなければなりません。
指摘が必要な場合は、「あなたが間違っている」と個人を否定する形ではなく、「会社の理念や方針に照らして合っているかどうか」という形に変換します。自分たちの基準との照合として伝えることで、相手の受け取り方は大きく変わります。
切り出し方に迷う場合は、本題に入る前に「お伝えしたいことがあるんですが、いいですか?」と前置きを入れてみてください。これだけでも相手の心の準備が整い、防衛的な反応を軽減できます。
もうひとつ意識してほしいのが、主語を「私」にすることです。「あなたがダメ」ではなく、「私はこういうやり方がいいと思いますが、どうでしょうか」という形で「意見」として伝える。指摘が対話として成立しやすくなります。
ただ、こうした工夫も、教える側に余裕がなければ機能しません。
実は、すぐ何かを指摘したくなるときは、教える側の心の余裕のなさが出ている場合が多いのです。上からのプレッシャーや焦りが重なり、早急に解決しようとするあまり、問いや前置きといったステップを飛ばしてしまう。教育の質は、教える側の心理的ゆとりに大きく左右されると言っても過言ではありません。
――最後に、今年度から初めて教える立場になる方や、指導に自信が持てずにいる方へアドバイスをお願いします。
最近は管理職や指導的な立場を避ける傾向も強く、突然教える側になることに心理的ハードルを感じる方も多いでしょう。しかし、最初から完璧にやろうとする必要はありません。教えるスキルは、現場での実践と課題解決を繰り返す中で磨いていくしかないからです。
大切にしてほしいのは、行動する前に良いイメージを持ってから始めることです。自分がワクワクしながら教えている姿や、教えられた新入社員が笑顔で良い反応を返してくれているイメージを意図的に持ってみてください。脳科学的にも、ポジティブなイメージを持つことで実際のパフォーマンスが向上します。
脳の仕組みを味方につけ、科学的な原則を一つひとつ実践に落とし込む。その積み重ねが、教える側も教えられる側も変えていきます。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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