オフィスは「エモい」場所であれ。研究者が語るワークプレイスの感情設計
2026.06.17
コロナ禍を経てハイブリッドワークが一般化しつつある現在、オフィスの役割が根本から問い直されている。働き方の自由度が人材確保にも影響している中、どのようなオフィスのあり方が求められているのだろうか?
メディア論や社会学を基盤に「働き方」の研究を行う立教大学経営学部の松下慶太教授は、「ファシリティよりもストーリーが重視される」と予測する。「エモい」「メロい」などの若者言葉から捉えることで見える、良いオフィスのつくり方とは?
Profile

松下 慶太 氏
立教大学経営学部教授
1977年神戸市生まれ。博士(文学)。京都大学文学研究科、フィンランド・タンペレ大学ハイパーメディア研究所研究員、ベルリン工科大学訪問研究員、実践女子大学人間社会学部専任講師・准教授、関西大学社会学部教授などを経て現職。専門はメディア論、ソーシャル・デザイン、リーダーシップ教育。ワーケーションやデジタルノマド、オフィスなどワークスタイル・ライフスタイル、若者のメディア・コミュニケーションについて日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、河北新報、NHK、毎日放送など各種メディアで多数寄稿・コメントを行う。
学生がオフィス出社を求める理由
──コロナ禍を経て、働き方にはどのような変化が起きているのでしょうか?
特徴的なのは「リモートか対面か」という二項対立で考えることができなくなったことでしょう。
コロナ禍を経て「出社しなくてもできる業務」の存在を多くの方が認識することになりました。それによりなぜ出社するのか、なぜリモートでも問題ないのかなど、その理由が求められるようになったのです。
実際、ワークプレイスや働き方の設計が以前にも増して採用活動に影響している状況です。特にホワイトカラーの職種だと「なぜ週5日出勤が必要なの?」という感覚を持つ人も増えていますよね。働く人々の感覚が変化したことに伴い、企業もまたフルリモート、ハイブリッド、完全出社などの最適な戦略を選ばなければならなくなりました。
介護や子育てといったプライベートの事情からリモートでないと働くことが難しいという人は増えており、出社が義務付けられていることが離職原因になるケースも増えています。

──若年層でもリモート勤務を希望する方が多いのでしょうか?
いえ、そうとも言えません。以前から学生を対象に調査をしているのですが、「孤独を感じてしまう」「どう働いたら良いのかわからない」という意見もあり、フルリモート希望の人は1割未満です。
一方で、週5日出社を希望する学生も2割ほどに留まります。その中には同僚と一緒に働きたい、人に見られていないと怠けてしまうから規則正しく出社したいという意見が見られました。残りの約7割の学生がハイブリッド型を希望しているというのが大まかな内訳です。
対人関係を重視して企業を選ぶ人が増えていて、多くの学生が「人と関わるためにオフィスに行きたい」と考えている。
週5日の出社を当然とする感覚は薄れていますが、若い方の多くは出社そのものの機会には価値を感じているといえるでしょう。

──リモートワークを導入したことにより新入社員の育成や、価値観の共有といった点に課題を感じている企業も少なくありません。多様な働き方を維持したうえでこれらの課題を解決するにはどのような取り組みが有効でしょうか?
業務内容や組織のビジョンや文化を言語化し、非同期のチャンネルで情報共有をすることに尽きます。
給湯室や喫煙所での会話といったインフォーマルなコミュニケーションは、確かにリモートワークによって失われてしまうものでしょう。また、「背中で語る」という言葉があるように、同じ空間で働くことで育成を行ってきた側面もあるでしょう。もちろん、そうすることでしか共有できない部分もあるかと思いますが、同時に情報の体系化をサボっていた部分も小さくないと思います。
AIによって情報をストックするための業務は効率化ができますし、画像や動画などを用いることでより正確な情報共有ができるはずです。さらに、ストック情報として保持しておくことによって、今まで排除されてきた人たちも平等に情報にアクセスできるようになる。たとえば喫煙所での会話は喫煙者しかアクセスすることができませんが、そうした情報の非対称性はなくなっていくはずです。
働き方が大きく変わっている今こそ、コミュニケーションのあり方自体を企業は再検討すべきだと思います。
「エモい」「メロい」オフィスに愛着が湧く
──そうした状況下では、オフィスの役割はどのように変化していくのでしょうか?
働き方や働く場所が流動化していく中で、オフィスの役割は感情を共有する場所、あるいは人間関係を取り結ぶ場所になっていくでしょう。そのため、企業はオフィスを通じて情緒的な価値を提供できるかが問われていくことになると思います。
──情緒的な価値とはどのようなものでしょうか?
組織やオフィスが位置する場所に対しての「愛着」はその1つです。実利的な価値ではなく、組織に対する親しみや土地に対する憧れといったものですね。
たとえば、お盆やお正月に実家に帰ることになんの意味があるのかと問われると、そこに実利的な意味を見出すのは難しいかもしれません。でも、多くの人がリモート通話でも顔を見せて話すことはできるのに、わざわざ実家に行くことに意味を見出している。これは家族や家、土地といったものに対しての愛着が大きな駆動力になっていると思うんです。
オフィスも同様に、価値観を共有できる同僚との人間関係や、オフィスの空間に愛着を持ってもらえなければ出社するための能動的なモチベーションを生み出すことは難しくなります。また、私が受け持った学生の中には、「渋谷の街が好きだから渋谷の企業を選びました」という人がいました。会社選びにおいて街への「憧れ」の要素が重要視されている。これも1つの愛着の形だと思います。
──オフィスに求められるのは、働く場所としての「機能」ではなくなっていくということでしょうか。
もちろんセキュリティや高機能な機材など業務面の高度機能は必要ですが、そうしたファシリティと同じかそれ以上にストーリーが大切だと思います。例えばライブを考えてみましょう。好きなミュージシャンのライブを観に行く際に「会場が汚いから行かない」ということはほとんどないわけです。反対に、「会場が綺麗だから行く」と考える人もいないでしょう。でも武道館や東京ドームという歴史的文脈とそこを目指してきたミュージシャンのストーリーがあるとより自分にとっての価値を感じるのではないでしょうか。つまり、ライブ会場の持つ機能そのものよりも場所と組み合わさったストーリーが大事なのです。
オフィスも同様で、綺麗なオフィスだからといって自然に出社したくなるものではないでしょう。出社することで得られる価値が何であるのかを明確にし、コミュニケーションが生まれ、愛着が湧くような設計がされていることが重要なのです。
一昔前のオフィスのあり方はお見合い結婚のようなものです。上司や同僚がいるオフィスに行くことは当たり前で、その中で人間関係が構築されていた。
しかし、現在はマッチングアプリのような形ですよね。なぜその場所に行くのか、なぜそこの社員と一緒に働くのか。従業員はそうした条件から選択をしていくことになる。ならば、マッチ率を高めていく努力を企業はしなければなりません。
──社員に愛着を持ってもらうためには、どのような観点でオフィスを設計すれば良いのでしょうか?
空間設計、応答関係の設計、内発的な動機の設計という3つのレイヤーで考えるとわかりやすいかもしれません。若者の言葉で例えるならば「エモい」「メロい」「滅!」という感情を生み出す場所になります。
──どういうことでしょう?
「エモい」は空間をベースに生まれる感情です。雰囲気の良いオフィスに一歩入った瞬間に「良い空間だな」と感じますよね。空間そのものが引き起こす情緒的な反応で、デザイン、インテリア、採光といったものも含めた空間設計によって生み出されるのが「エモい」です。
「メロい」はアフォーダンスに近いもので、他人とのやり取りの中で生じる感情です。上司に褒めてもらった時や、同僚とのブレストが盛り上がった時など、相互のコミュニケーションによって発生します。「メロい」は人と人、あるいは人と空間の応答関係によって生じます。
──「滅!」というのは?
あまり一般的ではないですが、「感情が高ぶって滅びてしまいそう」という若者言葉ですね。言い換えるならば、本人の中だけで主観的に生じる熱狂のことです。自社のミッションそのものへの共鳴、仕事への没入感がその一例でしょう。内発的な動機ですが、先に言った空間と人とを組み合わせることで引き出せると思います。

そのため、「エモい」と「メロい」の2つに意識的に働きかけることが、オフィスにおける愛着づくりの現実的なアプローチになるのではないでしょうか。自社の従業員がどんな価値観を持っていて、どんな空間や人間関係を求めているのか。それを把握した上で、オフィスのあり方を考える必要があります。こうした感情の層を意図的につくることが、オフィスの「感情設計」です。例えば、空間に会社のカラーを出す、歴史的文脈を見せることで「エモさ」を出せると思いますし、1on1の設計、チームのやり取りが生まれる場づくりは「メロさ」につながると思います。

「憎たらしいけど愛らしい」が良いオフィスの条件
──最後に、松下先生が考える「良いオフィス」とはどのような空間なのかをお聞かせください。
一見矛盾するようですが、「憎たらしいけど愛らしい存在」であることが良いオフィスの条件ですね。
ホワイト離職という言葉があるように、待遇が良い企業であっても離職をされてしまう。待遇が悪くとも成長の機会を求めている人もいるでしょうから、オフィスの「居心地のよさ」だけではコンフォートゾーンにとどまるだけになってしまい不十分なのです。居心地が良いわけではないけど成長できる。そういった二面性を併せ持つ空間が良いオフィスだと思います。
そもそも、仕事って大変なことも多いわけじゃないですか。その大変さを共有できる場所であること自体が重要なのです。苦労を一緒に乗り越えた経験があるからこそ、愛着が生まれる。その逆説がオフィスの本質だと思うんです。
──まさに、「感情を共有する空間」としてのオフィスということですね。
そうですね。研修プログラムをオンラインで行うことと、オフィスで対面で行うことの大きな違いは経験を共有できることだと思うんです。研修の内容ではなく、苦労するプロセスを同じ空間で経験し、そこで生まれた感情を共有することによって人間関係が構築されていく。中身よりも、そのプロセスこそが重要なのだと思います。
創業の歴史や企業のミッション、立地している街との関係性——こうしたものがオフィスのストーリーをつくるヒントになります。その感情が生まれるプロセスをどう設計していくかが、良いオフィスをつくるためのポイントになるのではないでしょうか。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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