【パーパス経営の成功方程式】あなたの会社のパーパス、「きれいごと」になっていませんか?
2024.02.15
目次
ここ数年でパーパス経営に取り組む企業が一気に増えた。しかし、中にはパーパスを定めただけで満足してしまい実践につながっていない企業、社員になかなか浸透しない企業もある。本当の意味でパーパス経営を機能させるためにはどうしたらいいのだろうか。
パーパス経営を提唱する第一人者である京都先端化学大学教授の名取高司氏、日清食品ホールディングスCHROの正木茂氏、圓窓の澤円氏の3名が、パーパス経営を実装するための道筋について議論した。

名和高司 氏
京都先端科学大学教授/一橋ビジネススクール客員教授

正木茂 氏
日清食品ホールディングス株式会社 執行役員・CHRO

澤円 氏
株式会社圓窓 代表取締役社長
きれいごとを掲げただけのパーパスになっていないか
「バズワードが出るとセールストークのキーワードとなってしまい、中身がスカスカになることが多い。パーパス経営も、一歩間違えるとそうなりかねない」と語るのは澤円氏だ。
パーパス経営はこの3年ほどで広く浸透し、多くの企業がパーパスの策定を進めてきた。しかし、名和高司氏は「パーパスをつくって終わりになってしまう企業が結構多い」と指摘する。
「大前提として、パーパスが本当にワクワクするものになっているか。『良いことを言っているけれど当たり前じゃん』というようなきれいごとを言ってる会社が結構多い。まず、これがイケてないですよね。
ワクワクすることをパーパスにしていたとしても、きれいに飾ってあるだけのケースも多い。私はこれを『額ぶちパーパス』と呼んでいます。
もっと残念なのは、1on1などを通して社員一人ひとりに落とし込んでいるつもりでも、一人ずつが自分のパーパスを言えない、行動できていないケース。
パーパスを掲げるだけではなく、実践しなければ何の意味もありません」(名和氏)
パーパスには納得感と適度な抽象さが必要
では、パーパス経営をどう捉えればいいのか。日清食品ホールディングスの正木茂氏は、ブドウにたとえて次のように表現した。
「人事の取組施策をブドウの1粒1粒だとします。おいしい粒もあれば、酸っぱい粒もある。それを1房にするのがパーパスだと思います。つるの巻き付け方、軸の付け方などを学ぶことでようやく、1粒1粒のブドウを1房のブドウとして見ることができるにようなります」(正木氏)
日清食品では、創業者の安藤百福氏が2007年に社員に向けて伝えた「企業在人・成業在天」という言葉が受け継がれている。「企業は人であり、人に対する評価がそのまま企業の評価につながる。また、成業とは大衆の声が天に通じたときにはじめて大きな評価として返ってくるもの」という意味が込められているという。
「当時、ミッション、ビジョン、バリュー(MVV)や、サステナビリティなどがまだ叫ばれていなかった時代。にも関わらず、創業者はブドウの房のようなイメージを持っていたんだなと今振り返ると思いますし、『企業在人・成業在天』というのは非常にわかりやすくて腹落ちする言葉です。

MVVやパーパスなどは自分の言葉で腹落ちしていないと、“なんかいい感じのスローガン”で止まってしまうことが多いと思います。
自分なりにこれらの言葉を整理すると、ミッションとは方向であり、長期に向かって自分たちがどこに向かって歩いていくのかを示すもの。ビジョンという英語の意味は『目に見える』ですから、5年、10年と年数を区切って具体的に目指している姿のこと。バリューは日々行動するときの価値基準だと考えています」(正木氏)
これに対して名和氏は、「気をつけなければいけないのは、企業のパーパスを1つだけとして押しつけてしまうこと」だと語る。
「キリスト教は一神教なので、キリスト教の伝導に由来する英語の『mission』は本来1つだけなんですね。でも、『purpose’s』は複数系になれます。
一時期、私はミッションを『北極星』と説明していたのですが、これだと全体主義になってしまうんですね。本来はみんなが自分の星を持っていればいいので、『パーパス』のほうが自然です。ですから、会社のパーパスはいくつあってもいいですし、一人ひとりが自分なりのパーパスを持てばいいのではと思っています」(名和氏)

また、澤氏は、「ビジョンなり何なり、何かの言葉にしておかないと共通理解ができない。ただ、具体に落としすぎてしまうと今度は縛ってしまうので、抽象度が高くなければいけない」と語った。
澤氏が好例として挙げたのがAmazonの「地球上でもっともお客様を大切にする企業である」というステートメントだ。「このくらい抽象度を高めて、誰もが納得できるものを用意し、戦術的な部分はその都度考えていくことが大事だと思います」
また、自身の古巣であるMicrosoftのステートメント「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」を紹介し、「このステートメントのすばらしい部分は、組織だけでなく個人にも触れていること。社員もサプライヤーもすべて含んでいることです」と語った。
日清食品ホールディングスでは、MVVができる前から会社にあった言葉をまとめたルールブックがあるという。そこには、「食足世平」「食創為世」「美健賢食」「食為聖職」という4つの言葉が記されており、これが同社のミッションとなっている。このミッションに基づくビジョンが、「EARTH FOOD CREATOR」だ。また、バリューにあたる4つの志向が「Creativeであれ」「Uniqueであれ」「Happyにしろ」「Globalにいけ」という言葉だ。

「私たちがなんのためにビジネスをやっているのかというと、『食足世平(食足りて世は平らか)』を実現するためです。『EARTH FOOD CREATOR』の実現という点では、1958年にチキンラーメン、1971年にカップヌードルと今まで皆さんが見たことがない魔法のようなラーメンを世に送り出し、宇宙ラーメンなどの開発にも取り組みました。そして、 VALUE(価値観)となるのが、Creative、Unique、Happy、Globalといった判断軸です。
これらは創業から当社がずっと大切にしてきた考え方です。MVVを定めようと改めて振り返ってみたら、当社の中に受け継がれてきものこそがMVVなのだと気がつきました」(正木氏)
パーパス経営の戦略的な進め方|日清食品ホールディグスの事例
では、パーパス経営を具体的な営業活動や日々の取り組みに落とし込むためには、どのように戦略的に進めていけばいいのだろうか。正木氏は次のように語った。
「有価証券報告書から過去1年の利益や取り組みは読み取れますが、この先も儲かり続けるのかはわかりません。では、企業が儲かり続けるためには何が必要か。適所に優秀な人材を配置することこそが、もっとも大事なことだと考えています」(正木氏)
企業の価値を高めるためには、売上を増やして「いっそう儲ける 」のと、時間をのばして「いっそう儲け続ける 」方法がある。
既存ビジネスの領域ではさらなる「深化」をさせることで売上を伸ばしていく。たとえば、日清食品の取り組みでいえば、塩分カットやタンパク質を強化した新商品の開発、未開拓地域での販路開拓などだ。一方、将来のビジネスを創出するために「探索」も必要だ。
「それぞれの領域を拡大するために、最適な人材をあてていくことが人事の仕事です」と正木氏。
では、具体的にどのような取り組みを行っているのだろうか。正木氏は「『個人・組織』『長期・短期』で人事施策をマッピングすることで、何のためにその施策をしているのかを見失うことなく、全体像を理解できる」と語る。

しかし、人事の業務の8割以上は日々のオペレーション業務に費やされ、トラブルの対応などもしなければならない。未来づくりのための業務に避ける時間は少なくなりがちだ。
「日々の業務にリソースを集中させると、必要な人材が確保できなかったり、外部環境の変化に対応できなかったりする事態になってしまいます。
そこで、当社では2030年までの中長期経営戦略で目指すあるべき姿と現状のギャップを埋めるためには何が必要かを考え、必要な人材の獲得、適切な配置をする人材戦略を我々人事のミッションとして落とし込み、具体的な施策につなげています」(正木氏)
また、正木氏が人的資本経営に取り組む中で意識していることの1つが、具体的な行動に結びつけることで心と体で「わかる」状態をつくることだという。
「たとえば、子どものとき、自転車に乗る練習をしたときに、ペダルをこぐと進むとか、ハンドルを曲げたらタイヤが曲がるとかは、難しいことを考えながら乗れるようになったわけではないと思います。怖い、楽しいといった感情があり、乗ってみたら進んだり、転んだりするうちに体が覚えて、いつの間にか乗れるようになる。ペダルをこぐと進むというのは後からの理解ではないでしょうか。
大人になると認知に頼りすぎてしまう部分がありますが、まずはやってみて体験から学ぶことが重要なのではと思います」(正木氏)
日清食品ホールディングスでは、こうした考え方に基づいたユニークな施策を取り入れている。
たとえば、社員の名刺。「楽しい」という感情を起こす施策として、各自が担当する商品を裏側に印刷した商品型名刺にしているのだ。また、社史やアニュアルレポートなども、マンガ雑誌をモチーフにしたりなど遊び心が詰まったものを発行している。
日清食品ホールディングスの社食「カブテリア」もユニークだ。株価連動型のカフェテリアで、当月の月末日終値の株価が前月平均を上回ると「ご褒美デー」としてマグロ解体ショーなどのイベントを盛大に実施。一方、株価が前月を下回ると「お目玉デー」として昔ながらの給食のようなシンプルなメニューを役員が配膳するということをしていたという。
こうした日清食品ホールディングスの取り組みに対して名和氏は、「頭でっかちになるのではなく、まずは実践してみようというのは、すごくいいと思います」と語った。
パーパスを浸透させるには、考えるだけではなく実践を
「パーパスは考えるだけでなく、とにかく実践を」と説く名和氏は、「パーパス浸透のために経営陣や人事が何をすべきか」という問いに対して、次のように見解を述べた。
「実践から学ぶことはたくさんあります。もちろん学習することも大事ですが、学習だけではダメです。たとえば、先ほど例に出た自転車のように、自転車に乗れたという成功体験から、違うことにもチャレンジしてみようと思えてくる。
また、最近はジョブ型雇用が注目されていますが、自分をジョブに当てはめてしまうのではなく、今までと違うことをやってみることも大事。これを脱学習といいます。学習と脱学習を繰り返すことでどんどん進化することができるのです」(名和氏)
ジョブ型について澤氏は、「ジョブ型雇用の基本は『あなたはこれをやるために雇われている』と明確にすることで適材適所に配置しやすくなる仕組みですが、与えられた仕事しかしないというのは企業の成長に貢献しません。どれだけそこからはみ出すか、が重要です」と補足した。
日清食品ホールディングスでは、ミッション、ビジョン、バリューにもとづき、さらに具体的な行動指針として「日清10則」を定めているという。
「その中の1つに、『自ら創造し、他人に潰されるくらいなら、自ら破壊せよ』という一文があります。安藤宏基CEOは日頃から『カップヌードルをぶっつぶせ』と語っており、今あるものを大事に守るのではなくより良いものを生み出すために挑戦するということを、トップ自らが行動を起こしています。我々も日々叱咤激励されており、この10則をベースに人材戦略に落とし込んでいます」(正木氏)
パーパス経営を機能させるために
最後に、名和氏は京セラをつくった稲森和夫氏の「成功の方程式」という考え方を引用して次のように述べた。
「稲森氏が言った『成功の方程式』は3つあります。1つ目が、正しい考え方。これがパーパスにあたるものだと思います。2つ目が、パッション。先ほど正木さんが紹介した10則の行動指針も熱意の話がほとんどですよね。3つ目が未来進行系の能力。1つ目、2つ目がしっかりあるという前提になりますが、能力はいくらでも伸ばすことができます。
人事は今、リスキリングやスキルの話をたくさんしますよね。そこに『WILL』があれば、スキルもついてくるのではないでしょうか」(名和氏)

これを受けて澤氏は、「スキルを活かすにはセンスが必要」と語る。
「スキルは買うことができます。たとえば、10万円のシャツは誰でも買うことができますが、10万のシャツだけを着て歩いていたらオシャレではないし、警察に通報されますよね。スキルもそれと同じで、それだけだと役に立たないので組み合わせなければなりません。そのためには、センスが必要です。
こうした人材やスキルの組み合わせによって、まさに会社の未来につながっていくのだと思います」(澤氏)
また、正木氏は、「今の時代、場所に関係なく働けますし、人材の流動性も高まっています。こうした中、ほかのどの企業でもなく、日清食品で働き続けたいと思ってもらうためには、働き続ける理由がなければ残ってくれません。その理由をしっかりと示して実践し続けていくことが人事の大事な役割だと思います」と語った。
三者のディスカッションからは、パーパス経営で陥りがちな課題が見えてきた。漠然としたスローガンをつくるだけでなく、その価値観を反映させた具体的な施策を実践していくことがパーパスの浸透に不可欠だ。つくるだけでなく、実践することの重要性が今後ますます高まっていくだろう。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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