【伊藤邦雄・田中弦】2024年、日本企業は人的資本経営にどう向き合うか?

2023年3月決算から上場企業に人的資本情報の開示が義務づけられた。開示された情報からは、まだ多くの企業が人的資本経営の入口に立ったばかりという現状が見えてきた。

日本企業が抱える課題を解決し、本当の意味で企業価値を高めていくためには何が必要なのか。そして、企業は人的資本経営にどう取り組んでいけばいいのか。

人的資本経営の第一人者である伊藤邦雄氏と、累計国内外約5,000の人的資本開示情報を読み込んだUniposのCEO田中弦が最新の開示情報をもとに、「人的資本経営のこれまでとこれから」について議論した。

Profile

伊藤邦雄 氏

一橋大学 CFO 教育研究センター長

一橋大学大学院商学研究科長・商学部長、一橋大学副学長、大学院商学研究科特任教授を歴任。一橋大学 CFO 教育研究センター・センター長、IIRC(国際統合報告評議会)統合報告大使など多くの立場で活躍しており、 座長を務めた経済産業省プロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」での最終報告書「伊藤レポート」では、 持続的成長に向けた企業価値を高めていくための課題を分析し、日本企業が今後成長していくための提言は、日本国内だけでなく海外からも高い評価を受けている。2022 年 8 月 25 日に設立された「人的資本経営コンソーシアム」会長に就任。

田中弦

Unipos株式会社 代表取締役社長CEO

1999年ソフトバンク(株)インターネット部門一期生としてネット産業黎明期を経験。経営コンサルティングファーム・コーポレイトディレクション(CDI)にて事業立ち上げ支援や戦略策定に関わる。その後ネットエイジグループ(現ユナイテッド社)執行役員。2005年Fringe81(株)を創業。独立後2017年東証マザーズ上場。 同年Uniposのサービス開始。2021年10月にUnipos株式会社に社名変更し、個人の人的資本を発見し組織的人的資本に変えるUniposの提供を中心に活動。 「人的資本経営専門家」として経営戦略と人事戦略を紐づけるための「人的資本経営フレームワーク(田中弦モデル)」の公開や約5000の人的資本開示を読んで導き出した独自の見解を発信。メディアへの出演多数。「心理的安全性を高める リーダーの声かけベスト100(ダイヤモンド社)」著者。

上場企業の半数が「人的資本情報の開示に熱心ではない」

2023年3月期決算以降の有価証券報告書で、上場企業を対象に人的資本経営についての情報開示が義務化された。このことから、「2023年は人的資本開示元年となる」と言われていたが、実際に開示された内容からはどのような現状が見えてきたのだろうか。

Unipos のCEOを務める田中弦が3月決算企業の2325社の有価証券報告書を独自に調査したところ、人的資本の開示が充実している上場企業は全体の約11%だった。全体の50.5%は女性活躍や有給取得率の数値開示のみに留まっており、「人的資本経営の開示に熱心ではない上場企業」として「格付け1」とした。

こうした現状について、一橋大学 CFO 教育研究センター長で人的資本経営の第一人者である伊藤邦雄氏は次のように述べる。

「2023年度は開示義務化の初年度ということもあり、きちんとした準備ができないまま、急いで開示しなければと切迫感の中で開示した企業も多かったのではないでしょうか。各企業の人的資本経営の成果が見えてくるのは2024年以降になると思います」(伊藤氏)

コーポレート部門は人事、経営企画などに分かれているが、本来、人材戦略と経営計画は連動しているべきものだ。伊藤氏は、「適切な開示に向けて、コーポレート部門に横断して人的資本情報開示プロジェクトを立ち上げてもらいたいですね」と語る。

人的資本情報を開示することで、企業は投資家や世の中からフィードバックを得ることができる。つまり、開示することが人的資本経営の実態を高めていくことにつながっていく。

田中は「2024年以降は『格付け1』の上場企業が減り、充実した人的資本情報を開示する企業が増えてくることを期待したい」と語った。

なぜ日本企業は課題設定と目標設定が苦手なのか

人的資本経営を進めるにあたって重要なのが、「As is(現状)」「To be(目指す姿)」のギャップを定量把握し、人材戦略に落とし込んでいくことだ。しかし、この点について田中は「現状を分析することはできても、そこから課題や目標を設定していくことが苦手な企業が多い」と語る。

この背景を伊藤氏は「日本企業の多くは帰納法で考えるから」だと指摘する。

「未来像から現在を描くバックキャストを実現できている企業は少なく、多くの企業では今までやってきたことの積み上げ型で考えています。そうすると、『As is』はわかりますが、『To be』と言われて3年後、5年後ならまだしも、10年後の未来像を描いてマテリアリティを特定することは難しい。『To be』から課題や目標を設定するためには人材戦略と経営戦略の連動が必要です」(伊藤氏)

「As is」「To be」のギャップを把握できたとしても、人的資本情報の開示にあたっては「課題などのネガティブな情報を開示したくない」「開示できるほどのレベルに達していない」と考える企業もあるだろう。

しかし、田中は「課題=伸びしろと考えたほうがいい」と語る。また、伊藤氏は「現状の先のストーリーを見せることに意義がある」と語った。

「開示情報によって女性管理職比率が分かります。では、女性管理職比率が高い企業を投資家が高く評価しているのかと言えば、そうではない。むしろ、『今はこのレベルだけど、こういう施策をすることで、3年後、5年後にこのレベルに達したい』といったストーリーが明確に語られている企業のほうが、投資家からの評価は高いのです。重要なのは、課題設定と課題を実現するためのアクションプランです。

たとえば、現状の女性管理職比率が10%だとします。もっと数字を高めるために何をしているか。ポテンシャルのある女性に集まってもらい取締役と対話するなどの取り組みをしていれば、3年後には女性管理職比率が伸びる可能性が高いと言えます。こうした情報を投資家は知りたがっているのです」(伊藤氏)

多様性を認識することが、対話の始まり

人的資本経営が注目される背景には、企業が人材不足をはじめとしたさまざまな課題を抱える中で、人に投資することが企業の持続的な成長に欠かせないという考えがあるからだ。

伊藤氏が指摘した経営上の重要課題の1つが「同質化」だ。伊藤氏は「よく日本人は同質的だと言われますが、レンズを近づけて見れば個性も経験もスキルも、一人ひとり違いますよね。つまり、本当は多様な存在を同質の存在のように思い込んできたことが問題です」と語る。

「周りが同質的だと思ったら対話をする必要を感じないですよね。人は多様であるからこそ対話をしたくなるのです。相手のいろいろなことを知りたいし、聞きたくなる。同質なように見えてしまうのは、自分の意見を言わないからです。意見を言ってもらえれば、同じ企業に所属している人同士でも考え方が違うことに驚くはず。

まずは、日本人=同質という認識を改めることが必要であり、人的資本経営の一歩につながっていくと思います。全体ではなく一人ひとりにレンズを近づけることで多様性が見えてきて、ダイバーシティー&インクルージョンの重要性に気づけるはずです」(伊藤氏)

同質だと思っていたから、対話が少なかった。これを象徴する点として伊藤氏が指摘したのが、「日本人は何十年も一緒に働いていても、お互いのことをよく知らない人が多い」という点だ。

欧米では家族の写真などをデスクに置き、日常的にプライベートの話をする人も多い。それに対して日本の場合、役員やリーダーを指名するときに各候補がどんな人物かを長く語ることができないケースも。

「日本企業では『チームワーク』や『ワンチーム』という言葉をよく使いますが、実はお互いのことをあまり知らないケースも多い。多様性を認識したうえで、本当にお互いのことを知ろうとして対話を重ねていくことが、本当の意味でチームになるために必要です」(伊藤氏)

リスキリングで 「中にいる人材」の価値を高める

もう1つ、企業が抱える深刻な課題が人材不足だ。募集しても人が集まらない、採用してもすぐに離職してしまうといった課題を抱える企業は業界に関わらず多い。

こうした現状について伊藤氏は、「人的資本経営による企業の二極化がすでに起こり始めている」と語る。

「どの会社でも『人が大事』『人材の価値を伸ばしていく』と言っていますが、その常套句のメッキが剥がれてしまう企業と、本当に人材を大切にしている企業の二極化が進んでいます。人的資本経営に本気で取り組まなければ企業はますます人材不足に陥ってしまいます」(伊藤氏)

人材不足の解消に向けてAIやロボットといったテクノロジーの導入も進んでいる。そのうえで、田中は「やはり人に投資して人の可能性を伸ばしていくことが、社会全体を変えるためには必要」と語る。一方で、企業の人材戦略の偏りを指摘する。

「人材を『これから入る人』『今いる人』に分けると、『これから入る人』に対しては多くの企業で積極に採用活動を行い、頑張っていると思います。しかし、『今いる人』に対してはもっとドラスティックな投資が必要だと思いますが、議論がぽっかり抜けているように感じます」(田中)

この問いかけに対して伊藤氏は、特に40代以上の男性従業員に対するリスキリングの重要性に触れた。

「これは私の仮説ですが、従来の日本型雇用システムだと40〜50代になるとちょっと飽きてくるのだと思います。

実際、40〜50代男性のウェルビーイング度はほかの層より低めです。多くが中間管理職となり、社長や本部長などからいろいろ言われるものの、それを部下に言ったら辞めてしまうので言えない。自分のところで受け止めるしかないため、幸福度は下がっていきます。また、若い世代は自律的なキャリア形成を前提として入社していますが、そうした考え方が出てくる前に入社した世代は変わることが難しいでしょう。

だからこそ、リスキリングが重要です。40〜50代の従業員が新しいスキルや視点を身につけ、同じ会社にいながら新しい景色を見られるようになれば、会社が大きく変わっていく可能性があると思います」(伊藤氏)

企業がリスキリングを推進していくにあたっては、仕事と研修の時間を分けることなく、本業の一環として研修に取り組める環境や仕組みを整えることが大事だ。

一方で田中は、「リスキリングに限らず新しい取り組みをストップさせてしまうのは、『本業を優先しなければならない』という雰囲気です。仕事で成果を出すために学ぶのだから、仕事と研修の垣根を取り払って環境を整えることが大切」と語る。

人的資本経営でウェルビーイングを追求していく

人的資本経営の推進において重要なのは、自社が何を目指しているのか、働く従業員が何を目指しているかを考えることだ。それが結果的に企業価値の持続的な向上につながっていく。

「ただし、企業価値を高めるのは最終目的ではありません。その先にある最終目的は、一人ひとりの幸せを高めることです。ウェルビーイングを追求していくために必要不可欠なのが人的資本経営なのです。

これまでは『うちの社員は幸せだ』と経営者が語っていても、それを裏付けるデータがありませんでした。今はエンゲージメントスコアという形で可視化することができます。その際に数値だけを見て判断するのではなく、少し抽象化して一人ひとりの幸福度を見ていくことが大切です」(伊藤氏)

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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