社員育成のカギは「評価」にあり。あるべき姿から成長への道筋を設計するインストラクショナルデザイン
2024.09.10
目次
若い世代が何を考え、何を望んでいるのか、行動の背景を探る連載企画「新入社員の科学」。第3回は、リープ株式会社のインストラクショナルデザイナーであり、『インストラクショナルデザイン 成果から逆算する“評価中心”の研修設計』の著者でもある荒木恵氏にインタビュー。効果的・効率的・魅力的な研修を設計し、Z世代のスキルアップを促すための秘訣を伺った。

荒木恵 氏
リープ株式会社
代表取締役/インストラクショナルデザイナー
医療機器・外資ヘルスケア企業、人材育成・教育関連企業にて、医療器営業、MR、フィールドトレーナー、研修・事業開発責任者を経験。熊本大学大学院教授システム学でインストラクショナルデザインを学び、教育評価を研究。大学院修了後、リープ株式会社を設立。インストラクショナルデザイナーとして、インストラクショナルデザインに基づいた企業の教育設計のコンサルティングを行う。
効果的・効率的・魅力的な研修を実現する「インストラクショナルデザイン」
――御社が提供するサービスの概要を教えてください。
リープは、人材育成の仕組みづくりを支援するコンサルティング会社です。画一的な研修パッケージを提供するわけではなく、独自に開発した「パフォーマンスの科学的な評価・分析」を活用し、事業者向けにサービスを提供しています。
弊社が人材育成をサポートする際に用いる理論が「インストラクショナルデザイン」です。日本語でいうところの「研修設計学」で、個人・組織が抱える学習課題を解決するための教育を設計します。要は「何をできるようにするのか」を明確にしたうえで、それを「どうやってできるようにするのか」を体系的に考えるわけです。
研修の肝要は、効果的・効率的・魅力的であること。
「効果的」とは、研修を単なるお勉強にするのでなく、受講者が知識やスキルを習得して、実務に活かすことを目的としています。そして、そこに至るまでの過程はなるべく時間や手間をかけずに「効率的」であるべきです。
「魅力的」な研修というのは、講師にユーモアがある、研修中に笑いが絶えないといった話ではありません。受講者が抱えている課題を解決し「もっと学びたい!」という継続動機を与えてこそ、魅力的な研修だと考えています。

――インストラクショナルデザインに基づいた研修は、どのような流れで進むのでしょうか。
弊社の場合は、基本的に「ADDIE(アディ―)モデル」に従って、以下の5つのプロセスを推進しています。ADDIEモデルによるPDCAサイクルを繰り返して、研修・教育を改善していくことで受講者・組織双方の成果につながります。
ADDIEモデルの特徴は、「成果」から逆算して研修内容の「質」を高めること。この点が一般的な研修とは異なるプロセスといえるでしょう。
例えば「現場マネージャーを育てたい」「ハイパフォーマーを短期間で育成したい」など、受講する社員のあるべき姿を明確にして、ゴールを目指します。クライアントによってゴールが異なるので、当然のことながら研修内容も多種多様になっていきます。

研修がうまく機能しないと感じている企業の多くは開発(D)と実施(I)だけを繰り返しているパターンが多いです。分析(A)のプロセスが抜け落ちているため、研修するための目標や意義に軸がありません。「リーダシップ研修」や「タイムマネジメント」「ロジカルシンキング」などビジネスに役立ちそうな研修をただ行うだけでは、人を育てることはできないのです。
――なぜ、多くの企業がそうした失敗に陥ってしまうのでしょうか?
多くのマネジメント層や人材育成の担当者は研修の目的を「人を育てるため」だと考えています。たしかに間違いではありませんが、真のゴールはその先にある「事業目標の達成」ですよね。経営者にとって当たり前のことなので、わざわざ部下と共有する必要はないと考えているのかもしれません。しかし、それでは研修を行う本来の目的を見失いかねない。なかには、手段が目的化して、研修内容を充実させることばかりに意識が向いてしまうケースもあります。「事業目標の達成」というゴールまでの道筋を見定め、研修戦略を設計していくことが重要なのです。

「納得感」のある研修が若手社員の心をつかむ
――Z世代以降の若手社員の育成に課題を感じている企業は少なくありません。研修のコンサルティングをするなかで、どのような特徴があると感じますか?
一般的にいわれているように、コスパやタイパを意識する傾向はあるように思えます。今は1社だけに長く勤める時代ではありませんし、転職を重ねてキャリアアップを図る選択肢もあるので、「石の上にも三年」が通用しないのは事実でしょう。
研修においても、根拠がなく理屈の通らないカリキュラムは、若手社員から受け入れられません。納得感がなければ、魅力的な研修とは映らないのでしょう。
若手社員の納得感を引き出す決め手となるのがADDIEモデルでいうところの評価(E)です。研修によってどのような知識が身についたのか、どの程度スキルが向上したのかを定量的なデータを用いてフィードバックすることが学びの原動力になります。研修によって得られた知見をどのように実務に活かしていくのかを丁寧に提示してあげることで、納得感が醸成され、研修の成果も向上していくはずです。
――上司世代のなかには、若手社員へのフィードバックに苦手意識をもっている人も少なくないそうですね。
若手社員のモチベーションを下げてしまうのではないか、もしくはハラスメントだと受け止められるのではないかと、危惧する方は少なくありません。こうした考えに陥ってしまうのは、指導に立つ側がこれまで適切なフィードバックを受けてこなかったことも一因だと思います。フィードバックというのは必ずしもネガティブな点を指摘する場ではなく、受講者が自覚できない弱点を見つけ、軌道修正するための「評価の場」。そうした意識を持つことが重要です。
適切な評価を行うことで、ゴールと現状のギャップを認識でき、改善策を打つことができます。だから、フィードバックは出し惜しみしないこと。研修の終わりだけではなく、要所要所で行い受講者と足並みを揃えてあげてください。

上司は若手社員の一歩先を行く存在として、成長を後押しする
――御社はマネジメント層や人材育成の担当者向けに指導力・育成力向上のためのトレーニングも提案していますね。
1on1が浸透し、上司世代にかかる人材育成の負担は大きくなっているように感じます。そのため人材育成の仕組みをつくるうえでも上司の役割がとても重要になってきている。その流れを受けて、私たちも上司の方々の指導・育成力向上にフォーカスした研修を提案する機会が増えています。
――上司世代の方々が若手社員を指導するうえで、陥りやすいミスはありますか?
「若手社員の能力を低く見積もってしまう」パターンがよく見られます。私たちが研修プランを提案しても、上司の方が「新人にはまだ難しい」「もっと経験を積んでから」と、理解を示そうとしない。恐らく、ご自身の若手時代に照らし合わせての発言だと思うのですが、ビジネス環境は目まぐるしく変化しており、若手社員に求められるスキルも年を追うごとに高度化しています。ひと昔前と比べ「上司だけが知っていればいい知識・スキル」はどんどん減っているのです。
上司の方々の懸念とは裏腹に、現代の若者たちの理解力の高さは目を見張るものがあります。体系立てて適切なプロセスを踏めば、スキルや知識を意欲的に吸収していくでしょう。
見方を変えると、指導にあたる方には論理的に指導する技術、若手社員を引っ張っていくだけの説得力のある姿勢が求められます。これまでのように情報や知識として自分が知っていることだけを教えればいい、というわけではありません。若手よりも一歩先を行く立場として、成長を後押ししなくてはならないのです。若手社員の能力を低く見積もってしまうのは、自身のスキル不足を見抜かれまいとする心理的抵抗によるものかもしれません。
ベテラン社員による「K・K・D」頼りの教育方法から脱却せよ
ただし、ここで気をつけていただきたいのが「高い技術を備えた人でも、いい指導者になるとは限らない」ということです。いくら「教える内容」を熟知している人でも「教え方」がまずければ、若手社員の成長は望めないでしょう。
私自身、インストラクショナルデザインを学ぶ前に同じような失敗に陥りました。営業職を務めていた頃、実績が買われてフィールドトレーナーとして活動するようになりました。経験の浅い社員に対して営業スキルをレクチャーするわけですが、指導の意図や要点などを上手く伝えることができず、度々壁に直面をしていたことを覚えています。同時に「教える内容」と「教え方」は切り分けて考えるべきなのだと痛感しました。そういった経緯もあり、インストラクショナルデザインの概念を知ったときは深い感銘を受けました。
組織内において「教える内容」と「教え方」が混同されているのは、「研修」と「セミナー」が一緒くたに考えられがちな現状とも重なります。「セミナー」はあくまでも情報伝達の手段のひとつであり、教える内容を満たしていればOK。教え方が問われることはありません。しかし、「研修」は受講者の技術習得が一番にあるので、教える内容と教え方を両立していなくてはなりません。
――高い技術を備えた人だとしても、いい指導者になるとは限らない。それを考えると、上司が自身の成功体験を若手社員に押しつけてしまっているケースもありそうです。
人材育成は、指導者の感情的な側面が反映されることが多々あり、その結果、研修の方向性がブレたり、指導方法にバラツキが出たりしてしまうケースが後を絶ちません。例えば、教育理論家のデイヴィッド・アレン・コルブが提唱した「経験学習モデル」というものがあるのですが、成長を促すためのメカニズムは古くから確立されています。

どこがうまくいったのか、いかなかったのかを振り返り(内省的観察)、その要因を見つけ出して概念化(抽象的概念化)する。一見当たり前のように見えますが、意外と忘れがち、見落としがちです。こうした学習理論は属人的な指導に陥ることを防いでくれるでしょう。
特に経験豊富なベテランほど「K・K・D(経験・勘・度胸)」に頼った教育方法を取り入れてしまう傾向にあります。経験は業務を進めていくうえでは強い武器になりますが、経験・勘・度胸に頼れるのは本人だけであり、他者に伝えても同様に再現できるはずがありません。
もちろん、先達たちが実務を通して積み上げてきたKKDを軽視しているわけではありません。私たちが提案する研修にも、学習のリソースとして大いに活用されます。経験・勘・度胸自体に問題があるわけではなく、あくまでも教育方法をアップデートする必要があるのです。
――これまでの話を踏まえると、研修が成功するかどうかは、担当者のさじ加減ひとつにかかっているようですね。
そうですね、だからこそ客観的な分析を踏まえて内容を科学的に、つまり再現性があるように組み立てなければならないのです。繰り返しになりますが、まずは組織が目指している「ゴール(成果)」、そこに到達するために社員に求めている「職務行動」と、研修を通して解決したい職場でおきている「問題」を言語化してください。社員が抱える改善点は「課題」ではなく「成長機会」。経営戦略と教育戦略を上手く連動させることで、組織のさらなる成長につながるでしょう。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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