企業の生成AI活用には「人」が鍵。人事が導くこれからの組織デザイン
2025.05.15
目次
生成AIを導入する企業が増えている中、多くの組織では技術の導入に留まり、本質的な活用には至っていない。生成AIを活用し、新たな価値を提供するためには、生成AIを使う「人」や「組織」のアップデートが不可欠だが、そこに多くの日本企業が苦戦しているのだ。そこで、「人事部門が重要になる」と、書籍『生成AI導入の教科書』の著者である小澤健祐(おざけん)氏は指摘する。
これからの企業は、どのように生成AIを浸透させていけばよいのか。小澤氏に、生成AIネイティブな組織とは何か、生成AIの導入にあたっての人事の役割や向き合うべき課題について伺った。
Profile

小澤 健祐 氏
一般社団法人AICX協会代表理事
「人間とAIが共存する社会をつくる」をビジョンに掲げ、AI分野で幅広く活動。著書『生成AI導入の教科書』の刊行や1000本以上のAI関連記事の執筆を通じて、AIの可能性と実践的活用法を発信。
一般社団法人AICX協会代表理事、一般社団法人生成AI活用普及協会常任協議員を務める。Cynthialy株式会社など複数社のAI企業の経営に携わり、日本HP、NTTデータグループなどの企業のAIアドバイザーも務めている。
人事部がAI導入のキーパーソン
――ChatGPTの登場から2年以上経った2025年現在、企業での生成AIの活用は進んでいますか?
現在、日本で生成AIを導入している企業は、20%弱程度です。しかも、生成AIによって現場の業務を大きく変革させた事例は、まだ多くありません。それは、組織全体で生成AIを活用できていないから。社内にAI搭載のチャットツールを入れて終わり、という企業があまりにも多いんです。
生成AIという技術は、経費精算や勤怠管理のSaaSと違って、導入しただけでは活用は進みません。社員が使えるようになるためのスキルの育成や、組織への浸透が不可欠です。

最近までは生成AIを「作ること」や「導入すること」に主眼が置かれていましたが、今後は「使う」ことに注力する必要があるでしょう。そのためには、人事部門が生成AIを活用することを前提とした組織をデザインしたり、活用スキルの向上に取り組んだりしなければなりません。
これからは生成AIを導入するのではなく、採用する時代になると言えます。
――「生成AIを採用する」とは?
人事部門は従業員の管理・育成や、組織文化の醸成・維持に深く関わっていますよね。現場の業務を見て、必要な研修を考えたり、文化の醸成のための施策を考えたりしていると思います。
生成AIも、現場の業務にどう生かすか、活用の文化を根付かせることが重要です。そのため、日ごろから従業員の現場の業務やスキル、組織文化に関わっている人事部門が、生成AIの活用推進に寄与することが求められます。
また、人事は採用要件を作ります。今後、社内で生成AIが当たり前になったら、これまで人が担っていた業務も採用要件からなくなっていくはずです。
人事がいかに生成AIを含んだ組織をデザインできるかが重要になる。そういう意味で、「生成AIを採用する」と表現しています。
――生成AIの技術だけでなく、使う「人」や「組織」へのアプローチが重要になるわけですね。
そうです。しかし、多くの企業で、生成AIを導入するDX部門・技術部門と、人材の採用育成を行う人事部門の間に文化の壁があります。これが、企業組織への生成AI浸透を阻む課題です。
人事部門は現場の仕事を見て、従業員のパフォーマンスを上げるにはどうしたらいいか考えています。一方、DX部門も現場を見て、業務プロセスを効率化するためにどんな技術を入れたらよいか考えています。現場を見て業務を良くしようとしているのは同じなのに、なぜかここの連携がとれていない場合が多い。安定性を指向する人事部門に対して、DX部門の速すぎる変革が課題になって、すれ違っていることがあります。

本来は、両者が連携し、生成AIが活用される組織を構築するために議論するべきです。5年後の組織が生成AIによってどのように効率化され、どの業務を人が担うべきかといった組織デザインを設計する必要があります。
生成AIが浸透した組織をデザインすると、人事制度の見直しも必要になります。例えば、生成AIを使って業務を効率化した結果、残業代を稼げなくなるのは理不尽に感じますよね。であれば、生成AIをうまく使っている従業員に対するインセンティブの設計などが必要です。
こう考えると、やはり生成AIの導入・活用は人事を筆頭に取り組むべきではないでしょうか。
生成AIネイティブな組織とは?
――では、全社で生成AIがうまく活用できている「生成AIネイティブな組織」とは、どんな組織でしょうか?
生成AIを活用して「付加価値を作れる」組織が理想的だと考えています。
現在は、多くの企業で生成AIが効率化のために使われていることが多いと思います。「生成AIの導入によって何十時間の業務時間を削減した」という事例も出てきています。しかし、その結果売上を伸ばしたり、提供する価値を高めたりできている企業がどれだけあるでしょうか。
本来、生成AI活用で目指すべきなのは、新しい付加価値の提供です。そのためには、従業員は今の働き方を脱却して、自ら問いを設計し、新たな付加価値を作れる人材にならなければなりません。
それは必ずしも大それた新規事業やイノベーションである必要はありません。どんな仕事でも、新たな視点で問いを作りながら取り組めば、新しい価値を創出でき、給料が増える可能性も十分にあります。
しかし、日本の大企業は「100点満点主義」の文化が根強く、それが付加価値を創出するための生成AI活用を阻害していると感じます。多くの企業の場合、上司から課題が与えられ、従業員はその問題を解くために生成AIを活用し、少しでも100点に近い答えを出そうとしています。
このように生成AIに対して「正解」を求めるゆえに、「ハルシネーション」(AIが不正確・誤った回答を生成すること)の問題が話題に上るのです。そもそも、新たな価値提供のためのアイデアや戦略に、明確な正解はありません。
つまり、生成AIネイティブな組織になるためには、この正解主義の企業文化を変革することが重要なのです。
――生成AIネイティブな組織では、必要な人材やスキルの再定義も必要になりそうですね。
そうですね。ハードスキルはかなり生成AIに頼れます。そのため生成AI活用の能力と、課題解決能力やコミュニケーション能力などのソフトスキルの重要性が増すと思います。
これまでは、職種として一人前になるためにマーケティングの方法やプログラミングといったハードスキルを磨く必要がありましたが、それらは生成AIに代替できます。例えば、プロダクトマネージャーが何か新規プロダクトを作りたいと思ったとき、市場の分析からデザイン、コーディングまで生成AIに任せることができるわけです。

したがって、組織に必要な人材の職種やレイヤーのバランスも変わってきます。職種で言えば、エンジニアやデザイナー、データサイエンティストやライターなどのハードスキルを活かす仕事は、一部のプロフェッショナルだけが残るでしょう。
事業を作るビジネスアーキテクトの重要性が高まり、そういった職種の人たちが生成AIを活用しながら戦略の立案から実行まで担うようになっていくはずです。逆に、ハードスキル系の職種も、戦略を描くソフトスキルを身に着け、アップデートしていく必要があります。
また、レイヤーのバランスにおいては「クリスマスツリー化現象」が起きると予想しています。生成AIが浸透することで、現場で作業するプレイヤーは減り、相対的にマネジメントレイヤーが多くなるという予測です。というのも、マネージャー以上とプレイヤーでは生成AIとの付き合い方が異なるからです。

経営・マネージャーレイヤーは戦略を作るうえで、プロンプトを書いて生成AIとの対話を重ねます。一方で、現場のプレイヤーは生成AIとの対話ではなく、議事録をまとめるためにプロンプトのテンプレートを使うなど、業務遂行のための生成AI活用を行います。
そのため、これからの現場レイヤーでは「AIエージェント」が活躍することが期待されます。AIエージェントとは、人間の代わりに複雑なタスクを遂行するAI技術です。
マネージャーが、自分の過去の成功体験を武勇伝的に語ることがありますよね。それをロジックに落とし込んでAIエージェント化すれば、現場のプレイヤーはそれをテンプレート的に使って成果を上げることができるはずです。
――こうした変化を踏まえて、人事はどんなことを考える必要がありますか。
これらの変化を踏まえると、身に着けるべきスキルや、適切な人材配置、採用要件が変わっていくことが分かるはずです。
ハードスキルがAIに代替されることを踏まえて、研修も見直す必要があるでしょう。例えば、今までは議事録執筆や市場調査などの業務を通して、業界の知識をインプットしていたところ、すべてAIエージェントが代わりに実行してくれるとなると、別の研修機会が必要になるかもしれません。
また、現場の従業員を減らさないのであれば、その人たちが付加価値を作れる人材に変わっていかなければいけない。課題を特定したり戦略を作ったりといったソフトスキルを身に着けてもらうために、研修や施策が必要になるでしょう。
人事部門は、5年後、10年後の会社の未来を見据えて、人材戦略を設計する必要があるのです。
生成AIを組織に定着する、はじめの一歩
――生成AIを組織に浸透させるにあたって、何から着手するのがよいでしょうか?
プロジェクトチームを組成して、現場から推進していくのがおすすめです。この時、自律分散型のチーム構造が理想です。各部門の業務を理解しているメンバーを、AI活用のリード役にアサインして、他部門と連携しながら進めます。
「現場で使われること」が重要なので、トップダウンよりはボトムアップで、小さくても成功事例を生み出していくことが重要だと思います。

従業員に能動的に取り組んでもらうためには、社内での啓蒙活動も効果的です。私が以前所属していたディップでは、社内向けの講演会をたびたび行って、生成AI活用の重要性を共有していました。社内の生成AIに対する意識や目線を合わせるために、研修やワークショップを行うのも一つの手だと思います。
――生成AI活用がうまくいっている組織の特徴はありますか?
例えば、日清食品グループでは、入社式で社長の安藤さんがChatGPTを活用して社員へのメッセージを披露。生成AI活用に積極的な姿勢を示しました。
経営層が生成AI活用に積極的で、「そもそもどういう組織を目指していて、そのために生成AIがどういった位置づけなのか」を語れる企業は、うまくいっていますね。また、その組織戦略に対して、人事部とDX部門が建設的な議論ができれば、組織全体での生成AI活用が進むはずです。
例えば、CHROとDX部門の役員が、会社の戦略を踏まえて「DX部門でこういう生成AIツールを入れたら、必要な人材はこう変わりそうだ」「それに合わせて目標やインセンティブの設計はこう変えよう」といったコミュニケーションが取れればよいのです。
一見当たり前に思えるこうした議論も、忖度や軋轢なくできている企業は多くありません。結局、当たり前の組織力を備えた企業が、生成AIの活用・定着にも力を発揮できるのだと思います。
――経営層のコミットやDX部門との連携に、ハードルを感じる人事担当者も多くいそうです。アドバイスはありますか?
組織に新しいことを浸透させたり、企業文化を変革したりするとき、簡単にはいきませんよね。人事からの地道な発信や、外部の講演などを通じて、社内に共通認識を広げていく泥臭い活動は欠かせません。瞬時に全員がマインドチェンジすることは難しくても、ある程度の意識を共有することはできるのではないでしょうか。
社内で生成AIを活用する文化を醸成するためにどうしたらいいか。その戦略を描くことも、先ほど述べた「付加価値の創出」的な取り組みです。
また、「うちは経営層が動かないから無理」と思う必要はないと思います。一つパイロット的な事例を作り、少しずつ雪だるまを大きくしていくことはできるはず。まずは特定の部署や数人の小さなチームで始めてみてください。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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