職場の空気が変わる「優しいコミュニケーション」。聞き手力がチームを動かす
2025.07.03
目次
ビジネスの現場では、意思疎通の難しさがしばしば課題に挙がる。説得術や交渉術といった解決策が注目される一方で、村田和代教授は社会言語学に基づいた「優しいコミュニケーション」を提案。話し手主体の古典的モデルに疑問を投げかける。現代のコミュニケーションに求められる「優しさ」とは何か。その効果や実践のヒントについて話を伺った。
Profile

村田和代 氏
龍谷大学政策学部教授
専門は社会言語学。主な編著に『シリーズ話し合い学をつくる 全3巻』『聞き手行動のコミュニケーション学』(共にひつじ書房)、『包摂的発展という選択――これからの社会の「かたち」を考える』『「対話」を通したレジリエントな地域社会のデザイン』(日本評論社、共編)など。2023年に『優しいコミュニケーション――「思いやり」の言語学』(岩波書店)を上梓。
職場コミュニケーションに必要な「優しさ」とは?
――教授が提唱している「優しいコミュニケーション」について教えてください。
「コミュニケーション」と聞くと、多くの人は「情報を伝える手段」として捉えるかもしれません。でも、私はそれだけにとどまらず、人と人との関係性を紡ぐ大切な手段だと考えています。
例えば、誰かとやりとりしていて、なんだか心があたたかくなるような気持ちになることってありますよね。そういう感覚が生まれるやりとりが「優しいコミュニケーション」なのではないかと思います。
私が「優しいコミュニケーション」を意識するようになったのは、英語を学び始めた頃のことでした。自分の話す英語と、ネイティブスピーカーの話す英語はなにかが違う……と感じたんです。もちろん、語彙や文法といった言語力の差もありましたが、それだけじゃなく、会話のちょっとしたやりとりに親しみがこめられているように思えました。
例えば、相手がいつも「Hi, Kazuyo」とファーストネームを添えて挨拶してくれる。たったそれだけのことなのに、心の距離がぐっと縮まるような気がしました。まさに、コミュニケーションにおける「優しさ」に触れたわけです。以来、「優しいコミュニケーション」は個人的な関心を超えて、私の研究テーマの一つになりました。
――「優しいコミュニケーション」は、ビジネスの場面でも活かされることはあるのでしょうか?
はい、仕事を円滑に進めるうえで欠かせない要素だと思います。情報伝達を重視したコミュニケーションは、業務の効率化や合意形成といった場面では不可欠ですが、「優しいコミュニケーション」も同じくらい大切です。「職場談話」の実態を研究する国際的プロジェクト「Language in the Workplace Project(以下、LWP)」でもその効果が数多く報告されています。
LWPは、中小企業から大企業、さらには政府機関に至るまで、さまざまな組織のコミュニケーションを収集・分析してきました。研究を通じて明らかになったのは、組織内で交わされる何気ない雑談がチームワークを育むうえで重要な役割を果たしているということ。雑談は単なるおしゃべりにとどまらず、働きやすい雰囲気をつくるための「潤滑油」のような働きをしているんです。
もちろん、私語や雑談を控え、業務にストイックに向き合う組織を否定するつもりはありません。ただ、その場にいる人たちが関心を持てるトピックを設定し、誰もが気持ちよく意見を出し合えるような雰囲気があってこそ、イノベーションが生まれるのではないでしょうか。

雑談が苦手でもできる「一日一ほっこり」の実践法
――コミュニケーションを円滑にするために効果的な雑談などはあるのでしょうか?
難しく考える必要はなくて、本当にちょっとしたことでいいと思うんです。オフィスの通路で同僚とすれ違いざまに「最近どう?」と近況を聞いてみたり、チームで大きな決断をしたあとの緊張感をほぐすために、軽くジョークを交えてみたり。かしこまった雰囲気の職場であっても、挨拶程度の雑談ならとくに問題にはならないでしょう。
職場で雑談が生まれやすいタイミングとしては、ミーティングの前後や途中のちょっとした間などが挙げられます。具体例を挙げると、参加者が集まり始めてまだ本題に入っていない時間や、議題が一区切りして次のトピックに移る場面などです。こうしたタイミングは自然と声をかけやすく、コミュニケーションをとるきっかけになります。
――雑談する際の工夫はありますか?
職場内での雑談を振り返ってみるのもおすすめです。「誰が最初に雑談を始め、誰が締めくくったのか」「雑談した人たちはどのような関係性なのか」「どのようなトピックが挙がっていたのか」「どれくらいの時間続いたのか」といったポイントを踏まえて分析してみてください。
分析を重ねていくうちに、チームのなかで共有されている価値観や暗黙のルールが少しずつ浮き彫りになってくるはずです。それこそが、各組織に根づく「文化」だと考えてください。

こうした文化は固定されたものではなく、組織やメンバーの性質によって柔軟に変化します。つまり、組織の数だけ、そこにふさわしいコミュニケーションのかたちがある。だから、まずは自分のいる組織の文化を丁寧に読み解いて、環境に合った言葉やふるまいを調整してみてください。
また、自分自身の雑談を振り返ることも忘れてはいけません。このとき大切なのは、「なにを話したか」よりも「どう伝えたか」を意識することです。相手の気持ちを汲み取れていたか、話しかけるタイミングは適切だったか――。「優しいコミュニケーション」は話の内容よりも伝え方にどれだけ心を配れていたかがポイントになります。
もし雑談が苦手だと感じているなら「職場でほっこりした瞬間」を思い出し、その雰囲気をマネしてみてください。まずは、朝の挨拶にひと言そえるだけでもいいでしょう。「一日一ほっこり」を目標にすれば、職場の空気も少しずつ変わっていくはずです。すぐに実践できなくても、メンバーそれぞれのコミュニケーションのクセを知っておくだけで、のちのちプラスに働く場面がきっと出てきます。
聞き上手になるには?会話を動かす聞き手の技術
――昨今はビジネスにおいても「傾聴」の重要性が説かれていますね。
そうですね、実際のところ、コミュニケーションが円滑に進むかどうかは「聞き手」の手腕にかかっていると思います。そう言うと「話し手が主導権を握っているのでは?」と戸惑う人もいるかもしれません。
でも、それは昭和によく見られた話し手中心の古典的モデルだといえるでしょう。ビジネスにおいては、長らく「情報をどう伝えるか」が重視されてきた背景がありますが、コミュニケーションとは本来、一方通行のものではありません。
近年の研究では、コミュニケーションを「相互行為」として捉えることが主流になっています。話し手と聞き手によるキャッチボールこそが、コミュニケーションの本質なのです。さらに、時代の流れとともに価値観は多様化して、情報伝達手段も複雑化しています。古いモデルに頼りすぎると、どこかで齟齬が生まれてしまうかもしれません。
一方で、現代の若者も聞き手としてのふるまいをあまり意識していないように感じます。私が担当しているコミュニケーションの授業でも、多くの学生が「コミュニケーション力をつけたい」と言います。では、その力とはどんなものかと尋ねると、「プレゼン力」や「論破する力」といった答えが返ってくる。つまり、話し手としての技術に関心が向いているんですね。
――「優しいコミュニケーション」という視点で見ると「聞き手」にはどんな姿勢が求められるのでしょうか?
会話に積極的に関わっていく姿勢だと思います。「聞き役」というと、どうしても受け身のイメージを持たれがちですが、じつはとても能動的な行為なんです。
聞き上手な人は相槌やうなずき、笑い、問いかけなどを織り交ぜて、話し手の考えや感情を引き出します。これがもし相槌を打っているだけだったら会話は展開せず、聞く・話すのキャッチボールは成立しないでしょう。
つまり、聞き手は話の流れをリードする「ファシリテーター」のような役割を担っているわけです。ファシリテーターとは、中立的な立場で議論に参加し、話し合いを円滑に進める調整役のことです。
私は以前から、まちづくりの場で活動するファシリテーターの言語的ふるまいについて研究してきました。市民参加型の話し合いでは、年齢や立場、価値観の異なる人たちが一堂に会するため、意見のバランスをとるのが難しい場面も少なくありません。そうした場面で、ファシリテーターは聞き役としての本領を発揮します。誰がまだ発言していないか、逆に話しすぎている人はいないかなど、さりげなく観察し、参加者の意見をピックアップしていく。まさに聞き手のお手本になるような存在です。
もっと身近なところでお手本を見つけてもいいでしょう。聞き上手な人のふるまいを観察してみたり、テレビ番組のインタビュアーのやり取りに注目してみたり。日常のなかにも、コミュニケーションのヒントはたくさん転がっています。
――村田教授ご自身が、コミュニケーションをとる際に心がけていることはありますか?
聞き手・話し手の立場に限らず、日頃から「相手の文化に歩み寄ること」を心がけています。
なかでも、学生とのコミュニケーションではその大切さを強く感じます。わかりやすい例でいうとLINEがありますね。学生たちにとってLINEは日常的な連絡手段であり、メールよりもずっとカジュアルなツールです。一方で、私自身はLINEを使うことに抵抗がありました。
しかし、学生たちから「先生もいいかげんLINEを使ってください」と強く推されて、思い切って使ってみることにしたんです。実際にLINEで連絡を取り始めると、学生からのレスポンスがメールのときよりも格段に速くなりました。学生たちも親しみやすさを覚えたのか、会話がよりスムーズに。こうした相手に寄り添う姿勢こそが「優しいコミュニケーション」の一つのかたちだと感じています。
組織で「優しいコミュニケーション」を定着させるには
――組織内のコミュニケーションを円滑にするために、実践できる工夫や取り組みがあれば教えてください。
大学の授業でも取り入れているのですが、コミュニケーションを振り返るためのロールプレイを実施してみてはいかがでしょうか。
具体的には、職場のメンバー同士でペアを組み、10分間の会話を行ってもらうイメージです。テーマはなんでも構いません。「会社の好きなところ」や「夏季休暇の予定」など、気軽に話せる話題を一つ選んでみてください。
一人が話し手、もう一人が聞き手となって10分間話したら役割を交代してさらに10分。同じテーマでも、話し方や聞き方によって会話の流れや雰囲気が変わってくるはずです。ロールプレイが終わったら、お互いにフィードバックを行います。話し手は、聞き手の「よかった点」や「改善できそうな点」を伝え、聞き手は「話をうまく引き出せたか」「相手が話しやすい空気をつくれていたか」などを振り返ります。
「優しいコミュニケーション」は、マニュアル通りに動いても身につきません。相手とのやりとりのなかで「優しさ」を体感することが何よりも大切です。組織ごとに文化が異なるので、正解は一つではありません。実践を重ねて、自分たちの組織に合ったコミュニケーションを探してみてください。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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