
自ら挑戦し、挫折し、成長する。 “自律型” 組織のつくり方
2023.08.01
青山学院大学の陸上部監督である原晋氏は、選手の自律性を引き出す「青学メソッド」などオリジナルな指導論を基に、同大学を大学陸上界のトップ校に押し上げてきた。同大学の選手はメディアからの取材にも堂々と答え、自らの考えを自らの言葉で話す姿は大人顔負けだ。そのような選手の自律性を引き出す同氏の指導論は、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授によって提唱された「成功循環モデル(Core Theory of Success)」との大きな共通点が見られる。本記事では、メンバー自らが挑戦と挫折を通じて成長を続ける“自律型”組織のつくり方について、理論と実践の両面から原氏が解説する。
Profile

原 晋 氏
青山学院大学 地球社会共生学部 教授
陸上競技部長距離ブロック監督
1967年、広島県三原市出身。中京大学卒業後、陸上競技部第1期生として中国電力に進むも、故障に悩み、5年目で競技生活から引退。95年、同社でサラリーマンとして再スタートし、ビジネスマンとしての能力を開花。陸上と無縁の生活を送っていたが、2004年に青山学院大学陸上競技部の監督に就任。09年に33年ぶりの箱根駅伝出場を果たす。15年、青学史上初となる箱根駅伝総合優勝。18年、箱根駅伝4連覇。19年の箱根駅伝は、惜しくも総合2位(復路優勝)。20年、大会新記録で箱根駅伝5度目の総合優勝を果たし、再び頂点に返り咲く。21年の箱根駅伝では、往路12位から巻き返し、復路優勝(総合4位)。22年の箱根駅伝では、2年前の大会新記録を更新し、6度目の総合優勝を果たす。

『「挫折」というチカラ 人は折れたら折れただけ強くなる』(マガジンハウス)
青学はなぜ何度も駅伝王者に返り咲くのか?勝負強さは「挫折」から作られる。強靱なメンタルを育てる逆境力。
「成功循環モデル」とは
成功循環モデル(Core Theory of Success)は、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授によって提唱された組織活性化のためのシステム論だ。同理論では、組織においては「関係の質」「思考の質」「行動の質」「結果の質」という4種類の質が循環的に作用し、組織レベルを規定するとされる。
しかし、最初に「結果の質」ばかりを求めると、逆に結果が出ない悪循環に陥ってしまうという。「結果の質」が求められると上意下達的なマネジメントが蔓延して「関係の質」が悪化し、その外圧によってメンバーの主体性が失われ、「思考の質」が低下する。すると、目標が外から与えられたもの(外発的)となって「行動の質」が下がり、「結果の質」が上がらないという悪循環だ。
では、このような悪循環から抜け出し、成果を挙げ続ける組織に変革するにはどうしたらよいのか。原氏は同理論を引用しながら、組織内に良い循環を生むためには「関係の質」の向上から着手すべきと説く。
ステップ1:まずは関係の質を高めよ
「関係の質」を高めるといっても、指導者・マネージャーがただメンバーにおもねるわけではなく、個々人の「思考の質」の向上を邪魔している組織内の関係を取り除くという本質こそが重要だ。
「私は、『心理的安全性』などの言葉が出るずっと前から、選手たち自身が考え、自分なりの答えを出させるような指導をしてきましたが、監督就任直後はあまりに理不尽で支配的な上下関係がはびこり、選手たちが自分の頭で考えられるような状態からは程遠かった。そのため、『1年か2年ばかり先に生まれただけで偉そうに後輩を支配するな!この組織において偉いのは、発言をする奴だ!』という意識付けを徹底的に行いました。そして、選手からの発言がどんなに的外れであっても、発言したという行為を否定することは絶対にしませんでした」(原氏)
このように、あくまで「思考の質」を向上させる上で必要な「関係の質」の変化の有り様を見定めることが重要であり、通り一遍に優しくするわけでも、メンバー全員に無意味に厳しくするわけでもない点に注意を要する。
「不要な上下関係は撤廃するように動きましたが、むしろ生活態度で言えば門限を導入するなど規律を厳しくし、常に陸上選手であることへの自覚を持たせるようにしました。選手からは当初猛反発を受けぶつかってばかりでしたが、その意図を粘り強く説明し、最終的には選手自身がその厳しい規律を選び取るようになりましたね」(原氏)
ステップ2:自ら考えさせ、思考の質を上げよ
メンバーが日常的に発信を求められることで徐々に思考の質が上がるようになるが、すべてがいきなり上手くいくわけではない。その際、指導者はどのように介入を図るべきなのだろうか。原氏は、最初は上手く行かずとも大きな介入をせず、自身でトライさせて成果が出ないことを自分で経験させる重要性を説く。
「大体最初に出てくる選手のアイデアは、上手く行かないだろうなと思うことが多い。ただ、一度は『自分の思う通りにやってみたらいい』と言うようにはしています。その結果上手く行かなくとも、失敗した理由を自分で反省する過程で他者の意見が取り入れられるようになりますから」(原氏)
原氏は、このように自分なりに物事を考えて答えを出すことを「自立」と呼び、毎朝のミーティングで選手たちが一言プレゼンテーションをする機会を設けたり、選手だけで出席する外部の会議でも必ず質問をしてくるように言うなど、様々な工夫を凝らしている。これが、メディアからの取材でも選手が堂々とした受け答えができるようになる秘訣だ。
ステップ3:自分ごと化し、行動の質が上がる
「思考の質」を上げられたとしても、すぐに成果に繋がるとも限らない。時に訪れる様々な逆境を乗り越えるためには、どんな向かい風にも負けない行動の根幹となる「心の核」が必要だと同氏は説く。
「心の核とは、意思が湧き起こる場所であり、行動や物事の本質を明確にしてくれる自分の中での原理のこと。その核は、自らの目標を周囲に発信することなどによって強固になります。目標の宣言は怖さも伴いますが、それによって覚悟が決まって行動原理が明確になると、行動の質が高まっていく。自分で考え抜いた決断の前には、すべての言い訳が無力化するのです」(原氏)
加えて、前回の記事で触れたように、思わしい成果が出ないときこそ周囲からの働きかけが重要になる。逆境であっても、向き合っている対象や仕事自体に意義を感じ、熱中状態を保てるような支えがあれば、組織全体の「行動の質」は失われることなく、持続的に高まっていくのだ。
ステップ4:最後に、結果の質がついてくる
「行動の質」までが高まると、組織が求める「結果の質」の水準に到達する確率は飛躍的に向上できる。もし仮に望まない結果に終わってしまった場合でも、自ら考え自立的に答えを出し、主体的な行動が起こっているのであればそれは「挫折」であり、その経験を次に繋がる知恵に変換できる。このように、成果を挙げられなかった経験を消化・昇華し、より再現性を高めて身体的な知恵としていくプロセスを原氏は「自律」と定義し、組織としての成長に欠かせないものと位置づける。
「私が重要視しているのは、結局のところプロセスなんですよ。結果はあくまでそのプロセスのご褒美であって、実はスタートラインに立った時点で既にゴールは決まっているということ。だから、選手が出した結果についてもちろん評価は行いますが、批判・非難することは絶対にしません。その批判には何ら意味はありませんから」(原氏)
また、結果の質を評価する上でも重要なことがある。それは、他者との比較によってではなく、その個人の過去と現在の比較によって評価するということだ。
「組織全体を底上げしていく上では、結局個の力が重要。そして個の力の絶対値を上げる中でもメンバー間で比較すると必ず順位はついて回るものですが、評価においては個人間の差を決して批判しないことです。あくまで、その選手が過去から現状でどう変化したか、そして現状から将来に向けてどう成長できるかにフォーカスしています」(原氏)
最終的には日々の信頼関係がカギ
「関係の質」の向上を起点として自律的な組織づくりを行う上では、上層部・指導者が現状の組織の状態やフェーズを正しく理解し、適切なフィードバックを行うことが欠かせない。そして、フィードバックを成り立たせる上では、まずもって指導者自身の感情やエゴのためにフィードバックしないことだ。
「例えば、あるメンバーの行動によって組織の目標達成ができないから改善してくれというのは完全に指導者側のエゴで、聞く耳を持ってくれるはずがありません。私は、タイムの早い選手がある問題行動を取っていて、箱根を優勝する上でそのメンバーの力が必要だったとしても、『今の行動を改善しない限り絶対に箱根では使わない。それで負けてしまっても構わない』と言い切ります。こちら側の都合やエゴ、打算的な感情を捨てて向き合わない限り、その気持ちは絶対に本人に届かない」(原氏)
さらにもう1つ、大前提となるのは日常的に選手と真剣に向き合い、信頼関係が構築できているかどうかだと原氏は話す。
「選手からすると、指導者が自分に真剣に向き合っているかどうかなんてすぐ分かりますよ。実はアドバイスをする前に勝負は決まっていて、普段のコミュニケーションの中で信頼関係が培われ、『この人のアドバイスならちゃんと聞こう』となっていればちゃんと選手たちは耳を傾けてくれる。フィードバックが上手く行かないなら、内容ではなくまずは前提となっている人間関係を疑うべきです」(原氏)
理論と実践の両面から見ても、組織変革を成功させる上では「関係の質」を見直すことから着手し、組織内にポジティブな循環を作り出すことがカギだと言える。次回は、そのような自律的な成長を続ける組織を作り出す上での必要となるリーダーシップのあり方について解説する。
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