挫折力 ~失敗から立ち上がり、成功を掴む人は何が違うのか?~

2004年に、30年近くも箱根駅伝出場から遠ざかっていた青山学院大学陸上部に監督として就任後、わずか5年で同大学を33年ぶりの箱根駅伝出場に導いた原晋氏。以降、同大学は箱根駅伝を4連覇するなど大学陸上界のトップ校として君臨し続けている。

中でも、選手の自律性を引き出す「青学メソッド」、ランナー向けの運動メソッドである「青トレ」など、従来の常識を覆したオリジナルな指導方法が話題を呼び、陸上界全体にも広がりを見せている。そのような指導論を実践を通じて理論化し続けてきた同氏は、選手が本当の意味での「挫折」を経験し、さらには克服することが組織の自律的な成長には欠かせないという。

変化が激しく正解のないこの時代を生きる上で、「挫折」とどのように向き合い、成長を目指すべきなのか。豊富なビジネス経験も有する同氏が、ビジネス・スポーツの両観点から徹底解説する。

Profile

原 晋 氏

青山学院大学 地球社会共生学部 教授
陸上競技部長距離ブロック監督

1967年、広島県三原市出身。中京大学卒業後、陸上競技部第1期生として中国電力に進むも、故障に悩み、5年目で競技生活から引退。95年、同社でサラリーマンとして再スタートし、ビジネスマンとしての能力を開花。陸上と無縁の生活を送っていたが、2004年に青山学院大学陸上競技部の監督に就任。09年に33年ぶりの箱根駅伝出場を果たす。15年、青学史上初となる箱根駅伝総合優勝。18年、箱根駅伝4連覇。19年の箱根駅伝は、惜しくも総合2位(復路優勝)。20年、大会新記録で箱根駅伝5度目の総合優勝を果たし、再び頂点に返り咲く。21年の箱根駅伝では、往路12位から巻き返し、復路優勝(総合4位)。22年の箱根駅伝では、2年前の大会新記録を更新し、6度目の総合優勝を果たす。

『「挫折」というチカラ 人は折れたら折れただけ強くなる』(マガジンハウス)

青学はなぜ何度も駅伝王者に返り咲くのか?勝負強さは「挫折」から作られる。強靱なメンタルを育てる逆境力。

そもそも「挫折」とは

原氏によると、「挫折」とは3つの要素によって定義されるものを指す。まず、自ら立てた目標を達成するために、必死に(世間一般ではない水準で)努力を重ねたこと。2つ目に、大きな成果を出そうとする中でコントロールできない複雑な外部要因の影響を受けること。3つ目に、目標が達成できなかったこと。この3要素、つまり「相当の努力」「コントロールできない外圧」「未達成」の3つが揃って初めて「挫折」になる。

「現状に甘んじてアクションすら起こせていなかったり、お膳立てされた環境でレールの上に沿って実行して上手く行かなかったりしただけでは、「挫折」ですらない。それはただの「失敗」であって、そこから次に繋がる学びはありません」(原氏)

「挫折」なしには、個の力を磨くことはできない

では、とりわけこの時代に「挫折」が求められる理由はなぜか。原氏は、昨今の時代の変化に硬直化した社会構造が対応できておらず、主体的な行動から生まれた「挫折」からでしか個の力を磨くことができないからだと話す。

「変化が激しい今の時代、常に新しいものを生み出していかなければすぐに停滞、さらには衰退してしまうので、必然的に既存のルールからはみ出したチャレンジが求められます。しかし、組織において「これまで俺がやっていたやり方に従え!」といった硬直化したマネジメントではその挑戦が上手くいくはずがなく、経験に繋がらない「失敗」しか産まれません。メンバーの主体的な行動を促し「挫折」させることでしか、昨今の環境下で個の力をつけることはできないのです。そして、その個の力の向上なしに組織が成長することは難しい」(原氏)

同時に、社会においてルールを作る人と、与えられたルールに従う人との間での断絶が広がっており、その断絶によって組織改革が進まなくなっていることにも警鐘を鳴らす。

「日本社会では、政治家や経営者、指導者までもが自分たちが決めたルールにとにかく従わせようとしてきた。その結果、経済・地域・情報などのあらゆる面で格差が広がるばかりで、構造改革・組織改革が進まない要因になっているのではないか。乱暴に言うなら、若者はもっと暴れた方がいいし、暴れさせた方がいい。そうでないと、社会も組織も変わらない。」(原氏)

成果を生む3種類の力:個の力・公式の力・組織の力

他方で、複雑な外的環境の中で成果を出すためには、「個の力」以外にも「公式の力」「組織の力」を組み合わせることが必要だ。「公式の力」とはポジションパワーとも呼ばれ、個人が組織から与えられた権限に応じて組織に影響を与えることのできる力。また「組織の力」とは、組織において個人同士の関わりや認め合いの中で生まれる力のことを指す。

成果を出す上ではこれら3種類の力を総合的に研磨・活用しなくてはならないが、「個の力」を磨かずして「公式の力」「組織の力」を発揮しようとしても成果には繋がらない。だからこそキャリア早期に「挫折」を経験・克服し、自らが拠って立つ基盤を作ることが重要だと原氏は繰り返す。

「例えばこの6月に首相秘書官の辞職に追い込まれた岸田翔太郎氏は、「個の力」に対して分不相応な「組織の力」を持て余した結果、殆ど成果を出すことができずに終わってしまったという典型例でしょう。特に若い人たちは「個の力」を付けることを徹底して優先すべきであり、翔太郎氏にもまずは「個の力」を磨き上げた後で政界に戻り、「公式の力」「組織の力」を遺憾なく発揮して成果を出してほしいと言いたいですね。」(原氏)

「挫折」から立ち上がり、成功を掴むために

まずは自らの掲げた高い目標に対して努力し、「個の力」を磨く。すると、周囲から認められ始めて「組織の力」が高まり、次第に「公式の力」が与えられていく。このような好循環を作る第一歩目が「挫折」ではあるが、「挫折」した全ての人がその経験を克服し、成功を掴めるものなのだろうか。原氏は、振り切った水準での努力が必要としながらも、健康面で超えてはならない一線があるとし、その水準を自らが理解しておくことや周囲からの働きかけが重要になると説く。

「スポーツ選手においては怪我が典型例だが、ビジネスパーソンにおいても心身の健康バランスが崩れてしまっては意味がない。バランスが崩れてしまう要因や、健康を損ねてから復帰できるまでの道のりは個々で違うため通り一遍の対応では難しく、自分でその水準を理解しておくことがまず重要。加えて「挫折」を克服する際には、大きな目標を達成しやすい小さな目標に変換するとともに、そのプロセスを周囲が承認したり褒めたりする。そのようにして、最終的に求める成果が出る前から擬似的な成功体験を作り出すことが不可欠だ」(原氏)

また、「挫折」をきっかけに周囲からの期待が変化し、本人にとって望まぬ配置転換をせざるを得ないケースもあるが、その際に成果を出せなかった罰のように伝わってしまうと、その克服に向き合うことは難しい。

「陸上の指導をする中でも中々成績が伸びない選手に対してマネージャーへの転身を促すこともある。そうした配置転換を行うにせよ、どのような意図で配置転換を考えているか、選手の人間形成にとってもどのような意義があるかを伝えることは指導者の義務。その際、人間同士の信頼関係が構築できていることが大前提となる。結局は、日々の活動を通じて培われる信頼関係あってのものですね」(原氏)

「挫折」から立ち上がり、大きな成果を出すためには本人の並々ならぬ努力に加え、周囲からの適切な働きかけも欠かせない。次回は、個々人の挑戦と「挫折」を引き出し、自律的に成長し続ける組織づくりの考え方について、理論と実践の両面から原氏が解説する。

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