人的資本経営の最前線。日本企業が今、取り組むべきカルチャー変革

カルチャー変革の実践には困難が伴う。前例がない取り組みに抵抗感を示す従業員とのコミュニケーションに苦戦する企業もあるだろう。そんな中、産官学連携イベント「カルチャー変革推進委員会」では、日揮ホールディングス株式会社と、ダイキン工業の事例を通して、カルチャー変革の実践のヒントが提示された。

また、経済産業省の視点からこれからの人的資本経営のあり方について語られたほか、Unipos株式会社代表取締役会長 田中弦が、企業が集結してカルチャー変革の実践に向かう価値について説明した。

同イベントで語られた内容から、これからの時代に求められる企業組織のあり方と、カルチャー変革の実践に踏み出すためのヒントを探る。

 

Profile

花田琢也

日揮ホールディングス株式会社 専務執行役員  CHRO

1982年、日揮株式会社(現 日揮ホールディングス株式会社)に入社、海外プラントPJにエンジニアとして参画。2002年にNTTグループと「トライアンフ21」を設立しCEO就任。その後、日揮アルジェリア現地法人CEO、事業開発本部長、人財・組織開発部長を経て、2018年、日揮グループのCDOに就任。2021年に日揮グローバルエンジニアリングセンタープレジデントを務め、2022年4月より現職。

 

 

冨樫智昭 氏

株式会社リンクアンドモチベーション 企画室 エグゼクティブディレクター

大手企業向け組織人事コンサルティングに20年以上従事。7年連続国内No.1のエンゲージメント向上クラウド「モチベーションクラウド」の大手向け事業立ち上げ後、カンパニー長、グループ会社執行役を経て、2023年より現職。人材戦略策定、カルチャー変革、人事制度改革、育成体系構築等、様々なPJTを統括。

 

佐治正規 氏

ダイキン工業株式会社 常務執行役員 人事本部長

1988年に大学を卒業後、ダイキン工業株式会社に入社。その後、2006年人事部長、2007年人事本部 人事・労政・労務グループ長、2011年人事本部長就任。2014年執行役員就任、2021年常務執行役員就任。現在に至る。

 

林美穂 氏

経済産業省 経済産業政策局 産業人材課 課長補佐

2015年に人事院で採用され、国家公務員の働き方改革関連法令の改正、マネジメントやキャリア形成支援、エグゼクティブコーチング事業に従事。現在は、経済産業省にて産業人材政策を担当し、特に、人的資本経営や教育界と産業界の連携に取り組む。

 

 

田中弦 氏

Unipos株式会社代表取締役会長

人と組織の力を引き出す「Unipos」の提供やコンサルティングを中心に活動。人的資本経営専門家として「人的資本経営フレームワーク(田中弦モデル)」の公開や約5000社の人的資本開示から導き出した見解を発信したことで注目を集め、メディアへの出演多数。「5000の事例から導き出した 日本企業最後の伸びしろ 人的資本経営大全(東洋経済新報社)著者。

「企業文化」と言わないカルチャー変革の実践

日揮ホールディングスは、1928年創業の、まもなく100周年を迎える老舗企業。産業や社会の基盤を支える存在として「エネルギーと環境の調和」という課題に長年取り組んできた。

同社では「企業文化」として掲げていないものの、脈々と受け継がれている企業文化が確かに存在する。どのような取り組みを通して、この企業文化を培ってきたのだろうか。

日揮ホールディングスの根底にあるのは「人こそ財産」という考え方だ。この考え方をベースに、CHROの花田氏は、各事業部と将来の人材・組織のあるべき姿について議論するHRO会議を発足させた。

HRO会議の中で、いくつかの人事の重点プログラムが提案された。その一つに従業員のエンゲージメントレベルを上げるための「パーパスジャーニー」がある。

2021年に「Enhancing planetary health」(地球の健康を増進する)というパーパスを掲げたが、なかなか浸透していないという課題があった。そこで、パーパスを自分事化してもらうための取り組みとしてこの施策を行ったのだ。

「企業と個人のパーパスを、そのままマッチングするのは難しいでしょう。ただ、企業のパーパスは創業の背景や経営者の志など、いくつかの要素の掛け算で成り立っています。個人のパーパスにも、学校や会社で経験した複数の要素が含まれています。それらを因数分解して、一つでも重なる因数があれば自分がこの企業にいる存在意義につながっていくのです」(花田氏)

この取り組みの結果、パーパスの理解度(5点満点)が平均2点台から4点台まで向上した。現在は、共通の因数を持った従業員同士がつながり、社内コミュニティを創生する動きも出てきているという。

当社グループの人事戦略の最上位概念として、「人財グランドデザイン2030」を策定し、目指すべき人材像と、そのために必要なスキルのカテゴリー、それに紐づいた施策・研修プログラムなどを設計した。

花田氏いわく、こうした細かい施策を実施する際には「WHYを共通認識化すること」が重要だという。従業員自身が、今参加している研修が何のためのものなのか、しっかりと認識できる体制を目指している。

リンクアンドモチベーションの富樫氏は、日揮ホールディングスの取り組みについて「企業文化という言葉を使わずに、カルチャーを変えていくための実践がなされているのがすばらしい」と評価。その上で、企業文化やカルチャーに対する考え方を尋ねた。

これに対し、花田氏は「企業文化とは地層のように積み重ねられたもの」と持論を話す。

「その時代ごとに、業界や社会の環境の影響を受けて形成されたものが積み重なった地層です。その地層をしっかりと自分たちで確認することによって新たな地層を足していくことが大切です。急激に変革することは難しく、また、必要となることはまれでしょう」(花田氏)

特に、昨今の激しい市場・社会環境の変化の中では、組織文化の揺らぎを的確に認識し、本当に必要な取り組みを見極めることが重要になるだろう。その時、自社が積み重ねてきた文化の地層をしっかりと踏まえつつ、長期的な視点で取り組めるかどうかが鍵になりそうだ。

ダイキン工業の「人を基軸におく経営」の実践

ダイキン工業は創業100周年を迎え、従業員10万人超、売上4兆円超の空調機器の開発・製造販売を主力事業としている企業である。同社の歴代の経営トップは長年「人を基軸におく経営」を大切にしてきた。従業員一人ひとりの成長の総和が企業の発展の基盤である、という考え方である。

「経営は決してアルゴリズムやロジックでできるものではありません。経営が人の営みである限り、そこで働く人の意欲や納得性をいかに向上させるかを最重点におかないと企業経営は成り立ちません」(佐治氏)

ダイキン工業では、この「人を基軸におく経営」という理念を、どのように10万人を超える全社員に浸透させているのか。

一つには「対話」による浸透が挙げられる。具体的には、グローバルグループそれぞれの主要拠点のトップを招いて経営方針等の共有を徹底する「グループ経営会議」を実施している。加えて、経営陣が海外拠点を年1回訪れて現場の第一線で現地幹部と話し合い、その場で課題を洗い出し、解決策を立案する「マネージャーミーティング」も行っている。

佐治氏は「カルチャー醸成のための取り組みではないが、こういったフェイストゥーフェイスの戦略会議が、結果として理念の浸透や、企業文化の継承につながっているのではないか」と考察した。

また、同社が100周年を迎えた2024年には、「人を基軸におく経営」の「人」とはどんな社員像なのか、3つの項目で整理された。1つ目は挑戦・成長し続ける人。2つ目は真の信頼関係・チームワークを築く人。3つ目は徹底して結果にこだわる人である。

こうした人物像や、経営理念を解説した冊子『ダイキングループ経営理念』は日英中の3か国語に翻訳され、全従業員に配布された。同時に従業員に求める行動指針も策定され、各事業部・地域のリーダーと協力しながら周知徹底が図られている。

さらに、同社の人を基軸に置いた考え方は、経営だけでなく人材育成にも大きな影響を与えている。例えば、新入社員に対しては、5泊6日の合宿研修を実施し、「人を基軸におく経営」の理解を促進している。

また、幹部候補生の育成プログラムを日本人・外国人混合で実施し、次世代リーダーの育成を推進している。こうした研修の実施にあたっては必ず経営トップや幹部が関わり、当日も対話に参加することを重視しているという。

「人材育成においても、人の成長に主眼を置くことを大切にしています。また、対話を重視し、その対話の中に経営層が入り込んで行くことが重要だと考えています」(佐治氏)

佐治氏が紹介したダイキン工業のさまざまな施策は、歴史ある企業が自社のカルチャーを確かなものにしていく際の参考になるだろう。当たり前になっている経営理念を改めて言語化し、対話によって周知することで、企業文化が継承されていくのだ。

経産省が考える「人的資本経営のあり方」

企業が人的資本経営を推進するにあたって、政府もさまざまな支援を展開している。経済産業省 経済産業政策局 産業人材課 課長補佐の林美穂氏が、人的資本経営に関する政府の取り組みを共有した。

政府は2022年に「人的資本経営コンソーシアム」を設立し、経営戦略と連動した人材戦略の後押しや、有価証券報告書における人的資本情報の開示の拡充をけん引するなどの取り組みを行ってきた。

人的資本経営コンソーシアムには650社ほどが参加しており、現在第3期目の活動を行っている最中だ。第2期までは、先進事例の共有や事例を踏まえたCHRO同士の意見交換が主軸だった。第3期からは人的資本経営に関する課題を各社が持ち寄り、課題解決を目指す実践プログラムが実施されている。また「地域版コンソーシアム」が、広島、福岡、仙台、名古屋で展開している。

さらに、コンソーシアムでは、人的資本経営に関する調査も行っているという。

「2022年と2024年に調査を行って、日本企業の課題を明らかにしています。また、それに対する先進企業の取り組み事例を公表しています。経産省のホームページからも無料でご覧いただけるのでぜひ確認してください」(林氏)

このように人的資本経営の推進を行っている経済産業省だが、これからの企業組織のあるべき姿をどう考えているのか。林氏は、これからの社会で求められる人材と、その人材に選ばれる企業組織について、統計データをもとに分析した。

まず林氏は、経済産業省が発表している将来予測「2040年に向けたシナリオ・新機軸ケース」を引用し、「日本の人口が減少していっても、AIやロボットの活用、人間のリスキリングなどによって、労働力の大きな不足は生じない見込み」だと説明した。

ただし、現在の人材供給のトレンドがこのまま続いた場合、職種間・学歴間のミスマッチが発生するおそれがある。具体的には、事務、販売、サービス等の職種は約300万人の余剰が生じる一方で、研究者や技術者が不足するという予測だ。林氏は「戦略的な人材育成や円滑な労働移動の推進が必要になってくる」と指摘する。

こうした人材の需要に対応する形で、企業組織にも変化が求められる。実際、新卒から定年まで一社に勤めるジャパニーズトラディショナルな雇用形態はすでに減少している。林氏は「所属企業から離れ、他社で学びを深める『越境学習』などの働き方も登場している。今後はオープンで多様性があるような組織が主流になってくるだろう」と考察した。

経済産業省は今後も人的資本経営の強化に注力していくという。特に、中堅・中小企業にも取り組みを拡大していく予定だ。企業は、引き続き経済産業省が展開する施策に注目しながら、時代の変化を見据えた新しい組織へと変革していくことが求められるだろう。

カルチャー変革は「みんなでやる」ことで動き出す

Unipos株式会社代表取締役会長 田中弦氏は「企業カルチャーは経営課題の一つ」と話し、その重要性を改めて強調した。

企業には実現したい「パーパス」があり、パーパスと現実とのギャップを埋めるためには、経営戦略と人事戦略を連動させなければならない。そこで、人的資本経営が注目されるわけだが、田中氏は「人的資本を強化しようとすると賃上げやリスキリングといった『個人の能力強化』の話に終始しがち」と指摘した。

しかし、ギスギスした企業カルチャーの中で、個人の力を伸ばせるはずはない。まずは日本の企業に多く見られる「意見を言い出しにくい」などの悪しきカルチャーを変えることが求められる。

田中氏は、カルチャー変革は「一斉にやる」ことが大事だと語った。今回、さまざまな企業が集まった「カルチャー変革推進委員会」の価値もそこにあるという。

なぜなら、人やカルチャーに関する課題とその解決策は、企業間で共有できるものが多いからだ。例えば「どうやって中途社員を自社のカルチャーに融合していくのか」といった悩みは、多くの企業が抱える共通の課題である。

「お互いにノウハウを共有して勉強し合えば、一人で悩む必要はありません。これも日本企業らしい側面ですが『他の会社はこうやっているらしいですよ』と言うと、納得してくれる経営者も多いです。企業が一斉に行動し合うことで、大きな変化が生まれると思います」(田中氏)

最近では、日揮ホールディングスやダイキン工業のようなカルチャー変革の事例が、公に共有されるようになってきた。多様なヒントにアクセスできるようになった今こそ、カルチャー変革の一歩目を踏み出すチャンスかもしれない。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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