3名の賢人が集結。 リスクから企業を守る「安全文化」の現在地と未来

今、さまざまな経営課題に対応するため、日本企業ではカルチャー変革が求められている。その1つが企業の「安全文化」だ。組織内で安全優先の価値観を共有することでリスクを回避することができる一方で、行き過ぎた安全文化は企業の成長を阻害する要因にもなり得る。産学官で組織される「カルチャー変革推進委員会」の「安全文化分科会」で語られた内容から、安全文化とカルチャー変革について紐解いていく。

Profile

吉原克枝 教授

福岡工業大学短期大学部情報メディア学科/産業・組織心理学常任理事

1967年北九州市生まれ。1990年横浜国立大学教育学部卒業後、同年4月より株式会社岩田屋入社(百貨店)。営業部を経て人事部の教育担当。その後、経営戦略センタースタッフとして販売サービスのBPR (Business Process Re-engineering)、E-コマースの立ち上げを担当。2002年に九州大学大学院人間環境学府行動システム専攻心理学コース修士課程、2004年に博士後期課程に進み、産業・組織心理学の研究に従事。サービス産業で働く人々の自律的な職務行動を引き起こす心理メカニズムを研究。2007年3月博士後期課程単位取得後退学。2010年より福岡工業大学短期大学部でキャリア教育、ビジネススキルに関する科目を担当。2015年から2020年まで学生部長、2019年より教授、2024年より学生部長兼学科長。現在はHR領域におけるブランディングを研究テーマとして取り組んでいる。

池田浩 准教授

九州大学大学院人間環境学研究院/産業・組織心理学会 会長

2006年九州大学大学院博士後期課程修了、博士(心理学)。専門は産業・組織心理学。福岡大学准教授などを経て現職。現在、産業・組織心理学会の会長を務める。組織における自律的モチベーションやセキュアーベース・リーダーシップの研究に従事。著書に『モチベーションに火をつける働き方の心理学』(日本法令)他多数。

池田英史 氏

株式会社マンダム先端技術研究所 研究所長

2002年 甲南大学大学院自然科学研究科修了。2015年株式会社マンダム入社。化粧品原料・製品の安全性評価業務などを経て現職。皮膚科学化粧品科の基盤研究および、化粧品原料・製品の安全性、微生物、分析評価・保証業務の統括責任者として幅広く活動。

「安全文化」から見直す企業カルチャー

安全文化とは、安全を最優先するという価値観・行動規範を持っている組織のありようのこと。特に航空業界や鉄道業界、医療現場や製造現場といった、多くの命を預かる領域で重視されている。現在様々な企業で定着している安全文化だが、その確立にあたっては企業によるさまざまなアプローチの歴史がある。吉原教授は企業の「安全マネジメント」の変遷を以下のように解説する。

「最初に登場したのは、ミスした人を叱るといった個人へのアプローチです。しかしこれだけでは安全を担保できないと多くの業界でわかってきました。そこで、次に登場したのがシステムへのアプローチ。『人間はエラーを起こす』という前提の上で、システムによって問題を防御するやり方です」(吉原教授)

しかし、このシステムへのアプローチでもチェルノブイリ原発事故のような大きな危機が起きてしまったことで、安全が担保しきれないことが分かってきた。そこで登場したのが「組織へのアプローチ」だ。安全を担保するための組織へのアプローチには、2種類あると吉原氏は説明する。

ひとつは「情報に立脚した文化の醸成」、もうひとつは「セーフティマネジメントシステムの導入」である。情報に立脚した文化とは、自分のミスを報告しようと思える組織の雰囲気や信頼関係がある状態だ。安全に関連する情報を提供することを奨励し、時には報酬を与えることもある。

もうひとつのセーフティマネジメントシステムは、安全へのコミットメントを掲げ、PDCAサイクルを回し、内部監査・外部監査を行って書面に残していくなど、仕組み化するのが特徴だ。現在、多くの日本企業も導入している。

しかし、セーフティマネジメントシステムは「近年複数の研究者から問題を指摘されている」という。それはセーフティマネジメントシステムを追求し続けると、小さな失敗だけに注目が集まり現場が疲弊してしまうという問題だ。

この問題に対して吉原教授は、安全マネジメントの研究者ジェームス・リーズン氏の主張を紹介し、以下のように説明する。

「リーズンは、品質管理者をセーフティマネジメントシステムの型にはめ込むあまり、人間の変動性、つまり危機対応に必要な臨機応変さまで殺してしまっているのではないかと指摘しています。そこでリーズンは、レジリエンスの重要性を提起しています」(吉原教授)

レジリエンスとは、問題が起きないようにする、また起きたとしてもすぐに回復して悪化しないようにする能力のことだ。吉原教授は、このレジリエンスはカルチャーと密接に結びついていると指摘する。

「レジリエンスを高めるには、カルチャードライバーが必要です。安全に関して高いモチベーションを持ち、専門家を確保する『参画(commitment)』の文化や、必要な専門技術に関する『能力(competence)』を磨く文化、そして問題が起きていない平常時でも用心し続ける『認識(cognizance)』の文化が大事になります」(吉原教授)

さらに吉原教授は、安全マネジメントの視点として「SAFTYⅠ」「SAFTYⅡ」という概念を紹介する。

SAFTYⅠは、悪いことが起こらないことが安全だと捉える考え方。一方で、SAFTYⅡは「成功のアウトカムの数が多いこと」が安全だと考える。人間が必要な調整を常に思慮深く行っているから物事がうまくいっているのであって、それをできるかぎり増やしていこうという発想だ。SAFTYⅠの視点では安全管理への投資は、コストと捉えられがちだが、SAFTYⅡは普段のオペレーションの良い点を見出すので、安全への投資が生産性向上にもつながる。

SAFETYⅠも当然重要で、安全管理の基本ではあるが、このアプローチだけでは現場がミスを一つひとつ責められる状態になり、社員のモチベーション低下につながるかもしれない。

「製造業で安全管理に携わっている方に話を聞くと『安全なオペレーションは当たり前』とおっしゃって、あまり高く評価されていません。そこに改めて着目して、なぜ上手くいっているのかを見出し、評価することも重要ではないでしょうか」(吉原教授)

ここまで吉原教授が述べてきたように、企業が安全マネジメントを実践し安全文化を備えるためには、カルチャーの見直しが不可欠だ。

吉原教授は「失敗に焦点を当てたマネジメントが行き過ぎていないか、レジリエンスを発揮できる文化が根付いているか、今一度自社のカルチャーを見直してみてほしい」と推奨する。企業が安全であることは、企業が果たすべき社会貢献のひとつでもある。「ステークホルダー志向のカルチャーであることが、安全マネジメントの基盤になるはず」と吉原教授は考察する。

企業カルチャーの類型化、3つのパターン

九州大学の池田教授は、Uniposと共同調査を行い『企業カルチャー白書を発表した。調査の目的は、企業カルチャーという目に見えず、企業の内部にいる人間さえ自覚しづらい概念を「可視化」することである。

「企業カルチャーは、どんな組織にも確かに存在するが、実態が見えない。だから難しく、扱いにくいのです。企業によって異なる色のカルチャーを持っているが、その『色』がどんなものかもわからない。そこで、我々はカルチャーを可視化するサーベイを開発し、カルチャーがどういう構成要素で成り立っているのかモデルを作成しました。カルチャーを可視化することで組織の現状を理解し、カルチャー変革への道標になればと考えています」(池田教授)

そもそも、なぜ今「企業カルチャー」が注目されているのか。その背景には、組織や職場、チームといった「集団」と、働く「個人」が、交互に注目されてきた歴史がある。2010年代から現在にかけては、Well-beingや自律的キャリアが話題になった。しかし、それだけでは組織として不十分だという気づきから、世の中の関心が企業に移ってきているのだ。池田氏は「個人と組織の両方が重要であるという前提で、個人と組織の関係性をどう捉えるべきか。『企業カルチャー白書』を読み解いてほしい」と説明する。

今回の調査では、企業カルチャーを構成する6要素が導き出された。「人と関係志向」「ステークホルダー志向」「業績と競争志向」「支配と抑圧志向」「心理的“不”安全志向」「モラルハザード志向」の6つである。

「人と関係志向」と「ステークホルダー志向」は結びつきが強く、また「モラルハザード志向」と「支配と抑圧志向」も強い関係を持っていることがわかる。ところが、「業績と競争指向」は中央に位置し、その両方と関係している。

「つまり『業績と競争志向』はどの企業でも普遍的に重要でありながら、そこからポジティブサイドのカルチャーにつながる場合もあれば、逆にネガティブサイドのカルチャーにつながる場合もあるのです」(池田教授)

6つのカルチャー要素の強弱は、企業によって異なる。池田教授は6要素のバランスを3つのパターンに類型化した。

ひとつ目は、モラルハザード志向と支配と抑圧志向が高い「業績至上主義組織」。これは調査対象企業(n=675)の33.8%を占めた。

二つ目は、業績と競争主義志向が高く、同時に人と関係志向やステークホルダー志向も高い「人と顧客志向カルチャー組織」。全体の49%と約半数の企業がこの類型に当てはまったという。

三つめは、ほとんどの要素が低く、一方で「心理的“不”安全志向」だけが顕著に高い「カルチャー希薄組織」。これは調査対象全体の17.2%に存在した。

池田教授曰く「この3つのどの類型に当てはまるかによって、企業が取り組むべきカルチャー変革の実践は異なる」という。

「例えばネガティブサイドのカルチャー要素が強い『業績至上主義組織』では、よりよいカルチャーへの刷新が求められます。またバランスのとれた良いカルチャーが醸成できている『人と顧客志向カルチャー組織』では、そのカルチャーを維持するための取り組みが必要になる。『カルチャー希薄組織』では、必要なカルチャーを定義して根付かせていく実践が必要です」(池田教授)

言い換えれば、3つのどの組織においてもカルチャー変革の取り組みは重要である。池田准教授は「カルチャーというものは抽象度が高いが、この白書を参考にして、自社における個人と組織の関係性を考えてみてほしい」と語った。

マンダムの事例:新しい価値創造に挑戦できるカルチャーとは?

続いて、株式会社マンダム先端技術研究所の池田氏に話を伺った。マンダムでは理念体系の一部として礎にする精神「生活者へのお役立ち」を掲げている。池田氏は「社内会議の中でも、理念が皆に浸透していると感じる」と話す。

池田氏の所属する先端技術研究所は、化粧品開発における「攻めの機能」と「守りの機能」を備えた組織だ。攻めの側面では、最先端の皮膚科学研究を通じて新たな機能性を追求するなど、得られた研究成果を商品に反映していく。一方で守りの機能として、安全性や品質を保証するための分析・管理も行っている。

池田氏は「どんなに効果があっても安全でない商品は市場に出せない。化粧品開発においては、効果と安全のバランスが非常に重要」と話す。マンダムに根付く「お役立ち」の精神を発揮するにあたって、先端技術研究所が安全文化を担っていると言える。

同社のこういったカルチャーに基づいて、どんな商品開発がなされているのか。池田氏はいくつかの事例を挙げる。

ひとつは「GATSBYクレイジークール」という商品。クール感が持続するボディーウォーターで、「もっとクール感を感じたい」という生活者の声に応えるために開発された。

清涼感を出すために清涼成分を使用するが、の量だけを増やすと、刺激として感じてしまう人もいるため、不快感を覚えた、というお申し出が増える可能性があった。そこで、清涼感を感じつつも不快な刺激をやわらげる技術を開発。より快適な清涼感を実現するために、強いクール感を感じながらも不快な刺激を抑えることで、同商品を実現したという。

二つ目に、「除毛クリーム」の開発を紹介した。除毛剤を使用することで肌が荒れてしまう人が一定数存在することは分かっており、そのメカニズムの解明とより多くの生活者に安心して使っていただけるように開発された商品だ。この除毛クリームの研究データについては、化粧品の学術大会で具体的なエビデンスとともに発表されている。

池田氏は、製品の効果を開発する「攻め」の取り組みだけが脚光を浴びること多いが、安全性の保証といった「守り」の取り組みとその担当者に目を向け、適切に評価することが重要だと強調する。

「私も長年安全性のための取り組みを担当してきましたが、守りの実践は本当に評価されにくいんですね。そういった人たちが適切に評価されるためには、学術大会などの場で取り組みを発信することが重要です」(池田氏)

さらにマンダムは、この攻めと守りのバランスの取れたカルチャーを基盤に、新しい市場にも挑戦している。「次世代デオドラント」として、これまでとは異なる仕組みで汗腺の収縮を抑制し、汗を抑える商品を開発しているという。

池田氏は、「マンダムとしては、オンリーワンの強みや独自技術を売りに商品を開発していきたい。しかし、新しいこと、他社がやっていないことに挑戦する際は、市場での実績がなく、安全性の評価も難しくなる」と説明する。独自技術の安全性評価するカルチャーは、先端技術研究所がけん引することで、マンダム独自の挑戦が可能になっていることがわかる。

ただ、マンダムでも基本的なカルチャーとしては、理念の下に同じ方向を向いているものの、商品開発などの具体的な取組みになると「カルチャー変革の見えない壁」を感じることがあり、コミュニケーションを通じたすり合わせが必要になることがあると言う。

池田氏は「吉原先生や池田先生のお話をヒントに、これからもカルチャー変革の道を模索していきたい」と語った。

池田教授が語ったように、どんな組織においてもカルチャー変革の推進は重要である。しかし、新しい挑戦や変革を推進するとき、多くの企業がマンダムのような課題に直面しているだろう。カルチャー変革には、継続的な挑戦が求められる。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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