不祥事を生む「企業カルチャー」の正体とは?。「企業カルチャー白書2025」が解き明かす変革の必要条件

2024年から2025年にかけて、日本では企業不祥事が相次いだ。流行語大賞の候補に「企業風土」がノミネートされるなど、組織のカルチャーが社会的な関心を集めた年でもあった。
その一方で、実際に変革に取り組む企業は決して多くはない。カルチャーという目に見えず、成果も測りにくいものゆえに、後回しにされてきたという現状がある。

「カルチャー変革推進委員会 第3回分科会」では、九州大学の池田浩准教授が「企業カルチャー白書2025」の研究成果を解説するとともに、日本航空(JAL)人財戦略部の菅優一郎氏がカルチャー変革の実践知を語った。不祥事とカルチャーの関係、変革が後回しにされる理由、そして変革を成功に導く条件とは何か。研究の知見と当事者の経験が交差する議論の内容をお届けする。

Profile

池田浩 氏 

九州大学大学院人間環境学研究院准教授/産業・組織心理学会 副会長

2006年九州大学大学院博士後期課程修了、博士(心理学)。専門は産業・組織心理学。福岡大学准教授などを経て現職。現在、産業・組織心理学会の副会長を務める。組織における自律的モチベーションやセキュア―ベース・リーダーシップの研究に従事。著書に『モチベーションに火をつける働き方の心理学』(日本法令)他多数。

 

 

菅 優一郎 氏

日本航空株式会社 人財戦略部人財戦略グループ

1996年、一度目の日本航空株式会社入社。空港オペレーションやIT企画等の業務に従事後、2010年の経営破綻を機に退職。2011年より筑波大学大学院カウンセリングコースにて学究の後、2013年よりEAP会社にて企画開発や企業支援コーディネーター等に従事。2019年、日本航空株式会社にアルムナイ採用にて再入社。「メンタル支援/キャリア支援/組織開発支援」の三位一体型支援の観点からグループ全社員の「働きがい(=物心両面の幸福)」の実現を目指して活動&研鑽中。

カルチャーの「正体」を科学する——6次元モデルが示す企業の素顔

「企業風土」という言葉が社会的にも注目を集め、ビジネスの場で語られることが増えてきた。しかし、その実態を理解している人は多くはないだろう。単一の指標で測れるものではなく、より複合的な概念であり、だからこそ実態を掴むことが難しいのだと産業・組織心理学を専門とする池田准教授は話す。

産業組織心理学の歴史を振り返ると、1980年代にピーターズらの『エクセレント・カンパニー』が「強いカルチャーが組織の業績を生む」という考え方を広め、組織文化・組織風土の研究が盛んになった。しかしその後、個人への注目や成果主義の台頭によって、企業カルチャーへの関心は一時的に薄れていった経緯がある。

Unipos株式会社と九州大学が2024年から進めてきた共同研究は、企業カルチャーを測定可能な概念として定義することからスタートした。その結果生まれたのが、企業カルチャーを6つの要素に分類した「企業カルチャー6次元モデル」だ。

このモデルにおいてポイントとなるのは「業績志向」と「競争志向」が中核にあり、そこから二方向に分岐するという点だ。

「人と関係志向」「ステークホルダー志向」のように人を大切にし顧客を大切にするカルチャーに向かうか、「支配と抑圧志向」「モラルハザード志向」というネガティブな方向に向かうかが分かれる。

2025年度の調査では、このモデルを元に28社・計29組織・1,200名超の従業員を対象に実施。カルチャーが個人差ではなく「会社単位」で測定できる概念であることを統計的に確認した。自社のカルチャーを客観的な数値として可視化し、他社と比較できる「ものさし」が誕生したのだ。

「カルチャーとは、どんな集団・組織にも存在するもの。意図的に作られるものもあれば、自然発生的に生まれるものもある。ただ、自然発生的に生まれるカルチャーは良くないものになるケースが多い。だからこそ、カルチャーを可視化し、客観的に評価することが重要なのです」(池田准教授)

企業から不祥事が消えないのはなぜか?原因となる2つの心理的メカニズム

近年、企業の不祥事が相次いで報道されている。不祥事を起こした企業の従業員が、倫理観やモラルに欠けていたわけではなく、むしろ、個人としてはきちんとした倫理観を持っているケースが多いという。ではなぜ、不正は起きてしまうのか。

池田准教授の研究チームは先行研究を整理し、不祥事の温床となる「道徳的正当化」「責任性の拡散」という2つの心理的メカニズムを特定した。

「道徳的正当化」とは、悪い行いであることを認識していながら、さまざまな目的や状況を理由に「やむを得ない」と自分を納得させてしまう心理だ。2000年代に社会問題となった牛肉偽装事件では、売れ残りをなんとか処分したいという現場の心理が、ラベルの貼り替えという行為を正当化する方向に働いたと考えられている。

「責任性の拡散」自分だけでなく他の同僚も同じことをしている、あるいは上司からの指示があったという状況下では、個人の責任感が薄れる状態を指す。不正が「自分だけの問題ではない」という意識が生まれることで、より大きな不祥事へと発展しやすくなる。

この2つの心理的メカニズムは、企業カルチャーによって誘発される。「人と関係志向」「ステークホルダー志向」のカルチャーが強い組織では、道徳的正当化と責任性の拡散が抑制され、倫理的な行動が促進される。一方、「支配と抑圧志向」「心理的不安全性」「モラルハザード志向」が高い組織では、逆の効果が生じやすいことが示された。

注目すべきは、「支配と抑圧」が直接的なパワハラだけを意味しないという点だ。「会議で『それは違うんじゃないか』と言えない空気感」や「自分が発言していいのかなという窮屈さ」も含まれている。

「目に見えない雰囲気の積み重ねが、やがて組織全体の倫理的判断力を鈍らせていく。個人が倫理観を持っているかどうかではなく、カルチャーがその人にどんな影響を与えるかが問題なのです」(池田准教授)

カルチャー変革を成功へ導く「必要条件」と3つのルート

カルチャーが不祥事を引き起こすメカニズムが解明されたとしても、変革に踏み出す企業は未だ少ない。企業カルチャー白書2025ではカルチャー変革が後回しにされてしまう原因として以下の2つが挙げられている。

まず一つは成果が見えにくいことだ。カルチャーは直接目に見えない価値観であるため、「変わったかどうか」を判断する成果指標が存在しない。売上のような数値目標と違い、変革の前後を比較しにくいのだ。カルチャーサーベイの活用は、この問題へのひとつの答えとなり得る。

もう一つが何をどう実行すればいいかわからないという点。カルチャーの現状がサーベイでわかったとしても、「では次に何をすればいいか」という方法論やツールへのアクセスが難しい。

この2点は、現場の担当者よりも役職が上の層で「後回し感」が強まる傾向があることも確認された。経営層が変革の必要性を感じながらも、具体的な手を打てない。そのギャップが、組織の停滞を生んでいる。

ではどうすれば、カルチャー変革はうまくいくのか。池田准教授の研究チームはカルチャー変革に取り組む13社の人事部長・経営陣にインタビューを実施し、質的比較分析という手法を用いて条件の「組み合わせ」によって変革が実現するかどうかを分析した。その結果、明らかになったのは「1つの必要条件」と「3つのルート」だ。

必要条件として特定されたのは「制度と価値観の整合性」だ。変えていきたいカルチャーの価値観と、人事考課制度が整合していること。その上で、変革を実現するためのルートは「低コストルート」「外発ルート」「ボトムアップルート」の3つに分けられるという。

低コストルートは特別な危機感や大きな投資がなくとも、制度と価値観の整合性だけで変革が可能なケース。整合性という土台さえ整っていれば、大きなコストをかけずとも変革の芽は育つ。

外発ルートは「変えなければ会社がまずい」という危機感に加え、心理的安全性と制度・価値観の整合性が揃うことで変革が進むケース。環境の変化や経営危機を転換点にできるかどうかが鍵になる。

ボトムアップルートは 組織全体の危機感がなくても、心理的安全性・制度の整合性に加えて中堅メンバーの強いコミットメントが変革を動かすケース。現場の熱量が変革の原動力になる。

「カルチャー変革を声高に掲げながら、評価制度は全く異なるものになっている。そういう不整合な状態では、社員はどちらを信じればいいかわからなくなります。カルチャー変革に正解のルートは一つではありません。自社がどの条件を持っているかを確認し、それに応じた方法を選ぶことが重要です」(池田准教授)

JALの組織変革を推進した「危機感」というエネルギー

3つのルートのうち「外発ルート」を体現する事例として語られたのが、2010年に経営破綻を経験した日本航空(JAL)だ。破綻前後の組織の大きな変化があったと、菅優一郎氏は振り返る。

「破綻前は、一体感を呼びかけるメッセージが社員に全然響いていないという感覚を、私自身も持っていました。ところが破綻後は、『もう飛べなくなるかもしれない』という切迫感が全社員を一つにした。そうした危機的な局面になったとき、全社員が一丸となって変えていかなければという意識が一気に高まったのです」(菅氏)

その後、部門別採算による採算意識の徹底と、JALフィロソフィに基づく意識改革により、企業理念に掲げる「物心両面の幸福」という考え方を徹底的に浸透させるプロセスが始まった。

経営再建のために加わった稲盛和夫氏の経営哲学をベースにまとめたJALィロソフィ手帳」を全社員に配布し、年間複数回のフィロソフィ勉強会を実施。繰り返し対話を重ねることで、フィロソフィは「額縁に飾られたスローガン」ではなく、日常の判断基準として根付いていった。菅氏はこの期間を経て、組織の評価制度大きく変化したと振り返る。

「弊社の企業理念には『物だけでなく心も』という考え方が軸にあります。経営破綻後、人事考課制度の中でも主体性や意識といった目に見えにくいものがきちんと評価対象として位置づけられました」(菅氏)

トップダウンの限界からボトムアップへ。カルチャー3.0への道 

変革の効果が出てきた一方で、菅氏は現在の課題についても率直に語った。

「確かに社員は同じ方向を向いてきたでも課題はある例えばフィロソフィの項目の一つに「本音でぶつかれ」というものがあるが、勉強会の場などでは殆どの社員確かに本音でぶつかることって大事だな』と理解。でもいざ職場に戻ると『これを言うと怒られるかな』『邪魔してしまうかな』などのリアルの壁がある。予定調和を突き破るエネルギーが、まだ十分ではない」(菅氏)

相手を気遣文化さえも時として本質的な議論を妨げる。この「本音と建前」の問題は多くの企業が直面しているだろう。池田准教授は菅氏の分析を、カルチャーの発展段階として整理した。

意図せず自然発生する「カルチャー1.0」、トップダウンで構築される「カルチャー2.0」、そして現場の一人ひとりが自ら「こういう組織を作っていこう」とボトムアップで育てていく「カルチャー3.0」。多くの企業はまだ「カルチャー1.0 」の段階にあるだろう。JALの経営破綻は、変革の必要条件を理解するための出発点になったのではないかと池田准教授は続ける。

フィロソフィ勉強会は価値観を変えていく施策であり、人事考課制度への変革は制度面での整合性を担保するもの。二つの柱が揃ったことが変革のポイントだったのではないでしょうか。トップダウンの変革が土台をつくり、次はそこから現場が自律的に動き出す段階。JALは今まさに、2.0から3.0への移行の途上にいるのかもしれません」(池田准教授)

池田准教授の分析を受け、菅氏はトップダウンと現場からのボトムアップの両面から更なる組織改革に取り組んでいきたいと展望を語り、議論は幕を閉じた。

カルチャーは一つの施策や宣言で変わるものではない。制度と価値観の整合性という「土台」の上に、危機感・心理的安全性・中堅メンバーのコミットメントといった条件が重なり合って、はじめて変革が動き出すのである。

「企業カルチャー白書2025」が明らかにしたように、自社のカルチャーを客観的に測定し、客観視することが変革への最初の一歩になるはずだ。

 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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