マネージャーに必要なのはスキルより“EQ”。サバイブモードから抜け出す組織づくり

「罰ゲーム」と揶揄されるほど、マネージャーに求められる役割は複雑になっています。事業の成果責任を負いながら部下の育成やエンゲージメント向上まで求められ、部下に寄り添わないマネージャーは「マネジメントスキルがない」と非難されます。人事がマネジメント研修を重ねても、マネージャーの負担が増えてむしろ組織が疲弊してしまうケースも多いでしょう。

しかし、チームマネジメントに必要なのは果たしてマネージャーの“スキル”なのでしょうか? EQ(感情を認識し、適切に扱う力)を軸に組織支援を行うPotage株式会社代表 河原あずさ氏は、マネジメントの課題をスキル不足だけで捉えることに疑問を投げかけます。チームはタスクや役割の集合体である以前に、感情が日々動き続ける人の集まりでもあります。多くの役割を担うマネージャーはチームの状態をどう捉え、関係性を整えていけばよいのでしょうか。河原氏に伺いました。

Profile

河原 あずさ 氏

Potage株式会社 代表取締役  コミュニティ・アクセラレーター/YourCEQO事業プロデューサー

富士通を経て、2008年より「東京カルチャーカルチャー」にて年間200本以上のイベント運営に携わる。2013~2016年の米サンフランシスコ駐在(新規事業開発)を経て、2020年に独立しPotage株式会社を設立。 現在は「コミュニティ・アクセラレーター」として、イベント企画のみならず、企業の組織開発やチームビルディングに注力。組織を「感情を持つ生きもの」と捉え、EQ(感情知能)を用いた経営支援(Your CEQO)や、「組織調律」という独自メソッドで心理的安全性の土壌を耕す伴走支援を行う。 音声メディアVoicy「コミュニティ思考AtoZ」パーソナリティ(Voicy of the Year 2年連続受賞)。心理的安全性の専門家集団ZENTechとの共同音声番組「心理的安全性あふれるチームづくり相談所(通称シンクリ)」を企画・パーソナリティを務める。日経COMEMO KOL。 著書に『ファンを育み事業を成長させる「コミュニティ」づくりの教科書』(ダイヤモンド社/共著)。愛称は「あずさん」。

マネージャーが疲弊する原因は、スキル不足ではなく感情を扱う土台にある

――河原さんは、EQを軸にマネージャーとチームの関係性を整える支援をされています。現在のマネジメント層は、どのような課題を抱えていると見ていますか?

管理職の方とお話すると、みなさん第一声はほぼ決まって「忙しい」と言います。エンゲージメントサーベイを見ても、忙しさが原因でマネージャー自身のエンゲージメントが下がり、影響がチーム全体に及んでいるケースが多いです。

背景には、日本の組織に根強いプレイングマネージャーの構造があります。プレイヤーとして成果を出してきた人が、その評価として昇進していく。多くの組織では昇進が処遇に応える数少ない道として用意されているのです。その結果、現場の業務を抱えたままマネージャーになり、そこに事業の成果責任や、部下の育成、エンゲージメント向上といった役割が一気に重なっていきます。

近年は、人的資本経営やジョブ型雇用など多様な働き方が広がるなかで、マネージャーに求められる「人を見る深さ」も変わっています。部下自身もキャリアや働き方に迷いを抱え、身近な先輩であるマネージャーに頼りたいと思っている。ところが、頼られる側のマネージャーにも余裕がないため受け止めきれず、部下のエンゲージメントも下がってしまいます。

そうした状況に対して、企業はコミュニケーション研修やマネジメント研修でより優秀なマネージャーを育成しようと努力してきました。ただ、スキルを磨けば解決するという発想では、なかなか変わらないというのが現場の実感ではないかと思います。

――マネージャーの多忙さからくる組織の課題は、マネジメントスキルだけでは乗り越えられないということですね。スキルを身につけても変わらないのはなぜか、もう少し詳しく聞かせてください。

上からの要求と部下からの相談に挟まれる状態が長く続くと、人は「サバイブモード」に入ります。今日一日をどう乗り切るかで精いっぱいになり、思考が常に緊急対応モードに切り替わってしまう。そうなると心の余白がなくなり、研修で学んだスキルを実践する土台も揺らいでいきます。対症療法にはなっても、根本的な解決にはなりにくいのです。

この状態を私はよくスマートフォンにたとえて説明しています。コミュニケーション力や言語化力、対話力といったスキルは、いわばアプリケーションのようなものです。実は、昇格する方はこうした基礎的なスキルをすでに持っていることが多い。だからこそ成果を出し、マネージャーになったわけです。

ただ、スマートフォンにOSが必要なように、マネジメントにも土台となるOSがあります。そのOSにあたるのが、EQです。

どれだけ便利なアプリを入れても、OSが不安定であれば正常には動きません。同じように、自分の感情が乱れていることに気づけなかったり、相手の感情に巻き込まれすぎたりすると、どれだけスキルを学んでも適切に使い分けることが難しくなります。目に見えない感情を扱う難しさが、今のマネジメントの難しさにつながっているのです。

EQは共感力ではなく、感情を俯瞰して関わり方を選ぶ力

――先ほど「EQはマネジメントにおけるOS」というお話がありました。改めて、EQとはどのような力なのでしょうか?

EQは一般的に、自分や他者の感情を認識し、状況に応じて扱う力指します。日本にEQを広めたのは、ダニエル・ゴールマンの著書『EQ こころの知能指数』です。ただ、この「こころの知能指数」という言葉の持つイメージが、いくつかの誤解を生んでいると私は感じます。

例えば、「EQは高いほど良い」と捉えられがちですが、大切なのは高低ではなく、感情を適切に運用できることです。

もう一つの誤解は「EQが高い人はやさしく、深く寄り添える人」というイメージです。もちろん共感は大切です。ただ、多くのメンバーを見ていく立場では、一人ひとりの感情に入り込みすぎると、自分自身が持たなくなります。

私はこれまでおおよそ200人程度のマネジメント経験者のEQアセスメントを見てきました。そのなかで特徴的だったのは、感情を客観的に捉える力が強い方が多いとです。医師やカウンセラーが、相手の感情を受け止めながらも自分が背負いすぎない距離を保つように、マネジメントにも「バウンダリー」と呼ばれる境界線の考え方が重要です。

共感だけで感情を抱え込むと、チーム全体の状態が見えにくくなります。必要なのは、感情に寄り添いながらも、少し引いた視点で状況を捉える力です。

目の前のメンバーが今どういう状態にあるのか。チームの中で、どのような感情の動きが起きているのか。それを感じ取れるからこそ、マネージャーは一人ひとりへの関わり方を選び、チーム全体の状態を整えやすくなる。EQは、そのための土台です。

――感情は目に見えないだけに難しさがあると思います。マネージャーがEQを軸に感情を運用するためには、どのような方法がありますか?

感情を扱う傾向を可視化する方法のひとつに、EQアセスメントがあります。EQは自分と他者、両方の感情を認識する力なので、マネージャー自身の傾向はもちろん、メンバーの状態を把握することも必要になります。

Potageが取り扱っている株式会社EQの検査・EQPI®(イーキューピーアイ)は、Web上の設問に答えることで、EQの発揮状態や性格特性の傾向を可視化できる人材育成用の検査です。自分やチームの状態を理解し、改善行動につなげるためのアセスメントです。

マネージャー自身やメンバー一人ひとりの感情の受け止め方、行動に移すときの傾向が見えると、全員に同じコミュニケーションをするのではなく、相手に合わせた関わり方を設計しやすくなります。

ただし、数値は優劣を示すものではありません。その人が感情をどのように扱っているかを読み解くための地図であり、大切なのは数値をきっかけに対話し、チームの状態を解像度高く捉えることです。

アセスメントがない場合でも、質の高い対話を重ねることで、チーム内の負担感や認識のズレ、言葉にしきれていない違和感を整理することはできます。そうしたモヤモヤを丁寧に解きほぐしていくと、「ここに向かえばよいのではないか」という糸口が見えてくることがあります。

感情を扱うというと、個人の内面に深く踏み込むことを想像するかもしれません。しかし組織で必要なのは、感情を評価することではなく、状態を知ることです。誰が何に負担を感じているのか、どこで認識のズレが起きているのかを言葉にして共有する。そのプロセスが、チームの関係性を整える入口になります。

「手放しマネジメント力」でチームの状態を整える

――EQをチームづくりに活かすには、どのように進めていけばいいのでしょうか?

まず必要なのは、チームの感情コンディションをEQという軸で観察し続けることです。何となく雰囲気が悪いという感覚だけでは、どこに手を打てばいいのかが見えにくい。継続的に観察することで、変化を早めに検知し、小さなズレのうちに整えやすくなります。

そして、ズレを整える際に重要になるのが「手放しマネジメント力」です。「手放す」とは、放任することではなく、マネージャーがすべてを一人で抱え込まない状態をつくることです。すべてを抱えて馬力で解決しようとするのではなく、自分と周りの感情コンディションを見ながら優先度を見定めることで、必要に応じて、休む・緩める・手放すという選択肢を持てるようになると、反射的に動き続ける状態から抜け出し、今の自分に本当に必要な行動を選びやすくなります。

こうした力を育てるために、EQ開発では感情の記録をつけることを推奨しています。マネージャー自身がどのような場面で気持ちが動くのかを見つめていくと、何でも抱え込むマネジメントから、チーム全体の力を活かすマネジメントへと変わっていく。3か月ほど続けるうちに、自分が本当になりたかった状態も少しずつ言葉になっていきます。

――EQ開発を通じて、マネージャーやチームに変化が生まれた事例はありますか?

ある企業での取り組みが印象的でした。フルリモートで事業を展開している会社で、非常に多忙なプロジェクトを同時並行で進める中で、日々の表情や空気の変化が見えにくく、メンバー同士の状態をつかみにくいという課題がありました。

そこで、Potageが支援し、マネジメントメンバー全員のEQ開発とチームビルディング研修を組み合わせて実施。パーソナルビジョンや、アセスメントから見える得意・不得意を互いに開示し合い「自分はどのような状態で力を発揮しやすいのか」「どのような場面で助けが必要になるのか」を言葉にする時間をつくったのです。

それまでは、マネージャー自身が「自分が頑張って回さなければ」と考え、課題を一人で抱え込みがちでした。ところが取り組みを半年ほど続けるうちに、「これは困っているので、助けてほしい」という言葉が、マネージャーから自然に出てくるようになったんです。

自分の状態を開示しても大丈夫だと思える。チームの中で尊重されていると感じられる。そうした安心感が、これまで口に出せなかったことを言葉にする土台になりました。

――助けを求められるようになることで、チーム全体の関係性にも影響していくのでしょうか?

そうですね。先ほどの企業では、それまで縦割りのスタイルが定着していましたが、「こちらが落ち着いたら手伝いますね」といった自発的な声掛けが自然に出てくるようになりました。

メンバー同士が互いの状態を理解できるようになると、誰かが困っているときにも声をかけやすくなります。マネージャーだけがチームを支えるのではなく、メンバー同士が気づき、支え合えるようになることが、EQ開発の大きな意味だと考えています。

小さな違和感を言葉にできることが、心理的安全性の土台になる

――メンバー同士が支え合えるチームにするためには、日々のコミュニケーションでどのような感情に目を向けることが大切なのでしょうか?

私は、究極のエンゲージメントとは「ここで働いているときの自分の気持ちがポジティブかどうか」だと思っています。そのためには、ポジティブな感情だけでなく、小さな違和感にも目を向ける必要があります。

私自身、会社員時代にしんどかったのは、小さな「ささくれ」のような感覚が続くことでした。大きな問題ではないけれど、少しチクチクする。そうした感覚を飲み込み続けると、知らないうちにノイズになり、パフォーマンスにも影響していきます。

だからこそ、心に引っかかる小さな違和感を言葉にできる組織であることが大切です。違和感が小さいうちに共有できれば、「何が負担になっているのか」「どこで認識のズレが起きているのか」をチームで確認できます。

EQを共通言語にすることで、そうした引っかかりを責め合いではなく対話の材料に変えられます。相手の言い方に傷ついたのか、仕事の進め方に無理があるのか、役割分担に偏りがあるのか。問題が大きくなる前に扱えるようになることが、心理的安全性の土台になります。

マネージャーは、組織の問題を直すというより、チームが本来の力を発揮できる状態に整える「調律師」になれるとよいですね。

ピアノの調律と同じで、弦一本一本のテンションが個人の感情状態にあたり、隣り合う弦との関係性がメンバー同士の対話や距離感にあたります。一人ひとりの状態と関係性を見ながら、張りすぎているところを緩め、緩みすぎているところを締め直す。そうして、チーム全体としてハーモニーが鳴る状態を目指していくのです。

――マネージャーがEQを意識したコミュニケーションを始めるとしたら、まず何から取り組むとよいでしょうか?

まずは、今日どんな気分だったかを一言メモすることからでいいと思います。何に反応したのか、どの場面で疲れたのか。短い言葉で記録していくだけで、自分の感情のパターンが少しずつ見えてきます。

自分の感情に気づけるようになると、他者の感情にも目が向きやすくなります。今自分は余裕がないから反応が強くなっているのかもしれない。相手は攻撃しているのではなく、不安を抱えているのかもしれない。そうした仮説を持てるだけで、関わり方は変わっていきます。

ただし、一人で深く掘りすぎると苦しくなることもあるので、安心して話せる相手や場を持つことも大切です。社内にそのような機会が少ない場合は、社外のコミュニティに参加するのも一つの手です。

AIが進化するほど、人間ならではの感情を取り扱い、言語化し、組織のなかで共有できる力の価値は上がっていきます。マネージャーだけでなく、チームで働くすべての人にとって、EQはこれからの組織を支えるOSになっていくはずです。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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