【入門編】17万人をAI分析したコンサルが教える自律型組織をつくる1on1

人的資本経営が注目を集め、チームの心理的安全性を高めるために重要な役割を果たす1on1ミーティング。しかし、実際に取り入れている企業は増えているものの、果たして本当の意味で効果のある1on1を実施できているだろうか。
今回は『最強チームの条件を1冊にまとめてみた』の著者であり、株式会社クロスリバーCEOの越川慎司氏に、今1on1が注目されている背景や役割、そして、組織に変革をもたらす1on1の取り組み方について、話を伺った。

Profile

越川慎司 氏

株式会社クロスリバー代表取締役CEO

通信会社などを経て、2005年にマイクロソフトに入社。のちに業務執行役員としてPowerPointやExcelなどの事業責任者。2017年に株式会社クロスリバーを設立。世界各地に分散したメンバーが週休3日・複業(専業禁止)をしながら800社超の働き方改革を支援、企業・公的団体の顧問も務める。フジテレビ「ホンマでっか!?TV」の準レギュラーなどメディア出演多数。オンライン講座は年間400件以上、受講者満足度は平均96%。著書25冊『トップ5%社員の習慣』など日本のみならず世界各地でベストセラーに。

これからの時代に価値創造できるのは自律型組織

—近年、人的資本経営が注目されていますが、人事・組織を取り巻く環境の変化をどのように捉えていますか?
経営資源はヒト、モノ、カネであると60年前から言われてきました。近年は、少子高齢化による労働力不足が顕在化し「ヒト」への教育投資が見直されています。
変化が激しく、お客様のニーズが多様化している中で、経営陣も成果の出し方がわからなくなっているのが今の時代。「この方法であれば売れる」といった画一的な成果の出し方があり、言われたことをやるだけで良かった10〜20年前と比べて、今は価値を創造していくために、自分たちで考えながら取り組まなければならなくなりました。

こうした中で、多くの企業がお客様のニーズが変わる瞬間を捉えるのは会議室ではなく現場であり、現場の担当者に自由と責任を渡さなければ企業として存続できないことに気がつきました。その流れで、自律型人材や自走する組織に向けた教育に注目が集まるようになったのだと思います。

—以前の組織と、今求められている自走する組織には、どのような違いがあるのでしょうか?
以前の組織は、上長から部下に指示が降りていく命令型組織です。言われたことをやれば売上が上がるモデルなので、会社への忠誠心や上司に気に入られることが評価として重要でした。
課題の解決方法は上司から教えられ、それを展開することが主な仕事となるため、実直さや業務遂行能力といったスキルが求められます。期限通りに質の良いものをつくるといった類いのスキルで、日本人が強みとしてきたものです。

これに対して、正解がない今の時代に成果を出せる組織は、現場が自ら考えて動く自律型組織であり、メンバーの強みをかけあわせて難題に向き合っていく価値創造モデルです。
社会やお客様の課題を解決するスキルが必要になりますし、もっと言えば、課題解決力だけではなく、「今の課題はこれだ」と決める課題設定力が求められます。実直さと業務遂行能力だけが重視されていた以前の組織とは、大きく変化しているのです。

共創、共感をつくるために1on1が必要

—自律型組織への変革を進めようとしても、「社内に反対派がいる」「意識変革がなかなか進まない」といった課題を抱える企業も多いです。組織変革を成功させるポイントはありますか?
組織の変革を進める際、旧来型の組織で育ち、率いてきた方がいわゆる「抵抗勢力」になってしまうのは、よくある話ですよね。ただ、こうした方は愛社精神が強い方とも言えます。そのエネルギーを変革の方向に振り向けることができれば、実は変革の強力なサポーターになってくれます。
例えば、ある製造業を支援した際、一番の抵抗勢力だった営業本部長の方が今では自律型人材を育てるリーダーとして旗振り役をされています。こういった方を説得し、巻き込んでいくことが変革の推進につながっていくと思います。
また、我々は800社以上の企業の変革支援を行ってきたのですが、その中でよく分かったのは「意識は変わらない」ということです。
今、上場企業の84%が意識変革に取り組んでいると言われます。しかし、「意識を変えよう」と言って変わることはなく、意識を変えるためには行動を変えることが必要です。変革に成功した企業は、先に行動を変えた結果、意識が変わっているのです。

例えば、「社内会議を60分ではなく45分で1回やってみましょう」とまずは行動を変える。そして、良かったら続ける。
行動を変えて、振り返って、「意外と良かった」という言葉が出たときが、一番意識が変わるときです。小さな行動実験をして、「意外と良かった」を実感させることが、変革を成功に導くポイントです。
うまくいっている組織が意識していることはシンプルで、「共創」と「共感」です。
「上長に言われたから」という外発的動機でするのではなく、新しい行動、新しい変革をみんなで一緒につくっていくという「共創」と、感情共有するための「共感」。この2つが組織においては重要であり、それを生み出す場となるのが1on1なのです。

対話が多いチームは成果を出し、少ないチームは離職率が上がる

—1on1=共感、共創を生む場とのこと。なぜ、近年1on1の重要性が高まってきたのでしょうか?
なぜ重要かを成果から逆算して考えてみましょう。我々が支援する企業を見てきた中で分かったことは、成果を出し続けているチームと成果を出していないチームが二極化しているということです。
チームには目標を達成するためのリーダーがいます。そこで、我々は実際にチーム目標を達成し続けている人たちがどういう人なのかを調査しました。
その結果、成果を出すチームは「対話の量が多い」ことが明らかになりました。会議が少なく、会話が多いのです。「ザイオンス効果」と呼ばれるもので、対話を重ねて繰り返し接触することで好感度が高まり、心理的安全性の高いポジティブな組織になるのです。

ここで1つの調査結果をご紹介します。上司と部下が定期的に15分以上の対話、つまり1on1を行い、心理的安全性が確保されたチームAと、定期的な対話はなく、「コミュニケーションがうまくいかない」と思う人が6割以上いるチームBを比較しました。
すると、チームAのほうが、「会議時間が少ない」「1人あたりの研修時間が多い」「チーム目標を達成しやすい」という結果となりました。逆に、チームBは、「資料作成時間が長い」「病休・精神疾患が多い」「離職率が高い」という結果に。

また、前述の調査は2019年に実施したものですが、コロナ禍の2020年に実施した調査では、チームAは「リモートワークがうまくいっている」が89%だったのに対し、チームBはわずか8%という結果が出ました。つまり、出社していたときから対話が少なかったチームがリモートワークに突入し、そのままコミュニケーションが取れていない現状が明らかになったのです。

この2つの調査から、対話を増やしたほうがチームはより健全になり、成果が上がることが分かります。さらに、対話の頻度が多く、腹を割って話せる密度が高いことが、成果を出し続けるための必須条件と言えます。
ちなみに、1on1は必ずしも会議室で行う必要はありません。1on1が社内で普及し、腹を割って話ができるチームでは、一緒にコーヒーを飲みに行く、ランチに行くというのも1on1として捉えています。つまり、上司と部下が1対1で15分以上話す機会のことを1on1と呼んでいます。

1on1の役割は「関係構築」と「行動支援」

—1on1を導入する際、スムーズに進めるためのステップを教えてください。
導入ステップは大きく2つあります。
まずは1on1をルール化し、人事制度に反映することです。「1on1をやってください」と会社から推奨するだけではなかなか定着しません。しかし、人事制度で「1カ月に1回1on1をする」といったルールを定め、実施の有無を評価に反映させると、みんな取り組みはじめます。外発的動機づけによって、先に行動を変えるのです。

その次のステップとして、意識変革につなげるために「これはやったほうが良い」と思わせる内発的動機づけが必要です。形式にとらわれずカジュアルに、柔軟に1on1の形態を変えていきます。例えば、必ずしも会議室で行うのではなく、自販機の前でも15分以上対話すればOKという形に変えてみる。そうすることで、1on1の定着や浸透がしやすいことが分かっています。

—自律型の組織や人材を育てるためには、1on1を具体的にどう活用すればいいですか?
1on1の役割には、「関係構築」と「行動支援」という2種類があります。
最初に必要なのが、腹を割って話せる関係性をつくる1on1です。それが出来ているかどうかの目安となるのが、部下から「うまくいっていないこと」について話が出てくること。この段階になると「何を話しても大丈夫」という心理的安全性が確保された状態になるため、2つめの行動支援の1on1に移行します。
この行動支援の1on1が自律型人材をつくる鍵となります。「成長循環モデル」と呼ばれているのですが、組織を4つの要素「関係の質」「思考の質」「行動の質」「結果の質」で捉え、循環させる。組織の業績を高めていくプロセスを行動支援1on1に取り入れ、トレーニングすることが、自律型人材育成の成功につながるのです。

うまくいかない人がやってしまいがちなのが、先に「結果の質」を求めてしまうこと。「なんでできていないんだ」などと問い詰めてしまうことで、上下の関係性が生まれてしまい、「上司に言われたことしかしない」といったマイナスのサイクルに陥ってしまうのです。
では、成果を挙げているリーダーはどうしているのか。「結果の質」を求めることを最後にしています。
まずは関係構築のステージを経て腹を割って話せる関係性を築き、一緒に考える時間を設け、行動目標を一緒につくることで部下の自発的な行動を促します。そして、結果を1on1で定期的に振り返り、次の目標を再び一緒に考える。このサイクルを回しながら行動支援していくことで、自律型人材を育成していきます。

成果を挙げているリーダーほど、1on1を通して「関係の質」と、その後の成長支援、行動支援ステージの「思考の質」を高めることに力を入れていることが明らかになっています。

1on1が生み出す組織変革の可能性

—1on1が生み出す組織変革の可能性についてお考えをお聞かせください。
1on1をうまく取り入れることで、先ほどお伝えしたようにチームの目標達成がしやすくなり、会議が減り、労働時間も減ると良いことづくめです。
逆に、1on1を制度化しておらず、対話が不足している企業に何が起きるか。まず、優秀な人材ほど突然退職するケースが増えます。また、メンタル疾患が増え、部下の育成機会が減り、組織の持続的な成長を妨げる要因になります。加えて、良い評価をもらっていても「なぜこんなに良い評価なのか」と思われたり、悪い評価では本人の納得度が低く、不満を溜めやすかったりと、評価に対する不信を招くことも。嫉妬や愚痴、足の引っ張り合いが生まれやすい環境になってしまいます。

対話が多ければこれらの弊害は少なくなり、協力しあえるチームをつくることができます。
野球にたとえると、対話の少ないチームは三遊間にゴロが飛んできても自分の守備範囲ではないと見ているだけの人が多い状態。マネージャーが自分で対応するしかない状況になってしまいます。一方、対話の多いチームはゴロを率先して取りに行く人が多く、チーム力が高い。どちらを目指すべきかは明らかでしょう。

—これまで多くの企業を支援してきた中で、1on1をうまく取り入れて成功している企業にはどんな共通点がありましたか?
1on1に特化すると、成功している企業は「100%の成功を目指さない」という共通点があります。1on1をして「今日はうまくいったな」というのが、3回に1回あればいいくらいの感覚です。優秀なリーダーでも、成功を実感できる確率は4割程度でした。
無理して100%を目指そうとすると、質問項目が増えてしまったり、自分が話す時間が増えてしまったりといった状況に陥りやすくなります。1on1をしなくなる理由として多いのが、「やったのにうまくいかなかった」と管理職の方が自己否定してしまうこと。そうなると、どんどん1on1の数が減ってしまいます。自己否定してないためにも、3〜4割の成功を目標とすることが大切です。

1on1の頻度が多い企業の社員は自ら学ぼうとする意識が高く、研修の受講率が高くなる傾向があります。また、1on1によってカジュアルなコミュニケーションに慣れると、「ちょっといいですか」と気軽に声をかけやすい組織になり、他部門との対話も増えていきます。
「ちょっといいですか」というコミュニケーションがもっとも生まれやすい場所は、会議室の手前と廊下です。会議の前後に参加者に「ちょっと相談したいことがあるんだけど」と声をかけたり、会議室の入れ替えや廊下ですれ違ったときなどに声をかけたり。そこでの対話が部門間連携を生みやすくしているのです。
実際に我々の事例では、支援した19件の新規事業開発のうち16件が、会議中ではなく、会議室手前の「ちょっといいですか」の会話が起点となって生まれています。
会話を生むためには、普段から会話に慣れておく必要があります。1on1を通して上司と対話することに慣れておけば、部署を超えた会話も生まれやすくなります。
その結果、共創が促されることで新規事業や変革につながり、事業が成長していく。こういった結果をもたらす点が、1on1のメリットの1つなのです。

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