実践企業2社が語る、人的資本経営を浸透させる「社内コミュニケーション」の極意

人的資本経営を推進する中で、しばしば経営戦略と人事戦略のズレが生まれてしまうことがある。また、会社の考えや取り組みが社員に十分に伝わらず、風土変革がうまくいかないこともあるだろう。では、先進的な取り組みを行っている企業では、どのように会社の変革を進めているのだろうか。また、人的資本経営を社内に浸透させるために、社員とのコミュニケーションにおいてどのような工夫をしているのか。エーザイ株式会社 執行役CHRO真坂晃之氏と、三井住友トラスト・ホールディングス 執行役常務 藤沢卓己氏がディスカッションを行った。モデレーターはUniposの田中弦が務めた。

真坂晃之 氏

エーザイ株式会社 執行役CHRO

藤沢卓己 氏

三井住友トラスト・ホールディングス株式会社
執行役常務

 

田中弦

Unipos株式会社 代表取締役社長CEO

 

 

課題を共有することで社内の議論が深まる

人的資本経営の推進に力を入れているエーザイと三井住友トラスト・ホールディングス。両社ではどのように自社の課題を特定し、社内で共有しているのだろうか。

三井住友トラスト・ホールディングスでは、2030年の社内人口の推計を出している。このデータによれば、2022年時点ではバブル期入社の50代男性社員が多いが、2030年には20〜30代の若手社員の比率が増え、女性比率も増える見込みだ。

三井住友トラスト・ホールディングスの藤沢卓己氏は、「人口推計を社員にみせることで、現状のままでは限界が近づいており、全社を挙げて若手や女性社員の登用を進めなければいけないという危機感を社内で共有することができています。また、データをオープンにすることで経営陣が本気で経営戦略と人事戦略の連動に取り組む背景を社員に知ってもらうことにもつながっています」と語る。

たとえば、同社の社内大学「SuMiTRUST University」でも、選抜された経営者候補人材に向けた研修の中で社内人口の推計データを示している。「客観的なデータを示すことで社内の議論がより活発になっていると感じます」と藤沢氏。

一方、エーザイではエンゲージメントスコアを社員に公開するのはもちろんのこと、会社全体のスコアだけではなく、男女別、入社区分別などさまざまな切り口で分析して提示することで、現状の課題を可視化している。しかし、社員に向けて情報発信をする際、一方的に情報発信をするだけではかえって社員を混乱させてしまうこともある。

エーザイの真坂晃之氏は、「実は、昨年度は人事から社員への情報発信が過多になってしまった。結果的に、情報を受け取る社員にとってわかりにくかったと思います」と反省を語った。

「そこで、今年度からはコミュニケーションデザインにしっかりと取り組み、戦略的に情報発信をしていこうと考えています。2024年4月からいろいろな部署を人事が回り、1年かけて社員のみなさんとコミュニケーションを取りながら、人事の考えや取り組みを丁寧に伝えていく活動をしています。また、私も人事のトップとしてオンラインなどで積極的に社内に向けてメッセージを発信していく考えです」(真坂氏)

また、エーザイでは社員の負担にならない情報発信を心がけており、毎週発行している人事からの社内メルマガではA4サイズ1枚程度、目安の読了時間として2分程度のボリュームを意識し、その名も「2分で学べる人事あれこれ」というネーミング。「メルマガではわかりやすくコンパクトに情報を伝えることを意識しています。アンケートの結果でも、『理解が深まった』など好意的に受け止めてくれている社員が増えています」と真坂氏は語った。

会社の本気を示し、トップが旗振り役となることが重要

両社が取り組んでいるように、人的資本経営を社内に浸透させるためには経営陣や人事が本気度で取り組む姿勢を示すとともに、企業のトップ自らが積極的にメッセージを発信していくことが大切だ。

真坂氏は、「エーザイは現CEOが30年以上もリードしていることもあり、トップのメッセージは特に重要です」と語る。

「2023年に、10年ぶりにDE&Iのメッセージを刷新したのですが、我々人事とCEOとで意見をぶつけ合いながら考え方をまとめていきました。トップが力強いメッセージを発信したことで、社内のDE&Iの意識も大きく変わったと思います。実際、エンゲージメントスコアも上昇しました。また、多くの社員にエンゲーメントサーベイに協力してもらえるように、CEOから『協力していただいてありがとう』というメッセージを今後発信していく予定です」(真坂氏)

三井住友トラスト・ホールディングスにおいても、トップの言動が社内の意識改革に大きな影響を与えているという。藤沢氏は、「当グループは脱・銀行セクターを意識し、信託グループとしてビジネスモデルの変革に取り組んでいます。大胆な変革を進め、社員の意識を変えていくためには、トップの強力なメッセージが必要です」と語る。

「ほかにもDE&Iの取り組みの1つとして、先日社長と一緒にLGBTQのイベントに参加しました。企業文化や風土の変革を進めていくためには、このようにトップが実際に現場に出て、自らの言動で示すことが極めて重要だと考えています」(藤沢氏)

中間KPIを設定し、短期で成果を出していく

有価証券報告書での人的資本の開示が義務化され、現状の課題をどのように公開するか試行錯誤している企業も多い。良い点や成果は積極的にアピールしたいが、悪い点や課題を投資家や世の中に向けて発信していくことは難しいもの。また、どこまで具体的に明らかにするかも、企業によって差が出るポイントだ。

三井住友トラスト・ホールディングスの藤沢氏は、「当社では現状の良いところも悪いところも含め、相当数のデータを用いて情報開示しています」と語る。

「当然、投資家の皆様からは開示データについていろいろなご質問をいただきます。その際は、『開示データについて現状はこういう課題があり、今後はこのように考え、こういうストーリーで改善をしていきますので、今後を見守ってください』と具体的な道筋をお伝えしています」(藤沢氏)

また、社員にも自社の課題をしっかりと伝えていくことが重要だ。エーザイの真坂氏は、「当社では短期的に対応できる課題はどんどん社員と共有しています。すると、改善のアイデアや意見なども寄せられるため、人事施策に反映していきます。長期的に取り組んでいる課題についても、すぐには結果が出ずとも会社としてしっかり取り組んでいるというメッセージを社員に伝えるようにしています」と語る。

一つひとつの課題解決の先にある最終的なゴールは、企業の経営戦略を実現することだ。しかし、それだとゴールを遠くに感じ、具体的に今何に取り組めばいいのかがわからなくなってしまう。結果的に変革にブレーキがかかってしまうのだ。こうした状況に陥らないようにするためには、どうしたらいいのか。真坂氏は、「中間KPIを策定することが重要」だと語る。

「たとえば、エーザイでは2030年までに女性管理職比率30%を目指しています。しかし、このゴールは現状からは少し遠い。そこで、まずは管理職の登用試験にチャレンジする女性比率を増やすことを中間KPIとして掲げています。今までは試験にチャレンジする社員の男女比率が85対15でした。昨年度は女性のチャレンジを後押しするために試験前に座談会を開催したところ、受験率も合格率も女性比率が大きくアップしました」(真坂氏)

こうしたエーザイの取り組みに対してUniposの田中弦は、「KGIを頑張って追いかけてしまうと、どうしても打ち手が小粒になってしまいます。中間KPIを一つずつクリアして短期で成果を出し続けていくことで、5年、10年という長期で大きな結果を出すことができると思います」と語った。

多くの社員を巻き込んだ「大胆な打ち手」が必要

風土改革や人的資本経営を進めていくためには、経営陣や人事部門だけで取り組むのではなく、社員を巻き込んで大きなムーブメントをつくることが必要だ。両社では、社員を巻き込み、社員が主体的に変革に取り組んでいくために、どのような工夫を行っているのか。

エーザイの真坂氏は、「社員を巻き込むための工夫として、オンラインを活用した情報発信と、複数のプログラムをまとめて大きなイベントとして開催することを意識しています」と話す。

「キャリアについて社員に考えてもらう機会をつくろうと開催したのが、『キャリアウィーク』という社内イベントです。1週間にわたって、識者の講演や社員座談会など、キャリアについて考えるオンラインプログラムを複数開催。社員は興味があるプログラムに自由に参加できる仕組みです。一つひとつは小さいプログラムですが1週間という期間にまとめることでイベント化し、オンラインによって参加の敷居を下げたことで、結果的に多くの社員を巻き込むことができました」(真坂氏)

三井住友トラスト・ホールディングスでは、創業100年を迎え、挑戦する風土を醸成するために「100周年社員ワークショップ」を開催している。グループで約440名のアンバサダーを任命し、社員全員が100年の歴史を知り、感謝し、次の100年をつくっていくための挑戦についてディスカッションを重ねている。藤沢氏は、「ワークショップをきっかけに社員が自発的に考え、多くの人を巻き込んで実行につなげていく動きが生まれており、イノベーションの源泉になっています」と語る。

また、社員の自主性を高め、変革を加速させる取り組みの1つとして、若手社員に早い段階からプロジェクトマネジメントの経験を積ませる動きも社内で広まっているという。若手が早くから活躍できる環境を整えることでエンゲージメントの向上にもつながっていくはずだ。

真坂氏と藤沢氏のディスカッションをふまえ、Uniposの田中は社会学者の小熊英二氏の著書『社会を変えるには』を紹介し、「リーダーが優秀な社会運動が必ずしも成功するとは限りません。むしろ、みんなで鍋をつつくように、トライ&エラーを繰り返した社会運動のほうが成功しているのです」と語った。

「企業が大きく変わる際には人的資本経営のKPIを大きく動かし、臭いものに蓋をしないことが重要です。そのためには、『会社が本気だな』と多くの社員に感じてもらうような『大胆な打ち手』が必要です。現場を巻き込み、会社変革運動を推進していってください」(田中)

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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