人的資本経営企業「エーザイ」が考える 人的資本情報開示の本当の目的とは?
2024.06.21
目次
グローバルで約1万1000名の社員を抱えるエーザイ。「ヒューマン・ヘルスケア (hhc)」を企業理念に掲げ、患者や生活者のベネフィット向上や世界のヘルスケアの多様なニーズを充足することを目指し、国内外で製薬事業を展開している。「hhc」に則した戦略を実現するための人事戦略策定を推進したのが、2022年に同社CHROに就任した真坂晃之氏だ。社会環境が変わる中で、自社の人事の課題や打ち手をどのように見極め、人事戦略に落とし込んでいったのか。人事戦略策定と「Human Capital Report」策定のプロセスを真坂氏が語った。
Profile

真坂晃之 氏
エーザイ株式会社 執行役チーフHRオフィサー
早稲田大理工学部卒、2001年にエーザイ入社。MRや人事部、CEO秘書、海外事業(中国)などを経験。21年に執行役、22年からチーフHRオフィサー(CHRO)。
「ヒューマン・ヘルスケア (hhc)」に根ざした統合人事戦略を策定
エーザイでは「患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献し、世界のヘルスケアの多様なニーズを充足する」を企業理念に掲げ、それを一言で「ヒューマン・ヘルスケア (hhc)」と呼んでいる。
この理念を象徴する取り組みが「共同化」だ。全社員に向けてビジネス時間のうちの年間1%(約2〜3日)を使って患者やその家族と共に時間を過ごすことを推奨。患者や生活者の想いを知り、共感し、行動に移すことが「hhc」の実現には不可欠であり、社員一人ひとりに「共同化」を通して得た経験を日々の仕事に活かしてもらいたいという考えだ。
エーザイが人事戦略の見直しに取り組んだのは2022年。同社CHROの真坂晃之氏は、その背景にエーザイが直面していた社内外の大きな環境変化があったと語る。
「まず、社内では株主総会で定款を一部変更しました。従来は安定的な雇用の確保、やりがいのある仕事の提供、能力開発の機会の充実などを掲げていましたが、新定款では人権および多様性の尊重、自己実現を支える成長機会の充実、働きやすい環境の整備といった文言を追加。社外の変化としては『人材版伊藤レポート2.0』が発出され、人的資本経営に対する社会全体の意識の高まりがありました」(真坂氏)
しかし、当時のエーザイには全社戦略を実現する人事戦略が規定されていない状況だったという。この点にギャップを感じた真坂氏は統合人事戦略の策定を推進した。2022年7月に策定した統合人事戦略では、人事のあらゆる取り組みを「健康」「働き方」「成長」「事業・組織」の4象限に整理して展開した。これによりあらゆる人事施策について、ストーリーをもって語れるようになった。
「エーザイに集う社員が健康で最適な働き方を追求することで、主体的に学びを深めることもできて人財成長が加速します。結果としてパフォーマンスが最大化され、事業や組織の成長にもつながる。こうした一貫性のあるストーリーを語り、具体的な人事戦略に落とし込んでいきました」(真坂氏)

また、人的資本開示の義務化に対応するべく、人財中期のロードマップ「Human Capital Report」策定に向けた取り組みもスタートさせた。
まず、統合人事戦略の4つの切り口「健康」「働き方」「成長」「事業・組織」を縦軸に置き、横軸には「As is(現状)」「To be(ありたい姿)」、そのギャップと課題を細かく整理し、KPIを設定した。加えて、他社の「ヒューマンキャピタルレポート」を徹底的に比較研究。当時先行して開示していた15社の人的資本開示の情報を調査し、「マテリアリティ」「アウトカム」「KPI」「重点施策」などさまざまなポイントに着目して分析し、自社のレポートに活かしたという。
これらの取り組みを経て、2023年7月にエーザイとして初めての「Human Capital Report 2023」を発出した。レポートでは経営戦略と統合人事戦略の連動性、4象限に分けたHRの取り組み、6名の社員インタビューを掲載。さらには良くない数字も含めた定量可能なほぼすべてのKPIを開示。国内製薬産業として初めて人財情報に特化したレポートだったこともあり、さまざまな人的指標開示アワードで高い評価を受けた。
「人的資本の情報開示はかなりの労力がかかりますが、結果的に開示媒体がコミュニケーションツールとなって投資家や経済産業省の方などと対話の機会に恵まれたことが良かったです。エーザイとしては情報開示が求められるから対応するのではなく、情報開示を通して人事が今直面している課題を明らかにし、どのようなKPIを立て、どのように課題に対処していくのかをさらけ出していきたいと考えています。そして、『ヒューマンキャピタルレポート』を活用しながら情報開示と戦略実行を両輪で回していきます」(真坂氏)
グローバル人事を推進すべく、グローバルHRパーパスを策定
統合人事戦略や「Human Capital Report」を策定する一方で、エーザイでは人事メンバーの人的資本経営への理解を深めるため、Uniposの田中弦を招いた社内研修を実施。「田中弦モデル」を用いて、エーザイの人的資本経営における4つの課題として「人事のグローバル化」「イノベーション」「DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)」「会社と社員の情報非対称性」を挙げた。

1つ目の課題である「人事のグローバル化」については、「これまでも積極的に取り組んできましたが、まだ伸び代があるために課題として設定しています」と真坂氏。
エーザイはグローバルを5つのリージョンに分け、研究開発機能と製造・品質管理機能という2つのグローバルファンクション、2つの国内ネットワークがあり、それぞれが人事機能を持っているという体制だ。しかし、同社が開発した早期アルツハイマー病治療薬「レケンビ」をはじめ、化合物探索から、薬剤開発・承認、使用までがグローバル化しており、グローバルでの意志決定が必要となるケースが増加。各リージョン、ファンクションがグローバル共通の目的に沿って人事戦略を策定することが不可欠となっている。
グローバルの人事戦略策定にあたり、真坂氏はグローバルのHRパーパスを策定。「社員一人ひとりのエナジーを解き放ち、組織のシナジーを生み出し、社会的インパクトを最大化する」というグローバルHRパーパスのもとに、5つのリージョン、2つのグローバルファンクション、2つの国内ネットワークが独自のHR戦略に落とし込む流れを構築し、今後有機的に結びついていく流れを期待している。

「2024年度からは具体的に施策を実行していきます。まずは年2回、グローバルHRボードを開催する予定です。各リージョンやファンクションで取り組んでいることの情報共有だけでなく、グローバルHRの7つのイニシアチブに則して具体的に物事を決めていく会議体として運用していきます」(真坂氏)
人事として「伝わる努力」を続けていく
こうしたグローバルHRパーパスの策定や人事戦略策定などを緻密に策定する一方で、新たに浮き彫りになってきた課題もあるという。それが、「会社と社員の情報非対称性」だ。
「社内サーベイの結果、人事戦略や多様な働き方を支えるさまざまな制度について必要な情報が社員に届いていない現状が明らかになりました。たとえば、『統合人事制度を知っているか?』という設問では約53%の認知度にとどまりました。人事としては社員の皆様に向けて説明するさまざまな機会を設けてきたつもりですが、伝わる努力(≠伝える努力)が足りていなかったのだと受け止めています。認知向上に向けた施策を強化するべく、現在は社内のコミュニケーションを整理し直しています」(真坂氏)
まず、社内に向けて発信している人事関連情報を「Pull型/Push型」「カジュアル/フォーマル」に分けて4象限で整理。すると、人材情報をまとめたポータルサイトやキャリア座談会などフォーマルな情報発信は充実していることが明らかになった。一方、カジュアルなコミュニケーションがとれる情報発信がなかったことが浮き彫りになった。
そこで、「カジュアル」かつ、社員が自ら情報にアクセスする「Pull型」のコミュニケーション施策として立ち上げたのが「Project Aka-Chochin」だ。
「月1回テーマを決めて社員食堂に集まってもらい、お酒を飲みながら組織開発について前向きに議論してもらうイベントを実施しています。参加者はテーマに応じて若手から経営陣まで幅広く、社内のコミュニケーション活性化につながっています。2023年度10月からは全国の事業所や工場に直接訪問する『出張型Aka-Chochin』も開始しました。対話から生まれた意見は人事施策にも反映していきます」(真坂氏)
また、「カジュアル」で、人事から社員向けに情報を直接発信する「Push型」のコミュニケーション施策として、人事の活動を紹介する社内メルマガを毎週発信。社員に知ってもらいたい人事関連情報を「2分以内で読める」というコンセプトのもと、コンパクトにまとめて発信したところ、「わかりやすい」「息抜きになっている」などと好評で、約70%が「毎回読んでいる/興味があるときは読んでいる」という評価を得た。
「今後も人事として『伝わる努力』を怠らず、社員の『知る努力』につなげていきたいと考えています」(真坂氏)
「日本を代表する人的資本経営企業」を目指して
エーザイでは「ヒューマンキャピタルレポート2023」から見えた人事課題に対し、この1年でどのように取り組んできたのか、その成果と課題について2024年版で報告する考えだ。「ヒューマンキャピタルレポート2024」では、メインのターゲットを社員に置き、グローバルの要素や活躍している社員の紹介などをより充実させていく予定だという。
「2023年にグローバルエンゲージメントサーベイを実施したところ90%の提出率となりました。エンゲージメントスコアの改善も達成し、このデータをしっかりと『ヒューマンキャピタルレポート2024』に反映していきたいと考えています。そのうえで、当社が今直面している課題を明らかにし、アクションプランを含めて掲載していく予定です」(真坂氏)
また、2024年度版に向けてグローバルHRパーパスの「エナジー」「シナジー」「インパクト」の3要素と連動した中間KPIを設定。社員一人ひとりのエナジー、組織のシナジーのKPIの進捗がインパクトを生み出す人財KPI(E-HCI)につながるという考えで現状を評価し、情報開示に取り入れていくという。

「エーザイでは『Human Capital Report』を人的資本開示のための開示ではなく、あくまでもコミュニケーションの起点として位置づけています。中長期の目標を見据えた上で、1年ごとに戦略をしっかりと回し、設定した課題に対してどのような結果を生み出せたのかを精査し、『国内製薬企業のロールモデル』から『日本を代表する人的資本経営企業』へと進化していきたいと考えています」(真坂氏)
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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