【前編】人事の成果は数字だけでは測れない。人的資本時代の育成力

いまや、企業経営における大きなトレンドともいえる人的資本経営。各企業が導入に向けて模索しているなかで、人事のありようにも変化が訪れている。果たして、人事戦略に注力している企業にはどのようなカルチャーが根づいているのか。そして、その旗手となる人事担当者にはどのようなスキルやメンタリティなどが求められているのか。今回は「人的資本時代の人事力」と題して、内資系・外資系を問わずさまざまな企業の人事を担当してきた青田努氏にインタビュー。人的資本経営を実現するうえでの指標を育成力編・組織力編の二部構成で語っていただいた。

 

青田 努 氏

Cast a spell合同会社 代表

 

リクルートおよびリクルートメディアコミュニケーションズに通算10年在籍し「リクナビ」の学生向けプロモーション、求人広告の制作ディレクター、自社採用などを担当。その後、ドリコム、アマゾンジャパン、プライスウォーターハウスクーパースでの人事マネージャーを経験。2015年からは人事向けメディア「日本の人事部」にて、人事・人材業界向け講座、人事の交流会・勉強会組織などの運用に携わる。2017年にLINE入社。人材支援室副室長を務めたほか、マネジメント層の成長支援プロジェクトのリード、採用・タレントマネジメント関連のさまざまなプロジェクトを推進。LINE在籍中の2021年にCast a spellを設立。採用担当者勉強会「採用を体系的に学ぶ会」、大学生向けの講義を社会人向けにアレンジした「組織行動論おすそわけ勉強会」、3400人の匿名相談コミュニティ「人事のへや」などを運営。

「人」こそ、最も投資する価値のある経営資源

——昨今は「人的資本経営」がトレンドとなり、経営と人事の関係性が見直されています。青田さんは両者の関係をどのように見ていますか。

ざっくりとした印象でいうと「経営陣にものをいえない人事担当者」と「人事に対する期待値がわからない経営陣」という双方がお困りの状態が散見されます。

まず、前者についてお話します。人事担当者が経営陣に対して進言できないのは、その人事担当者の経営にまつわる知識不足が一因にあると考えています。経営陣と対等に話せるだけの知識がないため、一歩踏み込めずに及び腰になっている状態です。また、会社に貢献したい、従業員の育成を後押ししたい、といった組織へのロイヤリティが乏しいケースもよく見られます。経営に苦言を呈してまで自社を良くしていきたいというレベルに至っていないというか。端的に言うと「勇気」が発揮しきれていないわけです。

これは組織としての課題というよりも担当者個人としての課題で、人事権が弱いとか、社内での発言権がないとかいった類の話ではありません。

一方の経営陣は、どうでしょうか。こちらは人事に対する適切な期待値を設定できていない。そもそも、人や組織に投資した際のインパクトをリアリティをもって想像できていないケースが少なくありません。一般的に「人・もの・金・情報」は組織の四大経営資源とされていますが、「人」には「もの」や「金」の価値を底上げする特性があると言えます。「人的資本経営」という言葉が持て囃されているとおり、ひと昔前と比べて「人」に重きを置く企業は増えています。しかしながら、「人」の特性を深い部分で理解している経営者はまだ多数派とは言えないように思います。本来であれば「人」こそ、最も投資すべき経営資源なんですけどね。

――経営と人事を切り離して考えている経営者もいるのでしょうね。

なぜ、経営資源でもある「人」のもたらす経営へのインパクトを信じきれていない経営者がいるのか。背景を探ると、その経営者の方々の社会人経験や歩んできたキャリアなどが少なからず影響しているようです。

「人」に投資したことで従業員の才能が開花し、人が能力を発揮しやすくなる土壌が耕され、企業の業績を押し上げる。こうした成功事例を見てこなかった、体験してこなかったために「人」が経営に直結していることに気づいていないことが多いように思えます。経営陣は経営陣で人事について根本的な部分から学ぶ必要があると言えるでしょう。

――具体的にどのように学んでいけばよいのでしょうか。

ひとつ考えられるのは、他社のケーススタディや生々しい事例を学ぶことです。とくに生え抜き社員から経営陣に加わった方におすすめしたいですね。外の世界を知ることで視野が広がり、「人」の認識も改められるはずです。そうなると経営陣が人事に求める役割がより明確になるでしょう。結果、自社の人事組織に対して適切な要求ができるようになれば、きっと人事担当者の「スイッチ」も今より深いレベルで入ります。

他方、人事担当者も経営陣にどんどん要求すべきだと思います。「人事のためにこれだけの予算、工数が必要です」といったリソース要求や「人事の力だけでは会社が求める目標は達成できません」といったサポート依頼など、確固たる意志を示していく必要があるでしょう。

――とはいえ、なかには勇気を出せないでいる人事担当者もいるわけですね。

そうですね、経営陣に対して変に空気を読んでしまうケースも少なくありません。背景には人事担当者と経営陣の間で心理的安全性が担保されていないことが一因にあると思います。経営の知識を持ち合わせているのかどうかは置いておくとして、人事担当者が「現状の人事戦略のままだと近い将来こういう状況に陥りませんか?そうなってからリカバリーするのは難しいので、今のうちからこのような対策しておきましょう」とフラットな立場で意見できる環境が理想ですね。短期的には煙たがられることはあるかもしれませんが、その方が健全ですし、経営陣にとっても経営のヒントを得る機会が増えます。そこから、お互いの信頼関係がより強固になるはずです。

スター人材にはカスタムメイドした育成環境を

――人事担当者にとって、人材育成は重要な業務のひとつです。青田さんが人材育成するうえで重視している点を教えてください。

バイネームの人材育成が大切です。つまり、伸びしろのあるスター社員であれば、特別にカスタムメイドした育成施策を用意する必要があるでしょう。育成環境の整備にとどまらず、普段からスター人材の意見に耳を傾け、わくわくするような成長機会を事業リーダーと協力して設ける。そこまで特別扱いする必要があるのか?と思う方もいるかもしれません。しかし、優秀なスター人材は他社からも引く手あまたです。末永く自社で活躍してほしいなら、人一倍目をかけておかなくてはなりません。

誤解なきようにおっておくと、スター人材以外の人材をないがしろしていいわけではありません。人事担当者や各部署の役職者たちで、社員一人ひとりのキャリアや可能性を踏まえて、中長期的な育成方針を話し合うのが大切だということです。

育成対象となる社員へのヒアリングをもとに各々の現在地や向かっていきたい先を認識し、最適なキャリアを考え、成長機会を設ける。今後の経営や事業を担っていく人材の発掘にもつながるので、このような取り組みにはコストをかけるだけの価値があります。

――以前「【大転職時代】優秀な人材が働きたいと思える組織」で語られていた、LINE時代のエピソードが印象的です。社員に「なぜLINEで働くのか」をインタビューしたところ「LINE以上におもしろい会社がない」と回答する人が多かったと。人事の働きがあったからこそ、こうした回答につながったのでしょうか。

LINE時代に限った話ではありませんが、社員が在籍したいと思える環境を用意できるかが、人事担当者の腕の見せどころだと思っています。そのためには各社員の個性や適性を見定めて、持ち味を発揮できるポジションにアサインすることが重要。優秀な人材に見合ったポジションを用意できないようでは、宝の持ち腐れです。企業自体もさまざまな事業に積極的に挑戦して「働きたいと思える組織」を目指さなくてはなりません。

企業が急成長するにともなって、創業時のようになりふり構わず突き進むことが難しくなることもあります。大企業になると、組織のカルチャーも自ずと変化していきます。このような流れは避けようがないことです。しかし、その変化になじめず離れていってしまう人材もいるでしょう。人事担当者としては気持ちよく送り出したいところですが、チームの中心人物ほど組織に与える影響は大きい。

とくにIT業界では、“十人力”の人材というのが当たり前のように存在しますからね。優秀な人材の流出を防ぐためにも、人事担当者は全体を俯瞰しておく必要があります。

自己研鑽を忘れずに、人事の最前線に立ち続ける

――人事担当者が人材育成に携わるうえで注意すべき点はありますか?

経営陣にも当てはまりますが、人事の取り組みをあまり定量的に評価しすぎないことでしょうか。例えば、育成に力を注いでいくとなると、ある程度の投資が必要になりますよね。社員をなんらかの育成プログラムやトレーニングに参加させたり、教育担当者を増員したり。しかし、お金が絡むと社内に「この取り組みによって、どの程度の投資対効果が望めるのか」という声も挙がってきます。

取り組みの効果を考えること自体は、とても大切なことです。効果が望めない取り組みを続けても無駄でしかありませんから。しかし、すべてを数字で判断するのも考えものです。なぜなら、人材育成は「育児」に似た側面があるものだからです。我が子を立派に育てたいのは親として当たり前のことですが「塾や習い事にこれだかお金をかけたら、将来は年収これだけ稼げるようになる」と、考えたりはしませんよね。育児は投資対効果だけでは語れない人材育成もまた然り、です。定量的な成果しか見ずにとやかくいってくる上司がいたとするなら、その方はリーダーにとっての大事な資質が欠けている可能性が高い。厳しい言い方をすると「自分は数字でしかものごとを判断できません」「数値化できない意思決定はできません」と公言しているようなものです。

――人材育成の成果が可視化されにくい点も原因になっていそうですね。

もちろん、説明責任がシビアに求められている現場であれば、できる限り定量化に努めるべきだとは思います。ただ、無理にそれっぽく定量化したところで、結局はこじつけになってしまう部分も多いんです。

これは極論になりますが、人材育成への投資というのは経営陣が納得していればそれでいいのではないかと思います。人材育成はアバウトな面を多分に含んでいるので、エイヤ!と踏みこまなくてはいけない場面が多々あります。人事担当者にはときに勢いが求められ、経営陣にはその姿勢を認めるだけの大らかさが必要だといえますね。

――ここはエイヤ!で踏みこむべき場面なのか、それとも慎重に進めるすべき場面なのか。そういった判断基準はどこに置くべきなのでしょうか。

実施した施策を振り返ることが重要です。例えば、ある育成プログラムを実施したとするなら、参加した社員にフィードバックを求めましょう。「内容があまり印象に残っていません」「参加する意義がよくわかりません」といった答えが返ってくるようなら、その施策を改めた方がいいかもしれません。

こうしたプロセスは、人材開発ではおなじみの「経験学習モデル」にも通じています。①まずやってみる(具体的経験)②ふりかえる(内省的観察)③まなびとる(抽象的概念化)④次回はこうする(積極的実践)、というサイクルを繰り返して、精度を上げていくといいでしょう。

なかには、参加を繰り返すことで成果が見えてきたり、ベテランの域に達してから実務で活きてきたりするケースもあります。短期的に定量化できる指標だけに目を向けず、長期的視野と意志を伴った判断をすることが大切です。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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