【大転職時代】優秀な人材が働きたいと思える組織

転職が当たり前の時代となり、人材獲得や定着に課題を抱えている企業も多い。優秀な人材を採用し、長く働いてもらうために重要なのが、組織文化だ。

組織文化をどのようにつくっていくのか、そして、経営や人事はこれからどう変化していくべきか。早稲田大学大学院経営管理研究科教授の入山章栄氏、LINE株式会社Organization Success センターの青田努氏の2名が語り合った。

Profile

入山 章栄 氏

早稲田大学大学院経営管理研究科

早稲田大学ビジネススクール 教授

 

著書は「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)、「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(英治出版)「ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学」(日経 BP 社) 他。 メディアでも活発な情報発信を行っている。

世界標準の経営理論

青田 努 氏

LINE株式会社 

Organization Success センター  

People Experience Designer  

 

著書『採用に強い会社は何をしているか』(ダイヤモンド社/2019年) 

※プロフィールは2023年1月のイベント登壇時のもの 

採用に強い会社は何をしているか

大転職時代到来。組織文化を戦略的につくることが重要

かつての終身雇用は崩れ、もはや転職することは当たり前になった。企業にとっては人材獲得がこれまで以上に難しくなり、「優秀な人材から好かれる会社」になるためには戦略的に組織づくりに取り組まなければならない。

価値観の多様化が進む中で、人々が仕事や会社に求めるものも変わってきた。中でも若い世代では「キャリアアップする」「収入を増やす」ことだけではなく、「組織のビジョンやパーパスに共感できるか」「カルチャーを好きになれるか」を重視する人が増えている。

こうした背景をふまえ、早稲田大学大学院経営管理研究科教授の入山章栄氏は、「良い組織文化がなければ、優秀な人材を獲得できない」と話す。

「なんとなく自然に湧き上がってくるものが組織文化だと思われがちですが、それは違う。長年、終身雇用を前提としていた日本企業の多くは組織文化を意図的につくってきませんでした。転職が一般的になった今、優秀な人材を採用するためにも、組織文化は戦略的につくっていかなければならないのです」(入山氏)

特に、どこの会社でも高額な給料を得るようなハイレベル人材にとっては、「この会社で働きたい」と思えるような組織文化があるかどうかが、入社の決め手となる。イノベーションを起こす新しい人材を惹きつけるためにも、戦略的にカルチャーを生み出していくことが重要なのだ。

では、どのように組織文化を生み出していくのか。入山氏は「組織文化とは行動がすべて。行動を習慣化することがポイントです」と語る。

会社のミッションやバリュー、カルチャーを定めただけで満足してしまう企業も多い。カルチャーを戦略的につくったあと、それを日々実践していかなければ意味がないのだ。

「一番重要なのは、経営陣が率先して実行することです。トップが取り組めば現場の社員にも伝播します。カルチャーをつくる専門チームを立ち上げるのにも賛成です。その場合、やらされ感のあるチームでは意味がありません。メンバーが主体的に取り組み、必ずトップを巻き込むことが大事です」(入山氏)

カルチャーを言語化し、オープンに|LINEの取り組み

こうした組織文化づくりを重視してきた企業の1つがLINEだ。

LINE のカルチャーづくりに携わっている青田努氏は、「カルチャーは継続的に耕し続けなければならないもの。従業員の行動に働きかけていった結果としてにじみでるようなものであり、その積み重ねをしてきたかどうかが、企業の競争力の差になります」と語る。

LINEでは、カルチャーを浸透させるための専門チームをつくり、自社が大切にしている価値観をまとめた「LINE STYLE」を策定している。ステートメントは「全ての原点は、ユーザーニーズ」「完璧さより、まず踏み出す勇気」など11箇条に及ぶ。

経営陣が膝をつきあわせて徹底的に考え抜いて策定し、定期的に見直すとともに、人事評価においてもこれらの行動が実行できているかを360度評価でスコア化。そして、経営陣やカルチャーチームが率先してステートメントを体現することで、社内へ浸透させているという。

「LINE STYLE」はPDFで社外に公表され、オープンになっている。その理由を青田氏は次のように語った。

「企業が今後採用をしていくうえで、候補者から選ばれるためには『わかりやすさ』が大事だと思います。『言わなくても察してほしい』ではなく、『うちはこういう会社だから』と言葉にして発信する。先に宣言することで、LINEのカルチャーに共感してくれる方が応募してくれるようになり、採用のミスマッチを減らすことができます。また、外部に発信することで社内の人も見るため、自分たちらしさを再確認することにもつながります」(青田氏)

外部に発信したうえで、青田氏は「組織文化を入社前に体験してもらう機会をつくることも大事」だという。例えば、LINEではインターンシップでグループワークを実施する際、社員がメンターに入り、本気で向き合ってフィードバックする。「そのやりとりの中で、LINEが大切にしている考え方を候補者の方に知ってもらいたい。そのうえで共感してもらえる方に入社してもらいたいと考えています」と青田氏。

LINEでは組織文化をつくり続けてきた結果、「なぜLINEで働くのか」を従業員にインタビューすると、「今、LINE以上におもしろい会社がない」と回答する人が増えており、エンゲージメントの向上につながっているという。

こうしたLINEの取り組みを受けて、入山氏はカルチャーを言語化し、発信することの重要性について次のように語った。

「行動を習慣化するために重要なのは『腹落ち』です。好き、共感できる、納得できると腹落ちができれば、人は行動するものです。言語化することで自分自身も腹落ちできるし、相手にも共感してもらうことができる。だからこそ、企業が組織文化をつくるためには、会社の思いや考え方、大事にしたいカルチャーを徹底的に考えて言語化し、共感しあって、形式知にする作業が必要。そして、それをやり抜くことが大事です」(入山氏)

組織文化が根付いていれば、OBがエバンジェリストに

組織文化を戦略的につくることは、自社のファンを増やすことにもつながる。採用の候補者だけでなく、投資家や顧客にも自社のカルチャーを理解してもらうことが必要だ。組織文化はHR、PR、IRのすべての根底にあるべきものといえる。

また、良い組織文化が根付いている会社はアルムナイのネットワークができあがっているのも特徴だ。自社の組織文化への共感があれば、一度何らかの事情で退職したとしても再び戻ってきてくれる人もいる。入山氏は「他社で経験を積んだうえで、自社のカルチャーもわかっているのでエンゲージメントが高い。出戻り人材は最強だと思います」と、自社のカルチャーづくりや採用活動においてアルムナイのネットワークをつくることの重要性を語った。

これを実践している企業の例として、青田氏はかつて勤めていたリクルートを挙げた。

「リクルートは辞めたあとでもリクルートが好きな方が多く、OBOGが自社の良いところを積極的に発信してくれたり、起業した会社でリクルートの考え方や制度を導入したりと、エバンジェリストになっているんです。また、退職した人にも定期的に社内報が送られてくるので、関係性がゆるやかに続いているのが良いところだと思います」(青田氏)

イノベーションを起こすためには、戦略人事が重要

雇用の流動性が高まる中、経営陣、人事は組織文化づくりに本気に取り組み、それをやり抜くことが大事というのはこれまで触れたとおり。そのうえで、具体的にどんなことを意識すれば良いのだろか。2名がそろって挙げたのが、「会社として正直であること」だ。

青田氏は、「今と昔で何が違っているのかというと、外から見えやすくなっている点が挙げられます。この会社で働きたいと思ってもらうためには、会社として正直であることが大切」と語った。入山氏は、台湾のデジタル担当大臣オードリー・タン氏から聞いた話として、「台湾政府はラディカル・トランスペアレンシー、つまり、徹底的な情報の透明性を重視しているため、国民が政府を信頼している。日本の組織はこの部分で遅れていて、もっと透明性を高める必要がある」と語った。

また、入山氏は「日本企業は根本的に人事が弱い」と指摘。イノベーションや変化が必要不可欠な時代となり、それを推進するためには組織と人事の役割は高まっている。こうした中で最重要なのが、CHROの存在だ。

「経営陣とまったく同じ目線に立ち、『このビジョンで行くならこういう人材が必要です』とトップと徹底的に言い合い、長時間かけて戦略的につくりこみ、長期スパンでやり抜く。こうしたCHROが必要です。しかし、現時点でこれをできるCHROは日本にごくわずかです」(入山氏)

組織を変えるためには、一部だけを変えるのではなく、全体を変えることが必要だ。ダイバーシティを実現するには、新卒採用の見直し、人事制度や働き方、評価の仕組みも多様化しなければならない。こうした変革を実行する際に、しばしば異なる部署で対立が生じてなかなか先に進まないことがある。

例えば、DXを推進するためにはデジタル人材の確保が必要だが、従来の人事制度と対立が生まれることがある。これが変革の遅れにつながってしまうのだ。こうした対立を避ける方法として、入山氏は「対立が生まれる部門の役員を兼任させるのが一番」と語る。

「DX担当の役員がデジタル回りの人事権を持っていると、組織の変革が加速します。人事一筋の人がCHROになると、人事のこと以外に詳しくないこともあり、イノベーションに十分に対応できないことがあります」(入山氏)

この事例に当てはまるのがLINEだ。青田氏によれば、これまでプロダクト部門の責任者だった人が昨年から人事担当役員になったことで、プロダクトに強い組織づくりが加速しているという。

小さな変化を繰り返し、変革していく

これまで多くの日本企業は戦略的な組織文化づくりに取り組んでこなかった。しかし、今後グローバルでの競争に勝ち抜くためには最重要で取り組まなければならない。

青田氏は改めて、「カルチャーを定着させるためには耕すことが大事。しかし、すぐ成果が出るわけではないので、耕し続けることが必要です。社内を説得しながら、成果が出るまで信じて、やり抜く覚悟を持つことが大事だと思います」と語った。

「変化を恐れない組織をつくる」と言うだけなら簡単だが、実際に組織変革を進める中では時には対立が生まれ、大きく変えようとすれば副作用も大きくなる。長年の終身雇用でイノベーションから遠ざかっていた企業が変革していくためには何が必要なのか。最後に、入山氏は次のように語った。

「大きな変化は誰にとっても怖いものです。本当に組織を変革したいなら、毎日小さな変化を繰り返すのが良いと思います。例えば、帰り道に一駅手前で降りるようなちょっとした変化なら楽しめますよね。それを積み重ねていくイメージで、じわじわと変化させていくのが良いのではないでしょうか」(入山氏)

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