【実態】ウェルビーイング経営の推進に不可欠なもの
2023.03.30
目次
これまで、企業の価値は事業の業績で判断されてきた。しかし近年は人的資本経営を掲げる企業が増え、「良い会社」の基準が変わってきている。こうした中で注目を集めているキーワードが「ウェルビーイング」だ。
なぜ今、企業はウェルビーイング経営に取り組みはじめているのか。ウェルビーイング研究の第一人者である予防医学者の石川善樹氏を交え、ロート製薬、三井住友信託銀行、電通のウェルビーイング経営の事例を紹介する。
Profile

石川 善樹 氏
公益財団法人Well-being for Planet Earth 代表理事

近著は、『フルライフ』(NewsPicks Publishing)、『考え続ける力』(ちくま新書)、『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました 日本文化から読み解く幸せのカタチ』(KADOKAWA)など。

髙倉 千春 氏
ロート製薬株式会社 取締役 CHRO

矢島 美代 氏
三井住友トラスト・ホールディングス株式会社 執行役
三井住友信託銀行株式会社 執行役員(Well-being推進)

小布施 典孝 氏
株式会社電通 Future Creative Center センター長
なぜ今、ウェルビーイング経営が必要なのか
「ウェルビーイング(Well-being)」とは、心身や社会が健康な状態にあることを意味する概念のこと。これまで企業価値を判断する指標となっていたのが財務指標や決算から読み取れる利益が主だったのに対し、ここ数年は事業を支える社員が幸せであることも企業価値であるという考え方が広まり、人的資本を含めた非財務指標を公開する企業が増えている。
こうした中、主観的なウェルビーイングを測定する新指標GDW(Gross Domestic Well-being、国内総充実)も登場。GDWは、量的拡大を目指し、物質的な豊かさを表す既存のGDP(国内総生産)では図ることができなかった「幸福度」や「生活満足度」を捉え、文化的な多様性も考慮した指標となっている。

では、今なぜ、日本企業の多くがウェルビーイングを経営の重要な指針に置きはじめているのか。
予防医学者でウェルビーイング研究の第一人者である石川善樹氏は、「国家であれ、企業であれ、そもそも経営においてウェルビーイングは最上位の目標であり、価値です」と語る。
「例えば、アメリカ合衆国法には幸福追求権というのがあり、国民は幸福を追求する権利があり、政府は国民をウェルビーイングにしなければならないと書かれています。企業においても、ウェルビーイングはもはや人事マターではなく経営マターになっている最重要項目です」(石川氏)
経営マターとしてウェルビーイングに取り組む企業が増えた背景の1つに、ダイバーシティ&インクルージョンの推進がある。ダイバーシティを示す代表的な指標は女性の管理職割合だ。ではインクルージョンの指標は何か。例えば、「管理職になった女性はウェルビーイングなのか」という観点がある。ウェルビーイングの指標を出す必要が出てきたのだ。
また、企業の考え方が、株主の利益を追求すべきとする「株主資本主義」から、顧客、社員、社会など企業活動に関連するすべてのステークホルダーに貢献するべきとする「ステークホルダー資本主義」に変わってきたという流れもある。「こうした中で、従業員のウェルビーイングだけでなく、ステークホルダーのウェルビーイングを考えていこうという流れが出てきました」と石川氏。
投資家が企業を評価する基準も変わってきている。最近はどれだけ財務指標の数字が良かったとしても、そこで働く社員のウェルビーイングが悪化していると、中長期的な経営リスクがあると捉えられてしまう。ウェルビーイングへの取り組み状況が投資判断の重要なファクターの1つとなっており、企業としてはウェルビーイング経営に舵を切る必要性が高まっているのだ。
人が主役のウェルビーイング経営|ロート製薬の事例
創業124年を迎えたロート製薬では、120周年のタイミングで「経営ビジョン2030」を策定した。そこでは「Connect for Well-being」をスローガンとし、ヘルス&ビューティ、再生医療、食の分野等の異なる事業をつなげてイノベーションを起こし、世界の人々のウェルビーイングに貢献し、持続可能な社会 の実現を目指していくとするウェルビーイング経営の指針を掲げている。
これを実現するためには、社内外の仲間同士がしっかりとつながり、社員一人ひとりの個性を活かしながら一体感のある組織をつくっていくことが必要だ。そこで、2022年10月に人事制度を20年ぶりに刷新し、「ROHTO WAY 2020」を打ち出した。ロート製薬のCHROを務める髙倉千春氏は次のように語る。
「最終的に目指しているのは、多様な個を尊重して自律と成長を促し、それが会社の成長につながり、新たな企業価値の創出につなげていくことです。人的資本を最大化するために、個人の成長につながる学びの機会やチャレンジする機会を提供し、個と組織が自律した関係で一緒に成長していくことを目指しています。これにあわせて、各自のウェルビーイング状況がどうなっているかを半期に一度の自己評価で定量化しています」(髙倉氏)
ロート製薬では、個人が主役であると考え、個人が成長し会社も成長する「個人と会社の共成長」という考え方を打ち出している。継続した学びと個人の経験価値を促進することで、学びと経験の好循環を生み出す。こうした人的資本を最大化するウェルビーイング経営を行っているのだ。

こうした先進的なウェルビーイング経営に取り組む背景には何があるのか。髙倉氏は3つのポイントを挙げた。
「1つは、不確実な世の中になったことで戦略を立てるのが難しくなったこと。こうした状況では『なぜ自分たちはこれをするのか』を明確にして内発的な動機を持つことが大切です。2つめは、多様性への対応です。不確実な世の中を生き抜くためには多様性、多様な視点が必要ですが、多様な人材を活かすには求心力となるパーパスが必要です。3つめは、企業の社会的な価値を高めるため。事業に非財務の要素が求められる時代になり、社会にどういう価値を提供するかという一人ひとりの思いが重要になっています。この3つの要素が、ウェルビーイングを経営課題に押し上げた背景ではないでしょうか」(髙倉氏)
実際にウェルビーイングを実装していくためには、一人ひとりが理解し、共感し、行動変容を起こしていくことが重要だ。社員の理解と共感を促すためのポイントは2つあるという。
「社内への発信はもちろんのこと、外部に向けて会社の考えや取り組みを発信することも大事です。これを社員が見聞きすると、自分たちの会社に対する理解が進むとともに、共感を押し上げることにもつながります。2つめは、幹部が発信し続けること。これをしっかりと行っていくことがウェルビーイング経営の推進に不可欠だと思います」(髙倉氏)
ロート製薬では社員一人ひとりをしっかりと見ながら、人を主役にしたウェルビーイング経営を今後も進めていくという。

幸せを創造する好循環をつくる|三井住友信託銀行の事例
三井住友信託銀行では、2020年に「信託の力で新たな価値を創造し、お客さまや社会の豊かな未来を花開かせる」というパーパスを策定。これを実践する文化浸透としてウェルビーイング経営が導入された。三井住友信託銀行執行役員の矢島美代氏は、次のように語る。
「パーパスを定めて、その価値創造ストーリーの中にウェルビーイングをビルトインしました。社員のウェルビーイングを人的資本のバリューアップと位置づけて人事戦略の中核に置き、経営と現場の一体感を高めてエンゲージメントを向上させながら社会課題解決を行い、企業価値やコーポレートブランドの向上につなげ、お客さまや社会のウェルビーイングに役立てていただく。それが社員の誇りとなり、好循環を起こしていくというのが、我々のウェルビーイング経営です」(矢島氏)

三井住友信託銀行では、ウェルビーイングの定義を「社員とお客さまや社会の幸せを創造する好循環」と定めている。社員を起点に人的資本経営を意識して好循環を回しながら、社員の内発的動機を高めるのが狙いだ。
同社では、パーパスを実現するための文化としてこれからの経営、人事に必要な3つの力を定めた。1つめは、パーパスを描く力。2つめは、多様な人材の内発的な動機を喚起する力。3つめが、ウェルビーイングの判断軸だ。「ウェルビーイングはヒューマンビーイングの究極の目的であり、社員一人ひとりが判断軸を持つことが重要です。企業が良い方向に向かう原動力にもなると考えています」と矢島氏。

パーパスを策定し、ウェルビーイング経営に取り組みはじめてからは、社内に文化を浸透させるために1年かけてさまざまな取り組みを行ったという。まず、トップからの発信が重要と考え、社長が社員に会社の考え方を伝える「パーパスキャラバン」を繰り返し実施。また、現場のトップに自分たちのパーパスやウェルビーイングについて考える場を設け、最後は1on1で社員一人ひとりにしっかりと伝えて評価にも落とし込んだ。
「意識を変えるだけでなく、行動変容につなげなければいけない。そこで、行動変容が起きているかを確認するために、パルスサーベイを使ってKPIを見ながら取り組んでいます。現場の意識は変わっていきますし、人事でもディスカッションをしながら現場のウェルビーイングを高める取り組みを行っています」(矢島氏)
三井住友トラスト・ホールディングス内でもこの取り組みを広めるべく、職場単位での好事例を社員同士で相互共有していくという。矢島氏は「まだスタートラインに立ったばかり。今後もウェルビーイング経営を持続し、社員の実感につなげること大事だと思います。ありたい姿と現実のギャップを縮めるために、今後も人事制度や運営面のブラッシュアップに力を入れていく考えです」と語った。
企業価値を可視化する「統合諸表」|電通の事例
電通では、ウェルビーイング経営を推進するためのフレームワークとして「統合諸表」を開発、提供している。
「統合諸表」では、企業価値を「事業」「社員」「環境」「社会」の4象限で捉え、財務指標、非財務指標を含めて統合的に企業価値を可視化することができる。電通Future Creative Centerの小布施典孝氏は次のように話す。
「これまでの企業価値は事業の利益で問われることが多かったですが、今後は社員、環境、社会を含めた4つの領域のバランスを取ることが企業経営において重要になります。4つの領域がバラバラに動くのではなく、中心にパーパスを設定し、どのような戦略のもとに活動していくか、その活動はどのようなKPIをもっているのかを統合して考え、1つのストーリーとして語ることが大切です」(小布施氏)

「統合諸表」は企業を取り巻くさまざまなステークホルダーのウェルビーイングを考えていくうえでも役立つ。電通ではこのフレームワークを通して、企業の中長期的な価値向上と社会、環境、社員のウェルビーイングの促進に取り組んでいく。
人的資本経営が注目される今、企業はどう取り組むか
人々の価値観が変化し、「良い会社」の基準が変わりはじめている今、ウェルビーイング経営は企業の競争力に直結するものであり、今後は実装フェーズに入っていく。
企業がこれからウェルビーイング経営を進めるために何をすべきか。その1つのヒントとして、石川氏はコピー機の修理事業を展開しているある企業の例を紹介した。
「10年以上前ですが、業務内容は全国共通なのに営業所によってウェルビーイングやエンゲージメントが違う、なぜなのかと相談を受けました。調べてみると、ウェルビーイングが高い営業所では会社のミッションやビジョンを毎日唱えていることがわかりました。毎日声に出すことで自分ごと化され、自分の仕事が社会にどのような価値を提供しているのかを実感できていたのだと思います」(石川氏)
社員のウェルビーイングを高めるためには、やりがいや幸福を感じながら仕事ができる環境を整え、人的資本経営を実装していくこと、そして、経営と現場の一体感を醸成することが必要だ。そのうえで、経営を通して社会全体のウェルビーイングに貢献していくことが、企業に求められている。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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