【実践】トップランナーカゴメCHOが語る人的資本経営への最短距離

企業が激動の時代を乗り越え、持続的に発展するための新たな方策として人的資本経営が注目されている。

2022年10月には、一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏が座長を務める経済産業省の有識者会議が企業に求められる取り組みをまとめた「人材版伊藤レポート2.0」を公表。新たな重要経営指標として経済界全体の関心が急激に高まり、2023年4月からは全ての上場企業で有価証券報告書への記載が義務化されることになった。

人的資本経営を採り入れ、経営に役立てるためには、具体的に何をすればいいのか。いち早く人的資本経営を導入し、会社を活性化させたカゴメの有沢正人・常務執行役員CHO(最高人事責任者)が、2012年から進めてきた人事制度改革のポイントを実例に即して余さず語った。

社長の意識変え「人件費」を禁句に

―――従業員のバリュー向上にかけるお金は、コストではなく「人的投資」

有沢氏は人的資本経営の大前提として、「会社の価値(マーケットバリュー)とは、従業員のマーケットバリューの総和である」と指摘する。

従業員の価値を高めることが会社の価値を高めることになる。この考え方自体は一般的なものだが、これまでの日本企業では、従業員のバリューは「資源」として扱われてきた。企業が資源を得て、増大させるためにかかるお金は経営上、コストとして計上される。だからこそ人件「費」という言葉が使われてきた。

だが、人的資本経営では、従業員のバリューを資源ではなく資本と定義する。この意識を徹底するため、カゴメ社内では人件費という言葉を使うことを禁じているという。有沢氏はこう強調する。

「従業員のバリューは会社の資本なんだと考えることがスタートだ。資本であれば、そこにかけるお金はコストではなく投資となる。『人件費』ではなく『人的投資』ととらえることが、人的資本経営の基本になる」

―――【人事改革始動】第一歩は「ジョブ型」導入

人的資本経営では、経営戦略を実現するために必要な人材の獲得や育成が適切かをモニタリングすることが重要指標となる。このため、人的資本経営は「ジョブ型人事制度」と相性がいいとされる。

有沢氏が2012年にカゴメに入って、最初に取り組んだのもやはり、ジョブ型人事制度の導入だった。有沢氏はこれまで人事を担当した4社すべてでジョブ型を導入してきたという。

「私がカゴメに入ったとき、役員には評価制度そのものがなかった。そこで役員、部長、課長という順番で上の役職からジョブ型を導入した」

有沢氏が特に印象に残っていると話すのが、当時のカゴメの役員報酬制度だ。

「私を含めて16人いる執行役員の給与、賞与は1円単位まで全員まったく同じだった。すぐに社長室に飛び込んで『なんでみんな一緒なんですか!』って談判したら、社長は『えっ、役員の賞与って評価で差を付けるもんなの?』と。こりゃダメだなと思って、社長に考えを改めてもらい、まずは執行役員に評価報酬制度を入れるところから人事制度改革をスタートした」

「役職の値段」+「変動給」で社員のやる気引き出す

―――人ではなく仕事に値段を。年功序列がなくなれば社員のモチベーションは上がる。

日本企業で広く使われてきた職能給型の給与体系からジョブ型給与体系に転換するには。有沢氏は二つの制度の違いについて「簡単に言えば、何に値段が付いているかだ」と説明する。

職能給型は従業員個人に値段が付いている。たとえばXという同じ仕事をしていても、若い男性のAさん、中堅で女性のBさん、ベテランのCさんはそれぞれ給料が違うということが起きる。一方、ジョブ型はXという仕事に値段が付いているから、AさんがやってもBさんがやってもCさんがやっても同じ給料になり、そこに評価によってメリハリのきいた変動給が加わる。

具体的にどう変えれば良いのか。カゴメでは社内の全てのポジションについて、難易度や責任の範囲、売上高など二十数項目について、アルゴリズムのもとで点数化した。その点数に基づき、グローバルの管理職以上の全役職をグレード付けして、従業員に公開している。それによって、一人一人が、どの役職を目指せばいいかが明確になっているという。

給与は役職に応じてもらえる固定報酬と、評価によって上下する変動部分で構成される。変動部分の比率は役職が高くなるほど上がる。カゴメの場合、変動部分は課長で全体の20%、執行役員で30%、社長は50%だという。

「何年やらなきゃ課長になれない、何歳までは部長になれないといった年功序列の不文律もやめたことで、従業員のモチベーションアップにもつながった」と有沢氏はジョブ型導入の効果を説明する。

目標の全社公開が生んだ「透明性のある競争」の効果

ただ、ジョブ型人事制度さえ入れれば、人的資本経営が実現するというわけではないと有沢氏は釘を刺す。

「ジョブ型はあくまでツールにすぎない。極論すれば、制度なんて誰でも作れる。重要なのはその運用で、社内のどこにどんな人材がいて、どう育成するかというのを可視化することが何より大切だ」

―――「適所適材」が実現すれば次世代人材育成にも繋がる

カゴメでは、ジョブ型によってすべてのポジションのミッションと処遇を可視化するとともに、「KPI評価シート」という期初の目標設定を全従業員が互いに見られるようにした。専務以下の全従業員が、KPI評価シート作成を義務づけられていて、それを新入社員であっても全従業員が見られる仕組みだ。

有沢氏はその狙いは大きく二つあると話す。一つは目標の共通化。人事部長は担当役員である僕のシートを見る、課長は僕のと部長のを見る、だからみんなのベクトルが一致することになる。もう一つの狙いが、透明性のある競争の確保だ。目標とその達成度が明確になることで、透明性のある競争が確保される効果があるという。有沢氏は言う。

「KPI評価シートを全員で共有するという運用の結果、ふさわしい人材をふさわしいポジションに付ける『適所適材』が実現される。カゴメではもう、抜擢人事が当たり前だ」

人材の育成にも余念はなく、コア人材のサクセッション(人材管理・育成)プランも導入した。将来の社長候補、役員候補、部長候補といった人材を選び、2年計画で有沢氏自身の下、2年計画で厳しく教育しているという。

【驚愕】社内報で社長の給与を実額全公開

―――「こんなことやっていいんですか」と従業員を驚かせる。

経営陣が人事制度改革に力を入れても、肝心の従業員に関心を持ってもらうのは難しい。有沢氏は一連の改革を進める中で、思い切った手で社員の関心を引きつけたという。

「社内報の『社長の年収大公開』という特集で、新しい制度では社長の給料がどう変わるのかを実額で公開した。これまで月額これだけもらってたけど、新制度ではこれだけ減る。一方で賞与は経営数値がこれだけ上がるとこれだけ増える、逆に下がったときはゼロになる、といった具合にすべて実際の金額を出した。私が社長に話を聞いたインタビュー記事も一緒に載せた」

この社内報が配られた瞬間、社内で「ええーっ」と声が上がり、社内中の目が一斉に有沢氏に注がれた。しばらくして、本部長や部長数人が「いいんですか、こんなもの出して」と質問してきたという。

「私が『何か問題でも?』と答えたら、彼らが『カゴメ、変わりましたねぇ』と言ってくれた。『これで会社は変わるぞ』と成功を確信した瞬間だった」と有沢氏は振り返る。

働き方改革から「生き方改革」へ

―――どんなキャリアを目指し、どこで働き、どこで暮らすか。会社が決める時代は終わった。

人的資本経営に先行して多くの企業が導入してきたのが「働き方改革」だが、カゴメはいま「生き方改革」という言葉を掲げる。有沢氏はこの二つの違いをこう説明する。

「多くの企業が進める働き方改革は、基本的に会社側の考え方で、『少ないインプット=時間で、大きなアウトプット=パフォーマンスを出す』という発想だ。これを個人から見ると『暮らし方改革』になる。会社に使いすぎていた時間を個人に振り向け、家族との時間に充てるという意識だ。働き方改革と暮らし方改革、この二つを合わせて、カゴメでは『生き方改革』と呼んでいる」

働き方改革とは「どう時間を使い、どんなキャリアを目指し、どこで働くか」。暮らし方改革は「どこで、どう暮らすか」。これを合わせた生き方改革という考え方は、言い換えると「キャリアを決めるのは個人であって、会社が決める時代は終わったということだ」と有沢氏は言う。

【実践】カゴメの独自制度PickUP

 ―――会社と個人が対等なパートナーとして価値を生み出すことが、人事改革の最終形

生き方改革を具現化するためにカゴメが導入したのが、社員が家族と一緒に暮らす権利を保障する「地域カード」という仕組みだ。

カードの使い方は大きく2パターン。「現在の勤務地から動かない」ことと、夫あるいは妻の転勤などに合わせて「希望の勤務地に動ける」ことだ。どちらも3年単位で、1人2回ずつ使える。連続して6年間使うこともOKだという。有沢氏は言う。

「従業員がこのカードを使ったら、社長が泣こうが、人事担当の僕がわめこうが、動きたくない人は動かせないし、動きたい人は絶対に異動させなくちゃいけない。女性従業員が退職する理由として非常に多いのが、配偶者の転勤だった。それはおかしいだろうというのが制度の原点だ」

従業員に育児と仕事を両立してもらうことの狙いだが、何よりもキャリアを自分自身で作ることを重視したという。

今いる社員の価値を上げるのに加え、外部からよりよい人材を引きつける人事制度にも着手した。その代表が、社員の副業解禁だ。

従業員の健康管理義務を果たすため年間総労働時間1,900時間という枠だけは設けているか、それさえ超えなければ、どんな副業も自由。他社と雇用契約を結ぶことも可能という自由度の高い制度を導入した。有沢氏は従業員に自立したキャリアを構築してもらうことと、魅力的な制度で人材を引きつけることが狙いだと話す。

「導入時には経営会議で役員から『こんなことをしたら、優秀な人からどんどん逃げてしまうじゃないか』と猛反発を受けたが、私の答えは『辞めるとしたら、カゴメに魅力がないからだ』。いい人材が逃げないよう囲い込むのではなくて、こういう魅力的な制度によっていい人を引きつけることが重要だ」

 ―――トップランナー有沢氏が語る「各企業が目指すべき人事改革のゴール」

「生き方改革が進めば、社員一人一人が自身の価値観にあった働き方と暮らし方をして、自分のキャリアを自分で決められるようになる。最終的には会社と個人がフェアで対等な関係になり、パートナーとして価値を生み出せるようになることを目指すべきだ」

Profile

有沢 正人 氏

常務執行役員CHO(最高人事責任者)

1984年に協和銀行(現りそな銀行)に入行。銀行派遣により米国でMBAを取得後、主に人事、経営企画に携わる。2004年にHOYA(株)に入社。人事担当ディレクターとして全世界のHOYAグループの人事を統括。全世界共通の職務等級制度や評価制度の導入を行う。また委員会設置会社として指名委員会、報酬委員会の事務局長も兼任。グローバルサクセッションプランの導入等を通じて事業部の枠を超えたグローバルな人事制度を構築する。2008年にAIU保険会社に人事担当執行役員として入社。ニューヨークの本社とともに日本独自のジョブグレーディング制度や評価体系を構築する。2012年1月にカゴメ(株)に特別顧問として入社。カゴメ(株)の人事面でのグローバル化の統括責任者となり、全世界共通の人事制度の構築を行っている。2012年10月より執行役員人事部長に就任。2018年4月より常務執行役員CHO(最高人事責任者)となり国内だけでなく全世界のカゴメの人事最高責任者である。

 

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