【ピープルアナリティクス入門】データドリブンHR実現のために取り組むべきこととは?
2024.10.31
目次
長年にわたって「勘と経験の世界」と言われてきた人事領域だが、近年はエンゲージメントや人事評価などでさまざまなテクノロジーを活用し、データに基づいた人事戦略立案を行う企業が増えている。しかし、取り組みをはじめたばかりで手探り状態という企業も多いのが実情だろう。連載企画「DXで始める組織風土改革」の第1回となる今回は、PwCで組織人事のコンサルティングを手がける北崎茂氏に、人事におけるデータ活用の課題と必要なアクションについて伺った。

北崎 茂 氏
組織人事コンサルティング日本代表 パートナー
PwCコンサルティング合同会社
人事業務を「オペレーション」から「経営マターの戦略」へ
——北崎さんは20年以上にわたって組織人事にまつわるコンサルティングを手がけています。近年の組織人事のトレンドを教えてください。
ここ5年くらいで組織人事の考え方は急速に変化してきました。日本経済全体で人こそが企業成長の核であるという考え方が広まり、人的資本経営の推進に取り組む企業が増えている状況です。人事領域において、ここまで「人」に注目が集まるタイミングは今までなかったと感じます。

人的資本経営に取り組む上で大切なことは、事業の成果を最大化させるために人材ポートフォリオを変化させていくことです。これを実現するためには、採用や人材育成、エンゲージメント強化などの制度設計だけでなく、人事機能自体の変革、組織カルチャーの変革にも取り組む必要があります。また、こうした変革を進めるためには従業員、あるいは経営陣や投資家を説得しなければなりません。そこで重要となるのがデータの活用です。
長年、人事領域は勘と経験の世界と言われており、人材ポートフォリオや人事戦略を組み立てるための人事データはほぼ存在していませんでした。人事に「データありますか?」と聞くと「あります」とみなさんお答えになるのですが、勤続年数や所属歴など、異動手続きや給与計算などの人事業務を行うためのデータにすぎないケースがほとんど。それは人事戦略立案を行うために十分なデータではないのです。
こうした状況が続いてきた中、ピープルアナリティクスという考え方が日本で導入されはじめたのが2013年頃でした。2016年頃から国内トップ企業がデータドリブンHRを推進する専門組織を立ち上げ、2020年以降に多くの企業に広まってきました。
潮目が変わった背景には、コロナ禍によるリモートワークの普及があります。以前はオフィスで実際にメンバーの状況を確認して肌感覚で現場における人のマネジメントを采配できましたが、リモートワークの状況ではその難易度が高くなり、データを使って判断などが必要になってきました。また、人的資本開示が義務化されたことも要因の一つです。情報開示を通じた外的なプレッシャーが企業にかかるようになり、投資家からは「人への投資をどのように考えているのか」という質問が出てくるようになりました。
外圧が加われば企業は動かざるを得ません。人事がこれまでのような内輪で取り組むものではなく、経営課題として対応しなければならない重要なイシューへと昇華したのが現在の状況と言えます。

そもそも人事戦略の意思決定に必要とされる十分なデータを持たない企業が多い
——データドリブンHRに取り組むにあたり、多くの企業ではどのような課題を抱えているのでしょうか。
人的資本投資は、事業成長にどの程度跳ね返るのかを明らかにするのが難しい。社員のパフォーマンスが事業の成長にどう影響しているかを分析するためには、社員のパフォーマンスが事業活動のどのようにアクティビティに寄与しているかを分析することが重要になりますが、その前提として、人事部門としては、社員の保有スキルやエンゲージメント数値、組織カルチャーの浸透度などのデータが最低限必要となります。そのためのデータを十分に集められていないことが、現状多くの企業が抱えている課題といえます。
また、業界を超えて複数の事業を展開する企業や、国内と海外で事業を展開する企業の場合、事業体やエリアごとにバリューチェーンが変わるため、人が事業に与える経路である「インパクトパス」がそれぞれ異なります。事業体やエリアに合わせたモデルをつくらなければならないのですが、これが難しい。
これまで人事は全社で標準化した、ひとつの人事データセットを管理していました。すべての事業部で共通したデータセットをつくり、そこに当てはめていく。なぜかと言うと、そもそもデータ管理の目的が給与計算など人事業務を効率化するオペレーションに特化してきたからです。
データドリブンHRを推進するためには事業、人事は今までとは異なるベクトルで考えていかなければなりません。この点にまだ慣れていない企業が多いと思います。

データドリブンHRを推進するオーナーの重要性
——人事がデータ活用を進めるためには何から取り組めばいいのでしょうか。
まず重要なのは、データドリブンHRを推進するための明確なオーナーを設定することです。
従来の人事部の構成は、人事企画部門、採用部門、育成部門というように機能単位で分割されている縦割組織が主流でした。人事情報は基本的に秘匿性が高いものなので、こうした機能・セクションごとに情報権限が閉ざされているケースが多い。
しかし、人材ポートフォリオを見直すためには、採用時や評価、エンゲージメントなど社員のあらゆるデータを横断的に分析する必要がある。企業としてデータドリブンHRをなんとしても実現すると決意し、人事組織に横串をさして100%コミットできるオーナーを明らかにすることが重要です。
実際に取り組んでいる企業も少なくはないですが、実情としては人事やテクノロジーに明るい人に本業の片手間で任せるケースが多いように思います。理想的なのはCHROからの任命を受けて強力なオーナーシップのもと、組織の壁を取り払って情報共有を進めていくCoE体制が必要なのです。また当然ながら、各事業でのビジネスモデルの特性を加味していく必要もあり、その実現にあたっては各事業に精通するHRビジネスパートナーの存在も必要不可欠となってきます。
——適した人材をどのように選出すればいいのでしょうか。
事業に関する知識、人材育成や人事企画の知識、そしてデータアナリティクスの知識ですこれらをすべて兼ね備えた人材が見つかればベストですが、なかなかいませんよね。従来の人事のキャリアパスは労務や制度などの専門知識を持つ人材を育成する傾向が強く、事業やテクノロジーまでカバーできる人材は少ないと思います。
では、どうするか。事業や人事、データアナリティクスなど必要スキルを持つ人を各所から集め、1つのチームとしてパフォーマンスを発揮できる形をつくるのです。すべてのスキルを持った人材がいなくとも、こうしたそれぞれの専門性を有したメンバーがひとつのチームに集まることにより、チームとして足りないスキルや情報が補完され経験を積むことにより、長期的には、メンバー自身もデータドリブンHR全体に関するスキルを身につけるプロフェッショナルとして育っていきます。
これまで、日本の人事は「ポジションに人を当てはめる」という発想が強い傾向がありました。しかし、こうした新たな専門性を有するロールが生まれてくる昨今においては、これからは「必要なピースを組み合わせてチーム化すること」、それにより必要な経験を積むことができ、組織としても個人としても必要なケイパビリティを身につけていく、こうした組織進化を生み出していく流れを作ることが大切だと思います。

組織行動パターンをデータで可視化する
——そのほかに、データドリブンHR推進のために必要なことはありますか。
色んな要素がありますが、特に抜け漏れがちな点といえば、自社の組織行動パターンのデータを取ることです。組織行動というと、カルチャー浸透を目的とした活動は良く目にしますし、これ自体は重要なことなのですが、実際に企業が求めるカルチャーは個人のみならず、組織としての行動パターンに現れるものです。企業として勝ち筋となる組織行動パターンを明確に定義できていない、もしくは組織という単位で可視化できていない日本企業が多く、この点が喫緊の課題だと思います。
例えば、サッカーチームをイメージしてみてください。スタープレイヤーが多数在籍していても、うまく連携できなければ強豪チームにはなれませんよね。強いチームは個が優れていることに加え、チームとして統制された戦略や組織行動パターンを持っています。
フラットで情報共有が盛んな組織はイノベーションが起こりやすいなど、どういう組織行動パターンが生産性を高めるかは、肌感覚でわかると思います。ただ、それらを裏付けるデータをどのように集めるかがわからないというのが多くの企業の現状です。
例えば勝ち筋となる組織行動パターンをデータで可視化するためには、ABテストのように分析していく方法があります。例としてあげれば「ファクトベースで進めるケース」と「抽象的に話をするケース」でどちらの行動パターンのほうが成果を発揮できるか、もしくはエンゲージメントが高まるのかなどを検証し、有効な組織行動を特定し、それが定まればその定着や効果の変容をモニタリングしていくというような流れです。しかしながら、こうした活動においては、人事の既存の役割の中で行うのはなかなか難しく、組織行動をマネジメントする新たな役割や組織を設置することや、これまでもお話していたような組織横断的にデータを取り扱っていく、データドリブンを実現するオーナーも必要となり、これまでの既存の組織の枠組みとは違った形での組織機能が必要となります。
——人材戦略を組み立てるにあたり、特に重視すべきデータはありますか。
その質問はよくいただくのですが、ひとつの特定のデータを重視するというのは人事データを標準化する考え方であり、事業モデルやキャリア志向の多様性が広がる中で考えると、あまりフィットしないように思います。
多様なモデルが必要という前提のうえで、あえて挙げるとすればスキルのデータが重要だと思います。近年は日本でもジョブ型をベースとした人材マネジメントが広まってきましたが、実態としては人に当てはめてジョブをつくってしまうケースが多くあり、本当に必要なスペックの人材を配置できているかが曖昧になっているようなケースもあります。それよりも、事業の成長に必要なスキルをある程度の運用可能な範囲で細分化し、スキルという目線で見たときに適切に調達できているかを分析することが、事業の成長に資するかといという観点で言えば重要だと思います。
欧米ではこのようにスキルを軸にした人材マネジメント「skill-based-organization」がトレンドになっています。欧米の先進企業と話をしていたりすると、「当社はこういうスキルディクショナリを持っています」という話をたくさん聞きます。日本はその1歩前で止まっている印象なので、今後の課題として取り組んでいく必要があると感じます。

人事DXを達成するために必要なこと
——人事に求められる機能が変わる中、従来の意識を変えて企業が変革していくために大切な視点はなんでしょうか。
人事のDXは企業の中でどうしても優先度が低くなりやすいと思います。全社で取り組むべき重要なイシューとするためには、デジタルを推進するCDOやパワフルなCHROが旗振り役となり、ムーブメントを起こすことが必要です。
また、人的資本開示などに対応するためにも人事DXは避けて通れません。特にグローバルで展開する企業では、今後企業サステナビリティ情報報告指令(CSRD)への対応なども求められてきます。こうした動きがある中、グローバルに展開する各拠点が一切の改ざんができないように人事データをすべてシンクロさせ、リアルタイムでいつでも確認できる体制を構築することがグローバルスタンダードになりつつあります。もし今データをExcelでまとめているとしたら、見直しを急いだほうがいいでしょう。いつでも改ざんができるデータ収集プロセスでは企業としての情報開示の信用性を失うリスクを持ちかねません。
エンプロイー・エクスペリエンス(EX)の観点からも人事DXは必要です。最近は、デジタル化が進んでいない企業では働きたくないという人も増えています。こうしたペインポイントが積み重なることで社員のモチベーションは簡単に低下してしまいます。雇用ブランドを維持するためにもDXが不可欠と言える状況です。
——最後に、人事DXに取り組む企業に向けたメッセージをお願いします。
人事は経営基盤の1つであり、事業を成長させるために欠かせない機能。そのため、「事業成長のためにはこういう人材が必要」というように、事業と人事を連動させて語れる人が必要です。
日本でもHRBPの導入が進み、CHROのポジションを設置する企業も増え、人事の企業内での位置づけも変わってきていると思い、これはとても良い流れだなと思っています。。ただその一方で、今の人事はまだ発展途上の段階であり、本当に事業活動に対してインパクトのある人事としての動きを考えられる人はまだ限られた程度という印象です。本当の意味で事業と人事を語れるHRBPが適切に人事戦略を描き、それによって実際に事業が成長するという成長体験が生まれれば、企業の人事部門の重要性は高まり、人材への投資はもっと伸びるはずです。
国内でも先進的な企業は、こうした変化にいち早く気づき、人事の変革に取り組んでいます。そして、こうした動きが、いかに多くの企業に伝播していくかが、日本企業が有する人的資本を真の競争力につなげていくためのカギになるかと思っています。今回のお話が多くの企業の経営層や人事部門にとって、変革を考えるひとつのきっかけとなれば幸いです。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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