人事DBによって「業務効率化」「組織の変革」を実現。LINEヤフーのピープルアナリティクス戦略
2024.11.22
目次
長年、人事の世界では直感や経験による意志決定が行われてきたが、近年は人事に関するデータを分析するピープルアナリティクスチームを人事内に持つ企業が増えている。しかし、ただチームを導入すればうまくいくものではない。社内にデータに基づく人事を浸透させるためには何が必要なのか。
「人事テクノロジーが変える組織の未来」の第2回では、2017年にLINE(現LINEヤフー)でピープルアナリティクスチームの立ち上げを手がけた佐久間祐司氏にインタビュー。チーム立ち上げの背景や気づき、ピープルアナリティクスの可能性について話を伺った。

佐久間 祐司 氏
LINEヤフー株式会社
人事総務グループ ピープルアナリティクスラボチーム
「社員の顔が見えない」状態をデータで可視化する
——佐久間さんは2017年にLINEに入社し、ピープルアナリティクスのチーム立ち上げに取り組んだと伺いました。チームの立ち上げにはどのような背景があったのでしょうか?
長年人事の仕事に向き合う中で、人事の世界が何の根拠もなく意志決定がされる世界であることに問題意識を持っていました。当時はまだピープルアナリティクスという言葉はあまり知られていませんでしたが、データを活用した人事が主流になっていくであろうことは想像がつきましたし、またそうした未来に可能性を感じていました。
転職活動を行う中で、ピープルアナリティクスの可能性に理解を示してくれ、データドリブンHRを進めようとしていたタイミングだったのがLINE(現LINEヤフー社)だったので、入社を決めました。

しかし、2017年にLINEに入社した当時は専門のチームがあるわけでもなく、最初は私1人の取り組みに近い形でした。というのも、ピープルアナリティクスに取り組むためには、人事に関するあらゆるデータを集約しなければなりません。当時のLINEには人事データを統合したデータ基盤がなかったため、まずは社内のIT部門と外部のSierに協力してもらい、データ基盤を立ち上げることから始めました。
——具体的にどのようにデータ基盤構築を進めていったのですか。課題とそれを解決するために工夫したことを教えてください。
人事関連のシステムは数多くありますが、それぞれのデータが独立した状態では使いづらいんです。たとえば、当時私自身が人事として課題に感じていたことの1つに「社員の顔が見えない」ことがありました。現場の社員と面談する機会があるのですが、過去の仕事内容や評価データを一覧できる環境がなかったため「この社員はこれまでどんな仕事をして、どんな評価を受けているのか」が分からない状態だったのです。
そこでまず、人事管理システムや採用管理システム、勤怠管理システム、評価システム、アンケートシステムなど、さまざまなシステムのデータを一元管理できる基盤をつくりました。
それぞれの人事関連システムは維持したまま、「HRデータレイク」と呼ぶ1つの統合データベースにデータを集約。そのうえで用途にあわせて、「カルテ」と呼ぶ独自で構築したタレントマネジメントシステム、組織の状態を可視化するダッシュボード、分析用のデータベースという3つのアウトプットを用意しました。

当時LINEではタレントマネジメントシステムを入れていなかったので、データ統合を機に社内で内製しました。データレイクに接続することを考えると、内製したほうが効率が良かったのです。
「このデータが必要だよね」といった優先度が高いデータから順次にデータレイクに格納し、まずは人事担当者向けのアウトプットを提供。人事で使ってみて好評だったら、次に現場の役職社員が利用できるように環境を整えていきました。
多様なダッシュボードを提供し、現場の業務を効率化
——人事データが一元化・可視化されたことで、人事チームや社内にどのような変化が生まれましたか?
我々がBIツールを使っていろいろなダッシュボードをつくり、分析結果を社内に提供することにより、ダッシュボードでデータを見ることが人事内で少しづつ定着していきました。私が変化を感じたのは、人事メンバーから「最近Excelを触る機会が減りました」と言われた時です。
以前は各自がそれぞれの人事関連システムから必要なデータを取り出し、Excelで加工して活用していたところが、ダッシュボードを確認すれば事足りるようになったので、業務効率化が実現できたと思います。
導入によっていきなり全社的な意志決定にデータが活用されるような大きな変化はありませんが、日常の業務や社員同士で面談をする際などに検討材料としてデータを見るシーンが増えたと思います。
——社内への浸透はスムーズに進んだのですか?
データが可視化されたからといって、すぐに活用が広がったわけではありません。というのも、最初は「データで何ができるのか」がみんな具体的にイメージ出来ないんです。実際は長い時間をかけて、地道に普及活動を行いました。
社員に使ってもらうために、まずはみんなが面倒に感じている日々の業務を効率化することから取り組みました。たとえば、採用チームに向けて、採用の歩留まりをさまざまな切り口で見られるダッシュボードを作成したり、広報や財務部門の社員が「何月何日時点の社員数」をダッシュボードですぐに確認できるようにしたり。各部門の業務や困り事をヒアリングし、データ活用による業務改善を地道に進めていったのです。
すると次第に社内の理解が広がり、社員のほうから「こんなことはできる?」という相談を持ちかけられる機会も増えていきました。企業によってはトップダウンで号令をかけて一気にデータドリブンHRを推進するところもありますが、LINEの場合はまずは現場の人たちの業務改善をすることでボトムアップで進めていったことが浸透に繋がったと考えています。

DB活用により「組織の現状」を迅速にキャッチアップできる
——2023年10月にLINEとヤフー!が合併しました。大規模な人事組織やデータの統合業務が行われたかと思いますが、大変だったことはありますか?
ピープルアナリティクスの領域に関しては、比較的スムーズに進んだのではないかと思っています。LINEとヤフーがそれぞれ人事の統合データベースを構築済で、きれいなフォーマットでデータを持っていました。もしどちらかが統合データベースを持っていない状況だったら、もっとデータの集約に時間を要したかもしれません。
私個人としてはむしろ、組織の規模が大きくなったことでできることが増え、データ分析の可能性が広がったと感じています。ピープルアナリティクスのチームには大きく分けてデータエンジニアリング、BIスペシャリスト、データアナリスト、そしてプロジェクトマネジメントの役割があります。
旧LINEの体制では3人程度の少人数チームで、主にBIスペシャリストのスキルセットが中心でした。一方、ヤフー!側はデータエンジニアを社内で抱え、非常に強力なアナリストも多数いました。ただし、BIスペシャリストは少なく、人事出身者も少なかった。双方の得意分野が異なっていたため、合併によってお互い補完し合える形になったのです。
——両社がデータドリブンHRを進めていたことで、合併による混乱を抑えることができたのですね。
そうですね。社員約1万人の会社と約3000人の会社が合併したので、当初は「お互いのことがわからない状態」でした。人事としても現場や社員のことがわからず、今まで知らなかった事業のHRBP担当になる人もいます。
自分が担当している組織にどういう人がいて、その人たちのエンゲージメントや退職率はどうなのかなどをすばやくキャッチアップしなければならない中で、重要となったのがデータでした。合併後、組織の状態を把握するために現場がデータを必要としたという状況が結果的にデータドリブンHRの促進につながったと感じています。
データは意志決定の速度・精度を向上させる
——佐久間さんご自身はピープルアナリティクスを導入することのメリットや効果をどのように考えていますか?
ピープルアナリティクスを導入したとしても「退職率が5%下がった」「内定承諾率が5%上がった」といった分かりやすい成果はすぐには出ません。
確かに、データ分析によって、どこに、どんな課題があるのかを発見するところまではスピードアップが可能です。しかし、最終的に意志決定するのは人間であり、「何をすべきか」がわかっていても、そう簡単には結果が変わらないのが人事の世界の難しさです。大事なのは、短期的な成果を求めすぎないこと。また、分析そのものに過度に期待しすぎることもよくありません。

データ活用のメリットは、「現場がなんとなく感じていたこと」がデータによって裏付けられることで、意志決定の精度を上げることができる点だと考えます。たとえば、AとBの選択肢があり、直感的にはBのほうがいいと思っていたが、データで見ると6対4でAのほうが効果的だとわかる。こういったイメージです。
人事の意志決定の多くはこれまで、比較的根拠が少なく、人事や経営者の過去の経験や人材観などに左右されがちでした。しかし、データの裏付けがあることで「6対4ならより効果の高いAにしよう」「いや、効果が4見込めるのなら我々の価値観により近いBでいこう」といった具合に、データに基づいた意思決定ができます。
あらゆる意思決定がデータに基づいてできるわけではありませんが、データで根拠を持つことで、意思決定が正しかったのかが検証でき、改善が進みやすくなると思います。テクノロジーの進化によってようやく人事を科学することができるようになってきたと感じています。
また、今後のピープルアナリティクスの可能性としては生成AIと組み合わせることで人事業務のさらなる効率化、精度の向上なども可能になっていくと考えています。現在我々のチームでもさまざまな実証実験を進めているところです。

——今後、人事組織のあり方はどう変わっていくと思いますか?
ここ2、3年でピープルアナリティクスやHRテクノロジーを冠するチームを人事に持つ企業が増えたように思います。今後はデータドリブンHRが人事領域で今よりも一般化していくはずです。もちろん、チームを立ち上げただけで変革が進むわけではなく、今後はピープルアナリティクスの成果を出していかなければなりません。
現場と向き合い一緒になって課題を解決していくパワーは当然必要です。分析だけで改善が進む分野はあまり思い当たりません。一方で人事組織にかけられるリソースには当然限界があります。ピープルアナリティクスの担当者を配置することは、当然に採用や企画、HRBPなど他の機能のリソースを削ることを意味しますので、それでも成果が増大するという関係でなければ意味がありません。
ピープルアナリティクス担当者は、テクノロジーやツールを駆使して人事全体の業務効率化進める一方で、分析力を駆使して意思決定の精度とスピードを上げる支援をする。それによって人事の各機能において本質的な課題解決に向けた取り組みにより注力できるようになる。このような関係が、1つの理想と思って取り組んでいます。
——人事担当個人としては、どういうマインドやスキルを持つ人が活躍できると思いますか? アドバイスをお願いします。
ピープルアナリティクスのチームと一緒に仕事をして成果を挙げているのは、新しい技術を学ぶことに積極的な人が多いように感じます。私の周りでも自分でBIツールを使ってダッシュボードをつくれる人や、簡単な修正なら自分でできるという人が増えています。このように新しいツールをどんどん試して、自分の業務を効率化していけるような方が、ピープルアナリティクスチームをうまく活かして活躍していけるのではないでしょうか。
我々のチームも、データによって現場がより力を発揮できるようさらに進化を目指していきたいと考えています。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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