成果を上げる「いい店長」の意外な真実とは? 組織課題を可視化する文化人類学のアプローチ  

「待遇を改善したのに離職率が下がらない」「評価制度を変えたのに社員のモチベーションが上がらない」。その背景には、経営層から見えている課題と、現場で実際に起きている問題とのズレがあるのかもしれません。データや数値では捉えきれない、組織の「本当の姿」をどう理解すればよいのでしょうか。

文化人類学の手法を用いて企業のリサーチや支援を行う株式会社アイデアファンド代表の大川内氏は「組織の問題は細部に現れる」と指摘します。大手企業の組織改革を支援してきた大川内氏に、組織の課題を把握するためのアプローチや、良い組織文化を醸成するためのヒントを伺いました。

 

Profile

大川内 直子 氏

株式会社アイデアファンド 代表取締役

東京大学卒業。同大学大学院より修士号取得。専門分野は文化人類学、科学技術社会論。大学における知の創造とその特許化・商品化のプロセスを研究。学術活動と並行してベンチャー企業の立ち上げ・運営や、米大手IT企業に対する人類学的調査を実施。金融機関勤務を経て、2018年 株式会社アイデアファンドを設立、代表取締役に就任。文化人類学の社会における応用や資本主義の文化人類学的な理解に取り組む。著書に『アイデア資本主義 文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア』(実業之日本社)ほか。

文化人類学で組織の「見えない課題」を可視化する 

——アイデアファンドでは、文化人類学の手法を用いて企業の組織文化を調査されています。そもそも、文化人類学的アプローチとはどのようなものでしょうか?

文化人類学的調査の特徴は、調査者が調査対象と同じ目線に立ち、同じ体験をすることで、その社会や文化を理解しようとする点にあります。

従来、文化人類学者は未知の文化を持つ地域に長期間滞在し、現地の言語を学び、人々と生活を共にしながら、その社会の仕組みを理解してきました。例えば、ポーランドの人類学者マリノフスキーは南太平洋の島に2年間暮らし、島々を結ぶ「クラ」という贈与交換システムが、単なる経済活動ではなく、社会全体を結びつける象徴的・社会的な意味を持つことを明らかにしました。

私たちは、この手法をビジネスに適用可能な形にチューニングし、企業の組織文化を調査しています。具体的には、従業員と一緒に可能な範囲で実際の業務も体験させてもらい、社員食堂で昼食を共にし、休憩時間の雑談に参加するというようなものです。時には飲み会にも同行することもあります。

——文化人類学的手法をどのように企業の組織調査に役立てているのでしょうか?

例えば、従業員のモチベーションに課題を感じているメーカーの調査をするとします。工場で働く人が毎日同じ時間に出社し、決められた動作で安全確認をし、作業服を着て、生産ラインの決められた範囲で業務を行う。この日々の「当たり前」の業務がなぜ成り立っているのか、そこに着目します。

そうすることで、業務が問題なく行われているのにも関わらず「モチベーションが低い」とは一体どういうことなのか、「隣の部署はなぜモチベーションが高い」のか。そうした差異が見えてきます。日常の「なぜ」を追求することで、アンケートやインタビューだけでは決して見えない組織の深層を可視化する。これがアイデアファンドのアプローチの一例です。

——実際の調査現場ではどのような発見があるのでしょうか?

ある企業の事例をお話ししましょう。その企業では「子会社の社員の離職率が高い」という課題があり、子会社の給与を業界水準まで引き上げるという対策をたてました。しかし、離職率は一向に改善されなかった。そこで、調査のご依頼をいただきました。

私たちが調査に入って分かったのは、子会社の社員が比較していたのは「同業他社」ではなく「同じビルで働く本社の社員」だったということです。

——どういうことでしょう?

本社の人は17時に退社するのに自分たちは19時まで働いている。昼食時に本社の人は外食に行けるが、子会社の社員は社員食堂しか選択肢がない。さらに、社員食堂の中でも定食につけ加える小鉢の数が違う……調査をする中でそういった不満がありそうだと気づきました。そして、日常の小さな違いの積み重ねが「自分たちは大事にされていない」という感覚を生み、離職につながっていたのです。

本社側は「同業他社と同じ水準」で待遇を改善しましたが、子会社で働く方々は本社社員との間に待遇のギャップを感じていた。でも本社から見ると、業務内容が全く違うのに本社並みの待遇が求められているという発想自体、微塵もなかったわけです。このボタンの掛け違いに気づかない限り、制度を変えても問題は解決できません。

調査を進めていく中で、子会社社員は本社社員に比べて労働時間が長いにもかかわらず、本社側からは「休憩時間が多い」と見られていることもわかってきました。こうした認識のギャップが、さらに不満を増幅させていたのです。

「いい店長」の正体は、データでは掴めない?

——その他には、どのような調査を行っているのでしょうか?

小売チェーンを展開する企業の調査で「いい店長」の実態を調べたことがあります。特定の店長が配属された店舗は必ず売上が上がることから「あの人はいい店長だ」という評価が本部で定着していました。

ただ、本社の人事部に聞くと、なぜその人が売上を上げられるのかは分からない。まるで「いい人はいいから、いいのだ」という循環論法に陥っていました。そのため、ExcelやPowerPointに並ぶ数字だけを見て、「◯◯店長を異動させれば売上が上がる」という人事異動を繰り返していたのです。

実際に店舗で観察してみると、その理由は明白でした。「いい店長」と呼ばれる人たちは、タイムカードに記録されない膨大な時間を店舗のために費やしていた。特別な能力やスキルがあるわけではなく、単純に他の店長の2倍近くの時間働いていただけだったのです。

——いい店長の調査をすることで、結果的に労務環境の課題も見えてきたのですね。

そうですね。その店長は、業務時間外にも実質的な業務を行っていました。

出勤前に早く来て一人ひとりに「今日の体調はどう?」と声をかけ、シフトの穴を事前に把握して調整し、退勤後も電車の中で2時間かけて全スタッフに長文のフィードバックメールを送る。さらに、休日も自宅からスタッフの動きや店舗の状況を推測し、「この時間帯、このテーブルが空いているのに、〇〇さんは何もしていないはず」と思えば電話をかけて指示を出す。まさに24時間365日、店舗のことを考えている状態でした。

確かにその店長の下で働くスタッフはモチベーション高く働きますが、店長自身は徐々に疲弊していき、数年で退職してしまったそうです。データや数値だけを見ていては、組織の実態は決して把握できないということです。

——アイデアファンドはそうした調査結果をどのように活用し、企業を支援しているのでしょうか?

調査結果を報告するだけではなく、調査結果を踏まえて企業の課題を解決まで導くために、ワークショップやコンサルティングなどの後続支援を行っています。具体的には組織構造の変更、コミュニケーション設計の見直し、物理的環境の改善などを通じて課題の根本にある構造の改善を提案するなどです。

部署間の連携が取れない問題があった場合、物理的に離れた拠点間の人材交流イベントを設計したり、コミュニケーションハブを設置してファシリテーターを配置したりします。単にツールを導入するだけでなく、それが機能するような運用の仕組みまで一緒に作り込んでいきます。

重要なのは、課題を表面的に「解決」しようとしないことです。いい店長の事例では個人に依存したマネジメントシステムが問題なのであり、その解決を目指します。直接的に「いい店長を増やすための施策」を提案するわけではありません。

文化人文学は社会の経済活動から切り離され「役に立たない」とさえ言われてきました。しかし、問いなきところに問いを設定し、現実社会という複雑な条件下でその問いに答えを見出そうとする文化人類学の姿勢は、企業活動にも寄与するはずです。

組織改革の第一歩は、課題を「構造」で捉えること

——組織文化とは、そもそもどのように形成されるものなのでしょうか?

多くの方が誤解しているのは、トップダウンで組織文化が醸成されると考えていることです。確かに、ミッションを掲げ、一時的に浸透させることは可能かもしれません。しかし、それだけでは文化は定着していきません。

組織文化は、経営層が掲げる理念と日々の営みの中で自然発生的に生まれる要素との相互作用によって形成されます。そこに集まる人々の気質や、土地柄、上司の人柄など、様々な要素が混ざり合って醸成されていくものなんですね。

また、Appleはガレージからスタートしたという話は有名ですよね。社内で「創業神話」が語り継がれることで「自分たちはベンチャースピリットを持つ会社だ」という意識が形成されていく。こうした神話も、文化を形成する重要な一要素です。

——組織文化は企業によって多様ですが、その良し悪しはどのように判断するのでしょうか?

どの目線から考えるかによりますが、企業の成長という観点では明確に良し悪しが判断できるのではないでしょうか。

「風通しの良さ」や「失敗を許容する文化」は社員の挑戦を後押しします。これらの風土があることで、イノベーションや新規事業が生まれやすい土壌がつくられていく。これはわかりやすく組織文化と業績に直結している例だと思います。

一方、新しいものを取り入れない保守性や、「決まりだから」という官僚的な硬直性は、成長を阻害する文化と言えるでしょう。

ただし、注意が必要なのは、業界特性によっては「慎重さ」が不可欠な場合もあることです。金融業は監督官庁から厳しいルールを定められており慎重にならざるを得ませんし、製造業では事故やリコールを避けるために安全基準の遵守が最優先されることが一般的でしょう。私自身、大企業に在籍していた時は新しいものを取り入れようとしない文化に息苦しさを感じていましたが、それは企業としては重要な価値観でもありました。問題はそれが過剰になり、本来必要ない領域まで厳しいチェックが行われることです。

「企画部門は革新的で、製造部門は慎重」。同一の組織であっても、ある程度固有の価値観を持って組織を運営していくことが必要でしょう。企画部門からは慎重さを重視する製造部門に疑問を覚えるかもしれませんが、そのギャップが実は重要だったりもするものです。

——最後に、組織文化の改革に取り組む企業へのメッセージをお願いします。

現場で働く人々の目線に立ち、日常の細部に宿る意味を理解することで本当の課題が見えてきます。その上で、その課題はなぜ生まれるのかを問うことが重要だと思います。

「なぜモチベーションが低いのか」ではなく「なにが部署ごとのモチベーションの差を生み出しているのか」というように、課題が生まれる構造に着目し、時間をかけて変革していく必要があります。

そして何より大切なのは、組織に集まる人々の本質的な価値観や喜びを理解することです。組織の成長だけでなく、従業員にとっての居心地の良さを担保しながら独自の文化を醸成していくことが求められています。

変革には時間がかかりますが、一度良い方向に回り始めれば、その効果は計り知れません。じっくりと、組織文化の醸成に取り組んでいただければと思います。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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