大企業の中でスタートアップ文化を育てるには?KAGが実践するアジャイル経営
2026.02.03
目次
目まぐるしくビジネス環境が変化する中で、多くの企業が組織内での変革に取り組んでいる。しかし、既存の組織を変えることは簡単ではない。親会社の文化が浸透しきっていて大胆な改革ができない、スピーディーな意思決定が実現できないなど、組織が大きければそのハードルも高くなる。
KDDIグループのKDDIアジャイル開発センター株式会社(KAG)は、その難題を乗り越えた稀有な事例だ。アジャイル開発を担う部署として立ち上がり、2022年に分社化。大企業のグループ会社でありながらスタートアップのような組織文化を構築し、「アジャイル経営」を実践している。
KAGはどのようにして独自の組織文化を育てていったのだろうか? 組織の立ち上げから拡大までをリードしてきた岡澤克暢氏に話を聞いた。
Profile

岡澤克暢 氏
KDDIアジャイル開発センター株式会社 取締役 VPoE
海外企業との共創プロジェクトをはじめ、多岐にわたるプロジェクト推進を経て、社内へのアジャイル開発導入を主導。 現在はエンジニア組織およびアジャイル組織の成長を牽引。「技術」と「組織」の力を掛け合わせることで、ビジネス価値の最大化を推進している。
意思決定の「速さ」が競争力の源泉となる
ーーKAGはアジャイル経営を掲げています。KAGがどのような組織なのか、具体的な事業内容も含めて教えてください。
KAGは「機敏であること(AGILITY)」をコアバリューとして掲げています。事業環境が目まぐるしく変わる現代において、組織が変化に迅速に対応し、顧客のニーズを最大限に満たす「アジャイル経営」こそが、企業の持続的な競争力を保つための最適解であるという確信を持っています。

私たちの事業領域は大きく「サービスデザイン」「アジャイル開発」「クラウドネイティブ」「AI」の4つです。
まず「サービスデザイン」では、単にモノを作るだけでなく、ユーザーが求めているものは何からチーム全員で考え抜きます。デザインシンキング等の手法を用い、ユーザーへの共感を通じて本質的な課題を発見。ビジネスと開発が分断されることなく、ワンチームで解決への道筋を描きます。
「アジャイル開発」では、長年培ってきた「実践知」を基に、不確実なビジネス環境へ即応します。小さなサイクルで開発・リリース・改善を繰り返すことで、市場からのフィードバックを即座に反映。失敗を恐れずに挑戦できる心理的安全性を確保しながら、常に市場にとって最適なサービスの価値を高め続けます。オフショアの連携も豊富です。
「クラウドネイティブ」では、AWSをメインにAzure,GCPなどのマルチクラウド技術を駆使し、最適な環境、サービス構成を構築します。開発者が「価値を生む機能開発」に最大限集中できる環境を整え、チームの生産性と創造性を最大化します。
そして今、私たちが最も力を入れているのがAIです。これまでの3つの領域をベースに、「サービス開発」と「サービス創出」の両輪でAI活用を加速させています。
開発プロセスにおいては「AI駆動開発」を推進しており、AIを前提とした全く新しいサービスの企画・開発へと注ぎ込み、アグレッシブに挑戦しています。「作るプロセス」と「作るモノ」、その両方をAIで変革し、新たな価値を社会に届けていきます。さらに、私たちが培ったAIのナレッジを広く提供する「教育事業」も推進しており、自社だけでなく社会全体のDX推進にも貢献していきます。

これらの事業を可能にしているのが、アジャイル経営であり、その根幹を支えるカルチャーとしてが「楽しくやる」という考え方です。
私たちが考える仕事における「楽しさ」とは、単に楽をすることではありません。 自分が組織に貢献している実感、そして何より、顧客に価値を提供し喜んでもらえているという手応えから得られる充実感です。技術的、プロセス的に困難な壁に直面したとき、「どうやって解決してやろうか」とワクワクしながら挑めるか。そうしたマインドセットが、顧客に深く感謝される「本質的な価値」が提供されるサービスを生み出す原動力になっています。
ーーアジャイル経営の特徴はどのようなものでしょうか?
KAGの前身となるアジャイル開発センター時代に「アジャイル開発センター憲章」というものを策定しました。これは社内に存在する組織文化を言語化することで、組織が拡大してもそのカルチャーを維持し、新しいメンバーも含めた全員が常に「私たちらしさ」に立ち返れるようにするためでした。そこには「お客さまの体験価値を最大化する」「課題は技術で解決する」「スピードを優先し組織の壁を超える」など、9つの行動指針が示されています。
行動指針の中でも、特に「主体的な問題解決」は重要視しています。誰かが担わなければならない役割やタスクに対して、自発的に手を挙げる。すると、一人ひとりが幅広い知識も身につけながら様々な技術領域をカバーできるようになっていきます。
また、自律的な組織であるため意思決定のスピードも早くなります。クライアントから急な相談があった際、一般的な大企業だと承認プロセスだけで数日はかかったりしますよね。でもKAGでは現場のメンバーが即座に判断して対応できる。この機動力が、お客様から信頼を得ている理由です。
こうした文化があるからこそ、お客様のどんな要望にも柔軟に対応できる組織になっているんです。技術力だけでなく、組織文化そのものが私たちの競争力の源泉になる。それがアジャイル経営の強みですね。

シリコンバレーで感じた「エンジニア文化」の衝撃
ーーKAGの前身はKDDI社内に立ち上がった「アジャイル開発センター」だと伺いました。どのように立ち上がっていったのでしょうか?
組織としての大きな転換点となったのは、当時の部長が「これからはアジャイルで行こう」と大きく旗振りをし、方針を打ち出してくれたことです。そこがすべてのスタートでした。
私自身のアジャイルとの関わりで言うと、2012年頃のプロジェクトでアメリカのシリコンバレーのスタートアップと連携しながら協業を進めていたのですが、そこで直に海外のスタートアップ的な文化に触れたんです。
彼らは判断のスピード、プロダクトリリースのサイクルが圧倒的に違っていました。何か問題があったらすぐに修正して、ユーザーのフィードバックを受けて、また改善してというサイクルが当たり前。一方、当時は日本企業の多くが数ヶ月かけて要件定義して、さらに数ヶ月もしくは数年かけて開発してというスケジュールで動いていた。そういったスピード感の違いが最も衝撃的でしたね。
もう一点、新しいアイデアが出やすい組織構造をしていることも、日本企業との大きな違いでした。上から言われたことをやるだけでは、イノベーションは生まれない。メンバーが楽しく働くことによって新しいアイデアも生まれますし、生産性が上がります。また、シリコンバレーのスタートアップにはエンジニアを尊敬する文化が根底にあり、エンジニアが中心となって新しい事業が立ち上がり、成長していくという構造でした。
実際、私自身もプロダクトをリリースするために、スタートアップのメンバーとして開発の現場に入り込んでいたので、その凄まじさは身をもって体感しました。大変ではありましたが、本当に良い経験でした。
これらを踏まえても従来のウォーターフォール型や外注主体の開発体制では限界があると危機感を抱いていました。
そのため、KDDI内でアジャイルを推進する際にシリコンバレーのスタートアップやGoogleなどの働き方を参考にしたんです。
ーーKDDIという大きな組織の中で、どのようにスタートアップのような価値観を取り入れて行ったのでしょうか?
当時(13年前)のKDDIのオフィスはすごく堅い雰囲気だったんです。アジャイル開発の部署だけフリーアドレス制にしたり、オフィスにバランスボールを持ち込んで好きな環境で働けるようにしたり、会議室を交渉してプロジェクトルームにしてもらいエンジニアが働きやすい環境を準備するなど、スタートアップのような雰囲気をつくるために環境を変えていきました。
立ち上がった頃は数人の部署だったのですが、そこだけ違う会社のような雰囲気でしたね。

ーー今でこそ、働き方が多様化していますが、当時はかなり目立っていたのではないですか?
組織の中で浮いていたことは間違いないですね(笑)。でも、その時に集まったメンバーはアジャイル開発の手法を本気で信じていたんですね。無理やり巻き込まれた人じゃなく、組織を本当に変えたいと思っている人たちが取り組むというのは、組織改革を行う上で重要な点です。
日本のSI企業では1人が複数の業務を掛け持ちしているのがスタンダードですが、アジャイル開発を実践するには1人が1プロダクトに専念する必要がある。つまり、働き方を根本的に変えていかなければならないんです。
なので、複数案件の掛け持ちをさせないようにする、横槍を入れられないようにする、自由な発言ができるような雰囲気を作ってあげるなど、働く環境そのものを整備する必要がありました。
そのために、立ち上げた直後はミドルレイヤーの人間が案件巻き取り、社内調整役として泥臭く動き回りました。
新しいことを始めれば、当然社内からは進め方などに疑問や反発も生まれます。そうした外からのプレッシャーはすべて私たちが引き受けて説明する。一方で、メンバーにはアジャイルなプロセス、プロダクト作りに専念するように伝え続けました。
そのように、若い世代のメンバーが心理的安全性を持って働くための「防波堤」のような役割を担っていたんです。
もちろんソフトウェアエンジニアが働くというイメージも会社として薄かったので、採用を人事部に掛け合い、学生向けハッカソン、大学での授業、インターンシップ開催、プログラミングコンテスト開催なども自ら企画して積極的に実施しました。
ーーとはいえ、大企業の中の一部門として、他部署との連携も求められていたかと思います。独自のカルチャーを育みながら、どのように連携されていたのでしょうか?
「一緒に走る」を意識するようメンバーによく話していました。従来は企画部署と開発部署が縦割りで動くことが一般的だったのですが、部署を横断したチームを構築し、チーム単位で動くようにしたんです。
もちろん、部署間で考え方が違うので、当然最初はうまくいかない部分もあります。しかし、リスペクトを持って業務に取り組み、時に役割や立場の境界線を踏み越えて、価値創出のためにと深いコミュニケーションを重ねていくことで次第に相互理解が進んでいく。そのため、言いたいことが言える環境づくりを意識的に行っていました。そのような取り組みの結果、連携における課題は自然と解消されていきます。
その後、アジャイル開発センターは順調に組織として成長していき、2022年に分社化したのが現在のKAGです。
「出る杭」を見つけて、2人目を探す
ーーKAGとして分社化した2022年から急速に成長し、社員数は3年で2.5倍の252名まで拡大しています。どのようにKAGとしての組織文化の価値観を保っているのでしょうか。
まず大前提として、私たちは組織文化を「守る」というよりも、「アップデートしていくべきところは、実施していく」というスタンスをとっています。これまで築いてきた価値観であっても、組織の規模やフェーズが変われば合わなくなることもある。
また、経営サイクルを「スクラム@スケール」で実施していることもポイントです。 メンバー、チーム、組織それぞれのレイヤーで発生する「組織的な課題や阻害要因」を可視化し、スピード感を持って解決していく。このサイクルを通じて、組織の透明性を上げ続けていること、各メンバーがアジャイルマインドを理解していることで組織文化を醸成していると思っています。
上記を前提として個人として大事にしているのは、「これがやりたい」と強く主張する人や、新しいことに挑戦したがる人を本気で支援することですね。
一般的な日本企業のマネージャーからすると、彼らは少し面倒に感じる「出る杭」かもしれません。往々にして、マネージャーは彼らを「マネジメントのしやすさ」で判断してしまいがちです。
ここで難しいのが、「有能だがチームを壊す人」と「既存の枠に収まらない人」の線引きです。一見するとどちらも「扱いにくい」からです。
まず、たとえ個人のスキルがずば抜けて高くても、他者を否定したり、信頼関係を損なったりする人。こういう「有能だがチームを壊す人」は、勇気を持ってチームから外すべきだと考えています。彼らがいると心理的安全性が下がり、結果としてチーム全体の成果が出なくなるからです。
一方で、見逃してはいけないのが、「既存の枠に収まらない人」です。 彼らは、みんなが当たり前だと思っていることに「ん?」と立ち止まり、問いを投げかけます。でも、単なる傍観者や評論家ではありません。自分でリードして変えようとする熱意があり、チームが動き出したらちゃんと「一緒に走って」くれるタイプです。
もし、マネージャーが短期的な扱いやすさを優先して、この「枠に収まらない人」を排除してしまうと、チームは一気に平凡な成果しか出せない集団になってしまいます。
だからこそ、単に「扱いづらい」で片付けるのではなく、その人がチームを壊すのか、それとも現状を打破しようとしているのかを見極め、後者であれば全力で伸ばしてあげる。それがマネジメントとして重要だと思っています。
――「支援する」とは、具体的にどのような関わり方なのでしょうか。
自分から「やりたい」と思っている人を全力で支援する、というスタンスですね。例えば、社内での新たなサービスを導入したい、今の取り組みはやめるべき、コミュニティを始めたい、外部に発信したい、技術書籍を出してみたい、音楽を作ってみたい…内容は何でもいいんです。大切なのは、メンバーの中にある意欲をいかに拾ってあげて、いかに早く伸ばしてあげられるかだと思っています。
――個人の挑戦を組織全体の動きにつなげていくために意識していることはありますか。
まずは、最初の1人目となる「出る杭」を、とにかくしっかり走らせてあげることです。 そしてマネージャーの重要な仕事は、その次に「2人目」を探してきて、引き合わせてあげることです。
1人だけではあくまで「点」ですが、2人になれば「チーム」という「線」になります。 そうやってチームが楽しそうに走り出すと、周りのメンバーも興味を持ち始め、「あ、それなら私もチャレンジしてみようかな」というマインドが育っていく。そのように挑戦の熱量が伝播していき、やがて大きなコミュニティが生まれていきます。
だからこそ、出る杭を止めるのではなく、太くしてあげることがポイントだと思っています。
――そうした挑戦する文化を、組織に根づかせるために大切にしていることは?
まず、マネージャーは最初に「やっていいよ」と許可を出して終わりではありません。新しい活動というものは、放っておけば自然と下火になってしまいます。 だからこそ、壁にぶつかったら一緒に障害を取り除き、火が消えそうになったら薪をくべる。成果が出るまで、あるいは文化として根付くまで、マネージャーが継続的に関わり続けることが大前提です。
その上で、生まれた成果をきちんと社内に示してあげること。 彼らの取り組みにスポットライトを当て、「あのチームの活動はこれだけ貢献している」というファクトを社内に広めるんです。
会社として後押ししている状態を作ることで、「ここではチャレンジしてもいいんだ」という安心感が生まれ、次第にそれが当たり前の文化として定着していきます。
実際、私たち自身もそうやって小さな活動を一つひとつ継続的に支援し、成果に結びつけることで、KAGという組織をここまで成長させてきました。その「継続」の積み重ねこそが、今の私たちの強みになっていると感じています。

KAGが目指す未来 ─ 働き方そのものを変革し、日本のDXを加速させる
ーー最後に、今後KAGという組織が向かう先について教えてください。
事業的な側面で言うと、私たちは単なる開発会社ではなく、日本企業のDX推進のパートナーとして、より深くコミットしていきたいと考えています。
具体的には、サービスデザイン、ソフトウェア開発、プロダクトグロース等、そしてこれらを包括した「内製化支援」を推進しています。 これは、お客様の組織内で共にアジャイルチームを立ち上げ、実践知を通した教育支援を含めて伴走しながらサービスをリリースし、最終的にはお客様自身でプロダクト開発を回せるように支援するものです。
さらに現在は、AIを単なる効率化ツールではなく「パートナー」と位置づけ、その活用も強力に推進しています。
私たちKAGのメンバー自身、このアジャイル経営という価値観の中で働き、幸せを感じているという強い実感があります。だからこそ、業務を通じてこの「楽しく働く」という文化を広げていきたい。 DXを実現しながら、そこで働く人々の幸福度も上げていく。そんな未来を作るために、これからもアジャイル経営の価値観を広く伝えていきたいと思っています。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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