「居心地の良さ」が落とし穴。健全な心理的安全性を実現する4つの方法論

「居心地の良い組織」や「議論が活発に交わされる職場」。心理的安全性という言葉からこうした姿を想像する方は少ないだろう。しかし、そうしたイメージは「表層的なものであり、心理的安全性の本質ではない」と語るのが株式会社Momentor代表取締役の坂井風太氏だ。

健全な心理的安全性を構築するために必要な視点と、そして、そこに潜む落とし穴について坂井氏に伺った。

Profile

坂井 風太氏

Momentor代表取締役

1991年生まれ。DeNA新規事業部でのインターンを経て、2015年DeNAに新卒入社。DeNAトラベル(現エアトリ)に配属後、16年にゲーム事業部、17年に小説投稿サービス『エブリスタ』に異動。サービス責任者、組織マネジメント、事業統括を担当。19年にエブリスタならびにDEF STUDIOSの取締役に就任。20年にエブリスタ代表取締役社長、経営改革とM&Aなどの業務を経験。22年8月DeNAとデライト・ベンチャーズ(Delight Ventures)から出資を受け、人材育成・組織強化をサポートするMomentorを設立。

「心理的安全性」にひそむ落とし穴

「心理的安全性」という言葉が日本のビジネス界に浸透してから数年が経過した。多くの企業が組織改革のキーワードとして期待を寄せている一方で、深刻な誤解にさらされているとMomentor代表取締役坂井風太氏は指摘する。時には、組織の停滞を招く要因にすらなっているケースが少なくないという。

心理的安全性という概念が浸透した背景には、組織の前提や当たり前そのものを問い直す「ダブルループ学習」という組織学習理論がある。例えば、売上が低迷した際、「営業の努力が足りない」と結論づけるシングルループ学習に対し、「そもそも市場環境が変化しており、商品戦略自体を見直す必要がある」と認識を改めるのがダブルループ学習の理論だ。

本来、心理的安全性はダブルループ学習を可能にするための概念だが、多くの組織では心理的安全性は「傷つけ合わない優しい職場」「何でも言い合える雰囲気」という表層的な理解に留まっているという。

「みんなの意見を尊重しましょう」という一見優しい態度の裏には、困難な決断から逃げ、責任を曖昧にしたいという弱さが潜んでいます。表面的には穏やかな雰囲気が保たれますが、本質的な問題は先送りされ、組織は徐々に競争力を失っていきます。組織や事業への誠実性を持たない人が唱える心理的安全性は、単なる自己保身の道具となってしまいます。『本当はこうした方がよいのではないか』という意見を安心して言える環境があってこそ組織は自らの前提を問い直し、環境変化に適応できるのです」(坂井氏)

坂井氏は不健全な心理的安全性を組織にもたらす要因として、マネージャーの「生存者バイアス」を挙げる。

「成功体験を持つ管理者は、自分の経験を普遍的な法則と誤認しがちです。『挫折を乗り越えて成長した』という個人的体験から、『挫折経験は人を成長させる』という一般論を導き出してしまう。そのようなマネージャーが自信満々に指導を行っていると、疑問や不満の声をあげにくい空気が蔓延してしまいます。その結果、心理的安全性とはかけ離れた組織になってしまうのです」(坂井氏)

居心地の良さが「変化できない組織」をつくる?

不健全な心理的安全性に陥った組織には、3つの典型的な症状が現れると坂井氏は指摘する。

第一の症状は「自己保身の盾としての心理的安全性」である。例えば、明らかに成果を出していない事業について議論する際に「心理的安全性を損なう」という理由で厳しい現実を直視することを避ける。

「『いろいろな意見があることがわかりました』『引き続き検討しましょう』という決まり文句で議論を終え、具体的な行動には移さない。この問題の原因はリーダーが『対立や摩擦のコスト』を過大評価し、『問題を放置するコスト』を過小評価することにあります。

このような場合でも、エンゲージメントサーベイでは『上司は話を聞いてくれる』という項目は高い数値が出ます。一方で、『組織は変化に対応している』『意思決定が迅速である』といった項目は低迷する。表面的な満足度は高くなりますが、組織への信頼は静かに失われていくのです」(坂井氏)

第二の症状は「コンセプト先行の形骸化」。心理的安全性、エンゲージメント、ウェルビーイングといったコンセプトが一人歩きしてしまい、現場の社員のアクションにつながらないというケースだ。

「人事部門は『心理的安全性を高めましょう』『エンゲージメントの向上が重要です』と繰り返しますが、具体的な施策が伴っていないと現場の管理者は途方に暮れてしまいます。その結果、各部署がバラバラな解釈で施策を実施し、効果測定もできないまま『やった感』だけが残ります」(坂井氏)

第三の症状は「議論や対話の儀式化」である。多くの企業では「関係の質を高めれば結果の質も高まる」という考えのもと、対話を促すための施策が実行されている。しかし、対話から問題意識が生まれたとしても、そこから組織変革を実現するための理論や手法が抜け落ちているケースが少なくない。

「本来、心理的安全性は顧客価値を創出し、環境変化に適応するための『手段』です。しかし、いつの間にか心理的安全性そのものが『目的』となり、本来の目的である事業成果や顧客満足が忘れ去らているのです」(坂井氏)

こうした症状に蝕まれた結果、居心地は良いものの環境変化に対応ができず、成果の出ない組織が生まれてしまうのだ。

健全な心理的安全性をインストールする4つの方法

これらの症状を回避し、健全な心理的安全性を実現するために必要なことは何か。坂井氏は自身の経験から、4つの方法論を紹介する。

第一の方法は「損得勘定(理性)を超えた美学や信念に基づく意思決定」である。売上や利益といった数値目標だけでなく、顧客のために正しい判断をしたか、長期的な信頼を築く行動をとったかが組織の心理的安全性を担保するという。

「私が以前代表を務めた企業で、他社のM&Aを伴う組織改革を実行しました。その時に管理職の方から「自分のポストが失われる」という理由で反対の声が上がったのですが、実行に踏み切りました。『短期的な摩擦よりも長期的な誠実さを取る』判断を行ったことにより、組織として優先すべき価値観がメンバー層にも伝わったと思います」(坂井氏)

第二の方法は「自己超越的欲求の醸成」である。自己実現欲求の本質はより大きな組織や社会への貢献にあると坂井氏は説明する。

「『お世話になった組織に恩返しをしたい』という感情がありますよね。これは利己的な動機を超えた、組織への貢献意欲です。重要なのはこうした感謝の連鎖を組織文化として定着させること。それが困難な改革を推進する原動力となります」(坂井氏)

第三の方法は「有限性の自覚」だ。時間が有限であることを意識すると人間は本質的な行動を取るようになると坂井氏は説明する。組織が個人に定期的に「何を成し遂げたいか?」を問いかけることにより、長期的な視点での行動を促すことができるという。

「例えば、キャリア面談や目標設定の際に『退職する時に何を成し遂げていなかったら後悔するか』『この部署を離れる時に何を残したいか』という問いを投げかけます。短期的な成果だけでなく長期的な視点での目標を問うことで、組織が個人のモチベーションや長期的なキャリアを尊重しているというメッセージを伝えることができます」

第四の方法は「やり抜く力の強化」である。

「一度やり抜いた経験を持つ人は、次もやり抜く可能性が高い。逆に、うやむやにする癖がついた人は、常に中途半端で終わる。この差は時間とともに拡大し、組織の実行力に大きな差を生みます」(坂井氏)

これらの四つの方法は相互に関連し合うと坂井氏は説明する。理性に基づく決断を重ねることで組織への貢献意欲が高まり、有限性を自覚することで本質的な課題に集中できる。そしてやり抜く経験を積むことで大きな実行力を組織は獲得できるのである。

マネジメントの民主化で組織改革の土台をつくる

変化に強く競争力のある組織をつくるために、坂井氏が提唱しているのが「マネジメントの民主化」だ。

マネジメント教育は一部の管理者層に集中してしまっているケースがほとんどである。しかし、メンバーがマネジメント理論を学ぶことでマネージャーとの間での共通言語が生まれ、組織をより良くしていくための建設的な議論の土台となる。加えて、議論がしやすい環境整備は、心理的安全性の構築を後押しするのだという。

マネジメントの民主化は組織のコミュニケーションコストの観点からも利点があると坂井氏は続ける。現場の人材は説明しやすい施策を選ぶ傾向があるが、チーム全体があらかじめ理論を共有していれば、説明コストは大幅に削減され、より本質的な議論に時間を割くことが可能になる。

組織の目的は顧客に価値を提供し、組織を持続的に成長させること。『心理的安全性はあくまで「手段」』であり、環境に過ぎないと坂井氏は強調する。時には厳しい現実を直視し、摩擦を恐れずに前進することこそが真の心理的安全性なのである。

「組織変革に王道はありません。しかし、理論に裏打ちされた実践と、全員参加による継続的な改善活動は、確実に組織を前進させます。一人ひとりが組織の課題を自分事として捉え、解決に向けて行動する。そのような組織こそが、激変する環境の中で生き残り、成長し続けることができるのです」(坂井氏)

 

 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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