ポジティブ心理学から考えるワークエンゲージメントを高めるための方法

昨今、「ワークエンゲージメント」の重要性が認識されつつあるが、実際に職場の中でこれらを実際に高めていくためにはどのようなことに取り組めばいいのか、頭を悩ませる方も多いのではないだろうか。そこで今回は、ニューヨークライフバランス研究所代表 医学博士・ポジティブ心理学者 松村亜里氏に話を伺った。ポジティブ心理学とは個人や社会を繁栄させるような強みや長所を研究し、人生をより充実したものにするための学問である。本記事では、ワークエンゲージメントを高めるために必要なことを、ポジティブ心理学の視点から解説する。

Profile

松村亜里 氏

ニューヨークライフバランス研究所 代表
医学博士・ポジティブ心理学者

母子家庭で育ち中卒で大検を取り、貯金をして単身渡米。ニューヨーク市立大学を首席で卒業後、コロンビア大学大学院修士課程(臨床心理学)・秋田大学大学院医学系研究科博士課程(公衆衛生学)修了。ニューヨーク市立大学、国際教養大学でカウンセリングと心理学講義を10年以上担当。現在は「ニューヨークライフバランス研究所」を設立し世界中を旅しながら、オンラインや世界各地でポジティブ心理学を広める活動を行っている。『誰もが幸せに成長できる心理的安全性の高め方』『お母さんの自己肯定感を高める本』など著書多数。

心理学の役割に変化。「マイナスをゼロ」ではなく「ゼロをプラス」にする研究へ

「働きがい」や「ワークエンゲージメント」といった概念が注目され、働く従業員の「幸せ」を重視する企業が増加してきている。このような社会の変化の背景には「心理学の目的が変化してきている」ことがあると松村氏は指摘する。

元来、心理学の研究は「マイナスをゼロにする」という考えのもとに行われてきた。心が幸せを感じられない状態を-3、問題がない状態を0、幸せな状態を+3とすると、「-3を0にすること」がゴールとされてきたと松村氏。しかし2000年以降、うつの専門家であるマーティン・セリグマンが「うつの患者が治っても幸せそうではない」と気づき、科学的見地から幸せの研究に取り組んだ。その結果として生まれたのが「ポジティブ心理学」である。

また、近年ビジネス分野においても注目が集まる「ウェルビーイング」という概念が広まってきたことも、ポジティブ心理学と深い関わりがある。1946年にWHOによって定義されたこの言葉は心理学の教科書には載っているものではなく、「医療の現場でしか使われていなかった言葉」だったという。しかし、心理学において幸せな状態の研究が進む中で、この言葉が再度注目されることになったのだ。

「ポジティブ心理学の見地から幸福度の高い方々の研究を進めていくと、その要因が心理的なものだけではないということが確かになってきた。そこで、身体的、社会的な健康もバランスよく満たされた状態を指す『ウェルビーイング』という言葉に注目が集まってきたのです」(松村氏)

松村氏は、ウェルビーイングを実現するために、心理的健康・身体的健康・社会的健康の3つに加え、「強み」を加えた独自のモデルを提唱している。これはポジティブ心理学の研究で見つかった「強みを自覚し、実際に使っている人」は幸福度がより高くなるという点を踏まえたものだ。

ウェルビーイングが実現できる職場環境とは?

心理学の変化とともに、組織が大切にすることも同時に変化してきた。そこで生まれたのが、組織におけるウェルビーイングを図る「ワークエンゲージメント」という指標である。

かつては売上や利益といった経済的側面を重視するあまり、劣悪な環境下で働く社員が疲弊するということが常態化していた。やがて、そうした環境が見直され、社員満足度が重視されるようになり、労働条件の整備が進んできた。現在では、働きやすい環境でこそ優秀な人材が集まり、組織の競争力も上がっていくという考えも広まりつつある。

ワークエンゲージメントの高い組織は従業員のコミットメントが高まる。すると生産性やサービスの質が向上し、顧客満足度・顧客ロイヤリティの向上につながる。それらが利益や社員満足度を向上させ、さらに従業員のコミットメントが高まるという好循環を生み出すのだ。

Googleが「チーフ・ハピネス・オフィサー(Chief Happiness Officer)」という役職を置いている事例をあげつつ、「社員が幸せに働けることに投資をしている組織」こそが高い競争力を獲得していると、松村氏は指摘する。

「現代では、キャリアそのものが人生の重要な一部であると捉えられるようになり、仕事以外にも、その人の生活や家族に対しての充実度のバランスが社会に求められるようなってきた。そうした環境を提供できる企業の従業員はコミットメントが高く、高いパフォーマンスを発揮するのです」(松村氏)

ワークエンゲージメントが高い人と仕事中毒の違い

では、従業員のウェルビーイングな状態(キャリアウェルビーイング)というのは、どのような環境で実現されるのか。松村氏は、2019年の「国際ポジティブ心理学国際会議(IPPA)」にてウィルマー・シャウフェリ博士が「ワークエンゲージメントとその先」をテーマに行った講演を紹介してくれた。

その内容とは、仕事との向き合い方に関する4つのタイプの分類だ。縦軸に「活力」、横軸に「楽しみ」を置き、両者とも高い状態が「エンゲージメント」。活力は高く楽しさを感じていないと「仕事中毒」、活力が低く楽しんでいないと「燃え尽きている人」、活力は低いけど楽しみは高い人が「9時から5時(で働く人)」とそれぞれ分類される。この分類によると、エンゲージメントが高い人ほど「チャレンジ」「スキル」「熱意」全ての項目において高いという結果が得られた。

ここで、エンゲージメントが高い人と、仕事中毒の人の違いに着目したい。エンゲージメントが高い人と「仕事中毒」の人はいずれも仕事は「バリバリやっている」ため「表面上はとても似ている」が、様々な違いがあるとシャウフェリ博士は指摘。その背景には、両者の違いについて、仕事に対する「モチベーション」「愛着のタイプ」、仕事の「ストップルール」3点に大きな違いがあるという。

エンゲージの高い人は、仕事に対するモチベーションが「熱意、パッション」であり、「自発的に仕事に向き合っている状態」であることが多い。一方で、仕事中毒の人は「恐れ」がモチベーションとなっていることが多い。仕事で結果が出せず「自分に価値がない」と考えてしまう恐れから、強制的に仕事に向き合わざるを得ない状態なのだという。

次に、「愛着のタイプ」とは親からの愛情の受け取り方のことだ。生育環境が人とのコミュニケーションの方法に影響を与えることは知られているが、実は仕事に対する姿勢にも影響するのである。ウィルマー博士の研究によると親から無条件の愛を受け「自分は愛されている」という心理状態で育った人は仕事にもエンゲージしやすく、失敗をした時に叱られた経験から「自分が完璧でなければ愛されない」と感じている人は仕事中毒になりやすいのだという。

そしてこれらの要因が、仕事の「ストップルール」に影響を及ぼすのだという。仕事中毒の人は、仕事の手を 自発的に止められず、生産性を著しく低下させる「燃え尽き状態」になってしまう恐れがある。燃え尽き状態に陥ってしまうと、うつなどの精神疾患を引き起こす他、やがて過労死に至ることもある。

「エンゲージメントが高い人は、楽しくなくなったら仕事の手を止めることができる。つまり、自分の精神状態によって、休むことができるんです。一方で仕事中毒の人は、『自分の仕事が十分でない』という恐れから手を止めることができず、仕事をいつまでも続けてしまう。すると、ワークエンゲージメントが下がるばかりか、燃え尽き状態に陥ってしまうのです」(松村氏)

「強み」を把握することでワークエンゲージメントは高まる

では、どうすれば職場のワークエンゲージメントを適切に高めることができるのだろうか。

松村氏はまず、その基盤になるものとして「関係性」「自己効力感」「自律性」「目的・意味」「多様性」「興味×強み」6項目が重要であると説明する。

これらは個人の「心理的安全性」が担保するための要素でもあるという。そこに身体的要因である「活力」が加えた7項目がワークエンゲージメントを高める要素なのだ。

特に重要視したいのが「強み」の項目である。強みはその他の要素と深い相関関係にあり、「強みを自覚している状態」を作り出せるかどうかが、心理的安全性とワークエンゲージメントを高めるカギとなる。

では、強みを自覚するためにはどうすればいいのか。ギャラップ社による実験データによると、上司が部下の強みを把握している状態では、「強みを把握していない」、「弱みだけを把握している」状態と比較して、ワークエンゲージメントが飛躍的に高まるという結果が得られた。

「『強み』を言語化し、相手に伝えること。その『強み』を仕事にどのように活かしていくかをディスカッションすることで、上司に共有していく。そうした取り組みを職場全体で行うことで、ワークエンゲージメントが向上していくでしょう」(松村氏)

個人レベルのコミュニケーションから改善を

今回は、松村氏に心理学の役割の変化、ウェルビーイングへの注目といった背景を踏まえ、ワークエンゲージメントの高め方を解説いただいた。

ポジティブ心理学の特徴である「強み」を把握すること。それこそが職場のワークエンゲージメントを高めるための第一歩なのである。また、周囲の「強み」に目を向けることは、企業の規模や分野に関わらず取り入れられるもの。各自の「強み」を把握し、それを働くメンバーに共有していく。そうした個人レベルのアクションから、働きやすい環境づくりに取り組んでみてはいかがだろうか。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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