
【江澤身和】人事制度は「平均」ではなく「1人」の社員と向き合う
2023.08.22
人的資本経営の必要性が問われるようになり、組織における人事の役割も大きく変化しつつある。こうした中、人事は成長し続ける組織をつくるために何をすべきなのか。そして、人材部門のトップにはどのような考え方や資質が求められるのか。
今回は、「Soup Stock Tokyo」のアルバイトからキャリアをスタートさせ、現在は株式会社スープストックトーキョーで同社が「世の中の体温を上げる」ための人材開発に向き合っている江澤身和氏に、そのトップとして大切にしていることを伺った。
Profile

江澤身和 氏
株式会社スープストックトーキョー人材開発部 部長
短大卒業後、2005年にパートナーとして入社。社員登用後、複数店舗の店長を歴任。その後、法人営業グループへ異動し、冷凍スープの専門店の業態立上げと17店舗の新店立上げを牽引。2016年2月、㈱スープストックトーキョーの分社に際し、取締役兼人材開発部部長に着任。現在は人材開発部長として “人を大切にする”を基軸とした14の人事制度を展開し、本質的な採用・育成の仕組みづくりに取り組む。2018年12月、「Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2018」 において、チェンジメーカー賞を受賞。
共通言語を社内に浸透させ、「共感」でつながる
—江澤さんはパートナー(アルバイト)として入社したそうですが、当時のスマイルズの組織文化についてどんな印象を持っていましたか?
私は2005年に「Soup Stock Tokyo」のパートナーとして入社しました。まだ創業から6年くらいのときで、店舗数も二十数店ほどでしたが、当時から働く人のことをすごく大事にしている方が多く、いい会社だなと感じていました。その後、社員を目指すようになったのも、そういう方々と一緒に仕事をしたいと思ったからです。
当時から感じていたのは、こだわりの強い人が多いということ。社員みんながそれぞれ自分の意見を持っていて、仕事に対して決して妥協しない。「本当にこれでいいんだっけ?」と突き詰めて考える人が多いという印象を持っていました。
—今、人材開発部部長をされていますが、改めて振り返って当時の人事制度や組織文化の良い点はなんだったと思いますか?
入社したときに私が驚いたのが、社員だけでなくパートナーにも会社の理念や行動指針について語られたことです。研修でオペレーションを教わるだけでなく、「なぜそれが大事なのか」というマインドの部分まで共有されたため、一人ひとりがこだわるポイントが違っていたとしても、会社としてどこに向かって行くかという方向性が揃っていましたし、私自身もメンバーの一員としての自覚も強まりました。
スープストックトーキョーは「世の中の体温をあげる」という企業理念を掲げており、私たちの仕事はすべて世の中の体温をあげるために行っているということを、日々社員やパートナーへ伝えています。さらに、行動指針に「5感」という考えがあり、「低投資・高感度」「誠実」「作品性」「主体性」「賞賛」の5つがありますが、社員・パートナー一人ひとりがこの5感を大事にしながら、「世の中の体温をあげる」ために何ができるかということを考え、行動し、それを賞賛する文化があります。
創業者の遠山正道がよく、「共感でつながる」と言っていましたが、こういう日々の意識があったからこそ、従業員一人ひとりに共感の連鎖が生まれていたのだと思います。
会社のあるべき姿と評価を結びつける
—江澤さん自身が人事の仕事に関わるようになった経緯を教えてください。
店長や法人営業を経験したあと、「家で食べるスープストックトーキョー」の立ち上げをしていた2015年に、人材開発部の責任者も任せてもらいました。その後2016年2月にスープストックトーキョーの分社が決まり、私はそのまま同社の人材開発部部長を担当することになりました。
最初に抜擢されたときは、「なんで私が?」と思いましたが、パートナーから社員になって、店長をはじめとしたさまざまな立場で仕事をしてきた経験があることを評価してもらったのかなと考えました。
それであれば、働くメンバーの満足度を高め、チームをつくってきた経験は会社全体の人事を見ていくうえで私らしい、できることがあるはずだと思い着任しました。
何より私自身、一緒に働く仲間のことが大事なので、自分にできることで貢献したいという気持ちが強くありました。
—スープストックトーキョーにおける人材開発部の役割はどういうものですか?
部署ができた当時(2015年)、会社としてもスープストックトーキョーという事業を磨きながら、働いている人たちがもっと自信を持てる組織にしたいというミッションを持っていました。
スープストックトーキョーのメンバーは魅力的な人が多く、理念である「世の中の体温を上げる」を実現するために何ができるかをみんなが考えているのに、それが世の中にあまり伝わっていないことがもったいないと考えていたんです。
そこで、人材の考え方や取り組みについて対外的に自信を持って発信できるようにと、人材に関するすべてに責任を持つ人材開発部ができました。
現在スープストックトーキョーでは「経営管理ユニット」「店舗運営ユニット」「価値づくりユニット」の3つがあり、人材開発部は「店舗運営ユニット」に属しています。
—具体的にはどのようなことに取り組んだのですか?
まず取り組んだのが、評価の仕組みを変えることでした。私たちの会社で働く人にはどういう人であってほしいのか、何を目指すべきかなどを設定し、すべて言語化し、評価の仕組みに落とし込んでいきました。
会社が求める人物像と評価の仕組みがイコールでなければ、求められる期待にこたえているのに対価が返ってこないという不健全な状態になってしまいます。
私自身、社員として働く中で評価について納得していない部分もあったので、人材開発部として最初に評価の仕組みを変えたいと思っていました。
例えば、当社では個人のスキルを伸ばしていくグレーディングと、個人と店舗の成果を定量的に見ていくMBOという2つの評価軸があります。しかし、グレーディングにおける個人のスキルというのは抽象的で、何ができたら次のグレードになるのか個人によって解釈の幅がありますし、評価する際のフィードバックも難しいという課題がありました。
そこで、会社が求めるスキルをまずはしっかりと言語化しました。その際、「自分にはこういうスキルがある」と言える言葉を意図的に選び、評価軸に落とし込みました。
また、半期に一度、自己評価シートを記入してもらうのですが、自分が前回何を書いたか覚えていないといった人もいて。設定した目標を常に意識しながらスキルを積み上げていけように、評価シートの内容も見直しました。
半年間でどのくらい成長したか、何ができるようになったか、何が課題か、次の半年の目標をどうするか。こういった点を自分でも意識できるような評価シートにして、半年間の成長率に応じて昇給・降給が決まる仕組みをつくりました。
—人事制度を変更したことで、どんな手応えが?
会社として求めることが以前より可視化され、基準がクリアになったことで、日々のマネジメントにおいて具体的な指導ができるようになりました。
ただ、現在の評価制度は2016年につくったものですでに7年経過しているため、ブラッシュアップを検討中です。仕組みは一度つくったら終わりではなく、今の自分たちのフェーズでは何をするべきかを考え続け、評価軸に反映させることが大切だと考えています。
店長やマネージャーといった役職に伴うスキルは評価項目になりやすいですが、マインドの部分を評価に取り入れるのは難しい部分があります。どのステージにいても共通で持っていてもらいたいマインドの部分をいかに評価に取り入れるか、今後もブラッシュアップしていきたいです。
ブレずに、変わり続ける
—大きな変革をしようとすると社内で反対にあうケースがありますが、なぜスープストックトーキョーでは変革が実現できたのでしょうか?
今目指している目標よりも高い目標を設定するというのが、当社が変革を実現できた背景にあると思います。
人材開発部ができたとき、いろいろな社員と面談をしました。そのときに飲食業なので休日の調整が難しいとか、体力的に厳しいといった理由が離職につながりやすいという課題が見えてきました。解決するためには、根本的なところを変えなければと思いました。
そこで、2018年から始めたのが「働き方開拓」という取り組みです。その1つとして、お休みを増やして年間120日休める仕組みをつくったのですが、中にはお休みを100%取りきれない人もいました。
目標を100%達成するためにはどうしたらいいだろうと相談した結果、今の目標を超えようとして超えられないなら、より高い目標を設定したら背伸びして達成できるようになるのでは、という考えに至りました。
しっかりと休みを取れる会社にしたいという思いは、人材開発部だけではなく営業も経営陣も持っていました。離職率が増えれば採用費用や残業代も上がります。その費用を社員が休みやすく、働きやすい環境づくりに使ったほうが健全です。部門を横断して危機感を共有していたことも、変革の足がかりになったと思います。
—経営陣と人材開発部では頻繁に経営会議をしているのですか?
そうですね。経営陣との会議は毎週実施し、営業や開発の部長も参加していました。危機感や課題をどれだけ社内の人たちと共有できているかは、すごく重要だと思います。
—お話を伺っていると、「働く人を大切にする」という考え方が創業時からずっと受け継がれてきているのだと感じます。
私たちとしては、いい意味で「人を大事に考える」「理念を持つ」という自分たちが当たり前に思う事を続けてきている会社だと思っています。だからこそ、理念やパーパスが大事だと言われ、世の中の働き方に対する考え方が変わってきた今の時代、スープストックトーキョーとしてはさらに先を行かなければという思いがあります。
私たちがしなければいけないことは、働く人を大事に考えるのは大前提としたうえで、ビジネスとして継続的に利益を出していくこと。
いくら理念を掲げたところで、会社として成り立っていなければ意味がありません。雇用している方の仕事を守ることが会社として果たさなければならない一番の責任です。逆に、業績が上がっても理念が欠如していたら、お客様や働く人の満足度が下がっていくでしょう。
理念、業績のどちらかを選ぶのではなく、どちらも妥協せずに追求し、ブレずにやっていくというのが、スープストックトーキョーの考え方。
今は仕事や物に対する価値観の多様化が進んでいて、特に新卒で入社する方と話していると顕著に感じます。その中で、今までの自分たちの成功パターンに当てはめようとすると持続していかないですし、会社として成長することもできません。
スープストックトーキョーが常に新しい発見があるブランドであり続けるためにも、多様化するお客様、働く人の価値観にしっかりと目を向け、私たち自身が変わり続けなければならないと考えています。
従業員の平均ではなく、一人ひとりと向き合う
—江澤さんが人事のトップとして仕事をする中で大切にしている矜恃を教えてください。
組織という大きな単位で見るとどうしても平均値を取りがちになりますが、従業員一人ひとりが何を考えているのか、しっかりと声を聞くことを大切にしています。
例えば、人事制度を新しくつくるときに、世の中で注目されているから良さそうという理由だけで取り入れると、結果的に誰にも使われないような残念なケースになってしまうこともあります。そうではなく、「この制度が始まったら、あの人が喜んで使ってくれそうだな」というのが具体的にイメージできてはじめて、その制度を取り入れる本当の価値があると思います。
「何のためにやるか」を考え続け、一人ひとりとしっかり向き合うことは難しい部分もありますが、人材部門のトップとしては大事にしていきたいと考えています。
—人材開発部としてはどんな目標を立てているのですか?
広い意味で、人が集まる会社をつくっていきたいです。働く人が集まり、みんながやりがいを持って働くことで、お店にもお客様が集まってくる。そこが最終ゴールです。
いい人材を集めて育てること自体が目的ではなく、その人たちがどういうパフォーマンスをしてどんな成果をあげ、それが会社としてのビジネスにつながっていくところまでが重要であり、その入口をつくるのが人事の仕事。
その意味では、結果が出るまでにはかなりの時間がかかりますし、自分たちの理念を信じながら、根気強くやり続けなければなりません。
営業の仕事は「やらなければいけないこと」が多いのに対し、人事の仕事は「やっておいたほうがいいこと」が多い。そのため、組織の中で優先度を下げられてしまいやすい業務ですが、本当にいい会社をつくるためには経営判断として優先度を高める必要があります。
人事は組織の中でも危機感を強く感じる部署です。自分たちだけでそれらを解消することはできないので、会社全体をいかに巻き込めるかが重要です。
いい会社をつくる最初の入口をつくりながら、理念の実現がどこまでできているかという成果も見ていく。それが人事の役割だと思います。
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