【リスキリング】世界でも突出して「学ばない」日本人。大切なのは「誰とどう学ぶか」

人事・組織をテーマにした話題の書籍の著者にインタビューし、理解を深めていく連載「噂の人事・組織本」。今回紹介する書籍は『リスキリングは経営課題 日本企業の「学びとキャリア」考』だ。
著者でありパーソル総合研究所の小林祐児氏は、「リスキリングで重要なのは、個人のやる気よりも、組織の仕組みづくり」と語る。従業員や企業が成長していくために、リスキリングをどのように活用していけばいいのか、小林氏に伺った。

Profile

小林祐児 氏

株式会社パーソル総合研究所
シンクタンク本部 シンクタンク部リサーチグループ 上席主任研究員

NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。

リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考

著作に『リスキリングは経営課題 日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)など多数。

日本企業のリスキリングは「工場モデル」になっている

——まず、近年リスキリングが注目されている背景を教えてください。

「リスキリング」は2018年のダボス会議で出てきた言葉。もともとは失業対策の文脈で登場しました。日本では2022年頃から注目されるようになりました。

背景にあるのは人的資本経営の流れです。日本企業は昔から「人を大切に」と言いながら、賃金を含めてあまり人に投資をしてきませんでした。しかし、人的資本経営の考え方が広まる中で、リスキリングを含めて人への投資を活発化させる動きが出てきたのです。また、コロナ禍でDXが加速し、デジタル人材を育成するためにリスキリングの必要性が説かれるようになりました。

しかし、海外では失業対策としてリスキリングを打ち出しているのに対し、日本企業ではリスキリングの対象となるのが正社員に限られているケースが多いという現状があります。これでは失業対策につながりませんよね。日本では正社員と非正規雇用の学びの格差が大きく、歪んだ構造になっていると言えます。

——著書の中で、日本企業のリスキリングが「工場モデル」の発想になりやすいと述べています。「工場モデル」とはどういうものでしょうか?

企業でリスキリングをどう進めていくかを議論する際、まず「必要なスキルを明確化する」、次に「そのスキルを身につける」、そして「ジョブとマッチングする」という流れで発想することが多いと思います。
ロールプレイングゲームでたとえるなら、不足しているポストに「力10」の人が必要だから、「力10」の人を育ててポストに当てはめよう、といった具合です。こうした線的な考え方を「工場モデル」と呼んでいます。

しかし、いくつかの欠点があります。学びというのは本来多様であり、組織が抱える課題や状況はさまざま。ゲームのように単純ではありません。

——「工場モデル」にはどのような欠点があるのでしょうか?

まず、社会や事業の変化のスピードが早いため、不足するスキルの明確化が難しいという点が挙げられます。たとえば、Chat GPTの登場によってコマンドプロンプトという新しいスキルが出てきました。しかし、何年か後に新しい技術が出てくれば、そのスキルは不要になるでしょう。あるいは、会社が新規事業を立ち上げ、それに関わるスキルを持つ人材を育てたとしても、数年後に事業から撤退してしまえば必要となるスキルは変わります。

2つ目に、スキルを持っていることと、スキルを発揮することは異なるという点。「力10」の人が「力10」を常に発揮できるとは限りません。ある場所では活躍できても、ほかの場所では活躍できないというケースもよくあることです。人数や組織の変数がどのような影響を与えるかという視点が「工場モデル」の考え方には欠けています。

3つ目が、学びの動機付けができていない点。これが「工場モデル」の最大の欠点です。会社が用意した研修プログラムを受けさえすれば誰しも学びの意欲が高まるかというと、そんなことはありません。また、継続的に学び続けなければ差別化できるスキルにはなりません。大事なのはスキルが身についたかどうかより、スキルを継続的にアップデートする力が身についたかどうか。つまり、自律的に学ぶ人を育てていかなければなりません。

しかし、これだけリスキリングがブームになっているにも関わらず、日本のビジネスパーソンは世界の国々と比較しても圧倒的に学んでいません。この点を仕組みから改善しなければ、人材投資を成功させることはできないでしょう。

なぜ日本人は世界でも突出して学ばないのか

——なぜ、日本では自律的に学ぶ人が少ないのでしょうか?

理由として、労働市場のあり方の違いが挙げられます。
欧米の労働市場では伝統的に産業別組合が発達したために、必要な資格を整備し、賃金相場をつくり、育成体制も企業の外に整えられてきました。そのため、会社員であり、職業人であり、組合員という複合的なアイデンティティを持っている人が多い。

これに対して、日本の労働市場は職業資格やスキルを身につけた場合の賃金相場が社内にしかなく、企業横断的になっていません。ジョブを決めるのも会社側。そのため、会社を横断して自律的に学ぶという前提がなく、「これを学べばキャリアアップできる」という意識がそもそも薄いのです。

もう1つ、企業内におけるキャリアのあり方の違いも要因です。
エリート主義の欧米では幹部になるためにはMBAはほぼ必須で、大卒よりも修士や博士を持っている人のほうが上に行くのが当たり前です。学位によってジョブが決まり、ジョブごとに出世の天井がきまっているため、キャリアアップするために「予習型の学び」をしなければなりません。

一方で、日本企業は平等主義で、正社員はみんなが出世を目指すことができます。同じスタートラインから10年、20年と時間をかけて自然選抜される中で、ジョブに紐付かない競争をさせられるため、自分の専門分野を持ちにくい。何年か経って人事畑、営業畑といったキャリアを築けたとしても、それは結果でしかありません。
こうしたキャリアのあり方から、日本企業での学びは配属後にOJTでキャッチアップする学びだけが合理性を持つようになりました。これを「復習型の学び」と呼んでいます。

こうした環境では今いる職場で一人前になるところまではOJTで学ぶことができますが、それ以上のジョブを目指して自発的に「予習型の学び」をしようという習慣は生まれにくい。結果として、個人のやる気頼みのリスキリングとなってしまうのです。
もちろん、どちらが良いという話ではないですが、まずはキャリアの仕組みを変えない限り、「学ぼう」という自発性は生まれないと思います。

——リスキリングの取り組みと合わせて社内異動を公募する企業も増えていますが、これは自律的な学びにつながらないのでしょうか?

社内公募制が成功している企業もありますが、手が挙がらないといった課題を抱える企業も多いですね。
日本企業の場合、「今春から営業に行ってくれる?」と打診されたときに文句を言わずに異動する人が多い。業務に飽きた頃にジョブが変わることで「成長できる」と捉える人もいます。少しずつ変わってきてはいますが、主体的に自分のキャリアを考える機会が全般的に少ないのです。

こうした状況で公募制を導入してもうまくいきません。ただ制度をつくるだけでなく、仕事やキャリアパスを見える化し、事業部側とも連携してキャリアの仕組みづくりに取り組むことが大切です。

「工場モデル」から「変化創出モデル」へ

——「工場モデル」から脱却するにはどうすればいいのでしょうか?

リスキリングの成果を高めるためには、個人のやる気頼みのリスキリングをやめて、スキルの獲得を通して、進化の創出を最大化する仕組みをつくることが重要です。これを「変化創出モデル」と呼びます。

日本企業は年功序列と言われますが、実際は目標管理の達成度が給与に影響を与えます。しかし、多くの目標管理は会社調整が入る相対評価になることもあり、全体的に形骸化したまま放置されています。一人一人丁寧に目標管理するには上司も忙しすぎる。そうした目標ではモチベーションを引き出せず、能力開発にもつながりません。まずはこうした点を変える必要があります。

また、学んだスキルを活かせる環境があるかどうかも重要です。研修で学んだことを職場に持ち帰り、何かを変えようと行動する人はあまり多くいません。なぜなら、周囲の人を動かし、ルールを変えるのは大変だから。「自分一人が変わったところで、チームは変えられない」という気持ちは、人が学ばなくなる理由として十分です。

チームワークを大事にする日本の働き方も、学びの意欲低下と紐づきます。みんなで助け合う分、一人ひとりの成果が明確ではなくなるため、「善意にもとづく足の引っ張り合い」とも言える状態になりやすい。こうした環境を見直して、学びや挑戦を評価し、目標管理を仕組み化することが大切です。

もう1つ大事なのが、学びのコミュニティ化です。
同じプログラムを受けた人でも成長の差が出るのは、人との信頼のネットワークである「社会関係資本」が異なるためと言われています。

学校の学びは個人で勉強した成果が試されますが、大人のリスキリングでは「他者との関わり」が重要です。他者と関わりながら「真似し合い」「教え合う」「創り合う」「高め合う」ことがリスキリングの本質です。

——なぜ、他者との関わりが学びに重要なのですか?

例えば、ダイエットを一人で続けるのは難しいですよね。いろいろ試した結果、パーソナルトレーナーに頼ってしまう。人は瞬間的で内発的な動機付けでは学び続けることが難しいのです。また、ダイバーシティの時代に「キャリアアップに興味がない」と言われてしまったら、リスキングを促すことも難しくなります。

高い目標を持ち、学び続けていくためには社会関係資本が必要ですが、日本人の多くはこれが弱い。学校や職場で誰かに与えられた箱の中で取り組むことは比較的得意ですが、出会いや学びを求めて自発的に箱の外へ飛び出ていく人は少ない。日本では独学でこっそり勉強する人が多く、「学びは一人でするもの」という意識も強い。学んでいることが周囲に知られると「転職するの?」と思われてしまう、というのもあるかもしれません。

学びの意欲を高めるためには、外発的で人を経由したもらい火的な動機付けが必要です。日本人は同調圧力が強いと言われますが、逆に言えば、箱を用意して学びの仕組みをつくれば成果につながりやすいはず。

従来の「工場モデル」では「何を学ばせる」かに注目しがちですが、それよりも「誰とどのように学ばせるか」を考えていくことが重要です。より具体的に言えば、人事が果たすべき機能は「研修プログラムの調整」ではなく、「学び続ける組織づくり」であり「学ぶ仲間づくり」です。

特にリスキリングで多くの企業が取り組んでいるデジタル領域は、スキルが陳腐化するスピードが速い。だからこそ、特定のスキルを身につけた個人を育てることを目的とするのではなく、組織として変化に対応し続けていけるように、「学び続けることができる集団をつくる」ことが大切です。

——具体的にはどのような施策がいいのでしょうか?

大前提として、日本企業は人材投資が少ない企業がまだまだ多い。学びの機会や場づくりに投資するのはこれからの時代もはや必須であり、「お金がないからできない」はもうNGです。

具体的な取り組みとしては、コーポレートユニバーシティやコミュニティラーニングなどの施策を行っている企業は増えています。少人数でグループワークをする機会を設けるのも良いでしょう。また、講師を社内の人材にすれば、スキルの属人化を防ぐことができますし、教える側も改めて学び直し、理解を深めることができます。
大規模にリスキリングのプログラムを展開するのが難しい中小企業の場合は、地域の企業数社で共同で研修を行うのもいいと思います。

「良いプログラムをつくれば、良い人材が育つ」と考えている人は非常に多いですが、繰り返しになりますが、大事なのはプログラムの中身よりも「継続的に学び続ける環境」をつくることです。日本は他者への信頼が低く、社会開拓力に欠ける。共に学ぶ仲間をつくり、互いに刺激し合い、動機付けをしながら学び続けていく環境を会社側が用意するしかありません。そういう機会さえつくれば、リスキリングもうまくいくはずです。

——だからこそ、「リスキリングは経営課題」なのですね。

そうですね。個人の課題ではなく、あくまでも経営課題。私は個人の自主性に期待するのはもうやめたほうがいいと思っています。「個の時代」と何十年も言われてきましたが、成果がほとんど出ていない。

きれいごとで終わらせてしまうのではなく、本当の意味で業績や企業の成長につなげるために、どのような仕組みが必要かを考えていくことが大事だと思います。もちろん、リスキリングによってすぐに業績が良くなるとは限りません。学びによって行動変化がもたらされ、その先に業績アップへとつながっていくのです。

もし、リスキリングの成果が出ていないのだとしたら、それは学び続けることができず、変化に対応できない組織になっている可能性が高いです。変化の激しい時代に、新しいことを学ぼうとしない中高年の社員を大勢抱えているのは経営に直結する問題です。漠然とeラーニングを受けるだけのような短期的なリスキリングではなく、学び続ける組織をいかにつくるかに注力したほうが、長い目で見て経営に資するはずです。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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