【南和気】「海外」という国はない。日本企業のグローバル化は「人事改革」から

人事・組織をテーマにした話題の書籍の著者にインタビューし、理解をさらに深めていく連載企画「噂の人事・組織本」。第1弾となる今回は、『人事こそ最強の経営戦略』の著者であり、Wake Consulting合同会社の南和気氏にインタビュー。人事を取り巻く環境の変化や課題、日本企業の強みを活かしながらグローバル人事化を進める方法について話を伺った。

Profile

南和気 氏

Wake Consulting合同会社 代表

人事戦略、人事制度設計、グローバル人事のスペシャリスト。 SAP人事コンサルティング事業北アジア統括本部長、人事本部 Director、江崎グリコ執行役員グループ人事部長を経てWake Consulting 代表。著書に『人事こそ最強の経営戦略』『世界最強人事』『Engaged Organization 』がある。

なぜ今、日本企業にグローバル化が必要なのか

――日本企業はグローバル化が必要と言われますが、グローバル化が迫られている背景や経営環境の変化をどのように捉えていますか?

日本は今、国内人口が減少し続け、経済も30年停滞している状態です。こうした中で企業が大きく成長するためには、経済成長している海外市場に出ていくしかないという状況は、はっきりしています。
日本の輸出高の推移を見ると大きく落ち込んでいるわけではありませんが、他国はもっと伸びています。昔は海外市場で日本製品が数多く出回っていましたが、今は逆に海外企業の製品が日本市場にどんどん入っています。海外企業の輸出高が伸び、相対的に日本企業の海外市場での成長力が落ち込んでいるというのが現状です。

なぜそうなってしまったのか。ひとつは、日本の海外事業は製造業中心だったわけですが、インターネットの普及や人材流動性の高まりに伴って情報がすぐに世界に行き渡るようになり、模倣品が出てきやすくなりました。日本企業ならではの技術力で圧倒的なモノをつくっても、質は多少低くて安いモノがすぐに出てしまうために、日本製品の差別化が難しくなっているのですが、今も日本は製品力で勝負してしまいます。

また、意思決定のスピードの問題もあります。今は、情報流通と共にすべての意思決定のスピードが加速したことで、サービスやビジネスを一気にグローバルに広げることができるようになりました。従来のようにまず日本で試してから、じっくり時間をかけて海外進出の準備を進めるというスピードでは、ビジネスチャンスを逃してしまいます。

――グローバルでビジネスのスピードが加速している中で、日本企業が成功するためには何が必要なのでしょうか?

これまで日本企業が海外進出をするときには、現地での販売ノウハウやネットワークを持たないため、仲介に入る商社や資金調達をする銀行と一緒にビジネスを展開するのが基本でした。そして、現地法人をつくって日本人社員を現地に派遣し、必要に応じて現地採用の社員を雇用していくステップでした。いわゆる、駐在文化です。

しかし、この方法で成功するためには、圧倒的な製品力が海外市場でも通用することが条件となります。輸出すればすぐに海外でも売れていくのであれば、日本本社との調整や、管理に長けた日本人駐在員が現地法人でも十分機能しますが、製品力だけでは勝負できなくなってきている昨今では、現地の文化にあわせたビジネスモデルや価値を提供する、またサポートなど付随サービスをつけるといったソリューションとしての市場開拓をしなければなりません。

そうなると、現地法人で必要な人材は日本人ではなく、現地のニーズを把握し、現地で複雑なネゴシエーションやコミュニケーションができる現地の人材ですし、現地法人に権限移譲しなければビジネスは動きません。つまり、現地法人に事業を任せ、現地人材を雇用し、育成していくことが必要となります。

私が在籍したSAP(独)や、Microsoft、Google(米)をはじめ、グローバル企業の日本法人のトップは大抵日本人ですし、現地で採用、育成をし、現地法人に権限を持たせていますよね。海外の企業では何十年も前からこうした人事に取り組んでいますが、日本企業はまだまだ一部でしか進んでいません。

加えて、日本のノウハウを世界に広めるという方向性だけでなく、逆に世界のノウハウを取り入れ、世界の人材を活用しなければ、新たな事業、アイデアは生まれてこない状況になっていると言えます。人事においてもこうした人材の多様化や流動化、人材需給のグローバル化に対応した「グローバル人事」の必要性が高まっているのです。

「グローバル人事」の3段階モデル

――事業のグローバル化にともなって「グロ—バル人事」を取り入れるには、どのように進めていけばいいのでしょうか。

「グローバル人事」には大きく分けて3段階のモデルがあります。

1つめが「セントラル人事」です。これは日本で人材を育成し、現地法人の主要なポストに派遣するといういわゆる駐在モデルで、商社や銀行をはじめとして、これまで日本企業で多く採用されてきたやり方です。既存の人事制度をあまり変える必要がなく、製品力があれば、販売は現地で他社に任せることができますし、現地の日本企業を顧客としている場合はなおさら、現地に日本人が駐在するモデルは理にかなっています。

しかし、前述のとおり製品の競争力が下がってきて「セントラル人事」では成長の限界が見えてきたことで、今多くの日本企業が目指しているのが、2つめの「マルチナショナル人事」です。

人材を日本から送るのではなく、現地マーケットに最適化した人材を現地で採用、育成し、権限も与えるというモデルです。コマツ、コニカミノルタなどこの方法で海外事業を成功させている日本企業は多くありますし、海外のグローバル企業も、ほとんどがこのモデルで経営を現地化することで、現地の市場に対してマーケットインしていきます。
現地で人材を育てるのは時間がかかるため、早くから取り組んでいる企業ほど成果を挙げています。「セントラル人事」から「マルチナショナル人事」に移行するタイミングでは、日本人が現地法人に行って、本社とのパイプ役や、採用・育成をしなければなりません。

そして「マルチナショナル人事」がさらに進化した3つめのモデルが、「インターナショナル人事」です。国や地域にとらわれずに最適な事業を最適なロケーションに配置して展開し、国や地域をまたいだ組織運営を行うモデルです。
「インターナショナル人事」ではグローバル共通のブランドや事業があることが条件となりますが、本社や各国といった地域の壁にこだわらず、世界に散らばる人材から最適な人材に最適な仕事をしてもらいます。そのためには、グローバルで共通の評価や処遇の基準を用いることが求められます。P&Gや武田薬品工業などがこのモデルを取り入れていますが、導入している企業は一部に限られます。

これらのモデルは、一つの企業の中でも、それぞれの事業や市場のステージにあわせて最適なモデルを複数組み合わせることも珍しくありません。

――グローバル人事の導入や海外進出を成功させることが難しくなってしまう要因として、何が挙げられますか?

「海外」という漠然とした認識を持っている状態では成功は難しいでしょう。「海外」という地域はありません。アメリカなのか、中国なのか、韓国なのか。国ごとにニーズや文化が異なるので、自分たちの商品がどの国でどのように売れる見込みがあるのかを調査する必要があります。国内で販売するだけなら、売れるか売れないかの手触り感をなんとなく得ることはできますが、ニーズや文化の異なる地域ではゼロから調査しなければなりません。

また、進出するだけではなく、それを継続して成長させていくためには人というファクターが重要になります。ローカルの人の心を掴み、商品を受け入れてもらうために、どんな人を採用し、育てていくか。そのために、どのような人事モデルが自社に最適かを考えなければなりません。
そのうえで、現地の人にとって日本企業で働くことが魅力だと思ってもらわなければなりません。優秀な人が就職したいと思えるような環境や条件をそろえることが重要です。

「グローバル人事」に向けて日本企業が乗り越えるべき3つの課題

――「グローバル人事」を進める際に、日本企業はどのような変革を行う必要がありますか?

日本企業の人事は、「ジョブ型人事制度」など部分的な変化はありますが、根底にある考え方は、高度経済成長期に構築された職能資格制度が今でも継続されており、現代の雇用市場や、欧米企業の標準とは大きくギャップがあります。グローバルに人材を採用するためには、人事慣習に違いがあることを認識し、世界の標準的な考え方を取り入れていく必要があります。ポイントとして挙げられるのは次の3点です。

まず、「結果人事」ではなく、「計画人事」にすること。日本企業では多くの人が新卒採用から定年退職まで長期雇用されるため、基本的に同期が平等に処遇され、役職に就ける年齢が概ね決まっていて、ポジションが空いたらその下に待機している人材で順番に穴埋めする。これは、グローバルの感覚ではなかなか理解を得られず、採用してもすぐに辞めてしまうでしょう。
時間をかけて結果的に人が育っていくという人事ではなく、数年後を見据えて人材計画を立て、年齢や在籍年数に関わらず最適な人材に最適なポジションを任せられるように育成していくことが大切です。

2つめのポイントは、「主観人事」ではなく、「客観人事」にすること。日本企業でありがちなのが、評価基準が明確に決まっておらず、結局上司のお気に入りの人が出世するケースです。上司の主観的な評価になりやすいだけでなく、上司の意見に反対しないほうがうまくいくため、同質化がすすみ、組織としても活発な議論が起こりにくくなります。
これに対して、欧米企業では、客観的な基準をもとに、自分に与えられた目標を達成できたかどうかで評価されます。達成できなければどんなに優秀な人であっても評価は低くなります。評価そのものよりもむしろ、目標設定を客観的に行える基準をつくることに主眼が置かれていることが大きな特徴です。

3つめのポイントが「密室人事」ではなく、「透明人事」にすること。評価の基準があいまい、評価結果や人事異動の理由を本人に伝えられないといった「密室人事」は納得性に大きく欠けます。
従来日本企業では、長期雇用であるがゆえに、多少納得ができない人事異動があっても飲み込んでいた人もいたでしょう。しかし、海外市場ではそういうことは通用しませんので、明確なキャリアパスを示して透明性の高い人事モデルを取り入れなければ社員の共感を得ることは難しくなります。評価や人事異動のプロセスを可視化し、フェアなルールに基づいた人事が求められます。

――3つの課題点は、グローバル限らず多くの日本企業で人事に求められる重要なポイントですね。

そのとおりです。海外に進出するかどうかに関わらず、日本国内でも働きかたへの価値観が変わってきて、雇用のあり方も変わってきているため、計画的かつ客観的で、透明性の高い人事を求めるニーズが高まっています。でなければ、優秀な人材の確保は日本においてもますます難しくなっていくでしょう。
企業はこうした変化にあわせて対応していくことが必要です。

グローバル企業のリーダーや人事組織に必要なもの

—「マルチナショナル人事」や「インターナショナル人事」の企業では、リーダーに求められるものも変わってくるのでしょうか?

「マルチナショナル人事」の場合は、現地で力を発揮できる人で、かつ本社のカルチャーに共感してくれる現地人材を育てていかなければなりません。一方で「インターナショナル人事」の場合は、多様性の理解が重要です。

私自身、SAPのアジア地域のリーダーをしていたときは、上司も部下も多国籍でした。ダイバーシティ&インクルージョンが原則で、自分だけのコミュニケーションスタイルやリーダーシップのあり方を押し付けても機能しません。相手に合わせてコミュニケーションを変える必要がありますし、多様性に対応したリーダーシップを学ぶことが大切です。
会社としても、そういったグローバルリーダーを育てる取り組みが必要です。

――日本企業が海外で成功するためにはどんな組織づくりを行うべきでしょうか?

まずは、グローバルでの事業戦略を明確にする必要があります。どのようなビジネスモデルになるかによって機能する人事モデルも変わってきます。
そのうえで、一人ひとりの社員のバックグラウンドを理解し、同じ目線に立ってリスペクトする。すべてをグローバル標準にあわせる必要はなく、日本や自社の良いところは残しながら、そこに多様性への理解とフェアネスをプラスすることで、日本企業ならではの強さをつくっていくことができるはずです。

日本企業の強みとして、一体感やロイヤリティの高さがあります。パーパスやビジョンを浸透させる経営が日本でも広まっていますが、それを文化や慣習が異なるグローバルでいかに浸透させていくか。これはトップの熱量次第と言えるでしょう。

ただ言葉にするだけではなく、なぜそのパーパスができたのか、背景にどんなストーリーがあるかを含めて熱量を持って伝え続けることで、国境や文化を超えて成長を続ける組織をつくることができると思います。

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