八方美人の採用はNG。優秀な人材を獲得するために求められること

人事・組織をテーマにした話題の書籍の著者にインタビューし、理解をさらに深めていく連載企画「ウワサの人事・組織本」。第5回では、『優秀な人材が求める3つのこと』を取り上げる。著者であるドルビックスコンサルティングの車谷貴広氏は昨今の労働市場が「人材循環時代」に突入したと指摘し、採用戦略のアップデートが必要だと語る。優秀な人材を獲得するために人事担当者は何をすべきなのだろうか?

車谷 貴広​ 氏

ドルビックスコンサルティング株式会社 執行役員
経営戦略コンサルティング本部長

金融機関、総合系コンサルティングファーム(戦略部門)、戦略系コンサルティングファームなどを経て2021年にドルビックスコンサルティングの立ち上げに参画。経営戦略や組織変革、人材管理体系の見直し、IT構想策定・導入など、戦略×組織を軸に顧客支援を行っている。20年超にわたり経営戦略コンサルティングに従事し、製造業や建設・不動産業、流通業、金融業などの幅広い業界で、グローバル展開をする大企業からベンチャー企業まで200社近くのコンサルティング実績を有する。

人材流出は避けられない。人材循環時代の採用戦略

——著書『優秀な人材が求める3つのこと』の冒頭では「人材循環時代」に突入した現在、採用戦略のアップデートが必要だと指摘されています。

昨今は人材不足が叫ばれると同時に雇用の流動化が進み、多くの企業が採用に苦心しているかと思います。特に優秀な人材は各社が取り合うような状況。しかし、そんな中で企業側が正しい状況認識を出来ているのかというと、決してそうではありません。

本来、環境に基づいた経営戦略、経営戦略に基づいた人材戦略、人材戦略に基づいた採用を行うべきなのですが、大前提である「人材市場の環境」に対する認識がズレてしまっているケースが非常に多いのです。企業が人材戦略を考えるにあたり、価値観のアップデートが必要だなと感じ、この本を執筆するに至りました。

――「認識のズレ」とは具体的にどのようなものでしょうか?

これまでの人材戦略は「退職を前提としない組織運営と人材マネジメント」に主眼が置かれていました。人材が豊富で、終身雇用が一般的な時代には確かに有効でしたが、雇用の流動化が進んだいま、それだけでは不十分。特に、優秀な人材が流出することは避けられないと考えるべきです。そうした前提に立って、人材戦略を設計しなければいけません。まずは基盤となる環境の捉え方を見直した上で、優秀な人材をどのように獲得するかという戦略を考える必要があります。

――優秀な人材が企業に求めている要素として「自律的なキャリア形成」「評価や処遇の納得感」「成長機会の存在」の3点を挙げていますね。

優秀な人材を獲得するために、彼らの求めるものを正しく理解しなければいけません。

まず、「評価や処遇の納得感」は最もイメージがしやすいのではないでしょうか。パフォーマンスに対して適切な評価が得られるか、公平にチャンスが与えられるかということです。それらの評価体系が透明化されていれば、フェアネスが高まり、より納得感が得られるでしょう。

次に「成長機会の存在」ですが、優秀な人材に関して言えば、今の時代「会社に骨を埋める」という発想で企業を選ぶ方はほとんどいないでしょう。スキルを身につけるために身を置く場として企業を捉え、必要があれば転職をしていく。個人のスキルアップが期待できる環境が求められています。

そして、最も重視されているのが「自律的なキャリア形成」。働き手が会社に求めるものというのは、究極的に言えば、キャリアの階段を上がっていくためのステップ「評価や処遇の納得感」「成長機会の存在」も「自律的なキャリア形成」を達成するための一要素と考えることができるでしょう。

ただ、当然全員がキャリアビジョンを明確に持っているわけではなく、優秀な人材ほどキャリア変遷が不規則だという印象があります。突然別業種に転職する、旅をするなどしてキャリアに空白の時期を作る、起業をする、私の知人にも様々なタイプがいますが、共通しているのは「動いている」こと。彼らは独自の方法で自分のキャリアにとってプラスになる環境を探しているんですね。そして世の中の変化をいち早く察知すると、大胆にキャリアチェンジを行う。海に漂いながら、大きな波を待っているサーファーのようだなと思いますね。

八方美人の人事はNG。明確な強みを打ち出し「尖った」採用を

――そういった優秀な人材を獲得するためには、どのようなアプローチが有効なのでしょうか?

上記の優秀な人材が求める3要素を押さえることはもちろん、自社の独自性を明確にし、他社とは異なる「強み」を訴求することです。働き手を意識し過ぎると、自分たちの強みは失われてしまいます。「自分たちが提供できる価値」に焦点を絞って、磨きをかけるしかありません。

弊社の働き方を例にご説明しましょう。昨今はリモート勤務、フレックスタイムなど、勤務形態に柔軟性がある企業が増えています。しかし、弊社はフルリモートNGです。基本的にはみんなが出社して仕事をしています。オフィスに集まり、膝をつき合わせていつでも議論できる環境を大事にしていて、そこが差別化ポイントになっている。

一見「自由度がない企業」と思われるかもしれませんが、弊社のこの方針に惹かれて入社してくるメンバーは少なくない。その他の条件をクリアしていても、フルリモート勤務希望の方を採用することはありません。このような方針を打ち出すことで採用方針も明確化されますし、入社後の社員満足度、カルチャーフィットが高まる。

そもそも人事戦略に絶対的な正解はないです。全員に好かれようとした結果、嫌われはしないものの誰からも好かれないというのは個人的な人間関係でもよくあることじゃないですか。同様に、全員に振り向いてもらえる都合のいい人材戦略はないです。採用においては明確な方針を打ち出し、100人のうち5人が採用できれば大成功ですよ。

――八方美人の人事戦略は通用しないと。

もちろん、大企業やネームバリューのある企業は異なる場合もありますが、全方位な戦略で採用できるのは尖っていない、平均的な人材でしょう。それによって企業が競争力を高められるかどうかは一考の余地がありますね。

「嫌われたくない病」が改革を阻害する

――「人材循環時代」に適応した人事戦略を実行するためには意識のアップデートが必要とのことですが、具体的にどのように組織内の変革を行うべきでしょうか。

人事制度から着手するというのは有効な手立てではないですね。制度の手前にある人材に対する考え方や、そもそもの業務の組み立て方を変える必要があるでしょう。すると、必然的に人事制度を変える必要が出てくる。

例えば、女性活躍推進のために時短勤務を制度として導入するケースは非常に多い。しかし、時短勤務を前提とした業務設計がされていないため、他の従業員に皺寄せがいったり、善意でバックアップする人に頼ってしまったりするケースが少なくありません。生産性を上げる、人的になっていた仕事を棚卸しして仕組み化するなど、事業の根本的な問題にメスを入れなければ結局はうまくいかないのは当然ですよね。

――そのためには、人事だけではなく経営層の意思決定が必要となりますよね。

その通りです。経営陣が本当に覚悟を決めない限り、大きな変革は不可能です。うまく変化ができない企業に共通するのは、ドラスティックな意思決定を避けていること。そこの覚悟ができないと、現場レベルでの変化が生まれていたとしても、結局話が戻ってしまう。

そして、覚悟ができないというのは、「嫌われたくない」という経営層の気持ちがボトルネックになっているケースが非常に多いんです。

本来、経営をより良くするために何をすべきかは、分かっているはずです。変革を行うにあたって、新しい方法論やアクロバティックな施策が必要なケースはほとんどありません。もし分かっていなかったとしても、本を読めば書いてあるようなことですし、外部のコンサルティング会社に協力してもらえれば、簡単に実行に移すことが出来るはずです。

しかし、それが出来ない企業が多い。なぜかというと「従業員に嫌われたくない」「制度を変更したら反発が起きるのではない」などと考えて二の足を踏んでしまうからです。変革というのは絶対に痛みを伴うものと覚悟をした上でやり切れるかどうかにつきますね。

社内に目を向けていても、組織は変われない

――そうした経営層のマインドを変えていくために、どのような方法があるのでしょうか?

覚悟が決まらない原因は社内だけに目を向けてしまい、環境の変化を認識できていないというところにあります。そのため、危機感が生まれず、本気で改革する必要性を感じないということです。危機感を持ってもらうためには、まず外部に目を向ける。あるいは、コンサルティング企業に入ってもらうなど、外部から働きかけることが有効だと思います

人材の流動化をどう捉えるかも同根の問題です。自社の目線で見ていると、人材が流出する一方と錯覚してしまいます。優秀な人材が出ていってしまう一方、入ってくる可能性もあるはずなのに、そのことに気づくことができない。すると、その場しのぎの対応で人材流出を止めようとするばかりで優秀な人材を新たに獲得する施策が打てなくなる。

人材の流動化なんて、個人レベルでは誰もが分かっていることだと思います。しかし、企業という仕組みの中でこのようなサイクルに陥ってしまうと、社会の変化に取り残され、正しい状況認識ができなくなっていくのです。

――個人の認識は変わっているのに、組織としての認識は変わっていない。

大多数の方は価値観の変化を把握できているはずなですよ。実際、「終身雇用なんて幻想だ」というと、みなさん頷かれますし、当然会社に依存することの危険性を認識しているはずです。しかし、いざ制度を設計するとなると、「人は簡単に辞めてしまう」という認識で設計をすることが出来ない。

個人の認識と組織の認識の間にあるギャップを埋めていくためには、人材戦略のポリシーを言語化することが有効です。人材戦略は詳細に明文化されていないケースが多いです。個人個人が捉えている社会の変化を社内で共有し、目線を合わせていく。そうすることで、組織全体で意識が変わっていくはずです。

 

 

 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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