【前編】創業113年の老舗が挑む“全部変え”のカルチャー変革

鹿児島に本社を構え、エネルギー事業を主としてさまざまな事業を展開する小平株式会社(以下KOBIRA)。創業113年の老舗であるKOBIRAは、コロナ禍で組織崩壊寸前だったことを機に、本格的に組織変革に取り組み始めた。明確なMVVを策定し、一年で50以上ものアクションを起こした結果、組織カルチャーが大きく変わり、2年間で全社員の約1/4にあたる19人を採用するなどの成果を達成。 

本記事では、代表取締役社長 小平勘太氏、副社長取締役 CHRO 池田亮平氏に話を伺い、変革前の課題感や、カルチャーの再構築にあたってどのような施策を行ったのかについて掘り下げた。 

Profile

小平 勘太 氏

小平株式会社 代表取締役社長

池田 亮平 氏

小平株式会社 副社長取締役 CHRO

「飲んで解決する」超トップダウン文化からの変革を決意 

——まず、小平さんと池田さんのプロフィールを教えてください。 

小平氏:私は、現在113年続くKOBIRAの4代目社長ですが、それまでは全く違うキャリアを歩んでいました。大学~大学院時代は京都大学とイリノイ大学大学院で農業分野の研究をしており、その後ITコンサルを経験、さらに自分で3社ほど起業しました。そして、2012年にKOBIRAに戻り、4代目社長として就任しました。一方、2021年までは父である会長が実質的な経営をしていたため、組織変革に本格的に取り組む2022年までは兼任しているような形でした。

2022年当時のKOBIRAはコロナ禍をきっかけに組織状態が非常に悪くなり、社内の雰囲気も良くありませんでした。そこで組織変革を決意し、副社長である池田に入社してもらい、二人三脚で大きな改革に乗り出したという経緯です。 

池田氏:私は、東京大学を卒業後、リンクアンドモチベーション社に入社、その後はライフプランニングの仕事やスタートアップの仕事を経験しました。鹿児島へのIターン移住をきっかけに小平と知り合い、誘いを受けて入社しました。 

 

——変革に取り組む前の組織カルチャーは、どのようなものだったのでしょうか。 

小平氏:以前は本当に「飲んで解決する」といった文化でしたね。先代である父は豪快な親分肌といった感じで、社員同士の意見の食い違いは、夜中3時ごろまで飲んで語り合って解決するのが常でした(笑)。もちろんMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)もないし、労務や人事制度もほとんど整備されていませんでした。

しかし、コロナ禍で飲み会ができなくなり、リモートワークが増えると、コミュニケーションが滞り、社内の雰囲気が急激に悪化したのです。幹部社員の離職もあり、組織が限界を迎えたところで改革の決意をしました。 

MVV策定で変革の“軸”を作った 

——組織変革の第一歩として、何から着手されたのでしょうか。 

小平氏最初のステップは、組織の根幹となるMVVの策定でした。今後の方針を決めるにも、制度を作るにも、まずコアとなるMVVがないと何もできない。そう考え、社員からアイディアを出してもらいつつ作ったMVVがこちらです(下図はKOBIRA作成のミッション・ビジョンを抜粋)。 

ミッションは役員で合宿をして決め、そのミッションへ向かうためにこれからの10年間で何を達成するのか、という6つのビジョンを策定しました。これらが経営判断をする上での軸になっています。 

池田氏:バリューは16項目あります。人事畑の出身である私から見ると、16項目というのはかなり多いです。ですが、社員が出してくれた「こうありたい」という想いを尊重したかったので、スタート時点では16項目としました。 

小平氏:経営の意思決定は、全てビジョンに基づいています。例えば、2024年に鹿児島県日置市と「企業と地域の新しい関係性を通じて、湯之元を世界に誇れるウェルビーイングタウンにしていくための連携協定書」を締結し、本社を日置市のシャッター温泉街である湯之元に移転しました。これは「地域だからこその可能性が花開く、ワクワクあふれる街を生み出す」というビジョンに基づいたアクションです。  

一気に変えないと変革が根付かない。一年で50以上のアクション実施 

——MVVに基づき、分かりやすいアクションを実施されているのですね。組織変革の過程で、他にお取り組みを実施されましたか。 

小平氏:語り切れないほどありますね。一年で50以上のアクションを起こしました
例えば、以前はメールアドレスも持っておらず、カレンダーも共有していないような状況だったのですが、現在はSlackとGoogle環境になりました。それからエンゲージメントサーベイの導入、研修制度の導入、人事制度の整備、社内/社外広報の強化なども推進。良い取り組みやMVVに沿った行動を全社的に共有して組織学習を促すよう、Uniposの導入も進めました。 

——50以上ものアクションを行う上で、どのようにロードマップを定められたのでしょうか。 

池田氏:詳細なロードマップは定めなかったのですが、MVVを軸に、我々2人の間で方向性は決まっていました。コミュニケーションの方法や社内制度を含め、まずは世の中一般的なレベルまで最速で引き上げようと。
組織サーベイの結果も参考にしながら、優先順位や投下するエネルギーの量を決め、とにかくアクションを起こし続けました。必要なものを片っぱしから行っていった結果、結果的に50以上になりました。私たちも大変でしたが、ついてきてくれた社員の皆さんにも感謝です。 

 

——理念や組織カルチャーに投資することは長期的かつ成果が見えにくく、多くの企業が二の足を踏んでいる印象です。組織変革に踏み切った一番のきっかけは何だったのでしょうか。 

池田氏:最初に言えるのは、やはり組織の危機感でした崩壊寸前だったんです。正直、このままだと会社が持たない、と感じました 

もう一つは、採用の問題です。当時は全くと言っていいほど採用ができていませんでした。私は、これからのローカル企業の生命線は「採用力」だと考えています。これは企業として生き残る手段だとして、社内で組織投資の必要性を説きました
結果として、変革を始めてからの2年間で19人を採用することができました。75人ほどの組織ですので、これは1/4に相当します。スタートアップ人材など、優秀な社員に多く入っていただきました。特にこれまでエンジニアの採用が難しかったのですが、マネージャー級を1名、メンバーを2名採用することができました。MVVや企業文化を明確に示し、さらに広報に注力することで、価値観に共感してくれる人材を採用できたのだと思います。 

さらに、これは早い段階で成果につながった「クイックウィン」でした。この成果によって、社内でも「結果が出た」という実感が生まれ、組織変革への士気が高まったと感じています。 

 

——一方、これほど大規模な改革を一気に行うと、現場が疲弊してしまうのではないかと思うのですが、現場の疲労感はありましたか。 

小平氏:ありました。ほぼ全てが高速で変わっていったので、社内アンケートの結果からも疲れの声は多く上がりました。 

池田氏:ただ、変革を行う際には、一定の疲弊は避けられないものと覚悟したほうがいいです。個人と同じで、組織には「ホメオスタシス(変化が起こると自然と元の状態に戻ろうとする力学)」が働きます。少しずつ変革を進めても、すぐ元に戻ろうとしてしまうのです。一気に変えないと変革が根付かない
そのため、社長と「3年で会社を生まれ変わらせる」と腹をくくり、全力で取り組みました。それほどの変革を遂げるためには、組織全体でエネルギーを注ぐ必要がありましたし、当然私たち経営陣も疲弊しました。しかし、全社員との面談などコミュニケーションしながら進めることで、なんとか乗り越えました。 

小平氏:変革1年目で組織を大きく変えられたからこそ、2年目から事業のことに取り掛かることができ、そうした意味でもスピード感を持って推進できて良かったと思っています。 

市場のスピードの適応するためには、現場の判断力強化が必須 

——他に苦労されたことや、今後の課題はありますか。 

小平氏:現場に判断力を持たせることには苦労しています。 元々は父の強いトップダウンのもと経営されていたため、父が全ての判断を下し、他の社員は言われたことをこなすだけというスタイルでした。役員やマネージャーも、方針に沿ってメンバーのサポートはできるが、自分で判断ができない。むしろ自己判断したら怒られる、というようなカルチャーが根強かったです。 

池田様:一昔前まではトップダウンで良かったんですよね。市場環境が大きく変わらず、 市場を熟知しているトップが「こっちに行くぞ」と言えば、全員でその方向に機動力高く向かう——そういうスタイルで勝てていました。 しかし、市場環境が高速で大きく変わる現代では、現場で判断をしていかなければいけない。それができない組織だったことは、大きな課題でした。
そこを変えていくために、マネージャーには組織の「結節点」になってほしいということと、「情報提供」「情報収集」「判断行動」「支援行動」という4機能を果たしてほしいという点を伝えています。ただやはり、長年のスタイルを変えるハードルはあるので、現在進行形で働きかけ続けています。 

また、先ほどの採用の話とも絡みますが、ここ1~2年で入った新しいメンバーは、理念に共感して入社された方が多いです。一方、以前からいるメンバーの中には、理念の存在価値や重要性にピンときていない人もいる。そういったメンバーにどう共感してもらうか、また、共感しているメンバーとの対立構造にせずにどう全社的に盛り上げていくか、も課題ですね。 

 

——組織変革において、マネージャー層の強化から着手するのが有効なのでしょうか。 

小平氏:弊社の場合、マネージャー層の育成がこれからだったため、そこからアプローチしていたら苦戦していたと思いますね。なので、まずみんなが対話できる場をつくり、「関係性の質」から改善していったのは良かったと思います。全体へのアプローチと特定層へのアプローチを並行して進めることが重要です。 

池田氏:例えば弊社は、バリューを作る際に、全社員に「ありたい姿」を出してもらい、エッセンスを入れつつ策定しました。さらに全社集会を開催し、社長がビジョンを直接語る場を設けました。オーナー企業ならではのトップダウンの影響力もまだあるので、これは有効でした。 

 

——最後に、113年続く老舗企業の跡継ぎとして、事業継承についてのお考えもお聞かせください。 

小平氏:事業継承には「社長という肩書になったとき」「株を継承したとき」「ソース(源)を継承したとき」という3段階があると考えています。
私の場合、2012年に社長になってからも父が経営の実権を握っており、最初の10年間は会社のコンサルタントをしているような気分でした。しかし、会社が本当に危機に瀕したとき、全てを引き継ぐ決意をしました。
全社集会でミッションを発表した際には「ようやく本当に社長になれた気がする」と話しました。それが、いわば最後の段階の"継承"だったと思います。肩書きや株式を引き継いだだけではなく、会社の存在意義やビジョンを継承するという意味での"継承"です。 

池田氏:そのときの従業員アンケートで「今日で初めて勘太社長の会社になったと感じた」というコメントがあったのは印象的でしたね。 

 

後編では、小平様と池田様の関係性や、二人三脚のリーダーシップの役割についてお話を伺います。 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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