人的資本経営を社員の自分事に。みずほに学ぶカルチャー改革

2022年、企業のカルチャー改革に「かなで」というコンセプトを掲げた株式会社みずほフィナンシャルグループ。2024年7月には、グループ5社共通の人事基盤に完全移行し、大規模な人事運営改革を行った。

チャレンジングなカルチャー改革は、どのようにして推進できるのか。同社CHROの上ノ山信宏氏に、人事運営改革の背景や考え方、具体的な取り組みについて聞いた。

Profile

上ノ山 信宏 氏

株式会社みずほフィナンシャルグループ執行役グループCHRO兼グループCDO

1991年に日本興業銀行(現みずほ銀行)入社。国内外における法人営業や企業調査業務に従事した後、2019年みずほフィナンシャルグループ/執行役員取締役会室長、2021年みずほフィナンシャルグループ/執行役グループCHROに就任。2002年のみずほフィナンシャルグループ開業以来の抜本的人事制度・運営改革である〈かなで〉を担当、2024年7月にはグループ5社共通の人事基盤への完全移行を完了。また2024年4月よりグループCHROに加え、グループCDOも兼任し、デジタル戦略・新規事業開発も担当。

みずほの再起を賭けた人事運営改革

2021年に複数回にわたって発生したシステム障害により、世間からの厳しい声にさらされたみずほフィナンシャルグループ。同年CHROに就任した上ノ山氏は、「社員のやる気や誇りが傷つき、社員と会社の関係も不安定になっていた」と振り返る。

こうした背景から、みずほの人事運営改革の挑戦が始まった。半年かけて議論を行った結果、大きく2つの課題が明らかになったという。

一つは、「ビジネスと人事の連動が不十分」であること。もう一つは、「理想とは程遠い行動様式」が蔓延しているという課題だった。

「銀行の人事は、従来から大きな権限を持ち、社員の生殺与奪を握る存在でした。しかし、それは高度経済成長期における古典的なモデルであって、今や時代遅れ。その中で、『人材の価値向上や育成は人事の仕事であり、現場の仕事ではない』といった役割分担意識が根付いていることが大きな問題でした。社員自身が人的資本を強化するという意識がなかったのです」(上ノ山氏)

また、システム障害の問題に対応する際、第三者委員会から「問題解決の姿勢が弱く、自発的な行動が評価されないカルチャーである」と指摘された。これによって、内向きかつ上位下達な行動様式が蔓延してしまっているという問題を認識した。

これらの課題に向き合う中で、上ノ山氏が導き出した結論は「人的資本とカルチャーは一体的・総合的に運用していかなければならない」というものだ。

現在、みずほフィナンシャルグループでは、個々の人材の能力・価値を「人的資本」と捉え、行動様式の集合体として「カルチャー」を定義している。「この二つがかみ合うことで初めて、人的資本経営が実践できる。いくら会社側が人的資本経営を語っても、社員がその気にならないと始まらない」と上ノ山氏は言う。

人事運営改革の3つの柱

では、どのような実践に取り組んだのか。人事運営改革の具体的な話に入る前に、上ノ山氏は「人とは何か」そして「組織とは何か」を整理した。

人は「渇愛に満ちている存在」だと上ノ山氏は話す。

「与えるより、与えられる方が好きで、与えられるともっと欲しくなる。与えられたものが他人より少ないと悲しいが、与えられたことはすぐに忘れてしまう。私を含めて、多かれ少なかれ人はこういった特性を持った存在です」(上ノ山氏)

また、組織は「二重性」「無自覚」「代謝」といった特徴を持つ。「個人と組織は密接で不可分な関係であり(二重性)、自分たちの行動特性や価値を自覚することが難しい(無自覚)。さらに、人が入れ替わることで簡単に変化する(代謝)ことが組織というものの性質だ」と、上ノ山氏は説明した。

みずほでは、こうした人と組織の性質を踏まえて、人事運営改革の3つの柱を設計した。

一つ目は「社員のナラティブに寄り添う」。これは、会社や組織のパーパスと、社員自身が目指すものを、すり合わせていこうという考え方だ。

二つ目が「ポジティブ感情を生み出す環境を整える」。社員を一人の個人として捉えると、会社の中だけでなく、家庭や社会といったさまざまな環境の中で、あらゆる感情を抱えている。そういった社外の生活も含めた環境を丸ごと考慮し、会社としてサポートできる範囲の支援をすることが重要だ。

三つ目は、「社員と会社の関係性を変える」。従来は、社員と会社を二項対立的な関係と定義したり、社員を組織の持ち物のように捉えたりしてしまうことが多かった。この古い関係性を脱構築し、対等で共創的な関係性へとシフトしていこうという考え方だ。

全社を巻き込むカルチャー改革「かなで」の実践

みずほでは現在、この3つを軸とした改革のフレームワークを「かなで」と称して推進している。人事戦略ではなく「かなで」と名づけたのは、社員全員に自分事として意識してもらうためだ。社員と会社が一体となってカルチャーを作るべく、「ともに創る。ともに奏でる。」という副題が掲げられた。

人事運営においては、採用や異動、評価、給与の制度などを大きく変革した。主な変更ポイントは下図の通りである。

上ノ山氏は、特に退職金・年金の制度変更は議論が難航したと振り返った。企業カルチャーの変革は、どうしても一筋縄ではいかない。「『One Fits Allにならない』『ベストプラクティスがない』『定量的に捉えにくい』といった難しさがあるからだ」と上ノ山氏は語る。

「例えば、Aの組織でうまくいった制度をBの組織に導入しても、環境や構成員が異なるため、うまく適用できるとは限りません。また、組織変革には予算の投資も必要ですが、その費用対効果は定量的には見えにくい。それでもやらなければならないのが、企業カルチャー変革です」(上ノ山氏)

上ノ山氏は、そんなカルチャー変革の実践の一つ、「組織開発」の取り組みを紹介した。

みずほには従来、組織開発の専門チームを置いていなかったが、2022年4月に新しくチームを立ち上げ。コロナ禍を経て疎になっていた『人と人との関係性』の強化から着手した。

例えば、人事がエンゲージメントスコアを見て改善の必要があると判断した組織や、組織長から要望があったチームに対して、組織開発の個別支援プログラムを実施している。また、より手軽に始められるスタートアッププログラムも用意されており、チームの状況に合わせてカルチャー変革に取り組める仕組みにしている。

2022年11月に「かなで」のコンセプトを発表した際、これを機に自分の行動を変えていこうという社員は全体の15%だった。現在、その割合は60%まで上っているという。

この成長の裏には、各社から有志で集まった「コ・クリエイター」という社員たちの活動がある。このコ・クリエイターたちが、かなでが掲げる思想をいかに実践するのか、主体的に考え、発信しているのだ。「人事とは異なる有志メンバーの活動によって、カルチャー変革の兆しが見え始めた」と上ノ山氏は分析する。

人的資本経営には何が必要か?

人的資本経営を実現するためには何が必要なのか。今回の人事運営改革の取り組みを通して、上ノ山氏は「利己と利他の循環」が重要であると考えたという。

「利己に対する思いは、一人一人強く持っている。それを利他、つまり組織全体の力に変換し、循環させていく営みが、人的資本経営の鍵になります。つまり、社員一人一人が働くことや会社に所属することの意味を定期的に確認するのです」(上ノ山氏)

最後に上ノ山氏は、みずほフィナンシャルグループにおける人的資本経営の考え方のポイントを3つ挙げた。

一つに、人的資本経営は「経営の手段であって目的ではない」ということ。人的資本経営が話題になるにつれて、それ自体が目的化しがちだが、本来は企業価値の向上やパーパスの追求のための「手段」である。

二つ目に、「社員がその気にならないと始まらない」ということ。そして三つ目に、「地道な取り組みの積み重ね」が重要であると述べた。

「人的資本経営は社員が『その気になる』ことで初めて動き出すので、手を変え品を変え取り組む必要があります。そういった地道な取り組みの中で、心が折れることもあるでしょう。人事という仕事に携わっている他の会社の方とのネットワークを活かして、知恵を共有しながら進んでいければと思います」(上ノ山氏)

 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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