投資家は企業のどこを見る? トップファンドマネージャーが語る「投資したくなる企業」

人的資本経営への注目が高まる中、長期的な視点で企業価値を判断する投資家が増えている。投資家は企業に何を求め、どのような視点で企業価値を判断しているのだろうか。みさき投資代表取締役社長の中神康議氏、アセットマネジメントOne ファンドマネジャーの岩谷渉平氏に、投資家の視点から企業価値向上のための方策を伺った。

Profile

中神康議 氏

みさき投資株式会社代表取締役社長

約20年弱にわたり幅広い業種で経営コンサルティングに取り組む。数多くのクライアント企業価値向上の実体験を元に、「働く株主®』投資モデルの有効性を確立。2005年に投資助言会社を設立し、上場企業への厳選長期エンゲージメント投資を開始。数々のエンゲージメント成功事例を生む。2013年に、みさき投資を設立し、引き続きエンゲージメント投資に取り組んでいる。著書に、『三位一体の経営 経営者・従業員・株主がみなで豊かになる』(ダイヤモンド社)等。慶應義塾大学経済学部卒。カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)。

岩谷涉平 氏

アセットマネジメントOne株式会社 戦略運用本部 ファンドマネジャー

1998年東京大学経済学部卒業。株式会社日本興業銀行に入行し、主に財務・主計業務を担当。2004年 UBS Global Asset Managementを経て、2008年よりDIAMアセットマネジメント株式会社(現アセットマネジメントOne株式会社)入社。主に、ポストIPOの成長企業投資に取り組む。あわせて、運用フロントのデジタライゼーション及びオルタナティブデータを活用した調査、分析、運用手法の研究に取り組む。Refinitiv Lipper Fund Awards 2023 Japan (株式型日本中小型株(10年)最優秀ファンド)、R&Iファンド大賞 2022(投資託10年/国内中小型株式優秀ファンド賞)他。日本証券業協会「公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキンググループ」委員、経済産業省「研究開発型スタートアップの無形資産価値の可視化に係る課題検討ワーキンググループ」座長他。

 

投資家は企業の人的資本開示のどこに着目しているのか?

2023年から人的資本の開示が義務づけられ、多くの企業が企業価値の源泉である人材をどのように育て、エンゲージメントを高めていくかを模索している。投資家はこの流れをどのように見ているのか。

中小企業や新興企業に積極的に出資するアセットマネジメントOneでファンドマネジャーを務める岩谷涉平氏は、「人的資本の開示以前の問題として、人がどのように価値を生み出しているのかが大事」と語る。

「私が以前から重視してきたのは、創業者がなぜその事業を始めたのか、どんな人材がいるのか、しっかりと組織化できているか。つまり、会社が大きく育つ土壌があるかという点です。そして、人や会社の成長をエンパワーするのが人的資本の開示制度だと思います」(岩谷氏)

岩谷氏が企業価値を判断する際にもう1つ重視しているのが、人材のコンディションだ。そのため、財務諸表を見たり経営陣に話を聞いたりするだけではなく、現場の見学や社員へのヒアリングも行う。たとえば、製造業の大手企業でヒアリングする場合、環境配慮型製品の割合だけでなく、担い手がどのような気持ちで製品をつくっているのか、チームがどんな誇りを持って働いているのかにまで着目しているという。

「働いている人の雰囲気やコンディションが良いということは、会社のオペレーションがうまくいっている証拠です。サービスやプロダクトを提供した先にどんなインパクトを与えたいのか、どのように人々を幸せにしたいのかを明確に持っているかという観点からヒアリングを行っています」(岩谷氏)

一方、「投資家が人的資本情報から読み解くのは『やる気の含み』です」と語るのは、みさき投資 代表取締役社長の中神康議氏だ。

人材コンサルティングを手掛けるギャラップ社が行った「世界各国の従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)調査」によると日本企業の従業員の働く意欲は139カ国中132位と極めて低く、職場への誇りも主要国で最低レベルとなった。この結果は一見ネガティブだが、見方を変えれば、従業員の働く意欲を引き出すことができれば日本企業には成長する余地が大いにあるということだ。中神氏は従業員の潜在的なやる気を「やる気の含み」と表現し、その重要性を強調する。

この状況は日本企業の大きな可能性を示唆しています。『やる気の含み』を顕在化できれば、企業価値は必ず上がるはずです。実際、従業員のエンゲージメント指数が1ポイント上がるだけでも営業利益率が向上するというデータもあります。従業員のやる気が企業価値に与える影響を軽視してはいけません」(中神氏)

持続的に成長する“良い会社”の3つの条件

では、投資家は具体的にどのような企業を評価しているのか。中神氏によれば、持続的に企業価値が上がる会社には3つの重要な要素があるという。

まずは、強い事業基盤があること。事業ドメインにおいて独自の強みに根ざした障壁を築いているか。他社に対して競争優位性を確保しているか。それは投資の必須要件であるという。

とはいえ、競合優位性があるからといって企業が持続的に成長するとは限らない。2つ目の重要な要素が「人に賭けられるか」だ。同じようなの製品・サービスを展開していても、経営者と組織運営のレベル、健全な組織文化があるかなどによって事業成長の度合いは大きな差が生まれる。

そして、3つ目のポイントが「経営の質」。これには事業戦略、事業ポートフォリオ管理、投資・撤退の基準、最適資本構成、戦略的プライシング、ガバナンス体制などさまざまな要素が含まれる。

「持続的に企業価値(value)を増大させるためには、『事業(business)』と『人(people)』を掛け合わせることが大切です。それを飛躍的に成長させることができるかは『経営(management)』にかかっています。経営の質がわずかに改善するだけで、企業価値は莫大に伸びる可能性があるのです」(中神氏)

中神氏は「株価は経営のデリバティブ(派生物)である」と続ける。

「株価の変動には、マクロ産業動向に左右されない『α』と、市場全体や同一産業内で連動する『β』という2種類の要因があります。我々がリターンを得るために重視しているのは、企業独自の競争力や経営力を反映した『α』です」企業経営の良し悪しと株価のαの推移は連動しており、経営が良くなるほどαは上がり、経営が悪化すればαは下がる。(中神氏)

企業が「α」を生み出すために必要なのは、他社とは異なる決断をして「断行」することだ。リスクを取って大型投資やM&Aをする、撤退を決める、人的資本への投資などが企業の業績向上や持続的な成長につながり、産業や市場の動向に左右されにくいユニークな株価変動を生み出す。

「人的資本投資で会社が変わるかどうかは、経営層の『人間集団』が大きく影響します。忖度や派閥争いが頻繁に起こるような組織では心理的安全性が担保されず、トップが大きな決断をすることはできません。そうすると、企業の独自性が失われ、私たちの期待する『α』のリターンを得ることが出来ないのです」(中神氏)

トップの大胆な判断が企業を成長させたとして、中神氏はTDKの事例を紹介。同社は約5年前、人事本部長を日本人からドイツ人に変更。売上比率の6割以上が海外であったことから、人事の改革に踏み切った。

経営会議は公用語を英語にし、メンバーの外国人比率を半数にまで引き上げ、事業部長を経営会議から外すという大胆な決断も行った。「適材適所」ではなく、「適所適材」の発想で必要なポジションに求められる経験やスペックを明確にし、社内に適任者がいなければ積極的に外部から登用する方針を採用したのだ。その結果、採用、教育、評価、報酬などあらゆる面で改革が進んだのだという。

人的資本経営の本丸は、経営トップ層の集団としての質にあります。ここが変わらないと、組織は変化することができず、従業員のエンゲージメントも向上しないでしょう」と中神氏は指摘する。

新産業への投資基準は「社会的意義」の大きさ

一方、岩谷氏は新産業や新市場の創出を目指す企業への投資を「社会的意義」によって判断しているという。たとえば、事業は本当に社会に必要なのか、社会にとってどんな価値があるのか、その事業はリスクを負ってでも投資すべき社会的価値があるかなどを検討する。

岩谷氏が一例として挙げたのが創業期の全日空のケースだ。全日空の前身は1952年にヘリコプター2機で日本初の民間航空会社としをスタートした会社。当時は安全性のリスクをどのように評価するか、単なる利益追求ではなく、本当に社会を良くしたいという志があるかなどが盛んに議論された。同社に投資がなされたのはそれらのリスクを踏まえてもなお人々の共感を得る社会的意義の大きなサービスだったからだと説明する。

また、成長の踊り場を迎えた企業については、新たな価値を創造できるかに着目しているという。岩谷氏が例に挙げたのはKDDIのケースだ。KDDIでは、創業事業である固定電話サービスの売上が伸び悩む中、新規事業やオープンイノベーション、スタートアップへの戦略的な投資を積極的に行ってきた。このように、経営の覚悟が決まれば持続的な成長は可能だと続ける。

「最近では傘下におさめたスタートアップ(株式会社ソラコム)について、成長を促したうえで上場を果たす所謂『スイングバイIPO』のケースも見られました。このように新しい価値を生み出し続ける企業は魅力的ですし、その魅力は株価に反映されます」(岩谷氏)

企業と投資家との対話が新たな価値を生む

企業にとっては投資家をいかに味方にするが重要だ。岩谷氏は投資家と対話を重ねることの重要性を強調する。

投資家との対話を通じて企業価値を向上させた事例として中古住宅再生のカチタスを挙げた。同社は上場後、投資家との対話を通じて自社の強みを再認識。積極的な情報開示を行った結果、企業価値は660億円から3000億円へと大きく上昇した。「特筆すべきは、同社が投資家との対話内容や、それを受けての改善施策を継続的に開示している点です。これにより、企業と投資家の建設的な対話が可能になりました」と岩谷氏。

中神氏は財務情報の分析だけでは差別化が難しくなっていると昨今の投資環境を見ている。そうした状況下において、もっとも情報化されにくい人的資本や組織の状態を理解することの必要性を指摘する。

「CHROと対話を行うことは投資判断をするうえで極めて重要です。人的資本に関する深い対話は、企業と投資家の双方にとって新たな価値創造のヒントとなる可能性を秘めているはずです」(中神氏)

最後に中神氏は、ある経営者の言葉を紹介した。「経営は未来へのギフトを作る仕事」という言葉だ。

「現在の好業績は過去の経営者たちが築いてきた成果であり、現在の経営者の仕事は、次世代のためのギフトをつくることにあります。この視点に立てば、目の前の利害関係者との調整にとらわれすぎることなく、価値を生み出すための本質的な決断を下すことができるはずです」(中神氏)

日本企業に眠っている可能性を顕在化させ、持続的に企業価値を向上させていくには、経営陣の決断力とそれを支える組織づくりが不可欠だ。投資家との建設的な対話は、そのための重要なきっかけとなるだろう。

 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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