なぜ「アルムナイ」が注目されるのか? 再雇用だけではないメリット

人事・組織をテーマにした話題の書籍の著者にインタビューし、理解をさらに深めていく連載企画「ウワサの人事・組織本」。第10回は、書籍『アルムナイ 雇用を超えたつながりが生み出す新たな価値』の著者である、株式会社ハッカズークグループCEO鈴木仁志氏と、同社コンサルタント濱田麻里氏が登場する。

昨今、人材不足に悩む企業の解決策の一つとして注目されている「アルムナイ」。アルムナイは卒業生や同窓生を意味する言葉で、近年では企業の退職者を指して使われる。退職者と企業の関係性が良好に維持されることは、再雇用以外にもメリットが大きいという。とはいえ、退職代行やサイレント退職といった、退職に関するネガティブなキーワードが話題になっている今、どのように退職者と関係性を構築・維持すれば良いのだろうか。アルムナイネットワークの価値や関係構築のステップを伺った。

Profile

鈴木仁志 氏

株式会社ハッカズーク 代表取締役グループCEO

カナダのマニトバ州立大学経営学部を卒業後、アルパインを経て、T&Gグループで法人向け営業部長・グアム現地法人のゼネラルマネージャーを歴任。帰国後は人事・採用コンサルティング・アウトソーシング大手のレジェンダに入社。採用プロジェクト責任者を歴任した後、海外事業立ち上げ責任者としてシンガポール法人設立、中国オフショア拠点設立、フィリピン開発拠点開拓等に従事。2017年ハッカズークを設立、アルムナイとの関係構築を支援するプラットフォーム『Official-Alumni.com』(HR Tech GP2018 グランプリ獲得、HRアワード2022 人材採用・雇用部門最優秀賞受賞)やアルムナイ特化型メディア『アルムナビ』を運営。アルムナイ事例について研究する『アルムナイ研究所』研究員も兼任。2024年にDX人材・エンジニア採用支援の株式会社レインと経営統合によりグループ化し、グループのCEOに就任。

 

濱田麻里 氏

株式会社ハッカズーク アルムナイ・リレーションシップ・パートナー ユニットリーダー

大学を卒業後、外資系コンサルティングファームのべリングポイント(現PwCコンサルティング)に入社。組織人事戦略チームでクライアントのパフォーマンスマネジメント導入や組織改革におけるチェンジマネジメント等に携わる。出産によるキャリアブレイクを挟み、その後ベンチャー企業でEC事業のオペレーションマネジメントや広報業務等に従事。ハッカズークに入社後は、「企業と個人双方の“退職による損失“がない社会」を実現するために、人的資本経営の観点から企業とアルムナイの新しい関係構築をサポートしている。クライアント支援の他に、専門誌への寄稿や自社監修書籍のディレクション等も行う。

 

なぜ今「アルムナイ」なのか?

――まず「アルムナイ」とは何でしょうか。

鈴木:アルムナイは「卒業生」を指す言葉です。書籍では企業アルムナイ、つまり企業を退職した人全般のことを指しています。

――現在、日本においてアルムナイが注目されている背景をどうお考えですか?

鈴木:ある意味、企業があるべき形に近づいてきたのだと思います。

もちろん、昨今は人材不足なので、再雇用が注目されているという背景はあります。しかし、そういった危機感がなくてもアルムナイと企業の関係性は構築されるべきだと考えます。

私は長年、採用や人事のコンサルティングに携わり、「ゆりかごから墓場まで」と言われる、候補者に関わる採用領域や、社員に関わる人事領域でサービスを提供してきました。当時、企業からは「社員が辞めたらそれまでの投資がすべて無駄になるから、投資をしたくない」という後ろ向きな声が多く聞かれたんですね。

たしかに、会社は社員にあらゆるコストをかけて投資します。一方の社員も、限られた自分の時間やキャリアを会社に投資します。これが退職で縁が切れてしまって、すべて無駄になるのは、両者にとって非常にもったいないことです。そう考えれば、互いの投資を無駄にしないために「企業とアルムナイはつながり続けるべき」という考え方に、必然的にたどり着きます。

これまでアルムナイの浸透を阻んでいたのが、日本企業における「退職者=裏切り者」という考えで、退職者は長期雇用という会社側の期待値を裏切った人という思考によるものでした。そういった思考によって出来上がったカルチャーが、本来あるべき退職者との関係性を阻んでいたのです。

現在は企業に人的資本経営が広まり、正社員だけでなく業務委託や契約社員なども組織の資本の一部として拡張的に捉えるようになりました。そのような流れの中で、アルムナイもその拡張的な組織の一部と捉えたいという企業が増えてきていると言えるでしょう。

――企業がアルムナイとつながりを持つメリットには、どんなものがあるでしょうか。

鈴木:組織を拡張的に捉えるという視点から、大きく二つあります。一つは、「企業が人的資本を強化できる」ということ。

アルムナイはその企業特有の文化を深く理解しながら、外部の視点も持っている貴重な人材です。その視点を生かして、アルムナイが外部講師として従業員のキャリアコンサルティングや研修を行う例もあります。

また、アルムナイ自身が退職後にさまざまな経験を積むことで、所属していた企業の良い点・悪い点が見えてくることがあります。退職後、時間が経ってから得られた気づきを、アルムナイから社内に共有してもらうことで、企業は現在の従業員体験を向上することができます。

さらに、アルムナイが退職後に別のフィールドで活躍していることは、その企業のブランディングにも寄与します。最近では入社前の候補者が、その社内でのキャリアだけでなく、その会社を退職した後のキャリアを知りたがるケースも珍しくなく、アルムナイに自社の採用ページや採用セミナーに登場してもらうという企業も増えてきています。前回のWBCで活躍した大谷選手とダルビッシュ選手が、ともに日本ハムファイターズの出身であることは海外でも話題になり、海外の選手の間で日本ハムファイターズは「スーパースター排出チーム」として見られているとも言われています。近しいことがビジネスのフィールドでも起きているのです。

企業にとってだけでなく、アルムナイにとってもメリットがある、良い関係を築くことができれば、アルムナイを企業にとっての新しい人的資本と捉えることができるのです。そしてアルムナイとの関係を築くもう一つのメリットとして「定着の新しい定義」があります。

社員1万人の企業で年間の離職率が5%であれば、毎年500人ずつ人材が「流出している」と捉えるのが一般的です。従来は、正社員として100%の時間を使ってくれる社員だけが、企業に「定着」しているという考え方でした。しかし、退職しても、例えば副業やフリーランスなどで、業務時間の20%を割いてくれるアルムナイも「定着」として捉えられるのではないでしょうか。

そのほかにも、クライアントを紹介してくれたり、第三者に会社について聞かれた時にポジティブな回答をしてくれたりする“ファン”のようなアルムナイの存在は、拡張された企業組織の一部だと考えてよいでしょう。

――昨今は社員や就活生といった個人の価値観も変化していますよね。

鈴木:そうですね。今は、個人のキャリアにおける「安定」の定義が変わってきていると思います。この会社に入ったから一生安泰、といった考えは減って、むしろ会社や環境が変わっても、自分が安定的にキャリアを積み重ねていくためにどうすればよいかを追求する傾向にある。

そのため採用候補者も、社内のキャリアパスのみならず、その企業のアルムナイがどういったキャリアに進んでいるのかについて興味を持っています。入社前に元社員の声を聞くことで、客観的な視点を得たいという声も多いですね。

濱田:実際に、私が支援している企業では「アルムナイネットワークがあること」を決め手に入社する新卒社員が増えているという声も聞きます。「○○という会社のアルムナイである」ことが、その後の財産として使えるかどうか、人材の流動性が高まるこの時代、採用候補者は気になるポイントだと思います。 

アルムナイネットワークを作る4つのステップ

――では、企業はどのようにしてアルムナイと関係を構築すればよいのでしょうか。

濱田:より良いアルムナイとの関係構築にあたっては、4つのステップを踏むことが求められます。

まずは、「退職者とつながっていきたい」という企業の意思を伝えることが重要です。退職者は退職した企業に対してどこか罪悪感を抱いている場合が多いので、自ら積極的に以前の会社とコネクションを作って良いのか戸惑ってしまう人は少なくないでしょう。

だからこそ、企業の姿勢として「アルムナイと今後も良好な関係を築きたい」という態度を明示する必要があります。例えば新しく採用した人材の「オンボーディング」についてはその重要性が叫ばれて久しいですが、私たちは退職時の「オフボーディング」のステップも同様に重要なものと捉えています。人事や管理職が、社員の新たな挑戦を否定することなく、良好な関係のまま退職できるオフボーディングの意識を高く持つことが、アルムナイネットワークを構築するファーストステップです。

2つ目に、企業とアルムナイが関係を継続できるインフラを整備することです。企業はアルムナイの名簿を持ち、インターネット上でコミュニケーションが取れる環境を整えたりできると良いでしょう。例えば弊社が提供しているクラウド型システムでは、企業とアルムナイ・アルムナイ同士のリレーションシップ構築をサポートしています。

3つ目に、企業とアルムナイが双方のニーズを把握すること。企業がアルムナイの求めていることを知ることはもちろん、アルムナイ同士でも互いのニーズを把握できることが理想です。アルムナイ同士の関係性の強さも、アルムナイネットワークの大きな求心力になります。

4つ目に、アルムナイネットワークの中でコミュニケーションが活性化する仕組み・仕掛けを作ることです。企業の現役社員とアルムナイ、またはアルムナイ同士が活発にコミュニケーションをとり、好循環が生まれるための施策を考える必要があります。

この仕組みには、オンライン・オフラインどちらも考えられます。企業の性質やアルムナイの属性によって、適切なリレーションの工夫ができるとよいでしょう。遠くの地域に引っ越した方や、子どもが生まれてビジネスから遠ざかっている方とつながるには、オンラインの方が適しているかもしれません。

一方で、オフラインの場が持つパワーも非常に大きいものです。アルムナイネットワークのオフラインイベントを開催した多くの企業では、アルムナイの方が「この会社に在籍した期間があってよかった」というポジティブな感情を再確認する場として機能しています。

――4つのステップの中で、特に人事担当者が注力するべき点はありますか。

濱田:人事の方は特に、一つ目のステップでお話した「オフボーディング」をよいものにできるように意識していただきたいです。どんなに素晴らしいアルムナイネットワークがあっても、退職時にネガティブな体験をしたアルムナイに退職後につながってもらうことはできません。

弊社では、部下から退職の申し入れがあった際に、現場でどのようにコミュニケーションするべきかについて、マネージャー向けのオフボーディング研修を展開しています。その研修では「退職を申し出た部下と適切なコミュニケーションをとりましょう」というアドバイスやそのノウハウを伝えています。

なぜ辞めるのか、今後どういうチャレンジをしたいのかといった部下の考えを聞き、肯定できる上司は意外と少ないのです。まずは現場の意思疎通がしっかりできることが、心地よいオフボーディングのために重要です。

鈴木:例えば、退職予定のメンバーを来期の計画の会議に入れることは、退職する本人も望んでいないだろうと気を遣って、退職予定者を会議に呼ばないことは往々にしてあるでしょう。一見退職者を気遣った行動に見えるのですが、黙って会議から外されてしまうと「退職予定者は重要な会議に呼んでもらえない」と、よく思わない人もいます。

人それぞれ捉え方は異なるので、正解があるわけではありません。退職予定者に対して意図を伝えたり、逆にその人の意見に耳を傾けたりして、コミュニケーションを取ることで防げる不和です。

多くの人事は、新入社員が入った際の「オンボーディング」には注力しても、オフボーディングの重要性は見落としがちです。退職を申し出た後のプロセスを整備するなど、できるアプローチがあるはずなので、見直してみてほしいですね。

――アルムナイネットワークを構築し価値を発揮している企業の事例を教えてください。どんな取り組みを実践しているのでしょうか?

濱田:例えばパーソルキャリアさんでは、アルムナイネットワーク専用サイト上での情報交換や交流イベントを企画していますが、退職された後もゆるやかにつながり続けることで、いつかまた転職を考える際のキャリアの選択肢の一つとしてパーソルキャリアを捉えていただけるだけではなく、それ以外の価値も大いにあるといいます。

具体的には、業務の一部をアルムナイに切り出して業務委託という形でビジネスを担ってもらい、アルムナイに現役社員の社外メンターとして人材開発に関わっていただくなど、採用以外の価値創出が実現しています。アルムナイの価値が社内の隅々まで浸透している企業の一つだと思います。

アルムナイ・ネットワークを活用できている企業は、社員に対するコミュニケーションをおざなりにしないことが共通しています。

例えば、会社のイントラで「アルムナイ通信」のようなニュースレターを配信し、アルムナイコミュニティの最近の取り組みやアルムナイ自身の紹介をしている企業があります。また、アルムナイとの交流会を社員が誰でも参加できるオープンなものにしている企業が多いですね。

どんな企業でもアルムナイの実践は可能

――アルムナイネットワークを実践するにあたって、陥りがちなアンチパターンと気を付けるべき点を教えてください。

濱田:「アルムナイネットワークを作ります」と銘打つだけでは、アルムナイも社員も参加する意義を感じにくく、長続きしないでしょう。

企業のアルムナイに対する姿勢を、その企業の言葉で伝えてほしいと思います。「アルムナイの皆さんとこういう目的で、こういう形で、つながりたい」といったスタンスを明文化すること。その考えが会社全体の共通認識として浸透している状態が重要だと思います。

経営者や人事だけではなくて、現場の社員も、企業としてのアルムナイに対する姿勢を理解しておくことが重要。というのも、既存社員は、極端な話、全員が潜在的なアルムナイ候補だからです。社員が「この会社を辞めても、アルムナイとしてリレーションシップを築けて、この会社での経験が大きな財産となる」と捉えることは、社員の心理的安全性にも繋がり、その社員と企業の良好な関係を築くことに役立ちます。

――アルムナイネットワークを構築して、うまくいく企業はどういった企業でしょうか?

濱田:「どんな企業もうまくいく可能性がある」ということは、強く伝えたいです。社員の皆さんは、誰しも一度は愛着を持って「この会社で頑張ろう」と思って入社されるわけです。「うちではアルムナイネットワークは無理」と及び腰になる企業さんもまだまだ多いのですが、どんな企業も可能性があるので挑戦してほしいですね。

鈴木:一方で、アルムナイネットワークを構築すれば、簡単にアルムナイと良い関係が保てるわけではありません。

日本企業では退職者が裏切者扱いされるカルチャーが長く続いてきたことも事実です。何十年も続いてきた価値観は、さまざまな行動・言動に今も残っていることは珍しくありません。何十年もの間多くの個人が持っていた固定観念を、一朝一夕で変えることは難しい。時間がかかる改革だからこそ、今取り組みを始めてほしいですね。

人的資本経営においても言われているように、企業は過去に反省するべきふるまいがあったのであれば、それを認めて、改善したことを伝える必要があります。もちろん、アルムナイ側にも退職時に反省するふるまいがあった人もいるかもしれませんが、最初に企業から歩み寄らなければ良い関係の構築は始まりません。オフボーディングの改善やアルムナイとの丁寧なコミュニケーションを経て、地道に信頼構築していくしかありません。あくまで人間同士の関係構築であることを忘れないことが重要ですね。

 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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