コミュニケーションは「スキーマ」が原因ですれ違う。今井むつみ先生に解決のヒントを聞く
2025.04.23
目次
「何度も説明したはずなのに、なぜ伝わらないのだろう…」社内のコミュニケーションにおいて、誰もが一度は直面する悩みではないでしょうか。「言った・言わない」の水掛け論や、部門間の伝達ミス――。ビジネスの現場では、コミュニケーションの行き違いが、さまざまな問題を引き起こします。この問題に対して、多くのビジネス書では「よい伝え方」「よい話し方」のメソッドが語られてきました。
しかし、慶應義塾大学 名誉教授の今井むつみ先生は、著書『 「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 』の中で、コミュニケーションが上手くいかない原因は「『言い方』ではない」と指摘しています。人と人のコミュニケーションにおいては、なぜ「伝わらない」という事態が生じるのでしょうか。そして、より良いコミュニケーションを実現するためには、どのような視点が必要なのでしょうか。今井先生に「伝わらない」の原因と、組織におけるコミュニケーションの課題を乗り越えるヒントについて、詳しくお話を伺いました。
Profile

今井むつみ 氏
一般社団法人今井むつみ教育研究所 代表理事、慶應義塾大学 名誉教授
日本認知科学会フェロー、国際認知科学会(Cognitive Science Society)フェロー(アジア初)、専門分野は、認知科学、特に認知言語発達科学、言語心理学。著書に『ことばと思考』『学びとは何か―〈探究人〉になるために』『親子で育てることば力と思考力』『学力喪失―認知科学による回復への道筋』『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田喜美氏との共著)『算数文章題が解けない子どもたち』ほか多数。
言っても伝わらない原因「スキーマ」とは
――本書では「言っても伝わらない原因は、言い方ではない」と述べられていました。改めてどういうことか説明いただけますか。
簡単に言えば、伝わらないのは人によって思考の枠組みが異なるからです。人は誰しも自分の経験に根ざした「思考の枠組み」を持っています。これを言語学では「スキーマ」と呼びます。
国の慣習や、所属するコミュニティの文化、その人の立場や価値観、育った環境によって、人それぞれのスキーマが作られます。例えば、「冠婚葬祭ではこのようにふるまう」という慣習もスキーマですし、朝会社に行って何をすればいいか分かるのもスキーマがあるからです。
このスキーマはいわばフィルターのようなもので、人は必ずスキーマを通して物事を見聞きし、理解します。
私たちの周りには情報があふれていますよね。情報を取捨選択するときに、スキーマによって無意識のうちに注目する情報を決めているんです。逆に、スキーマに合わない情報はスルーされるわけですね。これは普段のコミュニケーションでも起こります。
スキーマは立場によっても異なるので、上司にとっては最重要事項で何度も繰り返し説明しても、部下は大事だと捉えられずに忘れてしまうこともあるでしょう。これは上司の言い方に原因があるというよりは、「スキーマの違い」がミスコミュニケーションにつながっていると言えます。

――コミュニケーションのすれ違いには、スキーマが大きく影響しているのですね。
そうです。そしてスキーマは人の記憶にも関わります。
人は、見聞きした言葉や出来事をそのままインプットするわけではありません。必ず自分のスキーマを通して「解釈」します。解釈することで、それが記憶として定着するのです。
例えば、書籍のタイトル『わたし、定時で帰ります。』を、『わたし残業しません』と覚えていた人がいました。この方は「定時で帰るということは、残業しないんだな」と解釈して、それを記憶していたのです。
――記憶しておくための解釈が、記憶をゆがめてしまったり、忘れてしまったりする原因にもなる、と。
はい。本のタイトルという短い言葉でさえ、解釈を通して違ったワードになってしまうのですから、会社の中での複雑なコミュニケーションで「言った言わない」の問題が起きてしまうのは当然です。
特にビジネスの現場では、話をする側は明確な目的があって重要な話をしているつもりでも、聞く側はそのスキーマを共有していないので、記憶に残りにくい。話し手と聞き手の非対称性があります。
また、聞き手のスキーマによっては、本来の意図と異なる解釈で、話し手の感情を想像してしまうこともあります。
人は、相手の感情や、相手が自分をどう思っているかという評価にも敏感です。例えば「これが不足しているから追加で作業してほしい」というニュートラルな依頼も、受け手によっては「やらなければいけない作業ができていない、ダメだ」という叱責と捉えるかもしれません。

単語一つもトラブルの原因に
――「相手の立場に立って言葉を選ぶ」といった工夫をしている人は多いと思いますが、それでもスキーマの違いは乗り越えられないものでしょうか。
多くの人が「話せばわかる」と思いがちですが、それは大きな誤りです。人によって物事を捉えるスキーマが違うのだから、すれ違うのが当たり前。どんなに気を付けていても、小さなことから誤解が生じることがあるでしょう。
単語一つとっても、人やコミュニティによってスキーマが異なります。昨今話題になっている「性的同意」の問題も、「同意」は何を指すのか、「不同意」とはどういうことなのかが争点になっています。
業界用語なら暗黙の了解があって、一定のコミュニティで共有されているのかもしれません。でも「暗黙の了解の共有」は簡単なことではありません。
私も単語に対するスキーマが人と異なったことで、トラブルに直面したことがあります。家のテーブルをオーダーメイドで作る際に、飲食店などのインテリアを作っている工務店にお願いしたんです。個人からの発注はほとんどないという工務店でした。
その時、「見積もり」を出していただいたのですが、私はオーダーメイドのテーブルを作るのにかかる全費用が含まれていると思いました。しかし、実際は木材の費用だけの見積もりだったのです。
普段その工務店がやりとりしている、飲食店を経営する方などであれば「見積もりは素材ごとにとるもの」というスキーマを共有しているかもしれません。しかし、私は「見積もり=全体の金額」というスキーマで話を聞いていたのです。
この件は先方の厚意もあって丸く収まりましたが、企業同士の重要な契約でこうした勘違いが起きたら大変です。
人はそれぞれのスキーマのフィルターを通した解釈しかできないということを、覚えておく必要があります。
「言っても伝わらない」を乗り越える鍵
――多くの企業は「経営理念」や「ミッション・ビジョン」を掲げていると思います。これは社内でスキーマを共有する手段ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
そうですね。ただし、経営理念を「掲げるだけ」「唱和するだけ」ではあまり意味がないと思います。
なぜなら、社員はそれぞれのスキーマで解釈するからです。経営者が考えた理念なら、経営者自身の経験や信念に強く裏付けられていると思いますが、社員はその経験を共有していません。
なので「経営理念を書いて配れば、社員が同じ価値観を共有できる」と思わないこと。まずはこの点を理解することが大事です。
そのうえで、経営理念を社員がどのように解釈しているのか、経営層や人事が観察する必要があると思います。
――観察する、というと?
掲げられた言葉をどのように解釈しているのかは、言葉の使い方やふるまいといった日々の行動の端々に表れるものです。
経営者やマネジメントの立場の人たちも、従業員と場をともにして、本当にミッションやビジョンが理解されているのか、それとも全く違うフィルターを通して解釈されているのか、確認するのです。
――なるほど。スローガンは万能ではないわけですね。「伝わる説明」や「すれ違いのないコミュニケーション」を目指すには、どういった取り組みが必要なのでしょうか。
「こうしたらいい」という、マニュアル的な処方箋はありません。
常に「自分の解釈は、本当に相手の言いたいことなんだろうか?」と疑うこと。そして、「自分の話を相手がどう解釈するだろうか?」と推論すること。この繰り返しによって、熟練していくしかありません。
私の専門の認知心理学の研究では、何人もの人に実験に参加してもらい、指示した作業をやってもらう必要があります。私も研究を始めたばかりのころは、頭の中にある「実験参加者にやってほしいこと」を書き出して渡せば、相手はその通りに実行してくれると思っていました。
しかし、実験参加者はそれぞれのスキーマを通して勝手に解釈し、勝手なことをするんです。どんなに頭のいい人を相手にしていても、です。
なので、私たちの研究で最初にやるべきなのは、実験のための指示文を見直して、「この文言はどう解釈されるだろうか」「こう言ったら誤解されるのではないか」とシミュレーションを繰り返すことです。
特に、初めて実験をする学生たちには、「最初の実験は自分の練習だと思ってやりなさい」と言っています。最初から実験の指示がうまく伝わって、結果を得られることはありません。1か月くらいは失敗を重ねて、試行錯誤するうちに上達し、やっと本番の実験ができるようになるのです。

――マネージャーは「失敗してはいけない」という意識が強いと思います。企業でも、失敗が許されるコミュニケーションの練習の機会が必要でしょうか?
組織は、従業員が失敗できる機会を折り込んでおく必要があると思います。
自分で試して、失敗して修正する。そういった試行錯誤の時間を与えず、いきなり「お手本の通りに完璧にしなさい」では、組織はダメになってしまいます。
失敗できる機会として、例えばワークショップなどの研修を実施するのもよいと思います。
できれば社内の人だけでなく、顧客やユーザーを想定して社外の人とのコミュニケーションの機会があるといいですね。企業側の「こうやって製品を使ってもらいたい」という意図に対して、一般の人はいかにその通りに行動しないか、身をもって経験すると、大きな気づきになるでしょう。
――最後に、組織内のコミュニケーションに悩むマネージャーや、人事に向けてアドバイスをお願いします。
まず、相手は自分とは異なるスキーマを持っているということを忘れないでください。「自分の当たり前は、相手にとっても当たり前ではない」という視点を持ち、日々のコミュニケーションを振り返ることが大切です。
コミュニケーションのすれ違いや誤解の種は至るところにあります。「伝わる言い方集」を買って暗記すれば解決できるものではありません。
それでもあきらめずに適切に伝えるためには、どれだけ相手を真剣に理解しようとできるかが鍵だと思います。クライアントが持つスキーマ、別の部署の従業員が持つスキーマは、自分の当たり前とは異なるのです。
例えば、お子さんがいらっしゃる方であれば、自分のお子さんと真剣に話してみて、誤解がないか、どうすれば理解してもらえるのかを考えてみるのもよいでしょう。これはある意味、日々の実験です。仕事の場で練習する機会がなくても、家族や友人との会話でも試せますよね。
毎回行うのは大変ですが、時折、自分のコミュニケーションを意識的に振り返ることをおすすめします。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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