「けんすう」を学生起業家からイノベーターにしたリクルートの「どうしたいか?」を問う組織文化

イノベーションの創出が求められる一方で、それを生み出す組織づくりや人材育成に苦戦している企業は多い。では、各業界で活躍するイノベーターはどのような組織でどのような経験を経て、現在に至るのか。

連載「イノベーターは組織からどうやって生まれたのか?」の第1回で話を伺ったのは、連続起業家であり、アル株式会社代表取締役の古川健介(けんすう)氏。学生起業を経て新卒で入社したリクルート時代の経験が現在のキャリアにどのように活きているのか。自身の経験に基づき、組織とイノベーターの関係について、語ってもらった。

Profile

古川健介 氏

アル株式会社 代表取締役

アル株式会社代表取締役。学生時代からインターネットサービスに携わり、2006年株式会社リクルートに入社。新規事業担当を経て、2009年に株式会社ロケットスタート(のちの株式会社nanapi)を創業。2014年にKDDIグループにジョインし、Supership株式会社取締役に就任。2018年から現職。会員制ビジネスメディア「アル開発室」において、ほぼ毎日記事を投稿中。

 

「どうしたいか?」を常に問われるリクルートの組織文化

——古川さんは学生時代に起業・売却を経験されたあと、新卒でリクルートに入社されています。なぜ、リクルートだったのでしょうか。

私は学生時代からWebサービスをつくるのが好きで、いくつか立ち上げたサービスのうちの1つをライブドアに売却する経験をしました。その時点で起業と売却というプロセスは一通り経験していたのですが、新卒でしか経験できないこともあるだろうと思い、一度就職することにしたんです。

最終的にリクルートを選んだのは、大切にしている価値観がフィットすると感じたから。会社によっては規律を重視するところもありますが、リクルートの場合は若手でもどんどん挑戦させてくれて、「失敗してもいいから自分の意思でやってみろ」というカルチャーがある点に惹かれました

たとえば、リクルートでは上司が業務命令をして部下が動くというケースはあまりなく、「お前はどうしたいのか?」と常に問われます「こうやりたい」と主張すると、チャンスをもらえる。主体的な意思表示と行動が評価される文化なんです。

——新卒1年目だと一般的には上司の指示を受けて動くケースが多いと思いますが、いきなりやりたいことを聞かれるんですか?

そうですね。入社直後の新卒研修ですら「研修で何したい?」と聞かれて、自分で考えた研修プランを提案して、「じゃあ、それやって」という感じでした。

私が配属されたのはインターネット関係の新規事業をつくる部署でした。最初はWebディレクターのような動きから始まり、半年後にはプロデューサーとして自分で企画を立てて実装までを担当しました。

仕事の進め方についても、上司が細かく指示を出すということはほとんどありません。「このサービスをこうしたいので、こう進めます」と自分の意思を伝えて、承認を得て進めていくスタイルが基本です。

もし、「どうしたらいいかわかりません」と言えば、「そうか、わからないんだね」で話が終わってしまう。自分の意思を示さない限り、何も進まないんです。「ビジネスパーソンとして給料をもらっている以上、自分で考えて価値を出すのが当たり前」という感覚が徹底されていましたね。

——そうした主体性を重んじる文化を育むために、何か制度があったのでしょうか?

若手が活躍しやすい制度や新規事業を奨励する仕組みはありましたが、それ自体が文化をドライブしていたわけではないと感じています。

むしろ重要なのは、社内に浸透している「規範」です。「部下が自分の意思で動き、上司はそれを支援する」というスタイルが当たり前になっている。そして、そういう動き方ができる人が評価される。こういった「組織のOS」のようなものが、リクルートの主体性を重んじる文化の醸成につながっていたと思います。

また、意思を聞くことで若手を鍛えようとしていたというよりは、単純に「その人がどうしたいかが一番重要」と考える人がリクルートには多かった。やっぱり、「どうしたいか」という意思がない人と一緒に働くのは、ちょっとやりづらさがありますよね。

——リクルートでの3年間での経験の中で、現在の古川さんのキャリア形成や企業経営に役立っていると感じることは何ですか?

一番は「視座の高さ」かもしれません。「2年以内に売上100億円、利益30億円」といったレベルの目標が当たり前に求められる環境だったので、必然的に物事を考えるスケールが大きくなりました。スタートアップでは到底考えられないようなレイヤーで事業を捉える癖がついたのは大きな財産です。

とにかくハイパーフォーマンスな人たちと一緒に働けたことも、非常に大きな経験でした。当時の同僚や先輩の中には、後に上場企業の経営者や有名企業の役員になった人が何人もいます。そういった人たちが、普段どのようにビジネスを考え、意思決定しいるのかを間近で見られたことは学びでしたね。

成功者の話は後から聞くと綺麗にまとまったストーリーになりがちですが、実際には数多くの失敗や試行錯誤があります。そのリアルなプロセスを見られたことで、「成功」というものに対する解像度が格段に上がった気がします。

「主体性」と「規律」。組織としてどちらを重視するか

——一方で、組織づくりという観点では、共通の価値観や方向性を共有することも求められるかと思います。リクルートではチームや組織としてまとまるための仕掛けはあったのでしょうか?

私が在籍していた当時のリクルートでは、表立ってミッションやビジョンが強く語られることは少なかったように思います。社長が全社員に向けて熱く語るような場面も記憶にないですね。私の感覚では、「リクルートのために頑張ろう」とか、「組織の方向性に共感するからずっと働きたい」という人はかなり少数派だった気がします。

それよりは、「自分の人生やキャリアにとって、今このリクルートというプラットフォームで経験を積むことが重要だ」と考えている人が多かった。自分が成し遂げたいことのためにリクルートという会社を最大限使うという感覚です。

個人の目標と、会社のフェーズや提供できる環境がたまたま合致している期間はお互いを活用し合うという人が多かったと思います。

———一人ひとりが主体性を持って目標達成に向けて動くからイノベーターが生まれ、結果的に会社の成長につながっているんですね。そうした文化を育み、組織として機能させるうえで重要なポイントをどのように考えますか?

組織文化をつくるうえで重要なのは、「何を褒めるか」だと思います。たとえば、遅刻しない人を褒め続ければ規律を重んじる人が評価される文化になりますし、良いアイデアを出した人を称賛し続ければアイデアが尊重される文化になる。

ただ、これらを両立させようとすると矛盾が生じやすいんです。「時間厳守で、かつ自由な発想を」というのは意外と難しい。

リクルートは「会社が思うように社員をコントロールすること」を放棄し、「個人の意思で動くこと」を徹底的に重視するという選択をした組織です。だから、個人の主体性が組織に埋もれることなく発揮され、新規事業創出などにつながっていく。

一方で、以前私が売却したnanapiがグループ入りしたKDDIは大きな利益を生み出す会社ですが、リクルートとは対照的な文化でした。

KDDIは「規律」を非常に重視する会社です。事業計画を1年半前に策定し、子会社、その1部署、末端のチームのレベルまで詳細な計画を立てます。目標達成率は100%が絶対です。この緻密な計画と週次・月次での進捗管理をグループ全社で徹底することで、驚くほど正確な業績予測を実現しています。

もちろん、リクルートとKDDIのやり方のどちらが良い悪いという話ではありません。重要なのは、組織として「何を取り、何を取らないか」を明確にすること。

どちらの企業も大きな業績を生み出していますが、リクルートは規律よりも個人の意思を、KDDIは個人の自由よりも計画達成のための規律を選んだ。すべてを良いとこ取りしようとすると、結局どっちつかずでうまくいかない可能性が高いと思います。

イノベーター採用がうまくいかない理由

——イノベーションの創出を目指して外部から人材を採用する企業も多いですが、採用後にうまく成果が生まれないケースもあります。イノベーター採用に取り組む企業が陥りがちな落とし穴は何でしょうか。

これは本当によくある話で、「イノベーションを起こせる人材を採用したのに、全然活躍せずに辞めてしまった」というケースを数多く見てきました。

多くの場合、問題は採用した人材にあるのではなく、受け入れる側の組織にあります。イノベーターが活躍できるような組織風土や規範、ルール、評価制度などが整っていないのに、採用だけ先行しても結局ミスマッチが起きてしまう。

社内から新規事業アイデアがどんどん生まれ採用されている、イノベーションが日常的に起きている組織であれば、外部からイノベーターを採用しても活躍できる可能性は高い。しかし、そうでない組織が現状を変えたいという思いだけでイノベーター採用に踏み切っても、多くは失敗に終わると思います。

——環境を変えてから人材を採用するのか、環境を変えられる人材を採用をするのかは、どちらから取り組むべきか迷う企業も多いそうです。

イノベーター人材を数名採用しただけでは、組織を変えられるとは思いません。変えるなら、一気にやらないと難しいと思います。

1990年代にリクルートがインターネット事業へ大きく舵を切った当時、技術系人材を採用するために当時の東大理系の学生全員にアプローチしたそうです。休学して地方にいる学生がいれば、そこまで会いに行く。それくらいの覚悟と規模感で採用を行い、組織の構造自体を変えようとしたからこそ、「リクナビ」のようなサービスが生まれたわけです。

「イノベーターを採用したい」という考えは分かりますが、まずは自社の組織文化や仕組みを見直し、イノベーターが本当に活躍できる土壌があるのかを冷静に判断することが先だと思います。

——既存組織から切り離した新規事業のチームをつくることもありますが、数名の規模感ではやはり足りないですか?

そうですね。新規事業開発部のような「出島」をつくっても、結局は母体である既存組織の文化やルールの影響を強く受け、うまく機能しないことが多いですよね。

大企業が新規事業に使えるお金や人材は、実はスタートアップよりも限られているケースが多いんです。スタートアップなら有望な事業であれば初期段階で何十億、何百億と調達することも可能ですが、大企業でいきなりその規模の予算と人員を新規事業に投下するのは難しい。結果的に、本気で新規事業をやりたい人材は去ってしまいます。

それでも大企業が新規事業に取り組む意義があるとすれば、それは「その会社でしかできないこと」ができる場合でしょう。

既存の店舗網や膨大な顧客基盤などのアセットを活用すれば、スタートアップには太刀打ちできないような事業展開が可能です。私がKDDIグループにいた際にうまくいったアドテクノロジー事業も、auの顧客データを活用できたからこそでした。

他社のマネでは成功しない。自社にあったイノベーション戦略を

——組織としてイノベーターを育てたい、採用したいと考えている企業に向けたアドバイスをお願いします。

よく言われることですが、組織も国家も成功した要因そのものが後の衰退の原因になることがあります。

たとえば、規律を徹底して成長した会社がその規律ゆえに硬直化して変化に対応できなくなったり、逆に自由闊達な文化がコンプライアンス問題で不祥事を起こしたり。これらは常にトレードオフの関係にあることを認識しておく必要があります。

そのうえで、他社の成功事例を安易にマネしてもうまくいかないということも強調したいです。

リクルートの新規事業開発の手法は多くの企業が研究しましたが、それを自社に取り入れて成功した例は少ない。もし本気で「社内からイノベーションを生み出したい」と考えるなら、既存の組織文化を一度壊すくらいの抜本的な変革が必要です。

もちろん、人事部門だけで担える業務ではありません。経営者が強いリーダーシップと覚悟を持ち、ポートフォリオの転換や人員配置の変更を含めた大きな意思決定をしなければ、組織を大きく変えることはできないでしょう。

また、人事が主導して「イノベーション人材を採用しよう」「研修をしよう」と動いても、受け入れる土壌がなければ、結局はうまくいかないケースがほとんどです。リクルートの社員ですら、辞めて起業してからうまくいっている人のほうが少ない。

もし今の組織でイノベーターが育っていない状況なのであれば、無理に社内でゼロから生み出そうとすることに固執せず、別の選択肢を検討する方が現実的かもしれません。

M&Aで有望なスタートアップを買収したり、資本提携をしたり。あるいは、自社有望が生まれたら事業を分社化して独立させるなど、自社の体力や文化、戦略に合ったイノベーションの起こし方があるはずです

自社にとって最適なイノベーション戦略と人材育成は何か、多角的に検討していくことが重要だと思います。

 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

本記事に関連するサービス

本音が見える、真の組織課題が特定できる「組織インサイトサーベイ」

この連載の記事一覧

UNITE powered by Uniposをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む