【コクヨ】老舗企業のポテンシャルを最大化する全方位型の人事戦略

組織の風土や人事の仕組みを変えることは簡単ではない。トップや人事が変化の必要性を感じていても、何から取り組めばいいかわからなかったり、社内で分断が起きてしまったりするケースもある。
自社の強みを見出し、未来にわたって強化していくための組織変革を進めているのが、コクヨでヒューマン&カルチャー本部長、HR部統括部長を務める越川康成氏だ。入社当時、「コクヨの組織人材マネジメントは旧来型で、もったいない」と感じたという越川氏は、どのような視点で組織の風土や人事の仕組みを変革してきたのだろうか。

Profile

越川康成 氏

コクヨ株式会社
執行役員 ヒューマン&カルチャー本部長兼 コクヨアカデミア学長

「コクヨらしいクリエイティブ」を強化する組織づくり

——越川さんはこれまでどのように人事としてのキャリアを歩んできたでのでしょうか?

ファーストキャリアではメーカーで工場人事から本社で人事労政の経験をしました。当時は大不況で、生き残るためにリストラをしなければならない時代。逃げの対応に追われる経営陣に疑念を抱いていた時、ファーストリテイリングの柳井正さんに惹かれて同社に転職しました。

当時のファーストリテイリングはまだ東京に本社を移したしたばかり。会社が急成長する中でその先を見据えたインフラを整備しながら、全方位的に人事の経験を積むことができました。その後、柳井さんから「人事屋になると経営がわからなくなる」と言われ、人事を軸としながらも経営企画や経営者育成など幅広い業務に関わることになりました。それがキャリア上の大きな転機でしたね。その後、エー・ピー・ホールディングスでCHROとして経営再建に取り組んだのち、2022年12月にコクヨに入社しました。

——コクヨへの入社を決めたのはどういった理由が?

代表の黒田英邦さんと話した時、彼は「この老舗企業を成長企業に変革できなかったら、死んでも死にきれない」と語ったんです。転換期を迎えるコクヨという会社の面白さと彼の強いコミットに惹かれ、「ぜひ一緒にやりたい」と入社を決めました。
コクヨに入社してまず感じたのは「ものすごく前衛的なことをやっている一方、組織人材マネジメントがとても旧来型」ということでした。同時に、すごくもったいないなと。

——どういった点が「もったいない」と思ったのですか?

もっと事業拡張できるし、経営としても攻められるはずなのに、多くの社員が目の前の業務に精一杯になっている。新しいチャレンジに前向きにリスクを取るという姿勢よりも、今を維持して回すということが優先になっている。ポテンシャルはものすごくある企業なのに、自らリスクとリーダーシップを取る姿勢をもっと強くすれば良いのにと感じました。

コクヨの強みはクリエイティビティの源泉がしっかりと根付いていることです。例えば、紙の角までしっかり塗れる四角い形ののり「GLOOスティックのり」や、中身を傷つけずに段ボールを開梱できる「ハコケア」など、ニッチで小さな困り事でも真摯に向き合い、一生懸命に商品をつくっている。
この姿勢を社内では「誠実な変態」と表現しています。そうしたコクヨらしいクリエイティビティをもっと発揮できる組織をつくることができれば、コクヨの未来は明るいと思いました。

——老舗企業は歴史がある分、変わるのが難しいこともあると思います。入社後、どのように変革に取り組んできたのでしょうか?

新しい環境に行った時、私は違和感を見つけることよりも、まずは「その企業の本当の強みは何か」「その強さはどこから生まれるのか」を見るようにしています。

私はコクヨの強みは社員一人ひとりが持つクリエイティビティであり、それは和気あいあいとした雰囲気や立場に関係なく人を大切にする心理的安全性の高い社風から生まれていると感じました。
しかし、社内の人と話していると、彼らは自分たちのポテンシャルを自覚していないようなのです。これは老舗企業によくあること。

まずは内に秘めたポテンシャルに気づいてもらい、それを発揮できる組織をつくる。そして、年功的運用が根付いた過去のネガティブなレガシーを取り除く。これだけでコクヨの組織は強くなると考えました。

社員の中には、会社の人事や組織が今までと変わることに不安を持つ人もいます。そこで、社内の雰囲気を少しずつ変えていくために、タウンホールミーティングをしたり、社員と直接対話したりと密にコミュニケーションを取り、コクヨの持つポテンシャルを伝えるようにしています。

社員一人ひとりに光を当て、活躍の機会を提供する

——秘めたポテンシャルを引き出すために、具体的にどのような人事戦略を描いているのでしょうか?

コクヨでは「be Unique」という企業理念のもと、人材を社会の財産と捉え、一人ひとりの可能性に伴走しながら事業成長と社会に貢献できる人材を輩出することを目指しています。

そのためのアクションの1つが、一人ひとりに光を当てて活躍の機会を提供することです。

人は何歳になっても成長できます。組織の都合で同じ部署に置きっぱなしにする、一定年齢の役職定年で役職を離れた人材に活躍の場を提供できないという状態では、一人ひとりに光を当てているとは言えません。年齢に関わらず成長を期待し、挑戦を促す。そして、人生100年時代の中で充実した職業人生を歩めるように自律的なキャリア形成を支援することが大切だと考えます。

そのために2023年から新しく始めたのが、社員一人ひとりのキャリアを議論する人材育成会議です。初年度は管理職層を対象に一人ずつについて本人の意向を踏まえながら、今後どういう経験を積んでほしいか、どういう適性があるかなどを部長クラスや人事が集まって議論しました。

今年からは一般社員にも広げて実施します。まずは入社4~6年目の社員を対象に4カ月かけて研修を実施。同じタイミングで彼らの上司にも部下をどう育成していくかを考える研修を受けてもらいます。研修後、部下と上司、部下とパートナーHRでの1on1を実施。これらの結果をふまえ、人材育成会議で一人ひとりの適性やキャリア支援について議論します。

——一人ひとりのキャリアを会社全体でサポートする体制を整えているのですね。

まだ始まったばかりなので模索しているところですが、このくらい丁寧にやらないと社員は納得感を得られないのではと思います。
今後は人材育成会議の結果をもとに、人事異動も積極的に行っていく考えです。欠員が出たから異動させる玉突き人事ではなく、会社や社員の成長につながるような戦略的人事を行うことで組織の風通しを良くし、成功体験を積み上げていく。「やったほうがいいよね」とみんなが共感してくれるようになれば、会社は必ず良い方向に変わっていくはずです。

また、定年再雇用・シニア層の制度についても見直しを考えており、能力と意欲がある人は一定の年齢を過ぎても活躍する場を適正な報酬とともに提供する制度にしたいと考えています。
コクヨは社員の6割が40代以上。この層の方にモチベーション高く活躍してもらうことが会社の成長には欠かせません。年齢でレッテルを貼ることなく、社会に貢献したい方には活躍できる環境を用意したい。むしろ、定年を過ぎてから給料が上がるケースがあってもいいと思います。

強い意志を持ち、自ら行動する人を育成する

——コクヨの課題として「リーダーシップが弱い」と挙げていましたが、リーダーを育成するためにどんな取り組みをしているのですか?

リーダー=役職者をイメージする人が多いかもしれません。しかし、リーダーシップがある人とは、強い意志と勇気を持って自ら行動する人のことだと私は思います。つまり、リーダーの育成とは、「自分はこんな社会を目指したい。そのためにこれを実現したい」という“自分のヨコク”を持ち、「自分がリーダーシップを取る」という自覚を持つ人を育てることです。

こうした意識を持った社員を育てるための取り組みとして、コクヨではさまざまな学びの機会を提供しています。

その1つが、2023年に立ち上げたデジタル人材育成プログラム「KOKUYO DIGITAL ACADEMY(コクヨデジタルアカデミー)」です。スキルの習得だけに留まらず、実践的なプログラムを通して課題解決に取り組む機会を提供しています。
また、本部長クラスに向けたリーダーシップ研修も実施しています。研修の中ではリーダーシップについて書かれた課題図書を各々が1冊選び、自分自身のリーダーシップに取り入れたいことなどを発表してもらったりしていますが、みんなすごく力が入っているんです。

学びの機会をいくら提供したところで、社員が本気にならなければ意味がありません。そのためには、「学ぶことが楽しい」「学ぶことで成果が出た」という成功体験を積み上げていくことが大切だと思います。

——コクヨでは以前から「社内複業20%チャレンジ」制度を導入しています。これはどういった狙いがあるのでしょうか?

業務時間の約20%のリソースを自分がチャレンジしたい他部署の業務にあてられる制度です。各部門で取り組んでほしいテーマを決め、やりたい人にエントリーしてもらいマッチング。人事異動しなくても興味のある分野の業務を経験でき、視野を広げることができるため、毎年多くのエントリーが集まります。
2023年度にはグローバルキャリアに興味がある人に向けた「グローバルキャリアワークショップ」を開催ました。参加者限定でグローバル版の「20%チャレンジ」を募集したところ、こちらも好評でした。

「これしかできない」という人材ばかりでは、会社は成長することはできません。今後は「20%チャレンジ」と先ほど紹介した定期的な人事異動を組み合わせて、社員が幅広い視野を獲得しながら自律的なキャリアを築けるようにサポートしていきたいと考えています。

人事の仕事は「経営そのもの」

——越川さんが今後、コクヨで取り組みたいことを教えてください。

今後コクヨがさらに成長していくためには、海外シフトを加速させる必要があります。たとえば、日本では多く方が学生の時にコクヨの「キャンパスノート」を使っていたと思いますが、東南アジアでは学生が愛用する文具が存在しない国もあります。こうした国でもっとコクヨの文具を広めていく。
そのためには、国内で営業経験を長く積んだベテランだけが海外事業に行くのではなく、若いうちから海外事業に挑戦できるような柔軟な人事の仕組みが必要です。

このように長期的な事業戦略に沿って人材を育ていくためにも、今の時点からできる準備をしなければいけないと考えています。10年後に「もっと早く仕組みをつくっておけば良かった」と後悔することのないように、イノベーティブカンパニーの土壌をしっかりと築くことが、人事としての私の役目です。
そして、クリエイティビティとリーダーシップを発揮できる環境があることが当たり前の組織をつくり、次世代に引き継いでいきたいと思います。

——越川さん自身が人事トップとして大切にしている矜恃を教えてください。

人事とは社長の代理であり、私自身の仕事は事業を成長させるために何をするかを考え、会社の未来を描いていくことだと思っています。
こうした考えを持つようになったのは、やはり柳井さんからの学びが大きいですね。中でも特に印象に残っているのが、ファーストリテイリングの採用で柳井さんが「昔、山口大学の学生が応募してくれた時は本当にうれしかった。やっとそんな会社になれたと思った」と話していたことです。

山口の小さな服屋から始まった会社に地元国立大学の学生が新卒で応募するなんて、創業当初はあり得ないことでした。トップが「この会社で働くことでどう成長できるのか」「これからどんな会社をつくっていきたいか」を必死に語り続けてきたからこそ、優秀な人材が集まる会社になれた。

これこそ人事の本質だな、と。人を成長させ、会社を成長させる。つまり、経営そのものです。会社の未来にとって何が必要かを泥臭く考え、メッセージを社内外に発信し、実行していくことが人事の仕事だと思います。

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