なぜ「心理的安全性の低い組織」が生まれてしまうのか? “集団心理”から考える
2025.08.15
目次
メンバーが本音を言ってくれない、意見を言うとチームの人間関係が悪化する———。こうした職場の空気に悩みを抱えているリーダーや人事の方も多いのではないでしょうか。その解決策として近年注目される「心理的安全性」。しかし、心理的安全性を高める「施策」に気をとられ、そもそもなぜ風通しの悪い職場が生まれてしまうのか、その仕組みを理解している人は少ないかもしれません。
多くの人が、その原因を特定の個人のスキルやマネジメントの問題だと考えがちです。しかし、社会心理学の専門家である縄田健悟氏は、「心理的安全性が低いのは、人間の集団心理から見ればむしろデフォルトの状態」だと指摘します。『だけどチームがワークしない』の著者であり、社会心理学、産業・組織心理学を専門とする縄田健悟氏の話から、雰囲気の悪い「残念な職場」が生まれてしまうメカニズムとをひも解き、組織を改善するヒントを探りました。
Profile

縄田 健悟 氏
福岡大学人文学部准教授
専門は、社会心理学、産業・組織心理学、集団力学。集団における心理と行動をテーマに研究を進め、特に組織のチームワークを向上させる要因の解明に取り組んでいる。山口県山陽小野田市出身。九州大学大学院人間環境学府博士後期課程修了。博士(心理学)。一般社団法人チーム力開発研究所理事も務める。著書に、『だけどチームがワークしない ――“集団心理”から読み解く 残念な職場から一流のチームまで』(日経BP)がある。
「意見を言えない」のはリーダーだけのせいではなく、組織の「状況」のせい
——近年、企業の組織づくりにおいて「心理的安全性」の重要性が説かれています。そもそも、心理的安全性の低い組織はなぜ生まれてしまうのでしょうか?
「心理的安全性」とは、率直な意見を述べたり、自分の間違いを認めたりといった、ともすると「周りに嫌われるかもしれない」と感じるような言動をしても、拒絶されずに受け入れてもらえるとメンバーが感じられているチームの状態を指します。つまり、「風通しが良く、本音を言い合える職場」のことですね。
心理的安全性については学術的にも多くの研究がなされており、チームの生産性や学習促進に特に効果的です。失敗を共有する中でチームが新しいことを学んでより成長したり、革新的なイノベーションを生み出したりすることが示されています。
では、なぜ「心理的安全性」の低い組織が生まれるのか。集団心理の研究者の立場から見ると、むしろ「心理的安全性」が確保できている状態というのは当たり前ではなく、本来はできていないほうが自然な状態なのです。
例えば、日常的なやりとりの中で、相手の間違いを指摘するときに「こんなこと言っていいかな」とためらいを感じることは普通ですよね。逆に間違いを指摘されるとカチンときたり、言い訳をしたくなったりするのも自然なことです。特に、部下から上司へといった上下関係があれば、なおさら意見は言いにくくなります。
また、メンバーの集団意識が強くなると、集団のためにとみんなが行動しますが、その際に、誰かが集団の問題を指摘すると、それが「集団への批判」のように見えてしまい、なかなか受け入れがたくなることがあります。
このように、私たちの心には放っておくと心理的安全性を損なうような心の傾向を持っているのです。
だからこそ、「心理的安全性を阻害する要因をどう取り除き、確保していくか?」という視点を持つことが重要になります。
——「メンバーが意見を言いにくいのはマネージャーの働きかけがよくないからだ」と捉えられることが多いですが、そもそも「言いやすい状態」が当然ではないんですね。
確かに、リーダーシップの影響が大きいのは事実です。閉鎖的で融通が利かないリーダーシップは組織に悪影響を及ぼすという研究結果もあります。
しかし、それと同じくらい重要なのが「誰が悪いのか」という犯人探しに陥らない視点です。組織で問題が発生すると、私たちはつい個人の責任を追及しがちです。これは、物事の原因を環境や状況ではなく、個人の性格や能力に求めてしまう「基本的な帰属のエラー」という、人間が持つ認知バイアスによるものです。
「あのマネージャーが無能だからだ」と結論づけるのは簡単ですが、それでは根本的な解決にはなりません。本当に目を向けるべきは、特定の個人ではなく、そうした状況を生み出している組織の「構造」や「風土」、そして日々の「慣行」です。

チームをむしばむ 「同調」と「集団浅慮」
——組織の風土や慣行に注目すると、「本当は違うと思うけれど、正直に言えない」といった状況がよくあります。こうした同調は、なぜ起きてしまうのでしょうか。
まず知っておいていただきたいのは、同調は「空気を読む」という日本特有の現象ではない、ということです。集団があれば世界中のどこでも起きうる普遍的な現象です。書籍でも紹介した通り、1986年のNASAのスペースシャトル・チャレンジャー号の事故の背景にも、同調がありました。
現場のエンジニアが事故の危険性を指摘していたにもかかわらず、上層部の話し合いの中で「問題ない」という考えに同調する空気が生まれ、指摘がスルーされてしまったのです。
普段の会議など日々のコミュニケーションの積み重ねの中で、長期的に「異論を言えない空気」が脈々と形成されてしまいます。普段から「上の人の言うことに従う」という会議を繰り返していると、いざ本当に危険が迫る重要な場面に直面しても、いつもと同じように押し黙ってしまうのです。
大きなリスクを前にしても、組織の力学やそれまでに形成された空気が、個人の正しい判断を上回ってしまう。その背後には「集団浅慮」(グループシンク)という、集団のまとまりを追求するあまり、不適切な意思決定をしてしまう集団の状態があります。
優秀な人材が集まったNASAでさえ「集団浅慮」の罠に陥ったという事実は、集団浅慮があらゆる組織に潜むリスクであることを、私たちに強く教えてくれます。
——同調が起きてしまう心理について、もう少し詳しく教えてください。どのようなシーンで同調が起こるのでしょうか?
同調には大きく分けて2つのパターンがあります。
一つは、「周りから嫌われたくない」「拒否されたくない」という思いから周囲に合わせる「規範的影響としての同調」です。これは、異論を許さない風土が根付いていたり、自分の立場が弱かったりする場合に起こりやすくなります。権威のある上司に意見が言えなかったNASAの事故は、この影響が強く働いた典型例と言えるでしょう。
もう一つが、「自分よりも周りのほうが正しいだろう」と思って合わせる「情報的影響としての同調」です。自分があまり詳しくない物事に向き合うときや、答えが明確ではなく曖昧で、何をしていいかわからないときに生じます。
例えば、ビルで火災に遭遇したとします。土地勘がなく出口が分からない時、私たちは周りの人が逃げる方向についていきますよね。これは「自分は知らないが、他の人は知っているだろう」というときには、合理的な判断です。
しかし、この「情報的影響」も、ときに問題を引き起こします。もし、ついていった人々も出口を知らずにただ逃げていただけだったら、全員で袋小路に向かってしまうかもしれません。特に、期限やリスクが迫っているといったプレッシャーが強い状況では、周りに流されてしまいがちなので注意が必要です。

対立を恐れない。「健全な意見の対立」がチームを強くする
——「心理的安全性」を「対立を避けること」だと誤解して、余計に率直な意見を言いづらくなっているケースもあると思います。チームに必要な意見の対立には、どう向き合えばよいのでしょうか?
組織で起きる対立には、仕事の中身に関する「課題対立(意見の対立)」と、人間関係のいさかいである「関係対立」の2種類があります。「関係対立」は組織に悪影響を及ぼすのですが、「課題対立」は健全な議論を促し、組織のパフォーマンスを高めるうえでむしろ必要なものでもあります。
この2つは概念上は切り分けられますが、私たちの心はこれらを明確に区別するのが苦手です。人間は、自分の意見に対して違う意見を言われたときに、本来は「課題対立」のはずが、「自分のことが嫌いなのでは」と人格を否定されたと受け取り、「関係対立」として捉えてしまいやすいんです。
パフォーマンスの高い組織は、この2つを明確に切り分けています。例えばGoogle社が「感情レベルの対立を減らし、アイデアレベルの対立を増やす」という考え方を推奨しているのは、まさにこのためです。
——健全な「課題対立」を促すためには、具体的にどうすれば良いでしょうか?
まず、議論の前に「ここでの発言は人格否定ではない」「議論が終われば水に流してノーサイド」というルールをチーム全体で共有し、コンセンサスを得ることが大切です。
また、意図的に「批判役」を任命するのも有効な手段です。「これはあくまで役割だ」と全員が認識していれば、感情的なしこりを残さずに活発な議論ができます。大切なのは、対立を恐れるのではなく、建設的な対立ができる「場」をデザインすることです。
変化に流されず、「信じること」から始める組織づくりを
——意見が活発に出る健全なチームをつくるためには、どのような取り組みが必要でしょうか。
組織の風土は長期的に形成されるため、すぐに効く特効薬はありません。これまで時間をかけて形成されてきた文化は、改善するにも相応の時間がかかります。「じんわり変えていく」という長期的な視点が必要です。
しかし、一度でも良い方向にサイクルが回り始めれば、チームは自ずと好循環に入っていきます。大切なのは、そのきっかけとなる「良い方向に転がし始める」ための、最初の一歩を踏み出すことです。
その鍵を握るのが、やはりリーダーの存在です。まずは、リーダー自身が謙虚な姿勢で、「いつでも意見を受け入れる」というオープンなマインドを日々の言動で示す必要があります。
例えば、今まで高圧的な言動だった上司が、急に「今日は無礼講だから、みんな好きなこと言っていいぞ」と言っても、何も意見は出てこないでしょう。これまでの関係性が、部下が意見を言えない雰囲気をつくり出しているからです。これを本気で変えようと思うなら、ある程度の時間をかけて信頼関係を再構築しなければなりません。
そのうえで、「心理的安全性」を高めるために重要なアプローチが、メンバーへの支援とサポートです。日頃から「何か困っていることはないか」と声をかけ、実際に困っていたら手を差し伸べて助ける。こうした小さな助け合いの積み重ねがチームに信頼関係を育み、「心理的安全性」の土台を築きます。
そして、そうした支援的な関わり合いを文化として根付かせるためには、互いに感謝を伝え、「あなたの行動がチームを助けている」と認め合う環境づくりが大切になります。
また、コミュニケーションはキャッチボールだという意識も重要です。意見を出す側が勇気を持ってボールを投げ、受ける側がそのボールをしっかりと受け止めて承認する。この双方が揃ってはじめて、活発な意見交換が可能になります。
——近年、多様性のある組織づくり(DE&Iの推進)やリモートワークの推進などにより、働き方が大きく変化しています。こうした変化はチームづくりにどのような影響を与えますか?
大前提として、働き方が変わってもチームワークの根源的な要素は変わりません。支援やサポートが重要であるという本質は、昔も今も同じです。なので、新しい働き方を取り入れたからといって、特別な変化があると構えなくてもいいと思います。
多様性とチームに関しての研究では、さまざまなスキルやマインドを持つことで力を発揮できるというメリットと、対立を生みやすいというデメリットの両面があることがわかってます。メリットとデメリットがともにあるので、多様性がチームワークにとって単純に良いとも悪いとも言えないのです。
重要なのは、いろいろな人材がいるという「状態」(ダイバーシティ)そのものではなく、多様な人々を受け入れ、尊重し、活かすこと、つまり「インクルージョン」(包摂)です。自分とは違う意見や考え方を持つ人を受け入れて尊重するインクルージョンができていると、チームのパフォーマンスが高いことが指摘されています。
リモートワークについては、チームワークが悪化する印象を持つ人もいるかもしれません。しかし、研究では「悪化するとは限らず、プラスにもマイナスにも働く」という結果が多数を占めます。対面でのコミュニケーションが減るというデメリットは、テクノロジーを駆使して補うことで十分にカバーできます。出社かリモートかの二者択一で考えるのではなく、業務に合わせてうまく使いこなす視点が大切です。

——最後に、優れた組織・チームづくりを目指す人事担当者やチームリーダーに向けてメッセージをお願いします。
今は変化の激しい時代ですが、だからこそチームワークの本質に向き合って組織づくりに取り組んでいただきたいです。
多様性の研究の中に「多様性信念」という考え方があります。「多様性があることは良いことだ」と信じているチームでは、実際に多様性が高まったときにパフォーマンスが高くなりやすいいう研究結果があります。
この考え方は、多様性に限ったものではありません。社会の変化は、常にメリットとデメリットの両面を持っています。その変化に対して、「これでチームはだめになる」と悲観的に捉えれば、改善の可能性さえ失われてしまいます。
大切なのは、「この変化を乗りこなし、チームをアップデートすることで、もっと良い組織になれる」と信じる姿勢です。そのポジティブな信念が、実際にチームを良くしていく原動力になるでしょう。
変わらない根幹をしっかりと押さえ、表面的な変化に右往左往せず、根本的なチームワークの原理を踏まえた施策を打つ。変化の激しい時代だからこそ、表面的な変化に惑わされず、「チームワークの本質」を深く理解したうえで施策を打つ姿勢がリーダーや人事に求められるのだと思います。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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