「明日も会社に行きたい」と心から思える会社へ。3社統合の壁を乗り越え挑む「製造現場ファースト」の組織づくり
2025.12.22
目次
メルコパワーセミコンダクタチップ株式会社は、パワー半導体チップの製造を通じて社会に貢献する、三菱電機グループの一員です。同社は2022年10月に、2つの会社が合併し設立され、2023年4月からさらに別の会社の社員が加わり、3つの異なる出自を持つ会社の組織統合の道を歩み始めました。長年培われた文化や習慣、そして現場特有の課題が山積する中、西原社長はいかにして3つの組織の壁を打ち破り、目指す「製造現場ファースト」の組織へ向かっているのでしょうか。
西原社長に、統合から現在に至るまでの挑戦と信念について、詳しくお話を伺いました。
Profile

西原 秀典 氏
メルコパワーセミコンダクタチップ株式会社 代表取締役社長
1985年に三菱電機株式会社に入社。半導体デバイス事業部門で、エンジニアとしてパワー半導体ウエハ工程の開発および技術に携わった後、生産部門長、熊本事業所長としてウエハ工場運営に従事。パワーデバイス製作所長を経て、2022年10月より現職。
“シナジー効果ゼロ”からの組織統合スタート

——長年にわたってものづくりの現場を牽引されてきた西原様。その経験を経て、メルコパワーセミコンダクタチップ(以下「MEPC」)の設立当初より社長を務められています。社長就任当初、組織づくりにおいてまずどのようなことに注力されたのでしょうか。
西原様: MEPCは、旧三信電子株式会社(以下「三信電子」)、旧極陽セミコンダクターズ株式会社(以下「KSC」)、 2社の合併後、 メルコディスプレイテクノロジー株式会社(以下「MDTI」)の一部社員も加わってできた会社です。
組織づくりにおいて最優先となったのは、3社間にある給与などの処遇の違いを解消することでした。現在は3年にわたる調整を経て、ようやく統一することができました。処遇改善の一環として、ベースアップも実施しており、従業員にとって非常に大きな意義を持つ改善となったと感じています。
そして、何よりも大切だと考えていたのは、3社の間にある壁を取っ払って、お互いに自然体で会話ができる環境を作るということでした。
MEPC設立当初は、各社の風土や環境が全く違っていましたので、それぞれが閉鎖的で、単純に3つを足し合わせただけという印象で、シナジー効果を全く感じられませんでした。
例えば、三信電子とKSCは従来、製造工程の一部を担当しており、三菱電機からの生産計画を確実に達成することが求められていたため、改善の提案よりも、生産目標の必達を最優先とする社風でした。特にKSCは三菱電機との資本関係がなく、さらに意見を表明しづらい状況でした。
一方、MDTIは部材購入から製品出荷まで一貫して生産しており、ものづくりの工夫や改善活動が日常化していたため、比較的改善意識が根付いている風土でした。しかし、MDTIが扱っていた製品はパワー半導体と異なっており、製品や製法に関する知識が不足していたため、自らの意見を伝えにくい雰囲気でした。このように、各社がそれぞれの理由で、主体的になれない環境だったのです。
加えて、製造現場が抱える固有の課題が、コミュニケーションを取りづらくし、モチベーションが上がらない要因となっていました。製造現場特有の課題とは、主に4つあります。
1つ目は、全従業員の約7割が交替勤務をしていることです。出勤日と休日が異なるため、自分と異なるシフトの人とは、ほとんど顔を合わせることがありません。
2つ目は、当社が半導体製造の一部の工程の生産委託作業を担っているため、製造全般の流れや、完成した製品の全体像を把握できないことです。
3つ目は、ほとんどの従業員が三菱電機の構内で勤務しているため、「自分がMEPCの一員である」という感覚が非常に薄いということです。
4つ目は、従業員の多くが業務用PCを所有していないため、会社からの正確な情報を受け取りづらく、個人の意見や要望も会社に届けにくいということです。さらに半導体工場では服装やライン入室の規定が厳しく、勤務中や小休憩中に自分の携帯電話も使用できないため、コミュニケーションが大きく制限されていました。
これらの問題全てをなんとか解決したいという強い思いから、様々な施策を実施することになったのです。

目指すは「明日も会社に行きたい」と思える組織
――統合の複雑な背景と、現場の具体的な課題がよく分かりました。これらの課題を解決した先に、西原様が目指したい組織の理想像はどのようなものでしょうか。
西原様: 弊社の基本方針にも掲げているのですが、目指すのは「一人ひとりがお互いを尊重し、協調して生き生きと働ける職場」です。
新しい会社ですから、三菱電機の方々やMEPCで働く従業員全員に、「MEPCを作って良かったね」と言われるような会社にしたいと思っています。そして何よりも、全ての従業員が「明日も会社に行きたい」と心から思える会社を実現したいと考えています。
また、「好きこそものの上手なれ」という言葉がありますが、会社を好きになれば、おのずと良い成果につながっていくと考えています。ですから、まずは会社を好きになってもらうということが大事だと思うのです。
私は長年、製造部門、そして工場運営の現場に身を置いてきました。製造業において最も大事なのは、ものづくりの現場だと考えています。そして、その現場で働く方々が、元気で生き生きと働かなければ、会社としてうまく機能しないと感じています。現場の大切さを痛感しているからこそ、現場の課題を改善していくことが、事業の成果に直結していくと信じています。
組織の壁を破るための施策と試行錯誤
――「明日も会社に行きたい」と思える組織を実現するために、コミュニケーションや情報共有の面では、どのような工夫をされていますか。
西原様: 具体的な施策としては、挨拶運動や桜まつり、三菱電機主催の秋まつり、そして一定期間で従業員が歩数を競う「MEPCある活選手権」などを実施しています。私自身もこれらの行事に積極的に参加して、従業員との交流を深めるようにしています。
個別コミュニケーションの機会も設けています。例えば、「西原箱」という社長直通の目安箱を設置したり、全ての従業員と直接対面で会話をする「社長の部屋」という機会を作ったりしています。
さらに、製造現場で要となる管理監督者には、半年ごとに個人面談を行い、オープンな会話の機会を設けています。これら全ての取り組みを通じて、「話しやすい会社」「話しやすい社長」を目指します。
しかし、製造現場においては、それでも情報不足だという声が多かったのです。そのため、現場への情報共有を強化しました。
具体的には、それぞれの更衣室にデジタルサイネージを設置し、最新情報や生産実績、総務からの連絡事項などを配信しています。また、業務用PCを所有していない人が多いという課題に対応するため、PCを所有していない従業員が利用できる「共用パソコン」を設置しました。
さらに、自身の職場と異なる製造のラインや工程の理解を深め、そこで働く人たちとの交流を深めるために、工程相互見学会も実施しています。
――3社統合から約3年が経過し、様々な施策を打ち出してこられたかと思いますが、その過程で特に難しさを感じた点や、試行錯誤があったエピソードについてお聞かせください。
西原様:やはり長年培われてきた習慣や風習の脱却が非常に難しいということです。
各社とも約30年の歴史を持つため、社歴の長い方は特に根強い価値観を持っています。元々の会社が異なる従業員間での意思疎通や、新しい会社への連帯感や一体感を感じてもらうことを短時間でやるのはとても困難であると感じました。
これに加え、従業員の7割が業務用PCを支給されていないという環境が、大きな障害となっています。
エンゲージメントサーベイや健康意識調査は、業務用PCがないため、個人の携帯電話で実施する必要がありました。しかし、業務に関する施策に対して、個人の携帯電話を使用することに抵抗を感じたり、違和感を持つ人が多く、そのために無関心になったり、参加を避けたりする傾向が見られたのです。
育成についても同様です。eラーニングシステムが導入されていますが、製造現場では結局eラーニングにならずに紙媒体で実施しています。非常にやりにくく、効率もよくありません。 全体として、製造現場の従業員にとっては「優しくない」「やりにくい」施策が多いと痛感しています。
着実な行動がもたらす、組織の融合と現場の変化
――乗り越えるべき壁の多い環境の中、様々な試行錯誤をされていることが分かりました。一方で、改革を進める中で、「これはうまくいった」と感じられた施策や、変化の手応えはありましたか。
西原様: 「社長の部屋」や「工程総合見学会」といった施策では、アンケートを採ると良い反応が返ってきています。
「社長の部屋」では、「直接話ができてよかった」「みんなに体験してほしい」という答えが返ってきており、これからも全従業員との対話を大切に続けていこうと考えています。
また、「工程相互見学会」では、「自分の工程以外の工程を見ることで、パワー半導体製造に関する知識が増えた」といった声や、「違う職場の人が工夫している改善から、自分の業務に役立てられるヒントを見つけることができた」という声がありました。参加してくれた人たちが良い印象を持ってくれることは、大きな価値だと感じています。このように参加してもらえればポジティブな声があるので、まずは参加してもらうことが大事だと考えています。

――「工程相互見学会」などの施策を通した、普段関わらない従業員同士の交流活性化が、どのように事業に結びついていくとお考えでしょうか。
西原様: 多くの従業員は自分の部分工程しか作業したことがないため、パワー半導体そのものがどういうものか、他の工程でどういう作業をしているのかを知らないことが多いのです。
工程相互見学会や意見交換を通じて、パワー半導体とはどういうもので、どのように世の中に役立っているのか、環境保護や省エネにどれだけ貢献しているのかといったことが分かれば、従業員は自分の仕事にやりがいを感じるようになるのではないかと思っています。
そのやりがいこそが、より一層ものづくりを良くしていくと考えています。完成した製品が目に見える形で、社会に貢献していると分かれば、モチベーションに繋がるはずです。
――従業員の皆さんの意識や行動の変化が、定量的な成果に結びついたと感じられる場面はありますか。
西原様: 直接どれほど影響しているかは明確ではありませんが、会社全体の活動の結果として、生産計画達成率に変化が見られました。
生産計画達成率の割合は、従来約50%でしたが、2024年下期は6ヶ月連続で達成しています。2025年度も、4月こそ未達でしたが、5月から8月までは達成しており、一つ一つの小さな改善活動が順調に進み始めているのではないかと手ごたえを感じています。3社の統合が、単なるたし算ではなく、プラスの相乗効果を生み出している兆しが見えてきていると感じています。
――従業員の皆さまの行動や社風の変化についてはいかがでしょうか。
西原様: 確実に、異なる特徴を持つ社員同士の融合が進み始めています。例えば、コツコツ頑張る人、改善が好きな人、ルールをしっかり守る人、それぞれの個性がうまくかみ合い始めているのを感じます。
また、お互いがお互いを誘い合って、会社行事に参加したり、業務を進めたりする様子も見られます。会社の行事の参加人数も年々増加しており、例えば桜まつりの参加人数は、昨年が78名でしたが、今年は倍増の159名となりました。
風土づくりも、最初は会社の組織として「風土づくり委員会」からスタートしたのですが、従業員から「もっとかっこいい名前にしよう」という提案があり、「未来創活委員会」という名前に変更しました。未来を作っていく活動の委員会という意味です。
委員の人数も当初の12名から、交替勤務者を含む36名に増員しました。これは、会社主体の活動から、従業員主体の活動へと変わってきていることを示しており、従業員の意識が変わりつつあると感じています。
――委員の増員はどのように行われたのでしょうか。
西原様:当初は会社主導でしたので、組織ごとに枠を設定し、日勤の通常勤務者から12名を選出してもらいました。しかし、この12名のみなさんが、活動をさらに活性化させること、交替勤務の人にも積極的に参画してもらうことを考え、組織、勤務の形態、勤務場所を全て網羅した36名体制を提案しました。
その36名枠の中で、手挙げ制にして、現在の参加者が決まっています。

――交替勤務者を含め、誰も置いていかないという社長の思いが、活動にも反映されているのですね。
西原様: そうだと嬉しいですね。会社主催のイベントに関しても、2回に分けて実施し、交替勤務の人も参加できるように工夫しました。その結果、人数が増加したのです。「みんなが同じ環境で参加できる」ということに、引き続き気を配っていきたいと思っています。
ただ、まだ制約があり、製造現場の人には少し不自由をかけているという気持ちはあります。ここはさらなる改善の余地がある、伸びしろだと考えています。
――社内だけではなく、地域社会との連携を通じての変化はありますか。
西原様: 熊本県は地下水の保全に力を入れており、 MEPCでも会社主導で地下水保全活動を展開しています。例えば、田んぼを借りて田植えや稲刈りをし、収穫したお米を子ども食堂に届けるといった活動もしています。こうした活動への参加者も増えてきています。
また、熊本県では水検定という検定試験があるのですが、当社の従業員210名が3級に合格し、地下水財団の理事長である熊本市長から団体認定をいただいております。
会社の仕事以外の繋がりや、ボランティア活動といった面でも一定の効果が得られており、繋がりが広がっていることを感じています。
――親会社である三菱電機様からの声はいかがでしょうか。
西原様: 私は、三菱電機からの生産計画を確実に達成することが顧客に対する貢献だと思っています。そういった意味では、計画を達成できていることで、顧客に貢献できていると考えます。おそらく「よくやってくれている」と思ってもらえているのではないでしょうか。
「製造現場ファースト」という揺るぎない信念
――困難な状況下でも諦めずに改革を進める西原社長の、揺るぎない信念や原動力についてお聞かせください。
西原様: 私が最も大事にしているのは、「製造現場ファースト」です。
私はエンジニア出身で、ずっと技術畑にいました。以前は、「エンジニアがものづくりのスペックを書いて、製造現場はそのスペックに従い、淡々とものづくりをすればよい」という考えで働いていました。
しかし、製造部門長に任命されて間もなく、「製造現場は日々変化しているのだ」と実感しました。毎日起こることが違っていて、昨日正解だったことが今日も正解であるとは限らないということです。エンジニアは、あらかじめ計画を立て、その計画に従って仕事を進めて成果を挙げることができますが、製造現場では、そのときそのときで臨機応変に対応しなければ、安定して計画通りにものを作ることができないのです。
この経験から、「製造現場に苦労をかけてはいけない」「製造現場を働きやすい職場にしなければならない」と強く思うようになりました。事業所長やパワーデバイス製作所長も経験し、ものづくりの人たちが元気でモチベーション高く働いてもらうことが大事だと、強く感じています。
――今後の組織づくりにおいて、強化していきたいことや、従業員の皆様へのメッセージをお聞かせください。
西原様: 今後も、製造現場の従業員の声を、よりフラットに聞きたいと考えています。
現在実施している「社長の部屋」は、従業員5名~8名くらいに来てもらって会話をする形式ですが、これに加えて「社長のふらっと現場訪問」を始めたいと考えています。製造現場の業務に邪魔にならない格好で、従業員が気を遣うことがないよう、普段通りの職場の雰囲気の中で普段通りの会話ができるような職場訪問ができたら良いなと思っています。社長が行くと、従業員はかしこまってしまうと思いますが、そうではなく、「従業員の生の声」をしっかりと聞けるように工夫したいと考えています。
また、業務用PCがないことによる課題を解決するため、エンゲージメントサーベイやeラーニングなどは、会議室に複数のPCを用意して就業時間中にやってもらうといった具体的な対策を講じて、現場の従業員がストレスなく施策に参加できる環境づくりを整えていかなければなりません。コミュニケーション面と、具体的な施策面の両方を強化していきます。
――最後に、この記事を読んでいる従業員の皆様へ、メッセージをお願いいたします。
西原様: 私が常に思っているのは、「社長も普通のひとりの人」なので、従業員のみなさんと普通に楽しく会話ができる関係を築いていきたいということです。気軽に声をかけてもらいたいですし、困りごとがあれば相談して欲しいです。これからもいろいろな施策を展開していきますので、その結果として、「明日も会社に行きたい」という声を皆さんから直接聞きたいですね。
――本日はありがとうございました。西原社長の「製造現場ファースト」の強い信念が、3社統合の壁を乗り越え、MEPCの風土改革を力強く牽引していることがよく分かりました。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
この連載の記事一覧