離職の心理を「4つの欲求」から捉えよ。人が辞めない組織作り

人手不足が深刻化する中、多くの企業が従来よりも高い給与を提示しているにも関わらず、人材確保に苦戦しています。さらに、せっかく採用した人材が短期間で離職してしまうケースも後を絶ちません。1on1の実施、エンゲージメントサーベイの導入、多様な働き方への対応――。離職防止に向けてさまざまな施策を講じているにもかかわらず、なぜ従業員が辞めてしまうのでしょうか。

従業員の離職理由を正しく把握し、組織づくりに反映できている企業は決して多くはありません。経営心理士の藤田耕司氏は、著書『離職防止の教科書』で離職を決意する人の心理的要因を詳細に分析し、効果的な対策を提示しています。人手不足が加速する時代に求められる「人が辞めない組織づくり」の本質について、藤田氏にお話を伺いました。

Profile

藤田耕司 氏

経営心理士、公認会計士、税理士、一般社団法人日本経営心理士協会 代表理事

2002年、早稲田大学商学部卒業。2004年、公認会計士試験に合格、同年有限責任監査法人トーマツに入所。2015年、一般社団法人日本経営心理士協会を設立し、代表理事に就任。心理と数字の両面から経営コンサルティングを行い、高い成果を残す経営者やビジネスマンの共通点を心理学的に分析。その内容をもとに人間心理に基づいた経営手法を経営心理学として体系化し、のべ1200件超の経営改善を行う。その経営手法を学ぶ「経営心理士」の資格を創設し、経営心理士講座を開催。のべ1万人超が受講し、講座の内容は省庁や大手企業でも導入されている。著書に『離職防止の教科書 いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』(東洋経済新報社)ほか。

「辞められたら、穴を埋められない」。離職防止は企業の存続をかけた死活問題

――なぜ今、多くの企業にとって、離職防止が重要な経営課題になっているのでしょうか?

背景には、深刻な人手不足があります。今後10年で生産年齢人口が1割ずつ減っていくと予想されています。人材獲得がますます困難になるなかで、なお会社を成長させていかなければならない。そう想像していただくと、この問題の深刻さがわかると思います。

最近は社員が辞めたときに代わりの人材を補充することが極めて困難です。ある大手企業の人事担当者は、「これだけの金額を提示しているのに応募がまったくこない」と頭を抱えていました。

人を採用できない結果、現場が回らなくなり、倒産・廃業する会社が毎年過去最多を更新しています。特に人手不足が深刻なのが建設業界で、職人不足でお客様からの仕事を断らざるを得ない状況です。

辞められたら、穴を埋められない。採用が困難を極める今、離職防止は企業の存続をかけた死活問題なのです。

なぜ部下が辞めてしまったのか。離職の引き金となる「4つの欲求」とは

――著書では、離職を決意する心理を詳細に解説しています。従業員はどのような心理プロセスを経て、離職を決意するのでしょうか?

私は、離職の動機は人間の根源的な「4つの欲求」のうち、いずれかが満たされないことから生じると考えています。

「4つの欲求」とは、十分な給料と健全な労働環境を求める「生存欲求」、良好な人間関係の中で認められたいという「関係欲求」、自らの可能性を発揮したいという「成長欲求」、そして人や社会の役に立ちたいという「公欲」の4つです。

離職に至る心理には、大きく2つのパターンがあります。ひとつは、「4つの欲求」のうちどれか1つの欲求が決定的に満たされず、それが辞める直接的な引き金になる「一撃型」の離職です。たとえば、「どうしても給与に納得がいかない」「人間関係が劣悪で耐えられない」といったケースですね。

もうひとつは、それぞれの不満は致命的ではないものの、複数の欲求で小さな不満がじわじわと積み重なり、ある時点で限界を超えてしまう「蓄積型」の離職です。本人としても明確な離職理由は言語化できておらず、「なんとなくこの会社に魅力を感じないな」と思っている状態です。

――マネージャーは部下の欲求をどう理解すればよいですか?

どの欲求をどの程度重視するかは人によって異なります。特に、最近の若い世代は価値観が多様化しています。

たとえば、40代、50代の管理職世代にとっては「昇進=めでたいこと」かもしれませんが、若い世代にとっては必ずしもそうではありません。責任が重くなることや人間関係のストレスが増えることを嫌い、「昇進したくない」と考える人も増えています。実際、昇進をきっかけに退職してしまうケースも少なくありません。

こうした価値観のズレに気付かないまま、「昇進したのに、なぜか部下のモチベーションが低い」と感じている上司は少なくありません。マネージャーが自身の価値観で部下の気持ちを推し量るのは非常に危険です。だからこそ、普段のコミュニケーションを通じて、一人ひとりが何を大切にし、何を求めているのかを丁寧に把握する必要があるのです。

本音を言えない1on1では離職を防げない

――多くの企業で離職防止の取り組みを行っていますが、うまく機能していないケースもあります。何が問題なのでしょうか?

典型的な失敗例が「形骸化した1on1」です。離職を防ぐために部下の本音や悩みを把握しようと、1on1を導入する企業が増えています。しかし、実施している上司も、受けている部下も、「1on1って何のためにやるの?」という状態で、ただ30分間、当たりさわりのない会話をして終わるケースも少なくありません。

そもそも、多くの管理職は1on1を「本業」だとは捉えていません。会社に言われたから仕方なくやっているだけで、「部下との面談は片手間でこなすもの」という認識なのです。

これは、会社の評価制度にも原因があります。人を育てたり、定着させたたりする活動をきちんと評価する仕組みがないのです。売上目標などの成果だけが評価されるのであれば、そちらを優先するのは当然です。「部下の面倒を見たところで評価につながらない」と感じ、誰も部下と本気で向き合おうとはしないでしょう。

――たしかに、1on1で上司から「何か困っていることはありますか?」と聞かれても、本音を言いいにくい……という話をよく聞きます。

そうなんです。傾聴スキルなどのテクニック以前に、大前提として部下と信頼構築ができていなければ、たとえ1on1のスキルを発揮したところで本音は話してもらえません。普段から威圧的な態度を取られたり、話しかけても面倒くさそうにされたり、心理的な距離が遠く感じたりする上司から「本音を話して」と言われても、心をさらけ出すことはできないですよね。

その結果、部下は本当は悩みがあっても「大丈夫です」と答え、上司はその言葉を鵜呑みにしてしまう。しかし、部下の心の中では不満や問題がどんどん積もっていき、ある日限界を超えて突然の離職という形で表面化するのです。

――部下との関係性を築き、本音を引き出すための具体的なアプローチはありますか?

例えば、心理的距離を縮めるために有効なのが「プラットフォール効果」を活用することです。これは「有能な人があえて弱みを見せると好感度が上がる」という心理効果です。

部下から見て、上司が「何でもできるスーパーマン」のように映っていると、心理的な距離が生まれ、「こんなしょうもないことで悩んでいるのかと思われるんじゃないか」と感じると本音を言いづらくなります。そこで、上司の側からあえて自身の失敗談や弱みを自己開示するのです。

ただし、この効果が有効なのは、あくまで部下から「優秀な上司」と認識されている場合に限ります。もし、「ダメな上司」だと思われている人が弱みを見せると、「やっぱりこの人はダメだ」と評価がさらに下がってしまうので、そこは見極めが必要です。

エンゲージメント施策より重要なのは「組織風土」

――従業員エンゲージメントの向上を目指したり、多様な働き方を許容したりする企業も増えています。それでも離職が起きてしまうのは、そうした取り組みだけでは見落とされがちな視点があるからでしょうか? 

エンゲージメントサーベイやリモートワーク制度の導入など、従業員満足度を高める施策自体は決して悪いことではありません。しかし、問題は現場の本当の課題を把握しないまま、表面的な施策を打ってしまうことです。

エンゲージゲージメントが下がっている原因は現場によって異なります。パワハラ上司がいるのかもしれませんし、残業が多すぎて疲弊しているのかもしれません。また、モチベーションに大きく影響する要素の一つに「業務の進捗」があります。業務が前に進んでいる実感があればモチベーションは上がりますが、停滞感が続くと下がってしまいます。そうした根本原因を特定せずに制度だけを整えても、効果は限定的でしょう。

そして、こうした表面的な施策が空回りしてしまう根本原因の多くは、「組織風土」にあります。なぜなら、エンゲージメントが低い、あるいは離職が続くといった問題の直接的な原因も、突き詰めれば「それが生じる組織の空気」に行き着くからです。

たとえば、「残業が多い」のが問題だとしても、「残業してでも成果を出すのが当たり前」という組織風土の中では、誰もそれを本質的な問題だと捉えません。本当の原因が組織風土にあるにもかかわらず、その土壌を無視して表面的な制度だけを導入しても、結局は「うちの会社では、そういうやり方は馴染まない」と形骸化してしまうだけです。

――根本的な組織風土を見直し、離職しない組織をつくるために、経営層や人事が取り組むべきことを教えてください。

そのために取り組むべきことはいろいろありますが、そのうちの一つが社員が心からワクワクするような、具体的で魅力的な「ビジョン」を掲げることです。

たとえば、家を建てるときに「どんな家が建つかわからないけど、とりあえず作業して」と言われるのと、「我々はこんなにカッコいい家を建てるんだ」と素晴らしい完成予想図を見せられるのとでは、メンバーのモチベーションは大きく変わってくるはずです。多くの会社には、この「カッコいい完成予想図」がありません。ふわっとした耳障りの良い経営理念だけでは、具体的にどこへ向かっているのかがわからなくなってしまいます。

そこで重要なのは、「ビジョン」を経営層から一方的に押し付けるのではなく、全社員を巻き込んでつくり上げていくことです。新入社員から役員までみんなが一丸となって「みんなが長く働きたくなるような組織を全員でつくるんだ」という意識を持つ。そして、「これは全社員で取り組むべき重要な仕事だ」と定義することも大切です。

――全社員を巻き込んでビジョンをつくりあげるためには、経営層や人事は何から始めたらいいのでしょうか?

経営層や人事は、「どうすれば我々の会社はもっと魅力的な会社になると思いますか?」と社員に問い続けてください。そして、社内から出てきた意見を真摯に受け止め、良いものは褒め、実際に採用して組織を変えていく。「自分の意見で会社が良くなった」という実感は、金銭的な報酬以上のモチベーションとエンゲージメントを生み出すでしょう。

組織を良くしていくことは、もはや経営層や人事だけの仕事ではありません。これから人口が減り続ける時代においては、人が辞めず、人が集まる組織をつくれた会社が勝ち残ります。

そのためには、「自分たちの手で人が辞めず、人が集まる会社をつくるんだ」という意識を全社員が持つことです。その意識を持たせる仕事こそが、人手不足の時代においては最も重要な仕事だと言えるのかもしれません。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

この連載の記事一覧

UNITE powered by Uniposをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む