オフィスデザインから従業員の主体性を引き出す、イトーキの風土改革

オフィス家具の販売やオフィス空間デザインを手がける株式会社イトーキは、2019年時点でエンゲージメントスコアが40%と落ち込んでおり、企業のカルチャーも前例踏襲主義によって固定化していた。しかし、現在は従業員のエンゲージメント向上を最重要施策の一つとして打ち出し、2024年にはスコアを80%まで向上させた。また、自社の強みであるオフィスデザインの力を生かし、社員が働きやすい環境を確立している。

歴史ある大手企業はどのようにカルチャーを変革し、従業員のやる気を引き出したのか。人事本部長の山村善仁氏に改革の裏側を伺った。

 

Profile

山村 善仁 氏

株式会社イトーキ 取締役常務執行役員 人事総務本部長

 

風土改革のきっかけは業績不振への危機感

――貴社は2021年から、従業員エンゲージメントの向上のための風土改革を実施されています。改革に取り組むきっかけは何でしたか?

当社は1890年に創業し、長年オフィス家具の販売や空間デザインを手がけてきました。しかし2014年ごろから2020年まで業績は横ばいで、2019・2020年は2年連続の最終赤字。エンゲージメント調査では「会社に希望が持てる」と回答した社員が40%と半数を下回り、組織全体に閉塞的な雰囲気が蔓延していました。

そんな中、2021年に外資系IT企業出身の湊宏司が社長に就任しました。

そこで湊が最重要施策として掲げたのが「従業員エンゲージメントの向上」でした。これは、モチベーション高く、愛社精神を持った社員が良い仕事をし、良い結果につながると信じて疑わないという湊の経営信念に基づいています。

従業員の意欲は、一定レベルまでは報酬や福利厚生などの付与で引き上げられますが、それはエンゲージメントの本質ではありません。従業員が自ら考え動き、それが周囲にいい影響を与えて感謝されたり、自分の成長につながる。そうした経験が、働くモチベーションにつながることが、本来の従業員エンゲージメントです。

――新社長による改革には、現場から戸惑いの声もあったのではないでしょうか?

おっしゃる通り、外部からの社長就任が初めてだったこともあり、当初の社員の反応は懐疑的なものでした。従業員エンゲージメントの向上に関しては、これまでもエンゲージメントサーベイなどを実施して意識はしていたため、改めて重要性を説いたところで「きれいごとではないか」「数字が目的化してしまうのではないか」といった懸念の声が上がっていたことを覚えています。

しかし、従来と違ったのは「トップの本気度」です。

湊自身が全国を回り、タウンホールミーティングで従業員と直接対話を繰り返しました。しっかりと従業員の声に耳を傾けながら、経営の方針を示したんですね。

そして湊は、既存の社員と対話を重ねた結果、イトーキの成長を阻む3つの課題を見出しました。それは「平等一律」「前例踏襲」「指示待ち・出る杭が打たれる」という3つの旧来的な文化です。

この3つのネガティブな文化を打破するために、「全社員が自身の強みにフォーカスする、ポジティブな企業文化を作る」という方針を打ち出したのです。

目的別のオフィスデザインで社員の自律性を引き出す

――風土改革にあたって、具体的にどのようなことに取り組まれたのでしょうか?

社員の強みにフォーカスするため「ストレングス・ファインダー」を実施し、自分の強みを理解する取り組みからスタートしました。会長から新入社員まで全員が診断を受け、自身とチームメンバーの強みを知ることを出発点としました。

また、広報と連携したインターナルコミュニケーションの強化も特徴的な取り組みの1つです。実際に強みを生かして活躍している従業員をピックアップし、インタビュー記事にして社内ポータルで公開しています。

これは、全国でのタウンホールミーティングを通して「優秀な社員がたくさんいる」と感じた湊が、「そういった人たちを社内広報で取り上げてほしい」と言ったのがきっかけで始まりました。

これまでのイトーキでは日の目を浴びなかった人たちが取り上げられています。最初は「私なんて」と取り上げられることを遠慮していた社員も、いざ掲載されると喜んでくれました。また、周りのメンバーも「今度は自分も取り上げてほしい」と意欲が出てくることもよい影響です。

さらに、従業員の自主活動として3つのテーマのコミュニティを立ち上げました。女性活躍、工場活性化、グローバル人材育成の3つです。これらは手挙げによる参加型のコミュニティで、社員が自発的に考え、行動する文化の促進を目的に作られました。

立ち上げ当初は、参加社員の上司の理解を得るのに苦労した記憶があります。「本業をおろそかにしているのでは?」という声も実際にありました。湊が部門長への説明を繰り返し、徐々に理解を得たことで、現在はマネジメント層の社員も中心となって盛り上げてくれています。

多くの社内イベントについても、人事が中心となって行うのではなく、事務局メンバーを公募して実施しています。例えば、社員の家族をオフィスや工場に招くイベント「ファミリーデイ」の運営も手挙げ制で、さまざまな部署から集まった事務局メンバーが担当しました。

――イトーキの強みであるオフィス環境を生かした風土変革について詳しく教えてください。

イトーキのオフィスには、社員の自律性を尊重し、コミュニケーションを活性化する仕掛けが施されています。具体的には、「ABW」(Activity Based Working/アクティビティ・ベースド・ワーキング)を促すデザインを採用しています。ABWとは、仕事の目的や活動内容に応じて、最も生産性が高く働ける場所、時間、メンバーを選択する働き方です。

現在のオフィスでは、「高集中」や「アイデア出し」「2人作業」など10種類の目的別に空間が設計されています。

従業員の出社・在宅の割合は個人に委ねられており、特に規則は設けていません。そうした中で、特に若い社員が多く出社しているのが特長です。

このオフィスで働くことで新しい発見があったり、同僚との協働を通じて情報が得られたり、頑張る同期の姿から刺激を受けたりといった効果を、従業員自身が実感しているからだと考えられます。

オフィスに働きやすい工夫や経営理念に沿ったデザインが施されることで、従業員は働きながら自社の事業への愛着や理解を深め、新たなアイデア創出にもつなげられます。そうなれば、オフィスは単なるコストではなく「投資」と位置づけることができるでしょう。

会社が大切にしている価値観を体感できる場がオフィスであり、これはイトーキが事業として提供しているソリューションそのものでもあります。

――なるほど。従業員のニーズに合わせて、オフィスのデザインを変えることもありますか?

イトーキでは、空間設計が経営哲学を表すという考えに基づき、毎年(2025年を除き)1フロアずつリニューアルを実施しています。

オフィスの変更に当たっては、従業員の意見や、実際の使われ方を参考にしています。

オフィスの変更にあたっては、従業員への定期的な調査を行い、「働き方を的確にサポートしているか」「どのような効果があるか」といった意見を収集しています。工場で働く社員の声も聞き、環境改善に活かしています。

また、最近は社員証に付帯したビーコンを活用して、オフィスの使われ方をデータで把握し、改善に役立てています。例えば、10人向けの会議室が2人で使われていることが多いのであれば、次のリニューアル時に少人数ブースを増やすなど、データに基づいた改善を図れるのです。

――年功序列の給与・評価を廃止するなど、人事制度改革も行ったとうかがいました。

社員一人ひとりの意識改革が進んできたタイミングで、さらに変革を加速するために、人事制度も見直しました。

“脱”一律平等の価値観が定着してきたタイミングで、年功序列的な報酬制度を廃止し、メリハリのある評価・給与体系に変更しました。採用のやり方も新しくし、インターンシップの充実や、中途採用の増加を図りました。

また、人材育成の方針も刷新しました。「役員向け」「リーダー向け」といった階層別の研修をすべて廃止し、選択型にしたのです。全く受けなくても強制されることはありません。選択型にしたことで、むしろ参加者数が従来の2倍に増加しました。

制度を先に変えても実態がついてこない場合が多いので、カルチャーの変化を後押しする形での人事制度改革が理想的だと考えています。

――現在、風土改革の成果はどのように表れているのでしょうか。

2020年に40%だった従業員エンゲージメントは、2024年には82.5%まで伸長しました。この結果を報告した時に湊が「涙が出るくらいうれしい」と言っていたのが印象的で、心から本気で取り組んでいたのだなと感じました。

また、2021~25年の売上・営業利益ともに最高値を更新しています。「指示待ち」の文化から自律的に動くポジティブな風土に転換したことによって、ビジネスのアイデアや業務改善提案も活発になされるようになりました。

例えば、知財部門のチームから経営層に対して直接新規ビジネスの提案がありました。これは、指示待ちの文化が根強かった時代には見られなかったものです。また、バックオフィス部門からも業務改善案が次々と提出され、実行に移されています。

さらに、工場勤務の社員の通勤利便性を高めるため、工場発の改善提案もありました。専用の通勤バスを購入し、ラッピングを施してブランディングの役割も担わせるというアイデアが実現したのです。

――イトーキにおいて風土改革がここまでの成果につながった要因は何でしょうか?

イトーキにはもともと、助け合いの精神を持った社員が多いという特徴があります。「組織に貢献したい」というDNAはありながらも、この10年ほどはネガティブな文化がそれを阻んでいた状態だったと言えるでしょう。

自分の強みに目を向ける施策を通して、社員一人ひとりが「自分の意見を出してもいいんだ」という小さな実感を得たことで、それがコミュニティ活動などの大きな動きへとつながったのだと思います。

また、従業員の働き方については、信頼と自立性を前提としていることもポイントです。

社長の湊が常に言っているのは、「社員を子ども扱いするな」ということです。社員と会社は対等の立場であるため、会社としては進むべき方向性を示し、そこに賛同してくれる社員を全力で応援するという姿勢を大切にしています。

風土改革で人事に求められる考え方・動き方

――風土改革において、人事はどのような動きが求められるでしょうか。

風土改革は経営戦略を実現するための人事活動です。当社の場合、社長の湊との接点をできるだけ持つようにしています。そうすることで、経営のビジョンを深く反映した施策ができるのです。

一方で、現場の理解も重要です。経営と人事の自己満足で終わらせず、施策が現場まで行き届き、社員に活躍してもらう状況にしなければなりません。現場と連動するためには事業部のトップとの信頼関係を構築することも鍵となると思います。

――これまでの風土変革の実践の中で、苦労したポイントと乗り越え方を教えてください。

やはり人事の新しい活動は抵抗されることが多いです。特に、マネジメント層からの抵抗はたびたびあり、「業績が悪くなったらどうするのか?」という声を聞くこともありました。こうした人たちの理解を得るには、経営トップとともに目的を説き続けるしかないと思います。なので、社内での情報発信が非常に重要です。

当社では、毎月社長の湊が「マンスリーメッセージ」という動画コンテンツを上げていました。その月にあった好ましい取り組みや、会社の方針を共有するもので、これを通して新しい活動の意味や効果を訴求してきました。

さらに、外部への情報発信も積極的に行い、結果的に社員の目にも触れるようにしています。イトーキがメディアで取り上げられ、家族や知人から「見たよ」と言われることで、社員自身が注目されている会社で働いているという誇りを感じられるような取り組みです。

風土改革は、社員一人ひとりの行動を変容させるものです。人は、「この方向に進めばきっと良いことがある」と感じたときに初めて行動に移ります。そのため、社内外のコミュニケーションを通じて、「会社が良い方向に変わっていくぞ」という前向きな空気感を醸成することが非常に重要だと考えています。

――最後に、山村様が人事トップとして大事にされていることを教えてください。

外部の知見を取り入れることを心がけています。人事の世界には、素晴らしい取り組みをしている企業が数多くあります。

積極的に外部の人事担当者と交流する中で、イトーキの取り組みを紹介することと引き換えに、他社ではどのような取り組みをされているのか、その本音の部分まで学ばせてもらっています。他社の事例は人事の力を高める上で非常に有効なので、イトーキに持ち帰れる知見がないか常に探索していますね。

また、人事の活動は「遅効性がある」と言われます。効果が出るまでに時間を要するため、何のために活動を行うのかという目的を常に意識しながら、忍耐強く続けることが必要です。

当社の改革でも、計画通りに進まないことや失敗もありましたが、大きな流れを見失わないように努めました。人事としては、長期的に目指すビジョンを見失わないことが何よりも大切だと感じています。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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