テクノロジーが働き方を変え、組織を変える。歴史からひも解く日本企業の組織文化
2026.09.09
目次
「AI導入が進まない」「従業員のエンゲージメントが低い」――。昨今、多くの大企業が抱えるこうした悩みは、歴史的背景に根ざした構造的な課題かもしれません。かつて従業員の高いコミットメントで優れた製品を生み出し、経済成長を支えてきた日本企業の伝統的なモデルは、今、限界を迎えつつあります。
では、企業はこうした行き詰まりをどのように打破するべきなのでしょうか。
『激動のビジネストレンドを俯瞰する「働き方改革」の人類史』などの著書であり、世界史ブロガー・ライターとして活躍する尾登雄平氏は、「AI時代にこそ、歴史的な視点で企業のあり方や働き方を見つめ直すことが重要だ」と語ります。
歴史的な背景がどのように企業の体制や人々の働き方を変えて来たのか。組織のカルチャー変革は、どのようなきっかけで起こるのか。日本企業における組織体制やカルチャーのこれまでの歩みを尾登氏にひも解いていただき、これからの組織づくりに役立つヒントを伺いました。
Profile

尾登 雄平 氏
世界史ブロガー・ライター
1984年福岡県生まれ。経済系出版社に勤務する傍ら、世界史の面白いネタを収集・解説するnoteとYouTubeを運営。歴史ライターとしても活動し、ビジネス雑誌、歴史メディア、企業オウンドメディア、会報誌などに寄稿する。著書に『あなたの教養レベルを劇的に上げる 驚きの世界史』(KADOKAWA)、『激動のビジネストレンドを俯瞰する「働き方改革」の人類史』(イースト・プレス)、『教祖の履歴書 もしも世界的教祖を起業家にたとえたら』(東洋経済新報社)などがある。
“帰属意識”の強い日本企業の伝統的なカルチャーはなぜ生まれた?
――現在の日本企業の組織体制や企業文化は、いつ頃、どのような背景から形成されたのでしょうか。
いわゆる「JTC(Japanese Traditional Company)」と呼ばれるような日本の伝統的な企業組織の土台が固まったのは、1970年代の高度経済成長期です。産業の中心が軽工業から、重化学工業や精密機械工業、自動車産業といった、高度な技術の蓄積と連携を必要とする分野へと移行した時期でした。
それまでの日本のものづくりは、経営者の目が社員一人ひとりに行き届く「家族経営の町工場」が主流でした。しかし、大勢の従業員を抱えて、いかに効率的かつ大規模に生産していくかというフェーズへ進むと、必然的に組織は官僚化していきます。こうして「購買」「製造」「営業」といった複数部門に分かれた縦割り構造が生まれました。
こうした縦割りの組織体制では、同じ事業を行っていても部署同士の利害が対立することがあります。例えば、購買部門が「コスト削減」を目標に安価な材料調達を行う一方、製造部門は「品質維持」のために信頼性の高い材料を求めて、意見がぶつかることがあるでしょう。
そこで、利害が異なる部門を統括してまとめていくマネジメントが必要になります。その結果、日本の大企業の縦割り組織では、勤続年数が長く、幅広い人脈を持ち、部門同士の意見をうまく取りまとめられる人物が重宝され、マネージャー、そして経営層へと昇進してきました。

特に日本の製造業の分野において、こうした組織形態は非常にうまく機能してきました。これには日本の文化的な背景も関係しており、従業員の同質性の高さや、忍耐力・忠誠心が美徳とされる気風が、大企業の組織運営に適していたという側面もあります。
――そういった文化的な背景が、「モーレツ社員」のような企業への帰属意識の強さや、長時間労働の風土を生んできたのでしょうか?
その要因も無視できません。また、もう一つの大きな背景として、1950年代から70年代の高度経済成長期における、人々のライフスタイルの変化が挙げられます。地方から上京し、都心で働きながら郊外に家を構え、電車で通勤するという生活様式が急速に定着していったのです。
地方の村や町といった共同体での暮らしでは、お祭りなどの行事を通じて地域への帰属意識が自然と醸成されました。しかし、都心ではそういった帰属意識は希薄になります。国や地域によっては宗教的なコミュニティがその役割を果たすこともありますが、日本ではあまり一般的ではありません。
その結果、地域の代わりとして「会社」がその役割を担うようになり、「会社のために尽くす」という強い帰属意識が醸成されたのです。かつて社員旅行や運動会といった社内行事が盛んに行われていたのも、会社が従業員にとってのコミュニティとしての役割を強く果たしていたことの表れといえるでしょう。
従業員の心理が注目されるようになった歴史的“実験”とは
――歴史的に見て、企業の組織風土やカルチャーを意識的に扱うようになったのはいつごろからでしょうか?
1900年代初頭、アメリカにおいて「工場の稼働をいかに効率化するか」を追求する中で、職場の人間関係や心理的な要素が注目されるようになりました。ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われた「ホーソン実験」という実験によって、労働者の心理状況やチームの連帯意識の重要性が明らかになったのです。
ホーソン実験では、工場の照明の明るさと生産性の関係を調べる「照明実験」などが行われましたが、結果は「暗くしても生産性が上がった」というもの。調査の結果、生産性を決定づけていたのは物理的な環境ではなく、職場における「人間関係」や、自分たちのチームは期待されているといった「モチベーション」であることが判明しました。
それまでの企業運営では労働者を単なる機械の歯車のように捉えていましたが、この実験によって従業員の心理的要素が生産性に関わることが初めて理解されたのです。
――人間関係やチームの連帯感を重視するアプローチは、まさに日本企業が長年得意としてきた領域ですね。
そうですね。日本企業の組織カルチャーは、欧米から高く評価され、考察の対象になっています。
前述したような同質性の高い文化と強い帰属意識は、特に製造業の大企業が成功する要因であると分析されています。異文化や多様な言語背景を持つ従業員を統率することにエネルギーを要する欧米の組織と比較すれば、日本企業に見られる同質性の高さや帰属意識の強さが成功要因として評価されるのも理にかなっています。
実際、日本の高い帰属意識や会社への忠誠を基本とした組織のあり方は、1980~90年代前半ぐらいまでうまく機能してきました。
しかしその反面、こうした帰属意識は組織への貢献意欲を高める一方で、排他性を内包している側面も否めません。組織の同質性から外れると仲間外れにされるという構造では、「上司が残業しているのだから自分も残業しなくては」といった意識を助長し、長時間労働の一因にもなります。こうした側面は看過できない重要な課題といえるでしょう。
――従業員の帰属意識も、現在は昔ほどではなくなってきていますよね。
そうなんです。高度経済成長期であれば、会社の成長が個人の昇進や昇給に直結しており、従業員もモチベーションを高く保ち、組織にコミットすることが容易でした。
ところが、現代の企業は売上のみならず、社会的責任などの非財務的指標を含めた複雑な目標達成を求められています。しかも経済成長が停滞し、給与の大幅な上昇も見込みにくい。そのため、多くの従業員は「何のために働いているのか」という疑問を抱くようになり、結果として組織への帰属意識は希薄化しやすくなっています。

こうした状態は離職率の高さにつながるため、企業にとっては大きな問題です。そのため、現代の企業においては、従業員が働きがいや社会への貢献を実感できるようなカルチャー醸成が、重要な経営課題となっているのではないでしょうか。
カルチャー変革は「テクノロジー変革」の先にある
――これまでの歴史をふりかえって、企業のカルチャーが変わるきっかけとなるのは、どのような出来事でしょうか?
「テクノロジー」だと思います。歴史的に見れば、電力や電気の発明や、コンピュータの登場といった技術革新が労働の様式を変化させてきました。テクノロジーの変化が働き方を変え、それに伴ってカルチャーが変化していく、という流れです。
例えば、パソコンが普及していなかった時代の営業では、電話や直接訪問が主な手段でしたが、メールやチャットで商談が可能になった今では、対面のコミュニケーションは減っています。それに伴って、かつては一般的だった飲み会や週末のゴルフでの関係性構築といったカルチャーも薄れていきました。
テクノロジーが変われば、「これが正しい」とされてきた行動様式も変わっていきます。そうすると、働き方が変化し、企業組織のカルチャーも刷新されていくのです。
――となると、テクノロジーの変革に追随できなければ、企業のカルチャーも停滞し、衰退してしまう可能性があるということでしょうか?
歴史的にもそうした事例は多く見られます。非常に大きな例ですが、オスマン帝国は最新の技術や学問を取り入れずに、旧来の国家運営を貫き通した結果、衰退しました。
かつてオスマン帝国は、戦士を動員して領土を拡大することで国を運営していました。しかし、17世紀後半頃からヨーロッパ諸国の兵器や戦術が急速に進化するのに対して、オスマン帝国は最新の戦術や武器のテクノロジーについていけなくなり、戦争に勝てなくなり、領土を獲得できなくなりました。さらに、その代替案として既存の領土から税収を確保しようと市民に重税を課したことが、国民の反感を招きました。
オスマン帝国に所属することによって得られていたベネフィットを国民が感じられなくなったことで、国が分裂し、衰退していったのです。テクノロジーの進化から取り残されれば、それは組織の弱みへと転じます。
これは企業においても同様です。しかもやっかいな点は、急に崩壊するのではなく、時間をかけてゆっくり静かに崩壊に向かっていくことです。

AI時代にこそ、歴史的視点で企業活動を見つめ直して
――特に近年はAIの登場などテクノロジーの進化が急速で、その変化についていくのに苦労している企業も多いと思います。企業にはどんな取り組みが求められますか。
特に日本の伝統的な大企業ではセキュリティの壁によって生成AIなどの最新技術の導入が遅れている現状があります。
この状況を打破するためには、経営者自身がテクノロジーを積極的に活用し、現場の変化を理解することが不可欠です。
というのも、日本の組織マネジメントは基本的に「現場の意見」が強く、各部署の意見を経営層が調整し形にするやり方が得意だからです。先ほども述べた通り、日本の大企業の縦割り組織では、社内で顔が広く、あらゆる部門の意見をうまく取りまとめられる人物がマネージャーとして活躍してきた背景があります。
ところが、テクノロジーが急速に変化する今、現場の困りごとは10年前に現場を経験したマネジメント層に伝わっていない可能性があります。そのため、マネージャーが積極的に現場で起きている変化をキャッチアップする必要がある。実際に現場が使っているのと同じテクノロジーを使って、実態を把握することが重要なのです。
――マネジメント層は現場と同じレベル感のテクノロジー理解が必要ということですね。
そうです。ただ、テクノロジーの側面で諸外国から遅れをとっていると言われる日本企業にも、「倫理的ガバナンス」において世界をリードできるポテンシャルがあると考えています。
特にAIを導入するにあたっては、顧客や社会に悪影響を与えないために「AI倫理ガバナンス」が重要です。その文脈において、日本企業の伝統的な考え方が有効と考えられるのです。
たとえば、近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」という経営哲学です。これは、商人が目先の利益追求だけではなく、顧客や地域社会といったステークホルダー全体の幸福を考慮するべきという思想です。
こうした「三方よし」の理念は、特に地方の企業を中心に根づいています。自社の売上だけではなく、地域社会への還元などの単なる数字には現れない価値への投資をいとわない姿勢が表れているのです。
AIを導入する際も、こういった「数字には表れない」倫理的な側面を重視し、投資することで日本は世界に先駆けたAI活用ビジョンを示せるのではないでしょうか。
――最後に、歴史的な視点から企業組織や働き方を見つめ直すことは、ビジネスパーソンにとってどのような意義があるでしょうか?
歴史に限らず、人文学は明日の仕事に役立つわけではありません。プログラミングができるようになったり、営業がうまくなったりといった即効性のあるスキル向上には直結しません。
しかし、ビジネスパーソンには人文学の学びが必要であり、特に倫理観を養う上で重要だと考えています。
例えば、ビジネスにAIを導入して生産性を上げていくことは時代の必然です。一方で、AIの導入によってどれだけ人件費を削減できたか、売上がどれだけ上がったかといった数値だけに注目していては、見落としてしまう問題もある。長い目で見ると、企業の継続には社会への還元や人材育成、従業員が組織にコミットするモチベーションといった「目に見えない要素」も重要です。
そういった目に見えないものを考慮し、意思決定につなげることは人間にしかできません。それを判断するための倫理観を養うにあたって、人文学の勉強が役立つのです。
特に、歴史的な観点から人間の働き方を見つめ直すことは、現在のビジネスモデルや組織のあり方に対してマクロ的な視点をもたらします。「企業にAIを導入して、非正規雇用をどんどん減らすという方向に進むと、最終的にお金が社会に回らなくなって、困るのはもしかしたら自分たちかもしれない」といった想像ができるようになる。
「今の働き方が続くと、今後どうなるだろう」といった想像力を働かせ、長期的なビジョンを持った意思決定につなげられるのです。AI時代だからこそ、歴史や人文学を学び、ビジネスパーソンとしての地力を養うことをおすすめしたいです。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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