‟いい製造所”を目指して。安全と変革を両立させる現場のリアル
2026.08.14
目次
世界トップクラスのアルミニウム総合メーカーである株式会社UACJ。その国内主力拠点である福井製造所はいま、組織変革の渦中にあります。2025年4月、製造所長として着任した坂野氏は、国内外の多様な製造現場を渡り歩いてきた「現場を知り尽くしたリーダー」です。坂野氏が掲げるスローガンは「いい製造所」 を目指すという、極めてシンプルかつ奥深いものでした。製造現場において「安全」と「変革」はどうすれば両立し得るのか。インタビューを通して掘り下げます。
Profile

坂野 公則 様
株式会社UACJ 板事業本部 福井製造所長
1993年に入社。板事業部門にて設備エンジニアとして、アルミ板の生産設備の保全や改善業務を担当。その後、名古屋、タイ、福井といった国内外の製造拠点において製造管理業務に従事。各地の生産現場で実務経験を積み、2025年4月より現職。
無意識の思考のブレーキを破り、競争力のある製造所を目指すために
―― まず、福井製造所として現在掲げられている方向性や、それに対する課題感について教えてください。
当社の企業理念である「素材の力を引き出す技術で、 持続可能で豊かな社会の実現に貢献する。」というベースの上に、福井製造所としては「圧倒的な競争力のある製造所」を目標に、基盤の強化を掲げています。
私はこれまで、国内外で製造部長や工場長を務め、福井製造所には所長になる2年前から製造部長として在籍していました。さまざまな製造拠点を見てきた経験から言えるのは、福井製造所は「とてつもない可能性を秘めた拠点」だということです。
人材の質、設備のスペック、そしてまだ工場を広げられるだけの余地がある立地条件。どれをとっても、圧倒的な競争力を持つための基盤は揃っています。しかし、同時に「もったいない」という感覚も強くありました。持っているはずの潜在能力が、まだ引き出し切れていないのではないか、と感じたのです。
もったいないと感じた要因は、「思考の枠組み」の問題です。現場のメンバーは非常に素直で優秀なのですが、長年培われてきた制約といいますか、「この範囲内で何とかやるのが当たり前だ」という意識が、無意識のうちにブレーキになっていました。設備面ややり方においても、「うちはこれが限界だ」という思い込みがあり、殻を作っていたのです。この殻さえ取り除けば、福井製造所はもっともっと成長できる。所長としての私の使命は、その殻をどう破り、成長に繋げていくかにあると考えました。

「いい製造所」というスローガンに秘められた想い
―― そこで掲げられたのが、「みんなでいい製造所にしましょう」というスローガンですね。この言葉に込められた思いを伺えますか。
実は、福井製造所のメンバーの多くは、元々「ここはいい製造所だ」という自負を持っていました。人と人との繋がりを大事にし、他人を思いやる。そんな素晴らしいベースがあるのです。
それでも、私はあえて「もっといい環境を作れば、もっともっと素晴らしい製造所になれるのではないか?」と問いかけました。そこで、「みんなでいい製造所にしましょう」という言葉をワンワードとして、あらゆる局面で発信するようになりました。トップがこれを口にし続けることで、現場も「その方向に進んでいいんだ」と感じ、動きやすくなる空気感を作りたかったのです。
―― 漢字の「良い」ではなく、平仮名の「いい」という表現を選ばれている点にもこだわりがあると伺いました。
この言葉自体は、前任の所長が私に引き継ぐ際に残してくれた言葉でもあります。私は前任者をリスペクトしていますし、その考えに深く共感していました。
一般的に「良い製造所」と言うと、利益が出ている、品質が高い、といった客観的・定量的な評価、いわば「頭で考える」言葉に聞こえます。オフィシャルな響きですね。一方で、平仮名の「いい」は、もっと自分たちの感情に近い言葉だと考えています。主観的に「ここで働いていてよかったな」と思えるかどうか。まずは人間としての基本的な感情面、気持ちの面をよくしたいと思ったのです。そうした「いい」が土台にあって初めて、結果としての「良い(利益・品質)」がついてくると、信じているからです。
――坂野様ご自身、そうした思いを強く抱くようになった原体験があるのでしょうか。
10年ほど前、私が名古屋で勤務していた頃、初めて「押出」(アルミを金型から押し出して成形する加工)の工場長を任されたことがありました。それまで長く「板」(アルミを薄い板状に圧延した製品)の部門にいた私にとって、押出の現場は全くの別世界でした。しかし、そこで現場のメンバーと接し、受け入れてもらう中で、ふと湧き上がってきた思いがありました。「せっかくこの工場に来たんだから、ここにいる人たちが定年を迎える時に『ああ、ここで働いていてよかったな』と思えるような工場にしたい」という想いです。そのときの充実感、メンバーとの一体感が、今の私の原動力になっています。
―― UACJでは、本社の新しい風土を育てる部(2026年4月に新しい風土をつくる部より改称)と連携しながら、グループ会社を含む全国の各製造拠点が主体となって推進する風土改革の取り組み「部門ふどつく」が行われています。2ヵ月に1回を目安に全国の担当者が集まり事例共有や対話を行う本お取組みは、昨年度の9拠点から今年度は17拠点へと拡大中だそうですね。 こうしたグループ全体での風土づくりの流れがある中で、福井独自の「いい製造所」づくりはどのように連動しているのでしょうか。
本社でもグループ全体として風土をつくる取り組みを行っていますが、この「いい製造所」づくりは、あくまで福井製造所が独自に進めているものです。ただ、本社の取り組みと私たちの活動の間に矛盾があるとか、どちらを優先すべきか、といったことはお互いに全く考えていません。「本社と部門(現場)だから」という対立する意識もありませんし、グループ共通の「企業理念」という一本の太い軸をしっかりと共有していれば、それで十分だと思っています。
そもそも風土づくりというのは、本社からの一律の発信だけでは限界があります。地域や拠点によって事情は全く異なるからです。だからこそ、共通の理念というブレない軸を共有した上で、それぞれの現場が主役となって、その個性に合わせた活動を自主的に落とし込んでいけばいい。その「理念をベースにした拠点の自主性」があって初めて、お互いが自然に共存し、本質的な連動が生まれるのだと思います。
「いい製造所」を実現する3つの条件
―― 「いい製造所」をつくるために、具体的にどのような目標を立てているのでしょうか。
私は3つの具体的な条件を掲げています。
①心地よく働けること:単に作業環境を改善するだけでなく、休憩所の充実や、温かい人間関係の中で働けるといった、ハード・ソフト両面での「働きやすさ」を追求することです。
②ここで働く誇りを持てること:私たちが作っているアルミ製品が、世の中でどのように役立っているのか。それをメンバー自身が肌で感じられる状態を目指しています。
③しっかり稼ぐこと:会社として収益を上げ、それが個人の時間やお金の余裕として還元され、家族と一緒に楽しんだり、自分の趣味に投資できたりする。この「稼ぐ」ことが、最終的には「いい製造所」としての持続可能性に直結します。
―― どれも重要な考えですね。2点目の「誇りを持つ」という点については、現場への浸透のためにどのような工夫をされていますか。
「伝える」ことに徹底的にこだわっています。例えば、デジタルサイネージで「すごいぞ福井」というコンテンツを流し、福井製造所の製品の使われ方を発信しています。また、お客様からいただいた感謝のコメントを現場を回る際に私から直接伝えたり、サイネージで共有したりもしています。
実際、市場に出回っているアルミ缶の「2 缶に 1 缶(50%)」は福井製造所から生まれていたり、高速道路の大型標識(2m 以上)の 100%をカバーしていたりします。こうした「福井製造所のすごさ」を伝えることで、誇りが育っていくのだと思います。
他に、大きな取り組みとして「ファミリーデー」があります。2025年に初めて開催した、社員のご家族を工場に招待するイベントです。ある機械の操作室で、参加していた従業員の娘さんに「ここでお父さんはこんなにすごい仕事をしているんだよ。この製品は日本中の道路標識に使われているんだよ」と直接説明したところ、ご家族に大変喜んでいただけました。トップとして、家族の前で本人の仕事を認めることは、非常に価値があると感じています。

―― 地域社会に対しても、非常に積極的に取り組まれていらっしゃいます。
福井という土地柄、地域との結びつきは元々強いのですが、もっと「外に開かれた工場」にしたいと考えています。例えば、地元の温泉施設と連携したアルミ缶のリサイクル活動を実施しています。温泉で消費される飲料の容器をアルミ缶へ誘導し、それを福井製造所内で2026年1月から稼働したリサイクル設備で原料に戻す。まさに「地域のアルミを地域で再生する」循環型モデルです。
また、福井名物の恐竜をデザインしたミネラルウォーターも配布していますが、このラベルデザインは地元の高校生に依頼しました。若いうちから「地元にUACJというおもしろい会社がある」と知ってもらうことは、将来の採用やリテンションにも繋がります。事実、福井は求人倍率が日本トップクラスに高く、非常に採用が難しい地域です。しかし、最近では「評判を聞いて応募した」という中途採用の方も増えてきています。
「安全」と「変革」を両立させる組織変革
―― 素晴らしい成果ですね。一方で、製造現場には「安全」という絶対的な優先事項があります。変革や挑戦を促す際、安全とのトレードオフに悩むことはありませんか。
私は明確に「安全と改善は一緒だ」と言い続けています。怪我をするような職場を、誰も「いい製造所」だと思えるはずがありません。「いい製造所」にするための大前提が、安全なのです。
ただし、何かを変えれば、新たなリスクが生まれる可能性は常にあります。「1つの改善をすれば、3つの新たなリスクが生まれるかもしれない」。それくらいの緊張感を持って、事前に徹底的に検討する姿勢は崩しません。安全を守るために、より安全なやり方へと挑戦する。この姿勢こそが、停滞を打破する鍵になります。

写真右:山内彰様(福井製造所 総務部 担当課長)本社の新しい風土を育てる部と連携しながら、福井製造所における風土改革の実行を担う「部門ふどつく」の責任者として尽力されています。
―― 最新技術を活用した「スマート化」も、その挑戦の一つでしょうか。
その通りです。私たちの考えるスマート化の目的は、単なる効率化ではありません。肉体的に大変な仕事や厳しい仕事を、AIやIT技術の力で楽に、スマートに変えていくこと。これが「いい製造所」の条件である「心地よい環境」に直結します。
例えば、熟練者の知識をAIに学習させ、トラブル時に若手でも即座に対応できるようにする。機械のメンテナンスを予兆保全に変え、壊れにくい設備にする。こうした取り組みは、特に若いスタッフが非常に乗り気で進めてくれています。技術を導入することで生まれた時間的な余裕を、次は「人間でしかできない教育」や「新しいアイデア出し」の時間に充てていく。この循環を作りたいのです。
対話が育てる、変革が持続する製造所
―― 取り組みを始めてから、組織の変化をどのように実感されていますか。
まずは、事務局や人事といった組織運営側の動きが目に見えて変わってきました。「もっと喜んでもらうにはどうすればいいか」という視点が、自発的に出るようになったのです。例えば社内イベントで、定員がいっぱいになったら「募集終了」とするのがこれまでの常識でした。しかし今では、担当者が「なんとか枠を増やせないか」と施設と交渉したり、代替案を必死に探したりするようになりました。こうした一歩踏み込む姿勢こそ、風土改革の芽になっています。
もちろん、現場への浸透には時間がかかりました。当初、私が月3回、若手社員6名ほどと直接話す会を設けたときなどは、みんな黙り込んでしまって(笑)。スローガンすら答えられない職場もありました。しかし、1年かけて粘り強く対話を続けることで、ようやく情報の「血流」が良くなり、最近では「実はこんなことに困っている」「こう変えたい」という現場の声がスムーズに届くようになってきました。

―― 最後に、今後の展望と、坂野様が組織運営において最も大切にされているポリシーをお聞かせください。
私は「持続」という言葉に強いこだわりを持っています。グループ理念にもあるこの言葉を、どう現場で継続させるか。福井製造所は現在、創設期を支えたベテラン勢が定年を迎える大きな転換期にあります。彼らが持つ卓越した技能と誇りを次世代へ繋ぐため、10年ほど前に「板技塾」という教育の仕組みを作りました。 しかし、これからの時代、単に昔のやり方を1対1で一方的に教え込むだけの伝承は通用しないと考えています。 そこで今、ベテラン、中堅、そして次世代の若いメンバーも交えて対話を重ね、「これからの塾のあるべき姿」をもう一度、皆で考えたいと思っています。 技術をただ「引き継ぐ」のではなく、次世代と共に「進化」させていく。それこそが、私たちが目指す持続可能なものづくりの姿です。
こうした全員参加の対話や仕組みづくりを進める上で、私が運営事務局のメンバーに口を酸っぱくして言っていることがあります。それは、「声の大きい人の意見だけを聞くな」「反応が良い職場だけを相手にするな」ということです。一部の意見を言いやすい人たちだけに頼っていては、全員でつくる本当の「いい製造所」にはなりません。言いにくいサイレントマジョリティの心に寄り添い、いかに広く意見を吸い上げる仕組みを作るか。そこを常に徹底して求めています。
また、私のポリシーは「誠実であること」、そして「全員がものづくりを楽しむこと」です。私たちの仕事は、単にアルミを加工することではありません。自分の手で社会課題を解決し、未来の素材を作っている。その事実にワクワクし、活発にアイデアを出し合える職場にしたい。ここに来れば、夢が見られる。そんな「いい製造所」を、これからもみんなで作り続けていきます。

写真左から:山内様、坂野様、斎藤和敬様(コーポレートコミュニケーション本部 副本部長 兼 新しい風土を育てる部 部長。グループ理念の設立・浸透を中心とした風土改革を推進されています。)
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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